2020-12-06

日本の宇宙探査、結晶帰還 50億キロの旅、生きた初代の教訓 はやぶさ2:朝日新聞デジタル

日本の宇宙探査、結晶帰還 50億キロの旅、生きた初代の教訓 はやぶさ2:朝日新聞デジタル

日本の宇宙探査、結晶帰還 50億キロの旅、生きた初代の教訓 はやぶさ2
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2020年12月6日 5時00分

 小惑星探査機「はやぶさ2」が、6年50億キロの旅を経て帰って来た。10年前、満身創痍(そうい)で燃え尽きた初代と違い、ほとんどトラブルのない順調な飛行――。一見そう見えた裏で、着陸のめどが立たなかったり、再着陸の断念を迫られたりといった危機があった。過去の教訓を生かし、想定外をどう乗り越えたのか。日本の宇宙探査の集大成となった旅を改めて振り返る。▼1面参照

 2010年6月13日。初代はやぶさが豪州の空で砕け散ると、日本は空前のブームに包まれた。月より遠い天体に着陸し、その砂を地球に持ち帰る――。米国すら挑んだことのない宇宙航空研究開発機構(JAXA)の野心的な計画は、帰還前、故障や燃料漏れ、数カ月にわたる行方不明を経て、無謀な挑戦だったという評価になりつつあった。

 09年の民主党政権による事業仕分けでは「多額の税金を投入した効果が見えない」と酷評され、後継機はやぶさ2の開発は先送りに。だが、初代が「劇的な形で地球帰還を成功させてしまうと」(津田雄一プロジェクトマネージャ)、風向きは一変した。科学の優先順位を人気で決めていいのかという意見を横目に、はやぶさ2はともかく開発決定を勝ち取った。

 ■開発期間は半分

 初代が7年かかった開発期間を3年半で終え、14年12月に打ち上げられた。直前までエンジンの性能試験をする突貫作業。初代が500キロだった総重量を100キロ増やし、その半分を重要な機器の多重化に充てて信頼性を向上させた。残る半分は、史上初の人工クレーターを作る衝突装置など新たな挑戦に使った。

 目指したのは、地球や火星の軌道付近を回る直径1キロに満たない小惑星「リュウグウ」だ。初代が探査した小惑星より窒素や炭素が豊富。有機物を含んだ砂を持ち帰れれば、私たち生命の材料が宇宙からもたらされたのではという説の検証につながるかも知れない。

 ■岩だらけ、想定外

 初代は出発早々にイオンエンジン1基が故障したが、はやぶさ2は劣化を避ける設計変更がうまくいき、往路約30億キロをトラブルなく飛んだ。

 だが、18年6月に到着してみると、リュウグウは、初代が着陸したイトカワとはまったく違う岩だらけの小惑星だった。着陸できそうな場所が見当たらず、データの精査に4カ月を要した。それでも、初代が小惑星での滞在を3カ月間しか設定しておらず、調査も着陸もドタバタだったのに対し、1年半という余裕のある日程を組んでいたおかげでじっくり調査できた。

 チームは、地表の岩一つひとつを10センチ単位で再現した三次元地図を作り、はやぶさ2の機体を制御する12基の化学エンジンの癖も調べた。着陸の誤差は50メートルから1メートルに。19年2月22日、はやぶさ2は上空20キロから降下し、7時間半で高速回転するリュウグウの、直径6メートルの「平原」に着陸した。初代が失敗した、砂を巻き上げる弾丸の発射も確認された。

 4月5日には、史上初となる小惑星への人工クレーター作製にも成功。地下で40億年ほど眠っていた、太陽系が誕生した時のままの砂が露出した。

 ■議論重ね再着陸

 あとは再び着陸して採取するだけだ。だが、ここでJAXA宇宙科学研究所の国中均所長が再着陸に反対した。「試料はもう採れている。2度目に挑んで探査機を失えば0点だ。60点でいいから帰還させよう」。イオンエンジン開発者の国中所長は、初代のエンジンが全滅したとき、別々のエンジンをつなぎ合わせて復活させた立役者。探査の厳しさを誰より知っていた。

 再着陸のリスクと、地下の砂という科学的な価値。それらを定量的に議論するため、チームは、再着陸のシミュレーションを数百万回繰り返した。着陸寸前に高度計が壊れても、真下の岩が予想より大きくても探査機を失わずに済む着陸方法はないか。数カ月かけ、どんなに悪条件が重なっても探査機を失わない着陸手順が組み上がった。

 宇宙研で開かれた6月24日の会議。津田プロマネの説明に、国中所長が「着陸決行を認める」とゴーサインを出した。

 7月11日。はやぶさ2は2度目の着陸を果たした。研究総主幹の久保田孝教授は「リハーサルじゃないかと思うほど完璧すぎるぐらい完璧に動いてくれた」。

 すべての探査を終え、帰還に向けてリュウグウを出発したのは11月13日。今年に入り、地球では新型コロナウイルスが広がり、回収班の渡航が危ぶまれたものの、豪州の協力で特例の入国が認められた。津田プロマネは、相模原市の宇宙研で帰還を待ち受ける予定だ。「先手を打つをモットーに、トラブルが起きる前から議論を尽くしてきた。今なら、何があっても『このシナリオでいきましょう』と言える」(小川詩織)

 ■日本の強み、予算は減

 日本は初代はやぶさで史上初めて小惑星の砂を持ち帰ることに成功した。その分析から、地球の隕石(いんせき)の多くが小惑星から来ていることや、太陽系が生まれたばかりのころの姿が明らかになり、米科学誌サイエンスが特集号を組むほどの科学的成果を上げた。日本はこの分野で「欧米より10年先を行く」とも言われる。

 だが、日本の宇宙関連予算が年間3千億円台で推移するなか、はやぶさ2のような無人探査や観測衛星などの科学予算は5年前の約200億円から160億円に減った。逆に増えているのは、事実上のスパイ衛星である情報収集衛星など安全保障分野や、国際宇宙ステーション(ISS)計画を含めた有人探査の分野だ。

 特に、有人月探査計画には今後5年で約2千億円が投じられる見通しだ。宇宙政策委員会の松井孝典・委員長代理は「科学探査は技術開発の基礎。次世代を担う人材育成の場としても重要で、予算がさらに圧迫されないか心配だ」と話す。(石倉徹也)

 ■「チームが成長」/「次は違う視点で」

 はやぶさ2前プロジェクトマネージャの国中均・宇宙研所長と、初代のプロマネの川口淳一郎シニアフェローに聞いた。

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 <JAXA、宇宙研・国中均所長> 過去の探査機はトラブルや故障が続いたが、今回、目標設定した通りに進めることができ、とても感慨深い。チームも成長した。初代の時は、エンジンや運用の技術者は自分の担当分野だけで精いっぱい。今回は全員が初代の成果を共有し、同じ目標を見られている。日本は今後もサンプルリターンを定期的にやりたい。そのため、今回のカプセル回収班は若い人を中心に構成した。彼らには「知見と経験を次に生かせるよう、改善点を考えながら回収してきてほしい」と伝えている。

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 <川口淳一郎シニアフェロー> 初代はやぶさは0から1を作った。その経験をもとに対策したんだから、うまくいかなきゃダメでしょう。はやぶさ2はドラマがないとも言われるけど、トラブルなく飛べているのはありがたいこと。世間は探査機を作ったら飛ぶもんだと思っているかも知れないが、そんな魔法みたいなことはないですから。

 ただ、次はこれまでとはまったく違う視点で、影も形もないところから新たなプロジェクトを立ち上げる人が出てほしい。例えば木星や土星の衛星に行って、氷を割って、(地下にあるとされる海に)潜水艦を潜行させるとかね。

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