2018-11-20

故チャン・ジニョン主演映画『青燕』:yohnishi's blog (韓国語 映画他)



故チャン・ジニョン主演映画『青燕』:yohnishi's blog (韓国語 映画他)
故チャン・ジニョン主演映画『青燕』2009/09/03 01:04

 
胃癌闘病を公表していたチャン・ジニョンが2009.9.1に亡くなった。日本でもフリーアナウンサーだった逸見正孝が胃癌を公表して闘病をしていたが亡くなったということがあったので、彼女の胃癌公表にもいやな予感がしていたが、やはり残念ながら亡くなってしまった。もはや故人の冥福を祈るばかりである。チャン・ジニョンを追悼する意味も含めて今回は韓国映画『青燕』について書いてみたい。

 本作品は、実在した朝鮮最初の民間女性飛行家、パク・キョンウォン(朴敬元)をモデルに製作された作品である。ただし、韓国映画によくあるパターンだが、映画に描かれている内容は大幅に脚色され、かなりの部分はフィクションである。

 朝鮮、大邱に生まれたパク・キョンウォン(チャン・ジニョン)は幼い頃、朝鮮の土地に初めて飛行機が飛ぶのを見て、飛行士になりたいという夢を持った。しかし男でも飛行機になるのが難しい時代(現代の宇宙飛行士に近い状況)、まして儒教的・封建的気風の強い朝鮮にあって、女性差別が激しく、女性が学校さえ通うのが困難な時代その道のりは容易ではなかった。しかし念願かなって日本に渡り立川飛行機学校に入学し徳田教官(仲村トオル)の下で飛行術を学び始める。
 お金のないパク・キョンウォンは、女性の身でありながらタクシー運転手のアルバイトをしながら苦労して飛行機学校に通う。そのときたまたま出会ったのが、朝鮮親日派富豪の息子、ハン・ジヒョク(キム・ジュヒョク)。当時父親に日本で経営学を学んで来いと言われながら、経営に関心が持てずふらふら遊んでいた。しかし目標に向かってまっすぐ生きるキョンウォンの姿に触発されたのと、父親の叱責もあって子供の頃から関心のあった気象に関して学ぼうと日本の陸軍気象学校に入学する。
 パク・キョンウォンは飛行機学校の中でめきめきと力をつけ、飛行技術コンテストの選手として選ばれるほどの実力をつける一方、気象学校を終えたジヒョクは、日本のいくつかの地方連隊での勤務を経た後、飛行学校に隣接する立川基地への勤務を志願して赴任し、キョンウォンと再会して彼女との愛を確かめ合う。またキョンウォンは飛行技術コンテストで、ライバルとなる、学校のOGで日本人女流飛行士である木部雅子(ユミン[笛木夕子])とも出会う。
 やがて、キョンウォンは国際飛行を志し、故郷朝鮮への飛行計画を立て、本土や朝鮮の朝鮮人たちを中心に募金を募るが、反応ははかばかしくない。その理由の一つは彼女が女性であること、もう一つは親日派だと、必ずしも同胞から温かい目から見られていないためであった。結局、ライバルでもあり良き友ともなった木部の支援もあり、飛行計画は外務省後援で日朝満親善飛行へと格上げされ、心ならずも日本の国威発揚に一役買うことになった。
 さらにジヒョクとの関係も、ジヒョクが日本と朝鮮の立場の違いの間に立ってダブルバインドに苦しむとともに、その逃げ道としてキョンウォンとの結婚や愛情生活を執拗に求めることが、資金集めに奔走して疲れているキョンウォンの心理的負担になっていく。
 そんな中、ジヒョクの親友である新聞記者のキム・サンスが立川基地内で日本人将校、朝鮮人国会議員であるジヒョクの父らを対象にテロ事件を起こし、ジヒョクとキョンウォンの暮らしは大きく揺さぶられる...

 先も述べたようにこの映画はかなり大幅な脚色がされており、大部分は事実ではないことに注意したい。パク・キョンウォンが大邱生まれで、日本に渡り立川で飛行訓練を受け(実際には日本飛行学校立川分校)、朝鮮女性初の民間飛行士になったというのは事実である。また、日満親善飛行を企画し、出発したという点も事実である(ただし、外務省支援ではなく、逓信大臣だった小泉又次郎[純一郎の祖父]の後援を受けていた)。しかしながらハン・ジヒョクという人物は架空の人物で、彼との関連エピソードは、朝鮮赤色団のテロ事件も含めすべてフィクション。また映画では京城出身の衆議院議員というのも出てくるが、戦前の日本で朝鮮から国会議員が選出されたという事実もない(1925年に普通選挙法が施行されたが、植民地では当分の間実施しないとの附則が付いて、そのまま日本の敗戦を迎えた)。ただし、日本本土にいた植民地出身者には選挙権・被選挙権はあり、実際に東京から朴琴春という朝鮮人衆議院議員が選出されているので、それがモデルになっていると思われる。
 パク・キョンウォンは韓国では親日派(韓国ではこの言葉は、売国奴という意味)と見られていたので、韓国の航空史からはほぼ無視され、本映画が公開されるまでは韓国ではほとんど知られていなかった。したがって現時点でパク・キョンウォンに関して最も信頼できそうなソースは、加納実紀代(1994)「越えられなかった海峡―女性飛行士朴敬元の生涯」時事通信社 であろう。ただ本書にしても彼女の生涯に関しては断片的なことしか分からず、分からなかった部分はフィクションで埋めて書いているので注意が必要である。
 本書を見ると、実在のパク・キョンウォンは、当時の女性としてはかなりがたいの大きな女性で、力もあり男勝りの女性だったようだ。当時の報道では「美人飛行士」というような形容もあったようだが、本書の写真を見るとかなり化粧でごまかしてはいるものの、えらが張って目が細い、いかにも朝鮮女性らしいちょっときつめの顔立ちである。小泉又次郎の愛人ではないかという無責任な報道もされたらしいが、そもそもなよなよと男に頼るようなタイプの女性とは到底思えない。恋人も実際にはいなかったのではないだろうか。おそらく韓国語で言うところの相当「독한」女性だったような印象を受ける。背が高いという点は役を演じたチャン・ジニョンと共通するが。
 また映画に出てくる「木部雅子」は、本書と照らし合わせてみると、実在の二人の女性を足して作った役割であり、事故死したカン・セギは実在したものの他の航空学校の学生、後輩のイ・ジョンヒも実在の資産家の娘だが、飛行士の道を放棄したのは関心が舞踊に移ったためのようである。
 監督の意図としては韓国で忘れ去られたパク・キョンウォンの名前を再び知らせたいということもあったのだろうが、個人的には、歴史的な誤解を避けるため『ホリデイ』のように実在の人物名をもじって使い、あくまでフィクションとして作ってほしかったという気がする。その方が、帝国主義の走狗をなぜ美化するのかという論争にも巻き込まれにくかった様に思うが...

 本映画の製作意図は、DVD収録の監督インタビューにも明らかのように、日本の植民地支配の両義性に対し、どのように悩みながらも自らの道を選択したのか、そのダブルバインド状況を描きたかったという点にあるだろう。つまり、日本の植民地支配は確かに民族の尊厳を奪うものであったが、一方で女性の封建社会からのある程度の解放や近代化という側面も間違いなくあった。その中で一個の近代的意識を持った女性として、民族の裏切り者と呼ばれるリスク、デメリットを犯してまでも、自己実現のために戦略的に日本支配を利用していくという選択を、悩みながらもしていった、その葛藤と両義性に焦点を当てているのである。このあたりはイスラエルのエラン・リクリス監督作品である『シリアの花嫁』と一部共通する部分があるが、難しい、意欲的なテーマに取り組んだ作品である。
 しかし残念ながら映画のほうはそのテーマがうまく描ければ描けるほど、パク・キョンウォン本人と同じ運命をたどることになってしまった。つまり、韓国では親日派パク・キョンウォンを正当化する映画としてネットでのボイコット運動に会い、観客動員数が伸びず、日本では映画祭で公開されたものの、配給が付かず一般劇場公開やDVDリリースはできなかった。
 おそらく本作品を見た日本人に中には、なぜ事実でもないフィクションを入れてことさら日本人を悪く描くんだ、反日映画だ、という反応を示した人もいたであろう。そのあたりは先にも述べたダブルバインド状況をより説得的に描く(とくに韓国人に対して)という意図で付け加えられたのであろう点(決して反日を煽るためではない)はよく分かるが、同時に「反日映画」だと感じる人も日本人の中には出るだろうなとは思う。

 それから個人的に残念に思ったのは飛行シーンのリアリティ。パク・キョンウォンの日満親善飛行のルートは羽田から相模湾を通って熱海沖を通っているはずなのだが、飛行シーンがアメリカの山の中で撮られているので海がなかなか出てこない。「大磯、二ノ宮通過」と言っておいて、山の中を飛行するシーンなのでちょっとこれは勘弁してほしかった。

 とはいえ、難しいテーマに果敢に挑戦した映画でもあり、チャン・ジニョンの勇姿(個人的にはチャン・ジニョンはボーイッシュな姿の方が魅力的に思う)を見ることができる映画でもあるので、惜しい面もあるが個人的には気に入っている映画である。ぜひ皆さんも機会があれば本作品を見て、チャン・ジニョンを追悼して頂きたい。

 本作品は2006.10東京国際映画祭、及びシネマコリア2007で国内上映された。

原題『청연』 英題『Blue Swallow』 監督: 윤종찬
2005年 韓国映画

DVD(韓国版)情報
発行・販売:Bitwin 画面: NTSC/16:9(1:2.35) 音声: Dolby5.1/DTS 韓国・日本語
本編: 133分 リージョン3 字幕: 韓/英 片面ニ層2枚組み 2006年5月発行 希望価格W19800(通常盤)

「帝国主義のチアガール、誰が美化するのか」(オーマイニュース2005.12.19、韓国語)
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000299511
※『青燕』公開を前に、パク・キョンウォンを批判的に紹介する記事

付記: チャン・ジニョン追悼効果かどうか、『青燕』国内版DVDの発売が決定したようだ。ファインフィルムズより、2010年1月発売予定となっている。

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