2020-07-27

朝鮮半島対話の限界―危機克服への戦略構想 (日本語) 単行本 – 2003/4/1 白 善燁 (著)






朝鮮半島対話の限界―危機克服への戦略構想 (日本語) 単行本 – 2003/4/1
白 善燁 (著)
5つ星のうち4.0 1個の評価


内容(「BOOK」データベースより)
1950年6月25日、38度線の全線にわたる北の奇襲により、1000日におよぶ朝鮮戦争が始まった。突如として侵攻してきた北の狙いは何だったのか。いつから米中対決の場となったのか。南北分断の真因は何だったのか―。第一線で指揮を執った韓国軍の名将が休戦に至るまでの時々刻々を語り、知られざる真実の数々を明かす。日本統治下の暮らしぶり、帰国直後の「金日成」の素顔、李承晩・吉田茂会談、よど号ハイジャック事件などのエピソードも興味深い。朝鮮半島の動向をつかむ鍵ともなる、朝鮮戦争史の決定版。

smna

5つ星のうち4.0 現代韓国人に本当は伝えるべき白将軍の叫び2017年10月1日に日本でレビュー済み
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今の日本のことを右傾化しているとか軍国化しているとする韓国や中国の論評を怒る日本人が多いが、実は日本こそ、ある時期、マスコミは韓国と北朝鮮を真反対に理解し日本国内で流布していた罪を気づかさせてくれる。朝鮮戦争も韓国が仕掛けたとしていたし、北朝鮮は地上の楽園だと宣伝していたのだ、日本だって。
その他、拝読して覚えておきたいと、今回チェックしたのは次のようなところ。
-白将軍は、韓国による統一が正当とする根拠として、1948.5.10に実施された公正な選挙によって唯一できた合法政権が大韓民国政府だからとしている。1948.12の国連総会決議でも韓国政府が優位いつの合法政権と確認された。
-マッカーサーが国連軍総司令官であったあいだ、米韓の戦略は北進統一で一致していたのに、1951.4マ元帥解任で米国戦略に変化が生じた。もし最初のこの時に北進を続けていたら、今の不幸は無かったのに・・・
-強く見える裏に弱さが隠されているもの。装甲車化された部隊と徒歩に頼る部隊:見かけは強・弱だが、燃料なければまた地形によって動けないことを装甲車を見る際忘れるな。
-北朝鮮の兵士が自爆する姿には慄然とさせられるが、強味ではない。人間の本能で最も強いのは生存本能であるから、それを抑えようとするのは無理があり、確実に死ぬような命令をくだすことは統率の外道。
-韓日の国交正常化には相当長い歳月を要した。北朝鮮とも相当にかかるはず。
-韓国の面積はほぼ本州と同じ。
-先の大戦前の日本は、7000万の人口であったから7000石のコメ生産が本来必要だったが、豊作でも6000石だったので、不足分を韓国や台湾から移入するしかなかった。
-日本がコメの自給を達成したのは1968年。
-北東アジアの中心はソウル。1000㎞=大型民間機で1Hの距離に、北東アジアの主要都市をカバーしている。
-韓国では親戚や友人の家庭に子どもが生まれると金(ゴールド)の腕輪を送る習慣あり。本来はいざというとき食糧に代えて生き延びろという印・・・韓国人の金への臭覚は異常にすごい。
-ナショナリズムが強い韓国なのに海外移住者が多い・・・一度故郷を捨てた北の人が多い模様。いったん捨てたんだから帰れる日までは・・ということか。
-交流がなければ警戒心が生まれ敵意にも似た感情に発展するもの。
-1953.7.27の休戦協定署名者は、金日成+彭徳懐+マーク・クラークであり、韓国人はいない。韓国軍の指揮権は開戦時にマッカーサーに委譲していたし、署名する立場の人がいなかった。
-中国や韓半島には、鎮+寧+安、の地名が多い。これは安全保障上の重要な地点。

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