2020-10-17

川崎在日コリアン1世の言葉が本に 鉛筆でつづる歴史の証言 ヘイトスピーチにあらがう

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川崎在日コリアン1世の言葉が本に 鉛筆でつづる歴史の証言 ヘイトスピーチにあらがう
2019.4.18 07:00 地方 神奈川桜本地区を歩く三浦知人さん。学生時代から在日コリアンの支援を続けてきた=いずれも川崎市
 「私が小さいとき、みみがいたくなりました。びょういんにいくお金がなかったから、かんこくにれんらくして、かんぽうやくをおくってもらってなおしました」。川崎市川崎区桜本地区のデイサービスセンターで毎週水曜日、高齢の女性10人ほどが集まり、原稿用紙に文章をつづる。川崎市ふれあい館が主催する識字学級だ。
 参加者のほとんどは在日コリアン。先の大戦前に、日本の植民地だった朝鮮半島から渡来した1世らだ。若い頃に教育を受けられず、年老いて初めて文字を学んだ人も少なくない。
 ■肉体労働
 その一人、金芳子さん(88)は5歳のとき、慶尚南道から日本へ。父が炭鉱で重傷を負い、母が働きに出たため、幼いきょうだいの世話や食事の準備に追われる。小学校は2年で行かなくなった。
 戦後、帰国しようにも、先立つものがない。16歳で結婚したものの、夫は早世。「子供3人抱えて、どうやって生きるか、涙も出なかった」。焼き肉店の皿洗いなど、職を転々として、桜本に住み着く。
 「字が分かんなきゃ、他に使い道がないから、肉体労働ばかり。60歳になったら、職業安定所に行っても、仕事はなかった」。空いた時間で、識字学級に通うようになる。
 「うれしかったのは、きょうだいに年賀状を送ったとき。それまで住所が書けないから、出せなかった。お返しに、食べ物を送ってくれた」。そう言って、金さんは照れくさそうな笑顔を見せた。
 京浜工業地帯に近い桜本周辺には戦前から、コリアンが集まって暮らす。
 川崎市は昭和63年、コリアンをはじめとする外国人と日本人が交流する場として、ふれあい館を開設。運営を受託する社会福祉法人「青丘社」が識字学級を始めた。
 教師役の館職員やボランティアと談笑するうち、1世は名前さえ書けないことの言い訳をするかのように、家族にも明かしていない自分史を語りだした。
 青丘社の事務局長、三浦知人さん(64)が解説する。「民族差別の中、ハルモニ(韓国・朝鮮語で『おばあさん』の意味)たちは一番苦労して、道を開いてきた。歴史の生き証人です。鉛筆を持つことが、自分の人生を振り返る機会になった。僕らも多くのことを学んだ」
 ■時代の一部
 ハルモニが紡ぐ言葉は個性豊かで、力強い。「この財産を僕らだけで独占しちゃいけない」。三浦さんは若手の編集者や研究者らとともに、書籍化を計画。インターネット募金で費用を集め、今年1月、日本評論社から出版した。題名の「わたしもじだいのいちぶです」も、ハルモニの作文からの引用だ。
 本を作った背景には、事件があった。平成27年、在日コリアン排斥を叫ぶデモが桜本に迫り、住民や支援者が体を張って止めた。国は28年、差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の解消に向けた対策法を制定。だが、差別的なデモや集会が各地で続く。
 三浦さんは考え込んだ。青丘社は子供の支援から高齢者の介護、障害者の職場づくりまで、30年以上かけて活動を広げてきた。地区にはフィリピン人や南米の日系人らも増え、コリアン、そして日本人と共生している。
 「桜本のまちは確実に良くなった。でも、世の中には『朝鮮人を殺せ』と言う人がいる。社会との対話、情報の発信を重視しなければならない」
 ■加害の一翼
 識字学級で長年、ボランティアを務める鈴木宏子さん(81)も「1世はどんどん亡くなっていく。ハルモニの経験を次の世代に伝えることが大事。ひたむきな生きざまを知り、心に響き合うものを感じてもらえれば」と話す。鈴木さん自身、学習や旅行などで1世と付き合いを深めるうちに、日本と韓国、北朝鮮の歴史の現実に気付かされたという。「のほほんと過ごしてきた自分を見直し、考えるチャンスをもらった。私はハルモニと出会ったことで、人生の終盤を豊かに暮らせています」
 在日の語り部として、人前で話をする機会も増えた金さんだが、「昔のことには普段、ふたをしている。本当は思い出すのがつらいの」と言う。
 ヘイトスピーチには「戦争が終わって何年たつのか。(差別が)続くなんて、泣いても泣き切れない」。作文には「いまさらかえれっていわれてもかえるところはありません。もう、そろそろそんなことやめにして、なかよくしましょうよ」と書いた。
 そんな金さんが人権セミナーの講師を務めたときのこと。現在の生活について質問され、「今が一番幸せ」と答えると、「それを聞いて、安心しました」と笑う日本人がいた。日ごろ温厚な鈴木さんの表情が険しくなった。
 「矛盾を感じるというか、切ないというか。ハルモニたちに苦労させたのは日本。いまだに差別意識は残る。私たちも加害の一翼を担っているんです」
                   ◇
【用語解説】ヘイトスピーチ
 特定の国籍や民族、人種に対して、差別や暴力、排斥をあおる憎悪表現。多くの在日コリアン(韓国人・朝鮮人)が暮らす東京・新大久保や大阪・鶴橋で一部の団体が「朝鮮人を殺せ」などと叫ぶデモを繰り返し、社会問題となった。同様にコリアンタウンがある川崎市では平成29年11月、市立公園や公民館など、公的施設でのヘイトスピーチを事前規制するガイドラインを策定。30年3月末から施行している。
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