2023-11-08

クワルナフブログ |鎖国してたはずだけど朝鮮に500人もの日本人が・・・。田代和生『倭館 鎖国時代の日本人町』

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鎖国してたはずだけど朝鮮に500人もの日本人が・・・。田代和生『倭館 鎖国時代の日本人町』
どうも。馬頭です。
寝てないです。死にそうに眠いです。

それはともかく。



『倭館 鎖国時代の日本人町』

(田代和生。文藝春秋。文春新書281。2002年。760円。268ページ)
はじめに
第一章 古倭館の時代
第二章 二〇〇年の日本人町
第三章 「鎖国」のなかの倭館貿易
第四章 倭館に生きる
第五章 日朝食文化の交流
第六章 朝鮮を調べる
参考文献・史料


江戸時代を中心に古くから日本・朝鮮の貿易の拠点となった朝鮮半島にあった日本側の居留地を取り扱った本です。著者は田代和生(たしろかずい)氏。

よく、鎖国時代の日本は、長崎に外国人たちの居留地、出島や唐人屋敷を作って自らは海外に出ないで交易をしていた、と言われますが、実際には、李氏朝鮮との交易を、主に日本側・対馬藩側が朝鮮半島まで赴いて行っていたのがあって、それは現地に建てられた倭館を中心に行われました。それは朝鮮側の出島のようなもので、日本人を隔離し、交易する場所を限定するものでした。
ここに、常時500人もの日本人が朝鮮にいたというのですから、かなりの規模の日本人町が形成されたわけですが、こうしたことはあまり知られていませんね。
この本では、その倭館とその貿易、文化交流の詳細について語られています。
これ、凄く面白かったです。日朝の建前と現実がいろいろ齟齬を起こしつつ、こういう例外的な存在を作り上げていった過程と、その中で起きた問題が、どれも興味深かった。

これで知った面白い話をいくつか。
江戸時代半ばまで、日本の繊維生産は貧弱で質量ともに劣るため、生糸と絹を大量に輸入していたということ。その代金として銀が大量に流出してしまいます。あと、江戸時代中期以降に朝鮮人参が万能と考えられて、大ブームとなったことで、この代金としても銀が出て行きました。
朝鮮では中国とはまた違う感じで医学が発展して、当時の日本と比べると医学先進国だったため、わざわざ医学習得のために倭館にまで来る人がいたり。
徳川吉宗は医学・薬学に興味があり、医学先進国の朝鮮の医学書を取り寄せ、そこから朝鮮への博物学的興味へと発展して、調査を命じてます。ここらへん、面白い話なんで時代劇でもとりあげて欲しいところ。
鶴は瑞鳥だから日本では食べるけど、韓国では「鳥類の頭」「立身の鳥」というので食べれば出世に差し障りが・・・と考えられているとか。同じ瑞鳥なのに真逆のことになるのは面白いですね。
倭館を作る時、周りの囲いを惣堀にしてますが、はじめは現地の朝鮮人人夫たちが工法を理解してくれなくて困ったとか。さらに門に内側から鍵ができるようにさせてくれないので、その内側をさらに塀で囲って、直角に折れるように門を付け、枡形門にしてしまったという。
あと、李氏朝鮮では仏教の地位が低下した影響で賦役を課せられるようになり、大規模工事などに近隣の僧侶たちが駆り出される、ということが当然のようにあったとか。倭館建設のためにも大量にやってきています。
韓国は口喧嘩だけど、日本人はすぐに殴るので、条文でわざわざ禁止された。
あと、倭館の門の朝市に物を売りに来る朝鮮人が若い女だと、女人禁制な倭館で飢えまくった男たちが、値段がちょっと高くて質が悪くても、進んでその女のところで買うので、老人や男の物売りが来なくなってしまうとか。文句が出て若い女性の物売りの参加が禁じられたとか。飢えすぎだおまえら・・・。
など、いろいろ面白い話が載ってます。
この本は新装版みたいのが出てます。


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