〈本の紹介〉「国家への道順」/柳美里著 | 朝鮮新報
〈本の紹介〉「国家への道順」/柳美里著
人間の輝く知性と魂の叫び
国家とは何なのか。重い問いである。作家、柳美里さんは「月刊イオ」誌上で、2010年から7年にわたって、エッセイ「ポドゥナムの里から」を連載した。単なる身辺雑記ではなく、メインテーマを「国家」と決めて、書き続けてきたもの。本書はそれらを大幅に加筆・修正して出版された。
河出書房新社、1350円+税、03-3404-1201
著者は、現在住んでいる福島県南相馬市から、津波と地震と原発事故によって故郷を奪われた人々の視点に立って、言葉を紡いでいく。「故郷を追われた彼らの存在が、わたしの心を占有し、そこにわたしが身を寄せるのは、おそらくわたしが朝鮮戦争によって故郷を追われ、今も分断されたままの故郷を持つ『在日』だから」だと、被災者への深い共感を示す。
本書全編に貫くのは、「言葉でも沈黙でも蘇らすことができない過去の時間」への真摯な対話であり、アプローチである。あるときには、強制連行された福島同胞たちの足跡をみつめながら、柳さんは「戦前から現在まで、日本という国家の戦力と経済力の成長のためのエネルギー政策によって、どれだけ多くの人が犠牲になったのかーー、過去からの問いを提起しなければならないではないでしょうか」と問う。人が生きていくうえで欠かせないのは、まさに歴史性であり、過去へのまなざしであろう。
国家を問う旅は時には時には平壌、ソウル、ストックホルムと向かう。著者の短編の訳者でもあり、知己であるスウェーデンのヴァリエ大使の招きでスウェーデンへ。大使は京都大学で「日本と朝鮮の古典文学」を研究したこともあり、日本と朝鮮半島に横たわる歴史問題をよく知っている。ツイッター上で日本における朝鮮民族へのヘイトスピーチに言及したとき、匿名アカウントからの罵詈雑言のリプライが押し寄せた経験を持つ。大使は「言葉による火種がテロとなって燃え広がる前に、一人でも多くの日本人に危険に気付いてほしい」と警鐘を鳴らす。
著者のストックホルム大学での学生たちとのディスカッション。学生らは日本に憧れ大好きだと思っているが、著者は「在日」に対する日本人に巣食う侮辱や憎悪の感情と、差別の問題を語ったからである。彼らの反応は「驚いたように眉を顰めたり唇を歪めたり、手を強く握りあわせたり」といったものだったという。このとき両者の対話は成立したかどうか。気になるところである。著者は言う。対話とは自己から出発して他者に向かうーー、その方向を持ち続けることを基本姿勢としない限り、対話は成立しないと。日本の朝鮮半島情勢に関するマスコミ報道で最も欠けるのが、その姿勢であると著者は厳しく批判する。
思えばひどい話ではないか。学ぶべき歴史を学ばせない。記憶すべき過去を抹消する。歴史をパッチワークのようにつぎ合わせて、あった過去を消し、ありもしなかった過去をねつ造する。そのうえで、安倍政権、メディアが一体となった北朝鮮脅威論を撒き散らす。まさに国民を戦争へと煽り立てる轟音こそがJアラートの大音響なのである。
つねにそうした状況に言葉で抗い、障壁に穴を穿つ努力を重ねてきた著者は、朝米対決が最高潮に達する危機的な局面にあっても平壌で出会った一人ひとりの顔を常に心に浮かべながら、こう訴えてやまない。「過去の痛苦を孕んだ現在の重みを軽くできるのは、現在の努力だけです。対話の道筋の中でしか、共通の言葉は見つけられません。わたしは、対話を、求めます」と。平和への希求と人間の輝く知性そして魂の叫びが、読み手の心を激しく揺さぶるに違いない。
(朴日粉
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