2018-02-28

(5) Jin Kaneko - 《続・ソウル市の行う慰安婦の歴史操作に憂慮する》  昨日の投稿の続きです。  〝Night of...



(5) Jin Kaneko - 《続・ソウル市の行う慰安婦の歴史操作に憂慮する》  昨日の投稿の続きです。  〝Night of...




Jin Kaneko
48 mins ·



《続・ソウル市の行う慰安婦の歴史操作に憂慮する》

 昨日の投稿の続きです。

 〝Night of the 13th the Japs shot 30 Korean girls in the city〟(1944年9月13日夜、(脱出に先立ち)日本軍が騰越城内にいた朝鮮人女性30人を銃殺した)という記述のある、1944年9月15日付の雲南遠征軍(中国国民党軍と米軍の合同軍)の作戦日誌の記述があります。
 さて、この1944年9月15日付の雲南遠征軍の作戦日誌の記述(Night of the 13th the Japs shot 30 Korean girls in the city)の事実が、今回発見された動画映像で裏付けられたというのが、ソウル市とソウル大のチームの主張です。これが韓国の各メディアの報道の核心部分になっています。典型的な記事をあげておきます。
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/833978.html

 ちなみに、この作戦日誌は、ソウル市とソウル大のチームが米国立公文書館で発見したもので、2016年11月に、この資料の存在を発表しました(これは、今回発表された資料ではありません)。以下は、以下はそれを報じた2016年11月6日付の京郷新聞の記事。この時、この資料だけを取り上げて、ソウル市とソウル大チームは大騒ぎをしたわけです。他の発掘資料には目もくれません。
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html…

 結論から述べます。
 この映像動画を、〝Night of the 13th the Japs shot 30 Korean girls in the city〟の証拠と言うのは、とんでもない暴論です。
 まず、この動画が〝Night of the 13th the Japs shot 30 Korean girls in the city〟、つまり「日本軍による慰安婦の銃殺」を裏付ける根拠にならないことは、皆さんも理解できると思います。これが第一点目です。

 2番目は、この記述は報告や尋問等に基づく伝聞情報であると思われますが、この記述の信憑性についていくつかの疑問があることです。
 謄越の戦いで18名の女性(日本人・台湾人・朝鮮人)が雲南軍の捕虜になったことは、先の投稿で述べた通りです。騰越に30人+生存者2人の朝鮮人慰安婦がいたというのは多すぎます。まずあり得ません。また、映像動画にあるものは朝鮮人慰安婦と特定できるものではありません。また日本軍兵士の遺体も一緒に映っています。何をもって、この映像を〝30 Korean girls in the city〟の一部とみなしたのか、たぶんソウル大チームは合理的に説明できないでしょう。

 さらに、雲南軍、日本軍ともに、戦闘日誌、戦闘詳報が残されています。これを突き合わせると、次のような騰越の戦いの経過が浮かび上がってきます。
 以下、かいつまんで、戦いの経過を説明します。
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 日本軍の戦闘員は、歩兵第148連隊および第56師団歩兵団の残存兵、野砲兵第56連隊第1大隊ほか2025名であった。騰越に侵攻してきた雲南軍(米軍、中国国民党軍の合同軍)の兵力は4万9600名です。何と25倍の兵力差であったが、1944年6月27日の戦闘開始(砲撃)から9月13日の玉砕まで守り抜いたということになります。

 戦闘(地上戦闘)はまず騰越周辺のいくつかの日本軍の外郭陣地から始まりました。
 6月27日以降、この外郭陣地の陣取り合戦が行われます。日本軍の外郭陣地は約1カ月持ちこたえます。

 そして、7月27日に日本軍は外郭陣地を放棄・撤退して、城壁陣地(騰越城内=市街)に後退しました。当然、騰越城は雲南軍に包囲されました。翌7月28日には、日本軍(謄越守備隊)に騰越の死守命令が出されます。

 8月2日には、航空機(戦闘機)の援護射撃のもと雲南軍による騰越城に対する総攻撃が始まりました。日本軍はこの攻勢を守りぬきます。雲南軍は苦戦しました。このため、雲南軍は爆撃機を動員して数次にわたる爆撃を開始しました。この爆撃により、謄越守備隊に、大きな損害が生じました。城内には女性ほか非戦闘員もいましたから、たぶん、そうした人々にも被害が出たでしょう。

 8月15日、ついに城壁とトーチカ陣地が破られて、雲南軍が騰越城内に突入しました。以降、市街戦が繰り広げられました。
 8月21日、糧秣は数日分、弾薬、手榴弾は各自の持分しかない状態に追い込まれたようです。残存兵力は640名に減っていました。日本軍は弾薬や手榴弾などの補給を要求しますが届きません。8月25日、日本軍戦闘機12機による手榴弾500発の空輸を成功させました。戦闘機による空輸だからたいしたことはありません。糧秣と弾薬は補給されていません。8月27日、騰越守備隊は夜陰に紛れて、雲南軍のいる騰越城の西門に近づき、手榴弾の投擲攻撃を実施したそうです。銃撃などは弾薬がなくてできなかったわけです。

 9月1~5日、日本軍の騰越守備隊の兵力は350名を割り込み、市街東方に追い詰められていました。9月7日の残存兵力は70名になっていました。
 9月11日、守備隊の弾薬、手榴弾が尽きました。その連絡を師団司令部に行っています。
 9月13日、太田大尉以下、生き残った70名の全将兵が敵陣地に突撃し、全員戦死しました。他の戦場でも日本軍が行った最後の万歳突撃です。
 生き残りは、中国軍に収容された重傷者3名だけだったそうです。

 1944年9月15日付の雲南遠征軍の作戦日誌の記述(Night of the 13th the Japs shot 30 Korean girls in the city)が事実であるとすれば、太田大尉以下の生き残り70名が、最後の突撃前に、慰安婦虐殺を行ったということになるでしょう。凄絶な市街戦の中、30人の朝鮮人慰安婦が生き延び、かつ、日本軍が朝鮮人慰安婦を掌握し、弾薬や手榴弾が尽きた日本軍兵士が、朝鮮人慰安婦30人を〝shot〟したということになります。

 この作戦日誌の記述の信憑性を疑わなくてはならない理由は、もうお分かりいただけたのではないでしょうか。
번역 보기


일본군 ‘위안부 피해자 학살’ 영상 처음 나왔다
1944년 윈난성에서 미군이 촬영 벌거벗은 시신 무더기 쌓여 있어 “조선인 30명 학살”기록 뒷받침 학살 부정한 일본 주장 정면 반박 19초 영상에 처참한 현장 담겨 미군 문서 “일본군이 총살”명시 발굴 교수 “극단적 인권말살...
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Comments

Jin Kaneko ソウル市がソウル大と共同して、真面目に慰安婦関連資料の収集と解析を行っているとは、とても思えません。別の意図に基づく歴史改変を行っている。これが私の受け止め方です。朴ソウル市長は、以下のように言っているそうですが、「あなたこそ、苦痛ではあっても、真実を究明する、真摯な態度を持ちなさい」と言いたいと思います。
http://news.mtn.co.kr/v/2018022811093967529Manage



박원순, 위안부 학살 입증 영상에 “고통스럽더라도…함께 기억 해야한다”
NEWS.MTN.CO.KR

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Jin Kaneko 韓国にも、まともに資料収集・解析のできる人材はいるだろうに。

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