詩人・批評家の故大岡信さんが東京大学在学中に書いた小説が初公開された。回覧した手書きの同人誌「二十代」5号に掲載したもの。ほかに手帳に書いた未発表の詩も確認された。静岡県三島市にある大岡信ことば館の追悼特別展で同人誌と手帳が展示されている。

 「二十代」は大岡さんや後に小説家となる日野啓三さんらが制作。5号は1950年に作られ、同人の一人、山本思外里(しげり)さん(元読売新聞社会部長)が保管していた。

 小説は「タウタウ・ハルム・タアノ」という題で、400字詰め原稿用紙で43枚。南洋の島で、青年イナショが少女ヂリバリに恋をし、結婚するが、その関係に不協和音が生じ、やがてイナショは妖精に出会う――。そんな幻想的な物語だ。山本さんは「リアルな日常から遠く離れた虚構が見事に構築されており、大岡さんの頭脳の明晰(めいせき)さが発揮されている」と話す。

 大岡さんは舌鋒鋭い批評家の片鱗(へんりん)も見せていたようだ。後にエッセーで、同誌の読後感を載せる欄に書いた批評について「見境なしに生意気だった」とし、「批評や小説や戯曲を書こうとしている連中の中で揉(も)まれたことを、幸運だったと思っている」と回想している。

 一方、手帳は、大岡さんが10代~20代に書いた詩を万年筆で清書したものとみられ、妻で劇作家の深瀬サキ(かね子)さんが管理していた。深瀬さんとことば館の中村童子(しょうこ)学芸員が分析したところ、未発表とみられる詩が15編ほど見つかった。「海辺の出発」では「はや 海と陽(ひ)の荘厳な別離の口づけ/やがて蒼白(そうはく)な月が俺の眼(め)を洗いにくる」とつづられる。中村さんは「海は大岡作品の重要なモチーフで、この詩でも果てしない世界とその中でもがく自らの存在を力強く描き出している」と話す。追悼特別展は11月26日まで。

 (赤田康和