2020-09-01

<アレックの朝鮮回顧録10>留学生の監視を担当する北朝鮮の大学生。それでも中には好人物もいた

留学生の監視を担当する北朝鮮の大学生。それでも中には好人物もいた<アレックの朝鮮回顧録10> | ハーバー・ビジネス・オンライン


留学生の監視を担当する北朝鮮の大学生。それでも中には好人物もいた<アレックの朝鮮回顧録10>
2020.06.25印刷
アレック・シグリー バックナンバー



金日成総合大学の敷地(筆者撮影)  2019年7月4日、北朝鮮の金日成総合大学に通うオーストラリア人留学生アレック・シグリー氏が国外追放された。  朝鮮中央通信はシグリー氏が「反朝鮮謀略宣伝行為」を働いたとして6月25日にスパイ容疑で拘束、人道措置として釈放したと発表。北朝鮮の数少ない外国人留学生として、日々新たな情報発信をしていた彼を襲った急転直下の事態に、北朝鮮ウォッチャーの中では驚きが走った。  当連載では、シグリー氏が北朝鮮との出会いの経緯から、逮捕・追放という形で幕を下ろした約1年間の留学生生活を回顧する。その数奇なエピソードは、北朝鮮理解の一助となるか――?

地方から来た「かっこいい彼女」

 ほとんどの同宿生(大学の寄宿舎で留学生とともに暮らす、現地人学生を指す言葉)は我々を若干遠ざける傾向を見せ、よそよそしく扱った。特に男子留学生の前では大部分の女性同宿生らは消極的だった。しかし、ただ一人いた「カッコいい女子」は私の記憶に深く残っている。ジョンアというじゃじゃ馬だった。  ジョンアはもともと清津の生まれだが中学校に上がるため首都に上がってきた。彼女は咸鏡北道の人であるためか、周囲の平壌の人とは性質が少し違っていた。北朝鮮の20歳の女性が持つ可愛らしさと柔らかさを備えながら、その年にしては珍しく人生に対する勇気と自信を持ち合わせていた。  彼女は知性的な人で、正直、勉強をそこまでしない周辺の同宿生と比べると頭が良く、学業も優れているようだった。英語を専攻する同宿生はジョンアだけではなかったが、彼女だけが我々に英語の文法と語彙に関してしばしば質問をし、積極的に英語で対話した。  我々が教えた新たな単語や慣用句を彼女は残らず記憶し、後に我々との対話でそれを使おうとした。  ジョンアもセンスのある女性だった。彼女は冗談を言ってよく我々を笑わせた。  留学生はみな彼女に好感を持ち、かっこいい人であると思っていた。北朝鮮のように伝統的で家父長的な社会では酒を飲む女性は珍しいが、ジョンアが留学生寮でのパーティで、女子同宿生で唯一、大同江ビールを飲んだことも記憶に残っている。

留学生と親しい同宿生ほど、すぐにいなくなる

 だがもちろん、北朝鮮である。そのため我々は交際する機会は別途なかった。  彼女は一度、我々の部屋でラーメンと弁当を一緒に食べたが、その後部屋の前でたむろしている男子の同宿生から小言を言われていた。  私が思うに、北朝鮮ではない普通の国であったなら、彼女とは良い友人になれていた。これは我々が長期間、寄宿舎で過ごす中で起きた現象から推論し導いた法則であるが、留学生と仲良くする同宿生ほど、寄宿舎にいる期間が短い。ジョンアも例外ではなかった。  ジョンアが留学生寮を去る時、私は彼女に言った。  「未来がよくなることを願う。君はしっかりしているし、色々と魅力のある女性だから、人生が上手くいくと信じている」  私は彼女が未来に成功する姿を見られないのがあまりにも惜しい。
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ある種の「適当さ」を持つ同宿生に好感も?



 ある日、新たな男子同宿生が寮に入ってきた。この同宿生はすらりとした10代後半で、性格が優しく、つねに若干純粋で素朴な表情をしていた。  私は彼からは良い印象を受けた。そして午後5時に「閑談」をしに私の部屋のドアをノックする彼を、私は歓迎した。 「どうぞ入って。緑茶でも飲むかい?」 「いえ、結構です」  彼はドアの前でずっと立っていた。 「アレック先生と雑談をしたかったんです」  その頃、同宿生たちと話す機会がなかった私だったが、現地人の友人を一人つくるつもりで彼に笑いかけた。 「良い1日を過ごしましたか?」 「うん、勉強もたくさんしたし、昼には焼肉混ぜご飯を食べたよ」 「ああ……そして、ほかには何をしましたか?」 「街の商店で生活必需品を買いに行って……」 「ああ、わかりました。すみませんが少し用事があってもう行かなければなりません」 「いやあ、部屋で緑茶でも飲みながら少し話して行かないか?」 「すみません、アレック先生……」 「わかったよ。それじゃあな」  私は彼が体を翻し横の部屋のドアを叩くのを注視した。私はその時、彼が私と友人になるために来たのではないと認識した。  彼はしばらくの間、毎日きっかり5時に私の部屋のドアを叩いた。私がいかに部屋の中に招こうともいつも同じ言い訳をした。  「行かねばならない」、「用事がある」、「忙しい」。そして「閑談」は私はその日に何をしたのかを話すだけで早くも終わってしまった。

監視であることを隠し切れておらず、隠す気もなさそうだった彼



 我々留学生は彼について「任務」を最も隠せていない人物として見るようになった。我々は彼の任務に対するひたむきさと「いい加減な態度」をむしろカッコよく思ったし、ほかの狡猾な同宿生よりも彼をはるかに尊敬した。  彼は仕事だけを片付けてしまいたかったようで、不必要なゲームなどには関心がないようだった。その姿は笑えるし、可愛らしくもあった。  しかし彼もまたなぜか、他の同宿生よりも早く去って行った。彼が去った後、明らかに他の同宿生が交代で日毎やってきては質問をしてくるようになった。  新たな同宿生は彼よりもはるかにねちっこく、我々は彼をさらに懐かしんだ。後に聞くと彼は留学生を監視することをあまりに退屈で意味のないことのように感じ、いっそのこと田植えをしたがっていたという。  またその頃、同宿生たちの本質があらわになった。  ある日、中国人実習生が私の友人に質問したのだ。  「『同宿生』を英語でなんと呼ぶんだろう?」  「うーん(しばし考えて)……『スパイ』じゃない?」  我々はみな笑った。 <文・写真/アレック・シグリー>
アレック・シグリー
Alek Sigley。オーストラリア国立大学アジア太平洋学科卒業。2012年に初めて北朝鮮を訪問。2016年にソウルに語学留学後、2018~2019年に金日成総合大学・文学大学博士院留学生として北朝鮮の現代文学を研究。2019年6月25日、北朝鮮当局に拘束され、同7月4日に国外追放される。『僕のヒーローアカデミア』など日本のアニメを好む。Twitter:@AlekSigley

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