2020-09-01

アレックの朝鮮回顧録14 北朝鮮に蔓延する外国ヘイトと二面性

北朝鮮に蔓延する外国ヘイトと二面性<アレックの朝鮮回顧録14> | ハーバー・ビジネス・オンライン

北朝鮮に蔓延する外国ヘイトと二面性<アレックの朝鮮回顧録14>



金日成総合大学3号校舎(筆者撮影)
 2019年7月4日、北朝鮮の金日成総合大学に通うオーストラリア人留学生アレック・シグリー氏が国外追放された。  朝鮮中央通信はシグリー氏が「反朝鮮謀略宣伝行為」を働いたとして6月25日にスパイ容疑で拘束、人道措置として釈放したと発表。北朝鮮の数少ない外国人留学生として、日々新たな情報発信をしていた彼を襲った急転直下の事態に、北朝鮮ウォッチャーの中では驚きが走った。  当連載では、シグリー氏が北朝鮮との出会いの経緯から、逮捕・追放という形で幕を下ろした約1年間の留学生生活を回顧する。その数奇なエピソードは、北朝鮮理解の一助となるか――?

「冷たく、寂しい時期」だった3学期  

私が金日成総合大学で学んだ3学期の間は、私の人生において冷たく寂しい時期であった。  国家安全保衛省に逮捕される前、すでに私は北朝鮮に対し万感の思いが交差していた。これまでの連載で説明したとおり、私は平壌で長期居住する外国人として、もどかしいほどの監視と疑心に満ちた目線の中で暮らさなければならなかった。  この国を心から愛する私は、北朝鮮の人々にとっての近しい友人になりたかったが、北朝鮮は外国人との私的な交流を阻み、外国人の「内部資料」使用禁止も博士院生としての私の研究を妨げた。  長い間考えてきたが、北朝鮮での生活において最も不安だったのはまさに“偽善”である。偽善はもちろん、北朝鮮だけにあるわけではない。  自由主義・資本主義社会にも多くの偽善がある。この偽善はまさにジョージ・オーウェルの「1984」で出てきた二重思考(ダブルシンキング)に当てはまる。  私は北朝鮮で暮らし、そのような偽善をあまりに多く見てきた。人々をそのような偽善的な存在に仕立て上げる政治制度に対する憤りが込み上げたし、真理がなく、ありのままの人生を生きられない政治制度のもとにいる人々をとても哀れむようになった。

北朝鮮の二重思考とダブルスタンダード

私が出会ったとある同宿生(同じ寄宿舎に暮らす現地人学生の意)は、そうした二重思考の化身であった。  私が最初に到着したとき、彼は私と比較的仲良く過ごした。彼は自身の部屋でお茶を飲もうと我々を招待することもあった。  彼は留学生と積極的に親しくなろうとする唯一の同宿生であるように見えた。彼は他とは違い、一人部屋で暮らしており、同宿生の責任者という特別な地位にあった。その部屋は留学生宿舎の4階にあったのだが、留学生を管理する課長の事務室の横にあった。  部屋の窓からは黎明通りと金日成総合大学の校庭を見下ろすことができた。彼の部屋の前には他の同宿生がしばしば現れ、注意深くドアを叩く音が聞こえていたりもしたし、彼と一緒にいるときは、絶えず電話がかかってきていた。  思い返してみると、明らかに一般の人間ではなかった。彼は課長の下で動かねばならなかったが、時に課長の指示に抵抗することもあった。  彼の部屋で二人、または他の留学生とともに皆で茶を飲みながら話したことをよく覚えている。  他の同宿生もいたが、彼の前ではつねに緊張しているように見えたし、時々しか訪れて来なかった。その同宿生は西洋のクラシック交響曲をかけながら高麗人参茶を淹れてくれた。  北朝鮮版コスモポリタン青年のように見えた彼はレッド・ツェッペリンの「天国の階段」も知っていた。彼の机の上は金日成総合大学の教科書を除くと、「朝鮮のもの」がなかった。  本棚では題目が背表紙に金箔で押されたマーク・トゥエインの「トム・ソーヤの冒険」が目を惹き、机の上には他の同宿生と同じく外国の贅沢品が羅列されていた。
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MacBook Proと、サムソンのスマホを愛用する北朝鮮の幹部学生

MacBook Proと、サムソンのスマホを愛用する北朝鮮の幹部学生

 その中で彼が最も大事にしていたのは、彼のMacBook Proだった。将軍様も使っていたからか(錦寿山太陽宮殿にいくと金正日が列車の中で使っていた様子がわかる)、かろうじて入手したからかはわからない(平壌の電子製品商店と「技術情報交流所」で外国産PCが容易に手に入るが、アップル製品はなかった)。  しかしそのデスクトップはカルフォルニアのヨセミテ渓谷の名山ではなく、平壌のカレンダーに挿入できそうな凱旋門の端正な写真だった。彼はMacBook Proを自身の大事な子供であるかのように熱心に自慢していた。  それでも彼の自慢のMacBookには一つだけ問題があった。彼はアプリについて多くの関心を抱いていたが(アプリを開発する抱負をしきりに吐露し、外国のアプリについて質問していた)、インターネットなしには新たなアプリを設定できず、システムも更新できなかった。それで彼は我々に妙な頼み事をした。  彼のMacBook Proを文繍洞外交団(外国人の居住エリア)に持っていき、そこにあるインターネット(当時、留学生宿舎にはまだインターネットルームが開設されていなかった)に繋いでアップデートしてくれということだった。  しかしそれを手伝おうとしても、インターネットの速度があまりに遅かったため失敗に終わった。ただ、彼がそのように、自身の宝物を我々に託したのは印象深い出来事だった。彼が我々にどの程度の信頼を持っているかを示してくれたからだ。  MacBook Pro以外にも、彼はサムソンのスマートフォンを利用していた。彼の部屋がいかに立派だったかは、もともとベッドを二つ置くはずの寝室に一つのキングサイズベッドを置いていたことからも窺えた。  その部屋には装飾がほとんどなく、唯一「世界政治地図」が隅っこに張られ、壁を占領していた。その地図には世界各国が多彩な色で塗り分けられていたが、アメリカと日本だけが灰色で描かれていたことは重要な暗示であるように見えた。  いずれにしろ我々はその部屋でたびたび集まり、気軽に話をした。最初、私はその時間を楽しんでいたし、外国人として寂しさを感じやすい平壌で、私は彼を友人であると思っていた。  他の同宿生たちは我々と親しくなることを恐れていたが、彼とは普通の人同士のように会話できたことは慰めになった。話題はさまざまだったが、現地人のようにカジュアルで自然なものが多かった。彼は他の同宿生とは違い「偉大な首領様」についての賞賛を熱心に反復することなどなく、外の世界にいる「普通の人」と同じような印象だった。

北朝鮮に広がる中国憎悪

 我々の友情は正常であった。彼が時折我々を外のレストランに連れ出し、奢ってくれたりもした(他の同宿生たちは何故か我々と外出することはできなかった)からだ。  私は彼をまともな人間とみなし、平壌で開催した私の結婚式に招待した。私はそのときまで、彼の偽善に気付けなかった。ただひとつ、彼の中国人に対する態度に裏表があると感じていたのみだった。  彼は中国人留学生の前では非常に礼儀正しく振る舞ったが、いなくなると中国人と中国をしばしば罵った。実際、それは特に異常なことではなかった。私が出会ったほとんどの朝鮮人民が中国に対してはそのような態度だった。ひとしきり朝中親善を熱心に語っては、その直後に中国を罵る。  私はずっと以前から、北朝鮮の人々が好いているのは中国人のお金であることを知っていたため、同宿生の中国人ヘイトを聞いたときも特に心配はしなかった。  彼は他の同宿生と同じく、インターネットで報じられる国際ニュース、特に朝鮮半島ニュースに関心があった。彼は我々の意見を興味深く聴きながら、珍しく自身の意見を言うこともあった。  親切で開放的であるように見えた彼は、日本人の妻を持っていた私に対し、日本に対する意見を一度、開陳したことがある。  彼は「私たちが恨んでいるのは日本人ではなく、日本の軍国主義的政府だ」と「進歩的な」立場を表明した。そんなある日、西欧からきた留学生がこんなことを私に言った。  友人「アレック、あの同宿生についてなんだが。ごめん、君には聞き辛いだろうし……放っておくか僕も悩んだんだ。どうすればいい?」  私「聞かせてくれ」  次回、友人の口から聞かせられた話についてお送りする。 <文・写真/アレック・シグリー>
Alek Sigley。オーストラリア国立大学アジア太平洋学科卒業。2012年に初めて北朝鮮を訪問。2016年にソウルに語学留学後、2018~2019年に金日成総合大学・文学大学博士院留学生として北朝鮮の現代文学を研究。2019年6月25日、北朝鮮当局に拘束され、同7月4日に国外追放される。『僕のヒーローアカデミア』など日本のアニメを好む。Twitter:@AlekSigley

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