2016-03-17

ニッポンリポート・従軍慰安婦の体験談等メモ・12

〔その595〕藤井重夫著『きけわだつみもうひとつの声』汐文社、1975年発行。著者は、昭和18年から20年まで、朝日新聞南方特派員、その途中から陸軍報道班員となる。
(その595・1)中国・芒市。
「雲南の芒市で、私はこの(小説『火焔樹』に書かれた日本人慰安婦と日本軍人の)“兄妹相姦”という、世にもふしぎな戦場秘話を知ったのであった。芒市は緬支国境に近い町である。雲南ペストの本場で、ペスト患者が多発することで世界的に有名な土地だった」「伝染病の本場だから、よほどの覚悟がなければ、そんな土地へ流れてくる慰安婦はいなかっただろう。危険が大きければ大きいほど、慰安婦は荒稼ぎができる。それを承知のうえで、戦場ずれのした女が、あぶない芒市くんだりまでやってくるのだ」「芒市の慰安所で、私はたまたま一人の慰安婦に会った」「(ミートキーナの慰安所にいた)ミドリであった。二度、三度とミドリのいる慰安所(それは出入り口に鉄板を張った土民の家を借りうけた粗末な家だった)に、しごとの合い間に私は出かけた」「私は、ミートキーナの旧知であるこのミドリとは、友人としてつきあった」「必要なときは、私は別の慰安婦のところへ寄った」「兄妹のような仲でミドリとつきあったので、ミドリはその出身地と本名、そして慰安婦としてこの南方の戦場へやってきたいきさつを、かなり素直に私に話した」「3日ぶりかに、ミドリのいる慰安所へ出かけたところ、ミドリは死んだわ/自殺したよ/きのう荼毘にした/ほら、ミドリちゃんそこの小さな白い骨箱におさまってしまってる…。慰安所のかあちゃんが、目をしばたたいた。怒江の最前線ヘ出かける自動車隊の曹長と、一夜ミドリはつきあった。忘れていった護符の名が、ミドリの兄の名とおなじであったこと、そして次の日、最前線から伝えられた情報で、曹長は兵員を前線の部隊へ送ったあと、拉孟まで弾薬を緊急輸送する途中、敵の仕掛けた地雷で、車といっしょに吹っとんで、あっぱれな“戦死”をとげた…。この前後のいきさつは、あとで私が聞きだしてわかったことである。『どうしてミドリちゃん、はたちか21か、まだ若いのに、じぶんで死んだのかねえ。戦場で稼いで、日本へ帰って、一軒のおみせでももてばよかったのに、ねえ』。遊廓のやりて婆のことをいう」「それっきり再び、私はミドリのいないその慰安所へ出かけなかった」(89~93ページ)

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