最前線にいた元皇軍兵士14人が中国人への加害を告白──『日本鬼子』の衝撃 | 森達也 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
森達也私的邦画論
最前線にいた元皇軍兵士14人が中国人への加害を告白──『日本鬼子』の衝撃
2020年09月17日(木)19時05分
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ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<捕虜の生体解剖や生体実験を行っていた731部隊員、南京虐殺に加担した兵士、捕虜の大量処刑に関わった憲兵。年老いた彼らが淡々と語るかつての加害行為。これは中国の映画ではない>
『日本鬼子』と書いて「リーベン・クイズ」と読む。中国語圏で日本人を指す蔑称だ。ただし中国の映画ではない。日本で制作されたドキュメンタリー映画だ。
満州事変で始まった日中戦争は15年に及んだ。このとき最前線にいた皇軍兵士14人が、半世紀以上の時間が経過してから、中国兵士や一般国民に対する自らの加害行為を告白する。14人の中には捕虜の生体解剖や生体実験などを日常的に行っていた731部隊員もいるし、南京虐殺に実際に加担した兵士や、捕虜の大量処刑に関わった憲兵もいる。
すっかり年老いた彼らは自宅の居間や縁側、ホテルのロビーや診療所で、かつての加害行為を淡々と語る。村を襲撃した元兵士は家の中で幼児と共に震えていた若い妊婦をレイプしようとしたが抵抗され、髪をつかんで家から引きずり出して井戸にたたき込んだという。泣き叫びながら井戸をのぞき込もうとした幼児も滑り落ち、その後に彼は部下に命じて、井戸の中に手榴弾を投げ込ませた。
こうした顚末を淡々と話しながら彼は、自分の孫を膝の上に乗せている。そしてふと気付いたように、あのときの子供とこの孫は同じくらいの年だったかも、とつぶやいた。
スタンリー・キューブリック監督はベトナム戦争が題材の『フルメタル・ジャケット』で、兵士たちが壊れていく過程をドラマにした。人は本来なら人を殺したくない生き物だ。だから勇敢な兵士にするには、そのバリアーを崩さなければならない。海兵隊の訓練はその典型だ。ところがベトナム戦争後、兵士の多くは社会復帰できないほど壊れてしまったことにアメリカは気付く。ベトナム帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)がテーマの映画は、ほかにも『タクシードライバー』『ディア・ハンター』『ランボー』など数多い。イラク戦争後には『アメリカン・スナイパー』が話題になった。
僕は『日本鬼子』を、『A2』が招待された香港国際映画祭で観た。日本兵の加害行為をテーマにした作品はそれまでにもいくつか観ていたが、そのほとんどは「上官に命令されて」「同僚が加害行為に加担したらしい」など、受け身で傍観者的な証言だった。ところがこの映画に登場する14人は全て加害の当事者だ。語ることで閉じ込めていた記憶が喚起され、呆然としていることも共通している。衝撃だった。多くの中国(香港)人と一緒に映画を観ながら、僕はずっと歯を食いしばっていた。
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この映画が公開されてからほぼ20年。日本では今も、南京虐殺はなかったとか、従軍慰安婦はいなかったと主張する人が後を絶たない。あの戦争はアジア解放が大義だ、虐殺などあるはずがない、と。だから認めない。直視しない。多くの人が使う「先の大戦」という呼称が象徴的だ。固有名詞がないのだ。今さら『主戦場』が激しい論争を呼び起こすことが、この国の現状を端的に示している。つまり日本は今も、自分たちの加害行為を歴史にできていない。
上映が終わって出口に向かう通路を歩いていたら松井稔監督と擦れ違った。静かに握手を求められたけど、感想は何も言えなかった。「圧倒されました」とつぶやいたかもしれない。それが精いっぱいだった。
『日本鬼子(リーベンクイズ) 日中15年戦争・元皇軍兵士の告白』(2001年)
©「日本鬼子」製作委員会
監督/松井 稔
ナレーション/久野綾希子
<本誌2020年5月19日号掲載>
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