2016-04-12

3] 転向万歳



3] 転向万歳

   一、転向万歳!

 六月十日の新聞では、一斉に、佐野、鍋山の「両巨頭」の転向が報じられた。佐野巨頭の動揺は去年の十月頃からだそうだし、鍋山巨頭の動揺参加は今年の一月頃だと、宮城検事正は語っているから、多分当局は永らく希望にワクワクしながら、固唾かたずを飲んでこの日を待っていたことだろうと思う。花々しく蓋が開けられた時、左翼の陣営にはどんなに痛快な大地震が揺れることだろうかと。
 実際、左翼の陣営などにはいない処の私の如きは、この記事を見て全く驚いて了ったのである。驚いて了ったのは無論私だけではあるまい、大抵の人間は少くともすっかり驚いたことだろうと思う。――何しろ、新聞が要点をかい摘んで教えて呉れる処を見ると、彼等両巨頭が、突然、日本民族の優秀性やアジア民族と世界資本主義との対立、対支那及び対アメリカ戦争の積極的肯定や天皇制の強制、其他其他を主張し始めたというのである。ロシアにもどこにも行ったことのない吾々は、コミンテルンというものがどういうものかは良く知らないけれども、少くとも共産主義というものは、凡そこうしたファッショ的テーゼの正反対をこそ主張するものだと思っていた処だから、全く途方もない「転向」もあったものだと思ったのである。世間の人達が、これをファッシストによってディクテートせしめられたものに違いないと信じたのに無理はない。
 処がその日の夕刊を見ると、無産弁護士団が、この両巨頭を市ガ谷刑務所に訪問して、二人が「顔色一つ変えず」に、夫が本当だと断言するのを聴いて来たと報じてある。そして刑務所帰りの弁護士達の写真までがその証拠として掲げられている、ということは即ち新聞に出たことが決して「デマ」ではないということである。と同時に、この転向がファッショなどにディクテートされたのではなくて、完全に自発的に「心境の変化」を来したことに由来するものだということになる。で転向が「本当」だということはもはや疑う余地もなく保証されているのである。
 併し新聞が伝える限りでは、この新しい主張がなぜ正しいかという点に就いては云うまでもなく、こういう転向の過程がどう理由づけられているかも一向説明されていない。そして唯々「共産主義を蹴飛ばし」「ファッショに転向」したという、一種の託宣めいた結果だけを、繰り返し繰り返し報道しているにすぎない。こうなると新聞は妙に不親切なものである。
 尤も新聞は同時に吾々に一つの希望を与えることを怠ってはいなかった。例の七項からなる上申書「思想転向の要項」の全文と「緊迫せる海外情勢と日本民族及びその労働者階級」(副題、「戦争及び内部改革の接近を前にしてのコミンターン及び日本共産党を自己批判する」)という八項からなる声明書とが検事局から出版されることに決ったということを新聞は報じているのである。この出版物が読んでも判らない程度に伏字になったり、発禁になったり、しないことを吾々は衷心から希望せざるを得ないのであるが、とにかくこの出版物が吾々第三者の立場にあるものの疑問を解いて呉れる唯一の希望だと考えられた。こうして新聞は鮮かに「本当」の報道の責を検事局に転嫁して了ったようである。
 処で、検事局の責任編集になる両巨頭の例の文書が早く出ればいいがと思っている矢先、吾々は思いがけぬ福音にありつくことが出来た。というのは、本誌と『改造』とが逸早く、佐野学、鍋山貞親の原稿全文「共同被告同志に告ぐる書」を掲げているのである。この福音は、新聞記者からでもなく検事局からでもなくて、雑誌編集者の驚嘆すべき手腕から来たことは明らかである。吾々は編集者が、私信のやり取りさえ困難な刑務所内からこの貴重な政治的論文を獲得して来た精励の程に、又この論文を殆んど一字の伏字もなしに印刷した英断の程に、敬服せざるを得ないと共に、一体之は原稿料を払っているかしらという、一寸世帯じみた連想も起こすのである。というのは、同じ原稿がこの二つの雑誌に印刷になっているらしいからである。之は普通の原稿ではあまり見受けない現象だ。
 この文章又は例の「要項」の摘要に対する批評は山川均氏(『中央公論』)や青野季吉氏(『読売』)等の「左翼民主主義者」達から、相当コッピドク敢行されているから、両巨頭の思想がどこで間違っているかということは、否どこで正しいということは、読者がすでに充分知っている処だろう。知識と経験との乏しい私などが、とやかく云うべき筋合ではない。私は、札つきの「左翼」の人達が之に対してどういう批判を下すかを、普通の印刷物の上で見ることの出来ないことを遺憾に思っているだけだ。
 併しこの「同志に告ぐる書」を読んだありのままの感想を云うならば、どこにも別に「ファッショになれ」という言葉は書いてないことが、やや意外だったと云わねばならぬ。新聞の紹介を読んで、両「巨頭」がスッカリ、ファッショになって了ったものと思い込んでいた私は、だからナーンダこんなことかと思ったのである。尤も例のファッショと間違いられそうな諸根本テーゼと共産主義との関係は殆んど説明されていないから、一見共産主義とは関係のないことを論じているように見えるが、併し元来之は「同志に告げる書」なのだから、同志に向って今更共産主義を説明する必要はなかろうではないか。
 問題はだがそこにあるのである。例えば私は、云うまでもなく如何なる意味に於ても彼等の「同志」などではない。それだのに私は「同志に告ぐる書」を読まざるを得ない。それが唯一の福音だったからである。だから私は、言わば雑誌編集者の紹介によって、両巨頭から同志としての待遇を受けるの光栄を有たされたわけなのである。而も大事なことに之は何も私だけの特権ではない、幾万という雑誌読者が皆そうした光栄に浴するのである、否幾百万という新聞読者までが、この光栄の結論的な「摘要」の託宣にあずかるのである。――だが一体、ファッシズムの怒濤のおかげで、今日ロクロク物も云えず息もつけずにいるような吾々娑婆の俗物達と、獄内の被告同志とを、一列に取り扱おうとするのが元来少し無理ではないだろうか。
「同志に告ぐる書」は、同志によって批難されるだろう場合ばかりに気を配っているようだが、同志の待遇を受ける光栄を有つだろう「世間」から喝采を博するだろうことに就いては、一向自信を持っていないらしく見える――併し世間の心ある識者達は、いずれも之に熱烈な喝采を送るのを惜んでいない、という吉報を、修道院のように静寂な獄内に坐している巨頭達の耳へ、早く入れてやりたいものである。――満州問題の成功や近くは円価の反騰、農村の「好況」などでこの頃益々気を好くしている日本の世間であるから、(ロンドンの「ブルジョア」経済会議のダラしなさを見ろ!「ブルジョア」軍縮会議が何だ!)この「転向」によってすっかり悦に入っているものは、決して裁判長や教悔師ばかりではない。
 土堤評によると、党員の相当上の方へ行くと、この転向に追従する人間も案外少くないかも知れないということである。だが又、当局が皮算用している程に痛快な大動揺も、なさそうだという噂さである。前に云った山川均氏や青野季吉氏などは、それ見たことかと云った調子で、軽くひねって片づけているような始末である。
 大衆は案外、英雄崇拝をしないもののように見える。そうだとすると、「巨頭巨頭」という招牌もそれ程効き目がないかも知れない。この間ある有名な左翼出版屋が、ファッショに転向したそうである。ナチスの焚書に倣って、日比谷公園で過去の出版物を焚刑に処するそうだという噂まで製造された位いである。だが之は「巨頭」の転向より無論前だから、原因は無論「巨頭」の転向などにあり得ないことは云うまでもない。原因は外にあるのだ。「巨頭」だってこの原因には意識的無意識的に動かされないとも限らない。

   二、没落

 転向問題で以て花見のように陽気になっている世間に、更に景気をそえるために、又吉報が現れた。河上肇博士が「没落」したというのである。河上博士自身にとっては没落するかしないかは大問題だが、社会的結果に就いて云えばあまり大して問題ではない筈だと思うのだが、世間が之を以て左翼の崩壊の吉兆だと見たがる処に、博士の没落の社会的な意味があるのだ。もしそうならば之は単に一個の河上博士の個人的な大問題ばかりではないことになりそうである。抜かりのない世間は事実、之を例の転向問題と結び付けてはやし立てている。――だが世間は何と浅墓なオッチョコチョイに充ちていることだろう。
 あくまで率直な博士は、自分が今日、到底共産主義者としての、即ちマルクシストとしての、実践活動に耐え得ないことを有態に告白し、マルクス主義を奉じながらなお且つマルクス主義者ではあり得ないことを、独語している。共産主義者としての自らを葬り、共産主義的学徒として資本論の飜訳を完成しようと告げているのである。その声や誠に悲しく、その心情のまことに切なるものがあると云わねばならぬ。
 だが博士は、年を取ったことや身体が弱ったことや、又恐らく自分自身の個人的性能やなどを理由として、そう云っているのであって、即ち自分自身の個人的な条件に就いてそう云っているのであって、マルクス主義者の客観的な信念や行動に関する見解が動揺したからそう云っているのではないのである。之は各種の所謂「転向」物とは一寸違った物語りなのだ。
 聞く処によると、博士の資性は決して実践家、政治家に適したものではないそうである。京大時代の博士は、学者としての科学的信念から云っても、教授としての行政的手腕から云っても、卓越したものがあったそうだが、丁度この二つの点が禍いして、例の河上事件となり、経済学部教授会は「自発的」に博士の辞職を決議した。滝川事件とは異って大学の「自由」も文部省の「顔」もつぶれずに済んだのは同慶の至りであったが、その代りに博士は政治家として新労農党の樹立、やがてその解消、地下潜入、という「山川」を越えては「越えて」辿り行かねばならなかった。之は博士自身にとっては外部から来る圧力に押された迄だったのである。(之に反して京大系統の博士の旧弟子達は、逸早くも反河上派に、反マルクス主義の信奉者に「転向」して了ったのである。)――博士は一体書斎の人だと云われている。
 だが同じく書斎人と云っても色々ある。博士は独自性に富んだ学者というよりも、寧ろ最も優れた大衆啓蒙家であるようだ。無論ブルジョア社会に於ては、最も代表的な学者達に対してもまず第一に必要なのは彼等に対する啓蒙だということを勘定に入れてそういうのである。大衆啓蒙家としての博士の情熱はその人道主義的な経歴に負う処が少くはあるまい。――吾々が老後の博士に深く期待するのは、この啓蒙家としての博士の活動なのである。博士の個人的没落は、客観的に見れば決してただの没落ではないし、又元来博士は没落する程に本当に高揚していたのではなかったとすれば、個人的にさえ没落でないとも強弁出来る。まして之は「転向」などではないのだ。
 例の博学な宮城検事正は処で、こう感想を洩している(東京日日七月七日付)、「そこでいつでもいうことだが共産党に対しては司直はあくまで峻厳な態度で臨むことが必要だ、これによってかれ等は転向の機会を掴み同志に対する口実が出来るのだ、尤もこの場合家族達からは出来るだけ本当の愛を注いでもらう必要がある、司直の弾圧と骨肉愛と、これを以てすれば共産運動の絶滅も敢て期し得ないことではない」。――これによると、河上博士という一人の左翼学生が弾圧と骨肉愛とで遂々「改悛」でもしたように見える。博士はおとなしく勉強して、大学でも卒業したら親爺の銀行か何かに勤めるもののようである。博士の存在をこんなに大急ぎで小さく見せるというこの確実な手腕は、一寸小憎くらしくはないだろうか。浅墓な世間はこれで博士をスッカリ軽蔑し、そうしてスッカリ安心するだろう。

   三、交叉点

 東京で、現職の巡査が、巡査という地位を利用して、管内の人妻と通じているのを、その夫に見つけられて、他の交番でつかまったという出来ごとがある。それから暫く立って岡山県に之も現職巡査の銀行ギャング事件が発生した。制服を着用して支店長に金庫へ案内させておいてその支店長を絞殺して三万円あまりの金を取ったという事件である。三月以降警視庁管下だけでも、現職巡査が拐帯、泥酔暴行、賭博現行、収賄、等々で挙げられたのは七八件に止まらないのである。之では全く警察の威信が疑問にならざるを得ないだろう。世間では之を警官の「素質低下」によって説明出来ると思っているらしいが、それにどれだけの実証的な根拠があるか知らない。警官の素質が低下するのは、一体好景気の結果だと考えられるが、この頃のような不況時代には、却って警官の素質は良くなっている筈ではないかと思う。素質は良くなっているのだが、素質をよくした不況というこの同じ原因が、良い素質にも拘らず警官の各種の犯行を産んでいるのではないかと思う。泥棒やスリが増えるのと××して、××の犯罪者だって増すだろう。巡査と犯人とは決して××な存在ではないのだ。
 巡査だって普通の人間だから、どんな間違いや犯罪を犯さないとも限らない。警察当局の威信というような問題を別にすれば、ここには何の不思議もないのだ。まして巡査はあまり××××××××いる方ではないだろうから、「犯人」候補者(!)たる××××××××××××ものではない。尤も彼等が階級的に行動する時は決して自分の側の階級にはぞくさないが、そして為政者達はそういう矛盾に気付いたためか、この頃盛んに警官の身分保証や、警察官後援会の設立を計画しているのだが、続々犯行者を出している処だけから見ても、立派な「×××」の味方に外ならぬ。
 ただ世間で警官の犯行を特に不埒として感じるのは、巡査が巡査たる地位を逆用して犯行に利しているという点なのである。こうした巡査の特権に就いての矛盾の感じが夫なのである。そして人民(?)に於てはこの矛盾感は中々深酷なのだ。
 巡査は人民(?)に対して特権の所有者だ、人民がただの人民である限り、到底巡査の特権の×××××に向って、太刀打ちすることは出来ない。そういう意識は人民の本能の内で中々深酷なのだ。一つ何とかして××の鼻をあかしてやりたいのである。処で之が大阪某連隊某一等兵の入営前からの願望だったと仮定しよう。
 入営して見ると、とかくガミガミ云われながらも、「地方人」に対しては特権意識を有つことが出来る彼自身を発見する。俺は××の軍人だ。刀に手袋なんかを下げている巡査なんかが何だ。それに交通巡査などは、兵隊にして見れば××みたいなものではないか。それから、以前大阪で兵隊が続々と警察へ引っぱられたという警察の不埒な仕打ちもあると聞いている矢先だ。こんなことを考えながらこの一等兵は天神橋六丁目の交叉点をつっ切ったのである。とそう仮定しよう。
 ××××××××のような彼等が何だ。
 ××の時だって吾々が出なければ収りがつかなかったではないか。吾々は憲兵も持っていれば独自の裁判所も監獄もある。戒厳令も布ければ外交政策も植民政策も有っている。経済的、技術的にも自給自足だ。併しこの頃では何よりも遠大な社会理論を有っているのだ。×××の前には何物もないのだと第四師団司令部は考える。――大阪の警察部は併し「警官も帝国の警官だ」と云って譲らない。
 陸軍省と内務省とが、今度は、××しようかしまいかを考慮している。××とブルジョアジーとが次に××しようかしまいかを考慮し始めなければならなくなるだろう。
 一等兵は自分の日頃の願望が意外にも、満足され過ぎるのを見て、大変なことになったと後悔し始める。併し銃口を出た弾はもう自分の自由にはならない。自分は軍服を脱げば一人の××××に過ぎない、あの交通巡査だって××をとれば矢張俺と同じい××××かも知れない。処が俺達の初めのほんの一寸した×××、俺達自身をおいてけぼりにして、独りでドシドシ進んで行く。これは一体どうなることだろう。元々が小心な彼は、この頃自分に対する×××の弁護的な態度にまで気が遠くなるものを感じるのである。

   四、修身と企業

 巡査の特権が矛盾を感じさせたのと同じことが、教育家(「先生」)の特権に就いても起こるのである。
 成城学園は小原国芳の名と自由教育の名とによって知られているが、その当の校長小原氏が学園を追い出されて、代りに三沢氏が校長に直るということで、成城問題が始まったことは読者の知る通りである。
 小原氏という人は全く東洋のペスタロッチ(教育家は偉い人をみんなペスタロッチと呼ぶことにしている)その人で、学校経営には年少から一貫した趣味を示している人だそうであって、財団法人成城学園の外に、自分だけの玉川学園という労働学校(?)も経営している。――氏によれば、教育の理想は、先生が講義をする代りに生徒に勝手な仕事をさせて之を指導することにあるそうだ。教育評論家達は之をブルジョア自由教育と批評しているが、多分当っているだろう。問題の京大前総長小西重直博士(教育学専攻)に、恩師で且つ有力者だという理由で、この間まで学園の総長に据わって貰っていたことは時節柄面白いが、本間俊平というような「聖者」を引っぱって来たり何かするのは、どういう意味だか好く判らない。だがとに角、肝心のこのペスタロッチが学園を追い出されるのでは、千円から三千円迄もの入学献金を奉納した小原宗の「父兄」達は、黙っている筈はないのである。
 三沢氏も亦特色ある人物で、台湾高等学校の校長から、京都帝大の学生課長として乗り込んだ人である。多分赤色教授への重しの意味で勅任の学生課長を必要とする処から、選ばれたという噂であったが、学生課には過ぎ者の物判りの良さ(即ち自由主義)の所有者だったので、成城落ちをしたのだそうである、個人に就いての噂さはどうでもいいが、府の学務課から三沢氏排斥教員の解職を命じて来た点はここからも理解されよう。
 小原氏が態よく逃げ出して了えば氏の身柄にも傷がつかずに済んだものを「師弟の情」か何か教育家の特権にぞくするものを利用しようとしたために、三沢派の教員から背任横領で告発され、藪蛇の結果を見たのである。
 四カ月に亙る学園の紛争自身は、児玉秀雄伯の総長就任と共に解決したが、解決しないのは学園の会計に関わる小原氏の一身上の問題である。結局氏の背任の事実が司直の手で明らかになったので、紛争が解決した今日、告訴を取り下げるにも時期は遅すぎるという破目になって了っているのである。
 小原氏は成城の公金五万八千円をまんざら私用にばかり費したのではない。その大部分は例の玉川学園の「学校事業」に使っているのだから、学校事業家としての氏としては堂々たるものではないかと思う。
 新聞で見ると(読売六月二十五日付)、成城へ子弟を入学させている武者小路や加藤武雄、北原白秋の諸文士(いずれもあまり進歩的な顔振れではないことを注意すべきだが)が、小原擁護のための声明書を出し、「ペスタロッチの信条を信条として一生を新教育のために捧げた氏を、その恩顧を受けた教育者である人間が、金銭上の問題で当局に訴える」という「非人間的行動」を非難したそうであるが、この弁護の仕方よりも、私の弁護の仕方の方が、よほど筋が通っているだろう。
 世間では小原氏を「教育家」だと思っているから、教育家の特権を濫用する者として、小原氏を非難したくなるのである。併し今日教育家というのは「先生」ということで、学校使用人のことなのだ。こういう「先生」が教育事業のために公金を私消することは、巡査が収賄するのと同様に、特権の矛盾を暴露するもので、大いに非難されるべきことだろう。世間は小原氏を失礼にも例の巡査並みに取り扱おうとする。だが小原氏は決して巡査並みの「教育家」などではない。氏は教育事業家なのである。昔、社会事業とか慈善事業とかいう、修身と企業との中間形態が存在したが、それが今日教育界にだけ残っている。それが教育事業なのだ。で小原氏は今、身を以てかかる中間的残滓の清算に当ろうと決心しているわけになるのである。
(一九三三・八)
[#改段]
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4] 倫理化時代

   一、法律の倫理化

 一国の首相が、首相官邸で暗殺される。国務大臣や有力な政治家・有名な資本家の首が覘われる。警視庁自身が襲撃される。其他其他。そんな単純な直接行動をやって何の役に立つかと詰ると、之によって戒厳令とクーデターとへの口火を切ることになるのだと、甚だ尤もなことを云う。
 私は何も、五・一五事件や更に溯っては血盟団事件に対する公判に就いて批評を下そうとしているのではない。五・一五事件の如きは、全国の新聞紙が、朝から晩まで、喋り立てている事件で、例えばどういう不快な節まわしの流行小唄でも、朝から晩まで聞かされると、いつかは耳について、何となく忘れ難くなるものだが、それと同じに、こう朝から晩まで、即ち朝刊といい夕刊といい、囃し立てられると、初め鼻であしらっていた相当批判的な読者でも、段々この事件に好意的関心を有つようになり、何か自分と一脈共通したものをそこに感じるようにさえなる。でウッカリしていると、この重大な×××××××したりなんかしたくならないとも限らない。だからこの上、新聞の一種の煽動的報道の尻馬に乗って、ウッカリ犯人××というような犯罪を犯さないために、五・一五事件というテーマ自身を積極的に黙殺するのが、私の方針である。で決して私は今、五・一五事件の公判などを問題にしているのではない。
 さて、戒厳令のためとかクーデターのためとか甚だ尤もなことを云うのである。だがこれが少くとも治安を維持することにならないことは明らかだ。仮に一市民である私の首が、何かの非合法的な組織によって覘われているとするなら、私の住むこの社会は決して治安の維持されている社会ではあるまい。治安維持とは、正にこうした事態を未然に防ぐことでなくてはならぬ。単に人間が大勢集まって大きな声を出したり、腕を組み合って元気好く歩いたり、自分の自由な考えを印刷にして配ったりすることは、何も治安を乱るものではない。社会に於ける或る一定の人間の生命が覘われるということが、何より直接な重大な治安の紊乱なのだ。
 日本には治安維持法という立派な法律がある。だがそう云っても今、この法律を五・一五事件や血盟団事件に適用しなかったとか、したとかというようなことを問題にしようとするのではない。又「治安維持法」という名を有ったこの法律が、一体本当に治安そのものを維持するための法律であるかないかは、一般にレッテルと中身が一致するかしないかが哲学的に決まってはいないように、決っていないのだし、それに治安維持という法律上の概念が何を指すかは、法律学解釈専門家の合理化的解釈を俟つほかない。日本の政府はそうした合理化的解釈をさせるために、法科大学を、即ち今の帝大法学部を、造ったのである。仮に京大の法学部などが横車を押したにしても、教壇や試験場での机上の解釈は尻目にかけて、大審院の実践的解釈が物をいう。法律の世界でも――他の科学的世界に於てさえ何とも知れないのだが――、大学教授よりも判検事の方が、科学的権威があるのだ。
 とにかく治安維持法という名称を有った法律が行われているのは、立派な事実である。行われない法律もあるかも知れないが、治安維持法に限って、そんな遊んでいる法律ではない。私は法律というものを、一種の道具と思っているが、道具というものは、使われれば使われる程、進歩するものである。この法律は制定されてからそんなに年数の立つものではないに拘らず、実に急速な進歩をするので有名であるが、それがどんなに多く使われる法律であるかということ、即ちそれがどんなに重宝な法律であるかということは、この進歩のテンポの旺盛な点から測定出来る。
 最近一遍「改正」された治安維持法が、この頃再び、司法省の原案に基いて「改正」されそうである。最初の該法文は、「国体の変革又は私有財産の否認」を企てるものといった具合に、国体と私有財産制とを同一視させないとも限らないような、それ自身危険な、自分自身がこの法文に引っ懸かることを告白しそうな、性質のものだったのが、第一次の改正によって、二つの文章に分離された。国体の変革は私有財産の否認よりも重大だったからである。これによって吾々は、国体が私有財産制とは無関係であるということを、即ち又、国体の変革を須もちいずして私有財産の一種の否認も存在し得なくはないということを、教えられたわけである。これは全く驚くべき「日本民族の天才的資質」に相応わしい予言だったのである。なぜなら後に、×××××××××××は恰も、国体を顕揚するために財産私有者の巨頭達を××××を考え付いたからだ。
 今度の改正案は、第一次の改正案のこの調子をもっと徹底したものに外ならない。例の二つの文章は、今度は独立した二つの別個の条文に分けられるのだそうである。この法律の精神が、この二つのものを如何に分離するかという処に力点を置いているということは、大体この第一次、第二次の改正の方向から、見当がつくだろう。
 でこの法律は例の二つの条項の間に、飴のような延展力を与えることに苦心している。飴というものは引っ張れば引っぱる程、延展性を増すものだ。で、まず犯人は不定期刑を課せられる。この不定期刑にくぎりを付けるものは、「改悛の状」なのである。改悛の状を示したものは、起訴留保にもなろうし、隨時仮釈放も許可される。それで不安な場合には、「司法保護司」というのがいて、起訴猶予、起訴留保、執行猶予、仮釈放などの犯人を、保護し監察する。併しもし万一、こうした保姆のような道義的で涙のこもった待遇にも拘らず、改悛の状を示さない[#「示さない」は底本では「示さい」]ものは、たとい所定の刑期を終えても、引き続き豫防拘禁されるかも知れない。死ぬまで改悛しない者は死ぬまで豫防拘禁されるかも知れない、判ったかというのである。
 転べ! 転べ! 昔キリシタン転びというのがあったそうだが、今日では「転向」という名が付いている。「改悛の状」を示すとは転向するということであるらしい。だが、何から何に転向するのか。云うまでもない、少くとも、サッキ云った、重大な方の条項から軽微な方の条項にまで、転向する必要があるのである。「革命的エネルギー」という言葉があるが、それは一種のポテンシャル・エナジーで、転向・転下によって、このエネルギーがディスチャージ(?)されるわけだ。云わばこの落差の大きい程、改悛の状が顕著なわけである。――で、今度の改正案は、この落差を出来るだけ大きくしようという改正案だ。例の二つの条項の間の位置のエネルギーの差をなるべく大きくして、改悛という道徳的エネルギーに転化しようというのである。治安維持法という警察的法律を、改悛転向法という修身教育教程にまで、改正しようというのである。
 問題は修身にあるのだから、該法文で規定された目的を有つ秘密結社やその外廓団体に這入っていなくても、即ち組織に這入っていなくても、個人の日常の行儀に不埓なことがあれば、この修身教育教程に触れるわけである。国体変革及び私有財産制度否認の「宣伝」をするものは処罰されねばならぬ。気狂いでもない限り人間は滅多に独言などは云わないもので、口を開けば、それは自分の信念を他人に向って力説するためである。論理学では、命題というものをそういう意味に取っているのだ。処が社会学的には、これが即ち「宣伝」に外ならない。そうすると、この法律は、余計なことは云わずに、大人しく黙っていなければいけないぞ、という有難い家庭的な教訓でなければならない。
 法律が道徳に基くという法理学者の説は本当である、それから、道徳は修身だという倫理学者や教育学者の説も本当である。道徳家や人格者は決して、こういう治安維持法などには引っかからない。五・一五事件などがこの法律と無関係なのは、被告が一人残らず人格者だからだろうと思う。
 法律が階級的用具として偏向して行かずに、倫理化されて行くということは、慶賀の至りと云わねばならぬ。

   二、教育の倫理化

 法律さえ倫理化される世の中である。況んや教育をやである。一体日本では、教育と云えば、要するに修身を教えることだったのであるが、それが更に倫理化されるというのだから面白い。
 七月十四日の「思想対策閣議」では、この教育倫理化のプログラム原案が提案され、文相を初めとして法相、逓相に至るまで、色々と希望を述べながら、之を承認したそうである(以下東京朝日新聞七月十五日付)。
 それによると、第一に、教育の重点を人格教育に置き、教育の功利化(?)を防ぐことにするらしい。何より徳育が大事であり、学校外に於ても学生生徒の徳性涵養に留意するそうである。こう抽象的に云っては、一人前の読者には何のことかサッパリ判らないだろうと思うが、人格教育というのは、例えば教員の任用に際して、その「学力のみに著眼せずして人格を重視」することをいうのである。これによって見ると、今まで教師をしている人間の中には、人格のない動物のような人間が多数いたらしいということになるが、之は全く驚くべき事実である。この事実に較べたら、今後どんなに無学で白痴のような人格者が、大学教授になろうと、数等増しなわけである。併し之がうまく行って教育の倫理化が阻止されるとなると、役に立たない人格者ばかりが卒業して、当局が気にしている「高等遊民」の数ばかりが殖えることは必然だが、それはどうなるというのだろうか。――それから徳育というのはどうも国史教育のことであるらしい。而も国史の「単なる史実」を教授するに止まらず、「日本精神闡明のため」の教授をすることをいうのである。「単なる史実」以外のもの、即ち史実でないものを教えることが、徳育と名づけられる処の国史教育だそうである。処で「修身の教授を改善しかつ各学科目の教授に当りて一層徳育に留意する」とも云っているから、各科目を通じて忠実でないことを、一般に事実でないことを、教えることにするらしい。
 教育を倫理化することは当局の勝手かも知れない。併し科学がそういう具合に安々と教育化されるかどうかは、当分当局の勝手では決るまい。真理はもっと皮肉に出来ているのだ。――科学を倫理化するのに恐らく最も手頼りになるものは宗教である。そこでこの「思想対策閣議」でも「宗教を振作し宗教家の覚醒を促しかつその活動を積極的ならしむ」るというようなプログラムをつけ足してある。この言葉は一寸利口そうであるが、併し当局が宗教というものの現実をどの程度に理解しているかになると、全く心細いのである。例の「敬神思想」と云った程度のことなどを考えているのだと、多分バチが当るだろう。文部省など、もう少し勉強しなければ、科学を倫理化することに成功しないだろう。それが成功しない以上、教育の倫理化だって成功しはしない。

   三、度量衡の道徳

 昭和九年、即ち一九三四年(国際的にはこう云わないと決して通用しない)、六月一杯で、尺とか升とか貫とかいう日本古来の旧度量衡が廃止されることになっている。一九三四年七月一日から所謂メートル法(C・G・S・システムはその一種の部分)が専ら実用になる筈になっているのである。尤も時間は、度量衡の外で、不思議にも、大体国際的であるようで、国際労働会議に出て日本の政府、資本家、代表が労働時間の日本に於ける特別延長を主張しても容易に相手に呑み込めないのは、決して時間の尺度が国際的でないからではない。夫々の国民の歴史が、全く別々で相互の間には絶対的認識不足しかあり得ないと云われているのに、これ等の諸歴史を貫く時間の尺度が国際的であるのは、不思議である。西歴で勘定するか「皇紀」で勘定するか、それとも年号で勘定するかは、物指しの起点を零におくか六六〇に置くかとか、長い物指しを使うかわざわざ短い不便な物指しを使うかとか、いうだけの区別で、物指しの刻み方の問題とは関係がない。
 で時間に就いては、物指しの物理的性質に於ては国際的であるか国粋的であるかという問題はあろうとも、物指しの数字的性質に就いては、遺憾ながら全く国際的なので、問題にならない。
 問題になるのは長さ(及び容積)と重さに就いてである。でこの二つのものを来年の七月からは原器に基くメートルとグラム(之もメートルに基く)とで計らなければいけないという「メートル専用強制」の法律案が出ているのである。すでに軍隊では昔からメートル法で教育をしているし、小学校その他でも十年以来その積りで教育している。エスペラントと同様に、単に国際的に通用し得るだけではなく、最も合理的な度量衡だから国際的にも通用するのだという点が、メートル法の強みであることは云うまでもない。
 処が、このメートル法強制施行に対して、貴族院・衆議院・政党・実業界から一斉に、極めて強烈な反対の気勢が上がり始めた。岡部長景・馬場※(「金+英」、第3水準1-93-25)一・伊東忠太の三氏は七月二十九日首相を訪問して、百名の賛成署名による反対決議文を手交した。この冬の議会には、この強制法に対する修正案が政党各派の間から提出されそうである。
 之に対して商工省当局は云っている。メートル法の施行は既に大正九年の法律改正に当って、特別調査委員会を設置して慎重研究した揚句、議会の協賛を経たものであるから、責任は当時に遡って追求されねばならぬ筈のものであり、今更非愛国的だなどと非難するのは不穏当だろう。だがメートル法がまだ社会一般に消化されていないから、メートル法強制の猶予期間を延長し、当分旧度量衡と平行して行われることを許せというなら、考慮の余地はある。併し度量衡法を再改正することは同意出来ない、とそう云うのである(八月二日付東京朝日)。
 メートル法施行の主管大臣たる中島商相自身が来年の強制施行には反対だそうで、その理由は知らないが、斎藤首相は、土地台帳の作り替えなどに膨大な経費が要るという理由で、矢張反対だそうである。――だが、第一土地台帳云々という理由にはどれだけの信用が置けるかが判らないばかりでなく、そういう財政上の理由は大したものでもないだろうし、又基本的な理屈でもないだろう。膨大なと云ってもタカが知れている財政上の理由で、今日の政治家が、あれ程足並みを揃えて、力み返えるとは想像出来まい。対英貿易に都合が悪いとかいう理由も同様で本気で信じることは出来ない。一等尤もな理由は恐らく、不慣れのために実生活で間々不都合なことが生じるという点にあるのだろうと思うが、それにした処が、何か国家の一大事であるかのように、支配階級一同が騒ぎ立てるに足るだけの理由とは受け取り難い。
 して見ると、どうも商工省事務当局が、一生懸命で弁解している通り、愛国心や思想善導の問題が根本的な動機になっていると考えないわけに行かなくなる。国民同盟の如きは、この強制法を修正することによって、「国民思想善導に貢献せん」ことを期している。メートルは非愛国的で、思想を悪導するものというのである。――倫理化欲の旺盛なさすがのわが国の為政者も、メートルだけは倫理化出来ないらしい。一メートルを107倍すると地球の象限弧になり、又一メートルを1553164.1で割ると、定温定圧のカドミウム赤色光線の波長となるのだが、カドミウムや地球ほど度し難い不道徳な存在はないのだ。
 合理的であることでは、善良なことはないだろう。不合理であるが故に善であるということはないだろう。メートルが不道徳なのは、だから、それが合理的であるからではなくて、多分、それが国際的(インターナショナル)だからに違いない。
 だが、わが国の文化ファッシスト諸君はあわててはいけないのである。インターナショナルというのは、コミンテルンのことではないのだ。インターナショナルとコム・インターナショナルとを一緒にしているから、インターナショナルなメートルを不道徳だと思い込むのである。インターナショナルであること自身は少しも不道徳ではない。吾々はその証拠を挙げることが出来る。七月十四日、定例閣議の席上で、小山法相は次のような秘密を洩している。ジュネーヴに本部を持つヨーロッパの反共産党民間団体(之はあの不道徳な国際連盟とは無関係だ)から、わが国の某方面に向って、加盟を勧誘して来て、国際的共同戦線を敷いて、共産党撲滅の方策を樹立しようではないかと云って来たそうで、わが国もこれに加盟したいという某方面の希望があるが、どうだろうかと。この「反第三インターナショナル」なる団体は、インターナショナルで而も秘密結社であるにも拘らず、閣僚誰一人として、その道徳性に疑いを※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)んだ者はいなかった(七月十五日付東京朝日)。
 で悪者はインターナショナルではなくてコム・インターナショナルであることは明らかだ。両者を混同することが、メートル法排撃、度量衡倫理化運動の秘密である。
 一体一尺というのはどれだけの長さのことを云うのか。メートル原器で決める外はないではないか。「転向」物語以来、評判の悪いコミンテルンは、ウカウカしていると、メートル法の責任まで負わされて了うかも知れない。併しメートル原器の又原器は、モスコーではなしにパリーに在るのである。

   四、滝川問題と京大問題

 今日「京大問題」と呼ばれているものは、初め「滝川問題」と呼ばれたものだ。善意に解釈すれば、一滝川教授の問題ではなしに京大全体の問題だという意味で、又事実京大全体の問題となったという意味で、滝川問題が京大問題にまで拡大されたわけである。だがこのことは、あくまで、滝川問題が京大問題にまで展開したのであって、決して滝川問題の代りに、京大問題が置き換えられたということではない。
 滝川教授の強制休職を怒って法学部全教授が起ったのであった。滝川教授が仮に復職すれば無論問題はすぐ様片づく筈だった。処が松井総長の妥協案なるものは、「滝川教授の処分は特別な場合なるを以て前例とせず、今後教授の進退は教授会の決議によって総長の具申を以て行う」というのである。滝川教授の場合を前例にされては耐らないが、之を特別な場合だと云って合理化している以上、いつでもその特別な場合が出て来るものと覚悟しなければならぬ。総長の具申云々は初めから当然で、之は「特別な場合」でない場合のことだから、特別な場合には総長の具申を俟たずにやるかも知れぬ、而も前例などに依らずにやるかも知れぬ、という文部省側の宣言がこの妥協案の意味ではないか。(特別な場合とは無論前例のない場合のことだ。)留任教授達がこの妥協案を見て留任する理由又は口実が見つかったと思ったのならば、余程のウスノロだと失礼ながら断言しなければならぬ。
 一体、この妥協案で留任教授達は、どういう得をするか計算して見たのか。滝川教授が前例にならないことや総長の具申を必要とすることは、初めから当然なことで、何等事前よりも有利な条件ではないではないか。その代りに彼等は何を失ったか。滝川教授の他に、更に少くとも七教授、講師以下八名の多少とも滝川教授と同じに進歩的な分子を、損失に追加しただけではないか。
 これで京大問題が解決すると思うのは、もし京大問題が滝川問題に代置されたものでないなら、よほどどうかしているだろう。これは滝川問題の解決ではなくて、正に滝川問題の論点自身を十数倍したもの以外の何物でもないではないか。
「滝川問題」から「京大問題」への論点の推移に従って、彼等の算盤のおき方が、多分段々変って来たようだ。否段々本当のおき方を露出して来たのかも知れない、滝川教授復職問題(又は少くとも同教授復職に代るだけの代償要求問題)は、いつの間にか、京大法学部存続問題になって了ったのではないか。「京大問題」はそうやって「滝川問題」とは別に、滝川問題をおし除けて登場したのではないか。滝川問題なら責任は文部省にあったのだが、今云った京大問題――京大存続問題――なら、責任は、あくまで辞職を主張する教授達にあることになる。文部省に対立する教授団の結束ではなくて、反対に、文部省に従う教授団切り崩しが、従って問題の解決となるわけだ。一人でも残留することが、京大問題の解決だということになる。それが彼等の一身上の問題解決にもなるし、又それが恰も文部省の思う壺でもあったことは云うまでもない。「京大」問題が解決されてその代りに、「滝川」問題は解決されないままで吹き飛んで了う。文部省は滝川教授だけでもと思ったのに、佐々木、末川、恒藤、宮本(英雄)などの目障りな教授達を、思いがけることもなく一ペンで清算して了うことが出来たわけだ。禍を転じて福となすという、弁証法的故知は、正に今日の文部省のために用意されたもののようである。
 新総長理学博士松井元興氏の抱負振りは、初めからどうも臭いと思っていた。正に氏の手腕によって、滝川問題は、立派に「京大問題」にすりかえられたのである。文部省の禍は文部省の福に転じたのである。小西前総長はこれをすりかえることが出来なかったばかりに、(氏の良心からか手腕の欠乏からか知らないが、)行き詰って了ったのであった。哲学者よりも科学者の方が、多くは政治的にうわ手ではないかとこの頃考える。とに角今後と雖も、「公平な」自然科学者には相当用心することが必要だ。
[#改段]
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