Transcript
ガザとは 何かパレスチナを知るための緊急
講義オーディオBOOKJP特別 対談著者岡
ま哲学者長井
例今回はオーディオブックJP特別編と いうことでえガとは何かの著者様そして
特別企画として哲学者の長井レ様にお越し いただきましたよろしくお願いいたします えガとは何か著者のりですよろしくお願い
します哲学者の長井ですよろしくお願いし ますそしてえ僕は今回進行させていただき
ますオートバンクの山田と申します岡さん の著書であるガとは何かなんですけども あの帯に長井さんがコメントを寄せてらし
てご感想とかお聞してもいいですかはい あの本当に素晴らしい本であの今多くの人
が求めていることがここにまとまって書か れているなっていうのをまず思ったんです よねであの今まさに何が起こっていて何が
起きてきたかっていったことをあの極めて こう分かりやすく書かれているだけじゃ
なくってそのま元々公園が元でっていう ことだと思うんですけれどもその岡さんの
ま怒りだったり悲しみだったりとかそう いったものがこう滲み出るようなヒッチで
描かれているのもすごく印象的でしたで 私たちが今どのの地点からこの問題を見る
べきなのかっていったところの提示と そして何をすべきなのかといったところが 明らかになっているのにも勇気づけられる
すごく大事な本だと感じましたあ ありがとうございます今回対談という形で
お2人にお話をしていただきたいと思うん ですけどもあの今今日は6月20日でまだ
とガ地区の紛争は続いていてと日々 ものすごい大量の情報が流れてくるじゃ
ないですか直近だと僕は知ってるとこでは また支援車両が攻撃されたとかアメリカが
提示した低正案がまだ合意に至っていなく てどっちが反対してるのかもよくわから
ない結構状況は混沌としているので先生に こういった状況今どうなってるのかって
いうのをお話いただきたいというのと今回 の紛争って長井さんみたいな哲学というか
人の頭の中を専門にされている方にこう 話していただきたいテーマもたくさんある
んですよね例えばこの紛争どうやって見る べきなのかとか何を考えるべきなのかとか
そういうことも合わせてあのテーマとして 設定しておりますのでお二方に話して いただければと思いますえっとまずなん
ですけども今日6月20日の木曜日時点で えっとガ地区でどんなことになってるの
かっていうことについて岡先生にまずお話 をいただければと思っておりますはい昨年
の10月7日にイスラエルによるえマガに 対するま攻撃が始まってでもう今日で8
ヶ月と2週間8ヶ月半になりますで今ま
日々大量の情報があるという風に おっしゃったんですけれど もあの日本語で情報に触れてる限り私は
そのガザで起きていることのその重大さに 見合った質や量の報道がなされているとは
全く思えないんですねで今あのその8ヶ月 半のそのガの状況買つまんでご紹介いたし
ますとあのガザの保健所の発表によればあ まその遺体が確認されてえその死者が確認
されているものたちだけで
3万7千円それから負傷者は85523人
ですからもう あれ支障者だけでですねえま10数人
123人というようなあもうガザのガザの 人口って230万人ですからもうその5%
にあたるものたちが支障しているという ことになりますでえ育不明者がもう
1万1000全人いるんですねでこの行方 不明さというのはあのまイスラエル軍に
拉致されてイスラエルのま刑務省に 連れ去られたままあ消息不明のものたちも
含まれているんですが大半は攻撃されて 破壊されえ瓦礫となってしまったそこに
まだ遺体が埋まっていてえその遺体があ 収容されていない人たちですだからもう
実際には亡くなった人たちというのはもう 4万えま7000人を超える5万人近くに
え迫っているということになりますしかも ガザではあの若年人口がすごく多くてえ4
割が14歳以下の子供たちなんですねと いうことはもうあのもう1万数千人のその
子供たちが亡くなっているということに なりますさらに1万人以上が腕や足の切断
を余儀なくされていてあの1000人以上 の子供たちがあその腕や足をこれまでも
切断されているとえで1月7日の時点です けれどもCNNが発表したところでは毎日
10人以上の子供が片足か両足を失って いるね家族全員を殺されてでしかもあの
両足と片腕を失ってしまったというような 子供のえ報道もありますでさらにですね
あのええ住宅のもう半分ですねガの建物の
半分が全開に見舞われているえそしてえ イスラエルはえ大量に人を殺していると
いうだけではなくそのガザの歴史とかその
ガザという土地でえその何百年もあるいは あ1000年以上もそのパレスチナ人が
その土地に根ざして生きてきたというそう した歴史の記録であるとかあるいは記憶を
証言するえそのような場あつまりえその 中世から続くモスクであるとか教会である
とかあるいは博物館やあ図書館であるとか そういったあの記憶の場そのものを
ターゲットにして破壊することによって ですねパレスチナ人が自分たちはこの土地
にねざして生きてきたこの土地に対して 権利を持つパレスチナ人というそういう
歴史的存在なんだえそういう政治的え主体 性を持った存在なのだというその基盤自体
をま破壊していますですからそういった あの今本当にあのえ英語やアラビア語で
日々あの報道される伝えられてくる ニュースに接しているものとしてはあの
日本の主流メディアの記事報道というのは 全然その本質とかあの出来事の重大さに
見合った内容を伝えていないようにあの 思いますありがとうございますえっと今 報道の日本の報道の話があったんですけど
岡さんがおっしゃったように民間人の犠牲 者が増えているとそれってこちらからし
たらすごく分かりやすいじゃないですか 民間人が犠牲になっていてだからそれは イスラエルがひどいっていう風なそれは
すごく分かりやすいんですけどではこの 紛争の構図はどうなってるのかって言うと それはもうよくわかんないんですね多くの
日本人にとってでなんかそういう イスラエルが悪いっていう人もいるしま
ハマに原因があるって人も色々いる中で どんな風にこのガ式関連のニュースに
触れればいいのかっていうところについて あのちょっとお二方にお話をいただければ と思うんですけどもどんな風に意識して
触れてますかガ関連の報道ってそうですね やっぱりただその多くの人が分からないっ
ていう状況があると同時にあのこの岡さん の本のだったりとかそういったあのおかげ
でですねあのま市民がこう一斉にこう学習 し始めたっていったところもあると思うん
ですよねで私自身もこのガザとは何かを手 にてこうあまりに自分が無邪気にえ
あるいはむもうなんて言うんですかね 脳天気にと言ってもいいと思うんです けれども無責任に物事を俯瞰してみていた
かっていうことをま思い知ったわけですで ま多くあるその言説としてま10月7日
っていうものを起点としてハマスという テロ集団がテロを行いましたでなんだか
分からないけれどもどっちもどっちだよ ねっていうような見方っていうのが非常に 圧倒的だったわけですけれどもそうでは
ないとというまこうするような仕方で言葉 がどんどんどんどん今現れてきていると
思いますもちろんまだまだ足りないです けれどもそこはもっとメディアだったり 出版まだからこのあの大和書房さんはあの
すぐにこう出版されたのは私は本当に大事 なことだったなと思うんですけれどもあの こういった積み重ねがもっともっとなけれ
ばいけないと思いますしその際大事なのは やっぱりどこを起点に見るかっていう1つ の態度だと思うんですけどもこの点につい
ては是非こう岡さんにどの起点から見 るっていうことが大事なのかっていうのは 伺いなと思いますはいありがとうござい
ますあの日本の主流メディア新聞テレビ などの報道の問題点というのはその今起き
ているまさにジェノサイドの実態をその ジェノサイドであるということをしっかり
伝えていないという非常にその散発的断片 的なものであるということと同時に今長井
さんがおっしゃったようにえあの一体この 問題が何から生じているのかというこの
問題の本質は何なのかというえそこの ところをむしろあえて語ろうとしない
語ろうとしないところかあのその10月7 日のハマースによる鍵格好そのテロが起点
となっているというような語りをすること によって歴史的文脈を消し去ってしまって
いるという問題点がすごくあると思うん ですねですからあの新聞テレビの散発的
報道に触れるだけではガで起きていること の実際もですねそして問題の本質も知る
ことができないえできないどころか逆に 本質からこう理したうんえ非常に誤った
解釈をこう擦り込まれてしまう恐れがある でその誤った解釈というのがあそのハマス
のテロによってえでイスラエルがそのテロ に対する自衛の戦争としてこれをガザに
対する攻撃を行っていてでも自衛にしては それはやりすぎじゃないかということでえ
定戦即事生鮮を求める声があるというよう な部分もあの指摘できると思うんですえ
しかしですね日本の報道っっていうのは 10月7日のはか以前からそのガザ地区に
ついてえ言及する時にえそのイスラム組織 ハマスが実行支配するガザ地区でとか
あるいはハマスに言及する時はガザを実行 支配するイスラム組織ハマスがというよう
な言い方をしていてあかもそのハマスがあ isそのイスラム国を名乗るまあの武装
集団ですねえのようにそのミに反してえ ガザ地区を暴力によって制圧してえ統治し
ていてでそれがすごくその何かこう イスラム組織という言葉だけでえ反ユダヤ
主義であるかのようにでそのユダヤ人憎の ありイスラエルをに対してテロ攻撃をした
かのようなま設を振りまいていると思うん ですけれども実際はそうではなくてあの
むしろえそのイスラエルという国がえ 1948年にパレスチナを民族浄化すると
いう形そういう暴力の上に建国されたとで ですからあのガザにいる230万の住民
たちの7割が この時その元々住んでいた家や村を追われ
て難民となってガザにやってきた者たちと その子孫であるということやあですから
そのイスラエルという国家がそのま アメリカやカナダやオーストラリアや
ニュージーランドやあるいはあの満州国と 同じような入植者による植民地主義の国で
あるという歴史的な事実それから1967 年にこのガザ地区を軍事占領して以来その
占領が今に至るまで続いているそして 2007年にはあこのガザ地区をその完全
封鎖してでえそのガザに対してですね食料 であるとか医薬品であるとか燃料であると
かもうそうしたライフラインも初めとして 人間の出入りだけでなくその物資のえ画材
へのその搬入搬出というものをえ制限して きただえでこの10月7日の出来事が
起きるまでガザ地区というのは世界最大の 野外韓国であると言われていたそういう
そのそうした暴力積年のイスラエルによる 暴力でしかもあの封鎖されたガザに対して
この間10月7日以前に4度の大規模な その軍事攻撃というのがあってそのたびに
え戦争犯罪や人道に対する罪というものが もう重ねられてきたにも関わらずそれが人
たも国際法によってあるいはあの正しく 国際社会によってさかれてきたことが
なかったというその集積の果てにですねえ 10月7日のハマス主導によるガザの戦闘
員たちによるイスラエルへのま影響奇襲 攻撃があったという事実だからやっぱり
世界がこの間ずっとですねこのえ イスラエル建国から数えれば76年ガザの
ガザや星眼の占領から数えればもう間も なく60年になろうとしているえそして
違法長座の封鎖だけでも10月7日の時点 ではもうえ17年目に入ろうとしていた
それを世界がずっと放置してきたわけです からやはりあのその10月7日のその
ハマスその他によるその攻撃が起きたと いうそのことに対してもですねあのもう
私たち自身国際社会が私は大きな責任を
追っているという風に思います うんそうですよねそのニュースなどを見て
いるとま例えばそのイスラエルはこういう 決断をしましたイスラエルはこういう動き がありますでまパレスチナのことは描かれ
ないだったりとかあるいはそのパレスチナ でこんなことがありましたで何人死亡し
ましたというようなじゃ誰がその爆弾を 振らせたのかなぜ振らせているのかって いったところは切り取られた上でお母さん
がおっしゃったように断片的散発的まだ からこそそのニュースを見た時にまよく
あの知人が言ってるんですけれどもこう すごくこう漠然とした瓦礫みたいな印象は
あってもそこでどのように殺されているの かとかどんな虐殺がそこにあるのかって
いうのはま覆い隠されているしなんだっ たら見たくない辛いっていう風に距離を
取ってしまうまそういったニュースのあり 方がすごく増えているなというのは思い ますねそうですね私あのいつもその出勤の
電車の中でえあのパレスチナ情報サイトの その英語のん記事をあのチェックしている
んですけれどもであの今日も来る途中にえ
最新の記事の中でえそのもガザの子供たち があのそのイスラエルは木が上ですね上を
あのその戦争遂行の武器と利用していてで もうそのガの人たちの住民の半数がその
壊滅的祈願に品しているという中で その子供たちのがいかにその上栄養出張に
よってどういう状況に置かれているかと いう非常にあの詳しい具体的な記事を読ん
でも電車の中であの本当に涙出てきて しまって全然写真なんかないんですよ
うんうんうんうんただ本当その具体的なあ 状況が客観的に書かれているだけなんだ
けれどもあのすごくねガザって病気の人 たちが多いんですねうんでそれはそもそも
あの10月7日以前のその16年17年 続く完全封鎖の中でもう十分な栄養を取る
ことができないでいる6割の人たちが十分 な食料が取れないそういう食料難の状況に
置かれていて世帯の8割が国連などの国際 機関による小麦子だとか里だとかそういっ
た物資の配給によって過して命を支えてい たというのが10月うん以前の状況なん
ですでしかもその封鎖が続く中で下水処理 施設などが破壊されてもその建築資材も
入ってこないですし再建することができ なくてあるいは稼働させるための燃料も なくてということでもうその200万以上
の人口のその生活排水があそのずっとその
まま下水処理されないままあそのガの川
にんですねえ排水されていてでそれが地下 水を汚染してなのでもうそのガザの水道水
の95%が飲料に適さないとうんだけどお
もう8割が国連の国連その他の国際機関の 援助がなければ食いつげないというような
貧困状況ですでそういう中で体に悪いと 分かっていてもそういう水を飲むしかない
だからあの もうそのさんによるそもそもおそれによっ
て経済が破壊されてしまってえ失業率が 47で収入がないでえそして
あの食べるものもないで水も汚染されてい てでもその水を飲むしかないというそうし
たものが複合的に絡まりあってもうすでに あのガザの人たちの健康があの蝕まれてい
てでですからあのお腹に赤ちゃんのいる お母さん自うんがその妊娠期間中に十分な
栄養を取ることができないのでもうすでに 赤ん坊が生まれてきた時点でいろんな問題
を抱えているでその子たちが今この10月 7日以降のもうあのその食料ももう本当に
あのもう入ってこないという状況の中でえ 上に見舞われていて病気でその特別なその
例えばあのお母さん母乳が出ないえでも そのその子はあえその牛乳に対して
アレルギーがあるから粉ミルクしか飲め ないでもその粉ミルクがもう手に入らない
というような状況の中でえもうあの どんどんその体が悪化していってこの攻撃
のさ中に生まれて7ヶ月でもう骸骨のよう に痩せ細って体重7kmになってなくなっ
たというようなあの記事を今日読みました うんはいあのだからま最初の話にあの戻り
ますけれどもやっぱりそういう実態が今 あの英語だとそしてあのインターネット上
にはそういう記事があのたくさんあるにも 関わらずもう日本語ではあの私はほとんど
報じられていないというような気がします うんうんうんいやもうそういった実態を
もう聞けば聞くほどこう言葉を失っていく んですけれどもそのやはりこういったお話
を聞くとにもう手渡されてくるわけですよ ねそれをちゃんとこう受け取りたいと思っ
た時に私がすごく恐れるのはこういった 大きな暴力というのを前にした時に人は
すごくこう超越的な立場から物事をこう まるでスポーツ感染をしたりだとかゲーム
の駒をこう操作するようにあこれはこう いう風にしたらいいんじゃないとかこれは こうじゃんとかこれは何人でこっちは何人
でとかいう風にすごくなんでしょうねま それは1つの防衛反応なのかももしれない
ですけれどもただの数としてしか見なく なるでこれはこの危険性っていうことは
あの岡さんもすごく何度も言葉を重ね てらっしゃると思うんですけれども私も 同様にそれを恐れるんですよねまるで自分
が関係なくて外から何かを見ているような 感覚でもそのパレスチナの人たちには
1人1人の性があって言葉があってって いったところをから目を離さないっていっ
たところもすごく大事だなっていうのも 思いますねうんうんあのまどうしても日本
のあの報道の批判になってしまうんです けれどもあの結局今長井さんがおっしゃっ
たその超越的なあの認識あるいはその俯瞰 するような視点やっぱりあのそういう見方
を促すような報道だと思うんですつまり ガザで起きていることそれは中東イスラム
世界私たちからは遠いところで起きている んだというような形でのであのこれ非常に
特徴的だなと思ったのは2月29日の報道 あのまこれどこの報道番組もそうであった
と思うんですけれどもあのもう冒頭から 延々大谷翔平選手の結婚話だったんですよ
ねもうそれをあの20分以上やってで じゃあ次はと思ったらやっぱり次もなんか
別のゴルフ選手かなんかの話題ででそして スポーツででその番組終了間際に今日ガで
はえ死者が3万人を超えましたうんと一言 言ってでキャスターの方がいや世界では
色々なことが起こっていますねはいそれで は皆さんさよならまた明日みたいな感じで 番組が終わってでこれってうんあ私そんな
形であの伝えるんだったらむしろあの何も 言わない方がいいと思うんですねで翌日
しっかりとそのことをやるうんこの番組の 終了間にただ一言そうやって語ってって
いうのはそのガにおけノのその最新局面を
伝えたのではなくってガで死者が3万人 超えたことよりも私たちにとって大切なの
はあるいは私たちにがもっと関心を持つ べきなのは1スポーツ選手のその
プライベートな話そっちの方が私たちには 大切なんだということをメタメッセージと
して伝えていると思うんですうんだから あのそういう形であのこれえっと
え10月の末の時点だったかなあの グテレス国連事務総長がガザの悪夢はあ
その人道危機以上のものだとこれはあその ヒューマニティもう人類そのものの危機で
あるということを言っていてでそれはあの 日本の報道番組も伝えているんですけれど
もでもこれってあの人道危機であればねえ
中東のパレスチナのガ地区で今人道危機が 起き来ているということだけれどもうんで
も人類そのものの危機だっていうのはもう これはこのその起きてるのはガザかもしれ
ないけれどもそれはこの地上に生きてる者 たち全員に関わる危機であってでそれに
対してもうこの地上に生きる私たち 1人1人が応答する責務を負っているそう
いう危機だっていうことを訴えているわけ ですよねうんうんでも結局そのゼノサイド
がジェノサイドであるということを しっかり報じていなくてえそしてえその
具定列国連事務総長の言葉だけを今日事務 総長がこんなことを言いましたで結局それ
で聞き流されてしまうだからなんか伝えて いるようでその伝え方を通してですねでも
あのとルデレ事務総長は言ってるけれども までもあの関心のある人は関心を向けて
ください程度の話にんになってしまうとで そうした中でもですねだからむしろあのま
いろんなところであのこの間え我山につい てお話しさせていただいていて感じるのは
あの報道が今申し上げたようなあの非常に 不十分なもので場合によってはむしろその
本質を隠蔽しえ私たちがそれに真剣に 向き合うことをむしろ阻害するようなもの
であるにも関わらずですねあのむしろ多く の方がガザにあの関心を寄せてくださって
いるっていうことの方をあのすごく強く 感じますそしてあの本当に
えその自分にできること ををそれなりに皆さんそれぞれにやって
くださっていてあるいはあのも本当にその 心が痛んでとにかく何をしたらいいのか
それを知りたいというような思いの方とか あのそうした方たちが本当に全国に大勢
いらっしゃるんだっていうことをあの この間痛感していますうんうんありがとう ございますえっと次のテーマに行こうかと
思うんですけどもガ地区の紛争でもそうな んですけどウクライナの戦争でも同じこと
が起きていてそれ何かというとどっちも どっちみたいな風潮が出てくるんですよ
こうなぜそんな風になるのかっていうと 報道の問題もあると思うんですけどなんか その他の理由って何か心当たるってあり
ますかどっちも悪いそれがなぜか中立よう に思というそうですねま私は
あの全国いろんな場所で人々と対話する場 を開くということをしていてでそこであの
まあの色々な問を真ん中に置いてあの人々 と聞きあって考え合うということをするん
ですけれどもあのこれまではどんなにこう 安心できる場所を作ったとしても政治的な
問というのは出ないんですよねうんここに すごく限界も感じているんです
あのみんな皆さんここに参加するとすごく 安心できて本音で話せるとか普段言えない
ことま言えないっていうのはすごくそう いうなんでしょう押し込められた差別的な こととかではなくってあの言っちゃいけ
ないんじゃないかっていう風に隠していた ようなこともゆっくり語り出せるで聞いて もらえるっていう風にあの応答して
くださるんですけどもそれでもやはり政治 的な問いというのは出ませんでそれは
やっぱりどっちもどっちだっていうような 立場っていうのは自分はま政治的っていう のはこうある種の対立が生じていることを
政治的と言うと思いますけれどもその どちらにも組みしたくないっていうような
自分はさっきの話かもしれませんが超越的 な立場から物事を俯瞰していたい参加して
いたくないていうようなまある種の不安だ と私は思うんですけれどもだと思うんです
よねでそれはまあの色々な角度から見て みることも可能かと思っていてあダメじゃ
ないかそんなんみたいな風にあの 怒るっていうこともありると思いますし
ただ同時にその不安って何なのかっていっ たところがすごく私は気になるんですね
なぜ参加したくない参加が怖いと思って しまうのかである時ま今回はこう戦争と
言い方私はしませんけれども紛争と言い方 も私はしませんけれどもこのある他の場所
である方が自分は戦争反対なんて言葉も なんか言っちゃいけない気がするっていう
風に言っていた人がいてもうそんなこと さえも何かに反対するて自分の立場を表明
することで何かしらの方向に立つことです よねそれさえも表現できないという風に
思わせているのだとしたらじゃそれは どんな社会なんだろうっていったことが すごく気になって探し回っている過程だな
という風には思っていますまただ一方で さっきあの岡さんが声あげる人がすごく
多くなってきたっていうのは私もすごく 感じていて先ほど政治的な問が立ちづらい とは言いましたけれども私がパレスティナ
関連の発信をしているっていうもあるかも しれませんがパレスチナ関連の問いは出て くるようになったんですよねそれはすごく
大きな驚きでしたうん うんうん
あのま先ほどそのま歴史の話しました けれどもやっぱり歴史的な認識というもの
がかけているっていうことが1つあると 思いますそのしっかりとですねえそのこの
問題が何どこに期限があるのかというその 歴史的な背景を知ったならばあそのどっち
もどっちというような話にはならないと いう風に思うんですねでもう1つあのま
この間 え感じているのはその日本の人たって
かわいそうな人に対する気の毒だと思う かわいそうだと思う何かしてあげたいと
いうそういう同情心っていうのはすごく あるだけれどもその不正義にに対して怒
るっていううのがものすごく希薄なような 気がするんですでそれって先ほど長井さん
がおっしゃったこととすごく重なるんです けれどもうんあのそのかわいそうな人に
対する道場心っていうのはまそこ距離が あるわけですよねでもあの不正義に対する
怒りってその自分にはこんなことは絶対 起きてはいけないとでそれが多にの身に
起きている時にあの何ピであってもこんな 目に会うっていうことはいけないんだと
いうそうそういうむしろ怒りですよねで あのそうしたその不正義に対して私たちは
怒らなくてはいけないんだ声をあげなくて はいけないんだその不正義に対して声を あけないでいるっていうことはそれは
むしろその不正義に加担することになるん だというようなそうしたうんなんでしょう
ねというものが あそれこそ教育を通じてこう社会的にえ
むしろ共有されていないじゃないかという ような気がすごくしますうんうんうんうん
あのどっちもどっちとかあとよく聞くのは しょうがないっていう言葉もまよく聞く 言葉ででやはりどちらも距離を取るという
ような言葉遣いだと思うんですよねでそれ とこう退的になっているのが行動参加連帯
あるいうんはま自分の言葉あの自分がの 活動に照らせば対話だと思うんですで
先ほど言葉を失うような実態だっていう風 にお話ししたんですけれども私はあの作家
もしていて言葉を書く仕事をしてます けれどもあのこの実態を目にしてから本当
に書けなくなったんですよねあの連載が もうどんどん止まってしまってでこのこと
について書かなければいけないのにもう 書くことができない でもそこにま仲間たちがそれにでももがき
ながらやはり言葉を探すことが重要だと いう風にも言ってもらえてなんとか紡げて いるところもありますでそこで思うのは
こういったところに言葉を失ってそれでも さらにもくためにはやはり人々と一緒に
何かを試み続けること言葉を探し続ける ことだと思うんですよねぱ1人だけだと
しょうがないよねとかまどっちもどっちだ よねって言ってこう見ないふりをして市場 に戻っていくということがありえます
けれどもこ れって何が起きてるのとかこ
れってこの虐殺ってどういう体験なのかと かそういったどこから自分たちはどこに
立ってこれを見ればいいのかっていう問い がそこにあった時に問いというのは私は
あの他者をきあの切望するものだと思うん です分からないとか言葉を失うっていうの
はア然とすることでもありますけれども 分からないから一緒に探そうっていう風に
に他者を望するものだと思っていてから こそこう多くの人が声を上げていくあげ方
は本当に対応だと思いますけれどもそこに こう巻き込まれて巻き込んでいくっていう
ことをすごく重視したいなって思いますね うんどっちもどっちってよくよく考えると
中立でも公平でもなんでもなくて単に思考 停止をしてるだけだろうと僕は思っている んですけどもこの思考停止からこう我々
いかに抜け出すかっていうことについて ちょっとお話を伺ってもよろしいでしょう かそれはしたようなやはり対話の力だと
思います対話っていうのはあのもちろん 何か話し合うというような意味を持ちます
けれども同時に聞きあうということもあっ てで聞き合うっていうのだと随分呑気に
思えますけれどもでもこのことにこう するっていう構えを育てるすごく重要な
時間だと思うんですよねでそこでまあの 思考停止させない少しでもいいから他者の
力を借りて自分の頭を動かす対話っていう のは何か主張をあらかじめ持っていて
ぶつけ合う場ではありませんから誰かが 語り出したその言葉に引きずられ引きずら
れるように自分の言葉を見つけていくって いうことを重ねることによって停止させ
ないそやって進み続けるっていうことを私 は重視したいですねうんあとその中立って
いうことに関して言えばその中立という 立場を取った時点でもうあの無効の価値な
んですよねでこれこの間イスラエルが この間っていうのはもうもうかなりえもう
前からですけれどもその情報戦においてえ やっていることでで例えばそのイスラエル
軍兵士に殺害された子供であるとか あるいはジャーナリストであるとかこうい
た時にでその世界的にそれに対する避難が 高まるとでそうするとそのカウンター
インフォメーション対抗情報を流すわけ ですえそこの少女が殺されたのはの中に
爆弾を仕掛けていてそれをイスラエル兵に 投げようとしたからあその自閉のためにえ
その兵士は打ったのだとかえあるいはその 星眼でえ取材中に殺害されたあパレスチナ
系アメリカ人のジャーナリストの死に関し てはえこれはあの好戦に巻き込まれて
なくなったんだとでそのでも私たちはそれ がどちらの言分が正しいのかということを
その時点でその確かめる術はないですから そうするとパレスチナ側はこう言っている
でイスラエル側はこう言っているで 確かめる術がない以上その判断を留保する
しかないとでまこれで中立ですよねで結局 それでもうその中立の立場を取ったらもう
それでえあちらの思う壺というようなま そういう作戦なんですねでまその後にあの
実際にその時え戦闘は行われていなくてで 狙撃したイスラエル兵自身がそれを認めた
とかいうことが後から分かってももうその 時にはあのそのことを覚えている人はい ないとかいう形ではいなのでこの中立って
いうのも一体何なのかっていうえ一体誰誰 がその中立を求めているのかていうことを
やっぱり考えるべきだし例えば司法これ 英語でジャスティスですよね構成とか正義
これその司法においてじゃ裁判官って中立 なのかでそうではなくて不正というものが
存在する罪というものが存在するで不正は 立たされなければいけないというやぱその
立場に私たちは立つべきであってその不正 があってそれによる抑圧があって人間性が
否定されている時にそこにおいて中立で あるなんていうのはもうこの人間性の否定
抑圧に対する加担以外のもう何者でもない とま私は思いますうんうんそもそも中立で
あろうとすべきなのかみたいな話もあると 思うんですけどもなん中立であろうとする
としたらいい中立と悪い中立っていうの あるんですかっていうのをちょっとお話を お聞きしたいなといや私中立っていう言葉
って本当一体何なんだろうってすごい思う んですよね中立でなく公平だろうといつも
思うんですけれどもあのねメディアの方と 話してたりとかしてま自分は中立なんでえ
公平になってください公平の立場から語っ てくださいって思うんですけれどもなんか そういった時ま中立っていう言葉がでも
あの興味深いうんのはやはり立つという字 を書くんですねだからあのまるでも何度も
この繰り返しですけど超越的なこう空から こう下空から下を見ているかのような感覚
を覚えさせてくれる言葉ですけれども立っ てはいるんですよね地に足をつけているで
その立っている場所は決して真ん中などと いうものっていうのは存在しないわけです よね今のお話でももうすでに立っていて
中立っていう風に言ってまるでなん でしょうねこう中間地点にいるのようだ けれどもそれ自体がすでにどちらかに加担
しているということなのであの何かをなん でしょうねこうカバーしてくれたりとか
あのくるんでくれるような言葉には そもそもなり得ないと思ってますだから
いい中立悪い中立っていう言葉自体が すごくこう混乱するというかま何を思って
いいのかっていうのもあると思うんです けどあのすごくあわあわするなんていうか ぐるぐる混乱する言葉だなといつも思い
ますねはいあの私も同じですって何なん だろうと思いますであのこれって双方が
その言分なその対等なもの同士であれば
レフェリーは中立でなければいけないと 思いますがでもそうじゃないわけですよね
だからあのやっぱり歴史的な文脈がこう 抑圧されるというのはこれがそのなんか
対等なも同士のおその例えば宗教対立で あるとかこう領土を巡るその紛争であると
かなんかそういう話に還元してっていう ことになっちゃうと思うんですよでそう
じゃなくてその抑圧されているものがいる 時に抑圧者と非抑圧者に関してその中立で
あるなんていうことはそれはありえないと 思いますであのやっぱり人間性の側に立ち
たいなと思いますしでそうだとするとね そのまさにホロコーストそのヨーロッパに
おけるユダヤ人に対するそのジェノサイド あってはならないことだとその人間性の
否定というものそれをそれに えあってはならないことだと思うからこそ
そのガザでパレスチナでパレスチナ人に 対して起きていることもあってはならない
ことだと思うしで同様にもうあのその
イスラエルという国家のそのえ人たち
がそして国家のあり方侵略主義的でえ アパルトヘイトのその非常にそのえ人種
差別的なそのような国家のあり方の中でえ
そのパレスチナ人というパレスチナ人を その対等な自分たちと同じ人間とはみなさ
ないようなそのようなあ思考にこうさせ られてしまっているそしてそれ上に
あの戦場に駆り出され彼らもまたトラウマ
を追って傷ついてまた殺されているわけ ですよねやっぱそれもあってはならない ことだと思うしだからあまりなんかその
中立っていう言葉はこうした状況において なんかそんなに
あのうんむしろ本当にあの混乱させるうん
うんわけがわからなくさせてしまう うんありがとうございますとこちらで最後
なんですけども僕も日々このガ地区の報道 に触れていてま大変なことが起きていると
はもちろん思います思ってるんですけど ただその自分にじゃあ何ができるのかって
いうとちょっとしたこう無力感も感じて しまうんですんですよねでそういう人って 多分僕だけではないような気がしていて何
もできることがないからあえてニュースに も触れないとかそういう人もいるでしょう しという中でその
今自分に何ができるのかっていうところで 最後にお二方あのコメントをいただければ と思っておりますこの何ができるかていう
問をこのガザとは何かの最後でも投げかけ られていると思うんですけども私はあの
お母さんの公演もあのYouTubeで見 ていたんですねでその時のお母さんの応答
が忘れられなくてそれがいろんなことが できると思いますってはっきりおっしゃっ
たんですよねで私も雷に打たれたみたい みたいになんてこれがずっと支えになっ
てるというかなんかその折れないでね私が 折れるっていうのも何なんだってこんな 実態の前で私が心れちゃうとかそんなんな
んだとも思うんですけどもなんか歩み続け てこれた言葉だなと思っていてだからこの
ガのことに対してあの問をずっとどう立て ていいのかっていうのがこう空を掴むよう
な気持ちでいたんですけれどもまはっきり と私には何ができるかっていう問いから 離れたくないなといつも思うんですで本当
におっしゃる通り何でもできてでも私たち はついつい無力感に引き流されるような気
になっちゃうだから私に何ができるか会議 っていう対話の場を作ったりもしたんです ねそうすると例えばタイピングが得意です
とか実は翻訳が得意ですとかデザインが 得意ですとかそれぞれ皆さんの生活の中で
得意なこともしくは書類整理が得意ですと かあるんですよねでそれってガザあ
のガザをこうなんでしょうねと共に立つ あるいは人間の側に立つ人間性の側に立ち
たいっていう言葉もありましたけれども ために例えばガザの言葉をはもっと発信 するとかえーあるいは私は結構配信番組
やったりするんですけれどもそれの文字 起こしを手伝ってもらうとかデモに行くと かもう無数にあるんですよねでそれも
やっぱり対話で私たち自身が発見していっ たことでなんかついついないとか私がなん
か言ったところで爆弾が減るかなみたいな 風になっちゃうんですけれどもそれって すごく早計というかあのだなという風に
思いますだからこうこれを聞きの皆さんで 自分なんかと思ってる方がいたら是非一緒
に集まって探すっていうのもいいと思い ますしどんなことも繋がるんだっていう風 には私は思いますねはいあのよく自分1人
が何かしたところで何も変わらないとかね あの問題は解決しないとかこうあの言っ
たり書いたりする方いらっしゃるんだ けれども私はそれをスーパーマン症候群と
呼んでいてなんか自分1人が何かして 世界が平和になるとかねそんなことそれは
もちろんないけれどもでも あのその自分に何ができるのかこれ本当
純粋疑問でそれが本当に分かったらそれを やろうと思っている人とその何ができるの
か何をしたって変わらないじゃないか できることなんかないっていうなんかこう 自分が何もしないことのあのあるいはそこ
からその距離を取っている無関係である ことのなんか言い訳としてそれを言って いる人二通りあると思うんですがいや本当
にもうやるあのやれることいっぱいあり ますであのそのもう本当もう私やりたい
ことしたいことしなければならないこと いっぱいあってでも1人ではできないので
もう本当にそれを手伝ってくれる人がい たらもうあの本当に助かりますで
あの やっぱりその10月7日の今回のその
ジェノサイド攻撃が始まる以前にもうあの とりわけその10年前の2014年の51
日間戦争の直後からもうガザの人たち とりわけ若い人たちの自殺がとても多く
なっているんですねもうこれってもう絶望 しているからでもう明日に絶望してるから
ででも明日明日がもうこれは変わらないん だとその世界に絶望するっていうのはその
ガの状況に絶望するというよりもこれ世界 に対して私たちに対して絶望してい
るっていうことだと思うんですからあの 希望はどこにあるのかこやっぱ希望は
私たちだと思うんですねであのぱこれ 先ほどのあのま日本の教育とかその社会の
その私たちのあるそのメンタリティと 関わるんだけれどもその私たち自身が声を
上げることによって世界は変わるんだと あるいはその確実なのは声を上げなければ
行動しなければ絶対に変わらないうんその 声をあげたからじゃあ明日変わるかって
言ったら変わらないけれども声をあげない 限りは変わらないわけだから声を上げる そして歴史というものは確かにそうやって
声を上げて行動したきた行動してきた者 たちが大勢いたからこそそれによって世界
っていうのは少しずつ変わっていったん ですよねやっぱりこの声を上げることにに
よってで単に声を上げるだけじゃなくって その行動を起こすことによってで場合に
よっては血を流すことによってやっぱり 例えば植民地になった国というのは独立を
そういう形で勝ち取ってきたわけだしそう いう形で色んな色々なものが少しずつあの
よくいい方向へ向かってきたやっぱりそれ があの人間の歴史だと思うんですだから
あのそういう意味であの本当にええ声を 上げるそして行動するっていうのがすごく
大切なことなんだっていうことがやっぱり 日本の教育ではむしろそれを積極的に教え
てないような気がするんですよねであの そのまじゃ私自身に関して何ができる
かっていうとこれちょっと先ほど前の方の 話にま絡むんですけれども
あのその要するにガで起きてることが遠い そう自分のこととそう重ならないていうの
考えた時にあのえっとこのガザとは何かの
読書会が前あったんですでその時に参加さ れた方がまでもわざわざ参加費を払って
そういう読書会に参加される方だから関心 はあるわけですよねでもその方がま質問と
いう形でおっしゃったのがその自分は パレスチナ人で知ってる人もいないしだ
からそのどうしてもその傘で起きてること がねなんこう自分ががその取り組む積極的
に取り組むというような問題という風に 思えないんだとなんかその方は関心があっ
て参加されてるんだけれどもでもそこに今 1つのめり込むようなインセンティブと
いうかそのモチベーションがないという ことに葛藤しておられてそれであの思った
のはあの長井さんのご本の中でジンケ を引用されていてその死人間の死と
いうものをその分の死1人称の死それから なも名も知らぬも顔も知らない
えー3人章の死えそしてその身近な家族だ
とか友達だとかそういう顔を知っている人 たちの2人称の死という風にまあのジャン
ケルがそのように死をま分けている というまそその部分読んであの思ったん
ですけれどもそのこのまうんうん分類と
いうか定義というかそれはそれで一般論と してそういう風に言えると思うんですがで
もこの間あのすごく感じるのは先ほども 申し上げたようにただ数字でしか報道され
ていないのにつまり3人称の死なのにそこ に顔を感じるうん自分が応答すべきその他
の顔というものを感じとる人たちがいるん だということなんですで
あの思うの はその2人称家族とか友人であったとして
もその場になかったらその人は3人称です よねでこれ前に蓮見彦さんがエッセの中で
書いておられたんだけどその奥様フランス の方ででそうすると息子さんと奥様は
フランス語で会話をしているで自分のい ないところで自分のことを彼と呼んでいる
これ日本語の世界だったらないですよね目 の前にががお父さんはお父さんでていうで
そこでその言語の違いによるそのなんか そのえフランス語の世界ではその自分が
こう阻害されるようなねえまそういうあの ことを書いておられてででそうするとあの
顔を知っていてもその場になければ3人称 になるっていうあのことを考えると多分
その2人称と3人称の間に2.5人の死 っていうのもあるんじゃないかでそうする
と私はあのまえまあのま
文学に携わるものなのでその文学とか
あるいは映画などでえそうしたパレスチナ であるとかあるいはまどこでもいいんです
けれどもその世界のいろんなところの人 たちのその物語に触れるというのはその
ような形でえその遠い世界界の人だ人たち の存在が自分にとって2.5人称になると
いうことなのではないかあるいはあのえと まコロナでえそのオンラインで繋が
るっていうことがすごく一般的になって それでま10.7の前ですけれどもあの
パレスチナ関連の大学のゼミで学生たちが あのガザとか西岸地区のパレスチナ人の
大学生と繋がってそれであのゼミであの 交流授業をやったことがあるんですでそう
するともうそこであのオンラインで モニター越しではあるけれども顔と名前を
持った存在になるわけですよねでそこで そうした繋がりがあの生まれるとやはり
あのガザや星眼で亡くなっている人達て
あの全くの知らない他人ではなくてそこ から2.5人称になるあの例えばえっとね
あの最近お孫さんができておじいちゃんに なった方がもうあのもう本当その孫が
可愛くてでそうするとそのガザでもう子供 がっていうもうその言葉見た途端に涙が出
てきてしまうとかあとあのお家で犬を飼っ ている方がねその自分その犬を飼って
すごくその犬自宅で飼っている犬が家族 同様の存在だからこそ例えば保健所でえ
その毎月毎年もう何百何千何万引と殺さ れるということが他人ごではありえないの
と同じようになんかそういう形でえあの 単なるそれが名も知らない顔も知らない人
たちの死ではないというようなそういう 繋がり方をあの生み出すことってできると
思うんですよねだからま文学に携わるえ私 自身私がその文学を通してできることと
いうのはその3人称の存在を2.5人称に するっていうことなのかなと思います
특별 대담 『가자 지구에서 지금 일어나고 있는 일과, 우리에게 할 수 있는 것』(『가자란 무엇인가』 저자 오카 마리×철학자 나가이 레이의)
특별 대담 『가자 지구에서 지금 일어나고 있는 일과 우리에게 할 수 있는 것』
( 『가자란 무엇인가』 저자 오카 마리×철학자 나가이 레이의 )
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<『가자란 무엇인가 팔레스타인을 알기 위한 긴급 강의』 오디오북화>
팔레스타인 문제에 오랜 세월 종사하는 오카 마리 · 와세다 대학 교수에 의한 「팔레스타인 문제의 본질」에 대한 긴급 세미나를 서적화. 2023년 10월 7일에 시작되는 이스라엘에 의한 가자에 대한 제노사이드 공격을 받고 개최된 강연을 바탕으로 역사적 맥락과 현재의 논점을 평이하고 강력하게 해설. 단순한 해설에 그치지 않고, 우리의 배움과 행동의 지침을 제시하는 「지금, 먼저 손에 잡아야 한다」1권. 현재의 가자 정세를 바탕으로 보다 많은 사람들에게 전달하기 위해 오디오북화도 실현.
오디오북판▼
https://audiobook.jp/product/270116
<특별 대담:저자 오카 마리×철학자 나가이 레이의>
오디오북화에 즈음해, audiobook.jp 전달의 오디오북 「가자란 무엇인가 팔레스타인을 알기 위한 긴급 강의」의 권말에서 공개. 또, 7월 5일~9월 31일까지 audiobook.jp의 YouTube 채널에서도 기간 한정으로 무료 공개합니다.
최근의 가자의 상황/일의 중대성에 맞는 보도가 되지 않는다는 미디어에의 문제 제기/「초월적인 입장」으로 부감하는 자세를 취해, 「전쟁 반대」라고 말할 수 없는 사회의 문제/「슈퍼맨 증후군」에 빠지지 않고, 지금 자신이 할 수 있는 것으로부터 행동으로 옮기는 중요성/「인간성」
■오카 마리 프로필
1960년생. 도쿄 외국어 대학 대학원 석사 과정 수료. 재 모로코 일본국 대사관 전문 조사원, 오사카 여자 대학 인문 사회 학부 강사, 교토 대학 대학원 인간·환경학 연구과 교수 등을 거쳐, 와세다 대학 문학 학술원 교수. 전공은 현대 아랍 문학·제3 세계 페미니즘 사상.
■나가이 레이의 프로필
사람들과 생각할 장소인 철학 대화를 하고 있다. 에세이의 연재 외에, 정치나 사회에 대해서 즈즈자즈에서도 말해 보는 장소 「오즈오즈 다이얼로그」, 센소에 대해 표현을 통해 대화하는, 사진가·야기사키와의 유닛 「센소라테 프로젝트」, Gotch 주최의 무브먼트 D2021등에서도 활동. 저서에 『수중의 철학자들』(아키후미샤). 제17회 「나, 즉 Nobody상」 수상. 시와 식물원과 정성스런 산책을 좋아합니다.
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가자란 무엇인가 팔레스타인을 알기 위한 긴급
강의 오디오 BOOKJP 특별 대담 저자 오카
마 철학자 나가이
예 이번은 오디오북JP특별편이라고 하는 것으로 에가란 무엇인가의 저자님 그리고
특별 기획으로서 철학자의 나가이 레님께 오셨습니다. 감사합니다.
철학자의 나가이입니다. 감사합니다.
오토 뱅크의 야마다라고합니다. 오카 씨의 저서 인 가란 무엇입니까?
그렇다고 생각해 봐도 괜찮습니까? 그 정말 멋진 책입니다.
내가 찾는 것이 여기에 정리되어 쓰여지고 있다는 것을 먼저 생각했습니다.
일어나고 싶다는 것을 그 극히 이렇게 알기 쉽게 쓰여져있을 뿐이야
그렇다고 해서 원래 공원이 원래라고 하는 것이라고 생각합니다만 그 오카씨의
화가 나 슬픔이라든가 그렇게 말한 것 같은 히치로
그려진 것도 굉장히 인상적이었고 우리가 지금 어떤 지점에서 이 문제를 본다
무엇을 했는지 제시하고 그리고 무엇을 해야 하는지 등이 밝혀져 있는데도 용감해진다
매우 중요한 책이라고 느꼈습니다. 감사합니다.
두 사람에게 이야기하고 싶습니다.하지만 오늘은 6 월 20 일입니다.
그리고 가 지구의 분쟁은 계속되고 있다고 매일 엄청난 대량의 정보가 흘러 온다.
그렇지 않습니까?
제시한 저정안이 아직 합의에 이르지 않고 어느 것이 반대하고 있는지 잘
괜찮은 상황은 혼란스럽기 때문에 선생님에게 이런 상황이 지금 어떻게되고 있는지
내가 말하는 것을 말하고 싶다는 것과 이번에 갈등은 나가이 씨와 같은 철학입니다.
사람의 머리 속을 전문으로 하는 분들에게 이렇게 말씀드리고 싶은 테마도 많이 있다
그렇습니다. 예를 들어,이 분쟁을 어떻게 보아야합니까?
그런 것도 맞추어 그 테마로 설정하고 있기 때문에 두 분에게 이야기 해 주시면 좋겠습니다.
그렇지만 오늘 6월 20일 목요일 시점에서 엣가가 지구에서 무슨 일이 되고 있는 거야
우리가 말하는 것에 대해 오카 선생님에게 먼저 이야기 할 수 있다고 생각합니다. 예 작년
10 월 7 일, 이스라엘의 마가에 대한 공격이 시작되고 오늘 8
개월과 2 주 동안 8 개월 반이 될 것입니다.
매일 많은 양의 정보가 있다는 바람에 말씀 드렸습니다.
그 가자에서 일어나고있는 것의 중요성에 맞는 질과 양의 보도가 이루어지고 있다고는
전혀 생각할 수 없어요. 지금 그 8 개월 반의 가의 상황을 살펴보고 소개했습니다.
그리고 그 가자 보건소의 발표에 따르면, 그 시체가 확인되고 그 죽은 사람이 확인됩니다.
하는 것들만으로
3만7천엔 그 다음 부상자는 85523명
그러니까 이미 지장자 뿐입니다.
123명이라는 듯 벌써 가자의 가자의 인구는 230만명이니까 이미 그 5%
에 해당하는 사람들이 지장을 받고 있습니다.
1 만 1,000 명의 전인이 있습니다.
납치되어 이스라엘의 감옥에 데려간 채 소식 불명의 것들도
포함되어 있습니다만 대부분은 공격되어 파괴되어 잔해가 되어 버린 거기에
아직 시신이 묻혀 있고 그 시체가 수용되지 않은 사람들이기 때문에 이미
실제로 죽은 사람들이라고 하는 것은 이미 4만 에마 7000명을 넘는 5만명 가까이에
네가 다가오고 있다는 것입니다.
할인이 14 세 이하의 아이들입니다.
아이들이 죽고 있다는 것입니다. 1 만명 이상이 팔과 다리의 절단
1000 명이 넘는 아이들이 그 팔과 다리를 지금까지
연결이 끊긴 경우에도 1 월 7 일 시점이지만 CNN이 발표 한 곳에서는 매일
10 명 이상의 어린이가 한쪽 다리 또는 양 다리를 잃고 있습니다. 모든 가족을 죽이고
양 다리와 한 팔을 잃어 버렸다는 아이의 보도도 있습니다.
그게 주택의 절반입니다.
절반이 완전히 개방되었고, 이스라엘은 대량으로 사람을 죽이고있다.
뿐만 아니라 그 가자의 역사
가자라는 땅에서 그 수백 년이나 1000 년 이상 팔레스타인
그 땅에 뿌리를두고 살아왔다는 역사의 기록이거나 기억
증언하라 그런 곳이 바로 그 중세부터 이어지는 모스크라든지 교회이다
혹은 박물관이나 도서관이라든가 그런 그 기억의 장소 그 자체를
대상으로 파괴함으로써 팔레스타인 사람들이 스스로
이 땅에 대해 권리를 가진 팔레스타인이라는 그런
역사적 존재인데 그런 정치적 주체성을 가진 존재라는 그 기반 자체
나는 파괴하고 있기 때문에 그렇게 말했다.
지금은 정말로 영어와 아랍어로
매일 그 보도되는 전해지고있다 뉴스에 접하고있는 것으로서는 그
일본의 주류 미디어의 기사 보도라고 하는 것은 전혀 그 본질이나 그 사건의 중대함에
맞는 내용을 전하지 않기 때문에 그 생각합니다 감사합니다
오카 씨가 말했듯이 민간인의 희생자가 증가하고 있다면
그것은 매우 이해하기 쉽지 않습니까?
몹시 알기 쉽습니다만 그럼 이 분쟁의 구도는 어떻게 되어 있는지라고 하면(자)
그것은 더 이상 잘 모르겠네요 많은
일본인에게는 뭔가 그런 이스라엘이 나쁘다고 말하는 사람도 있습니다.
하마에 원인이 있다고 사람도 여러가지 속에서 어떤 식으로이 가식 관련 뉴스에
만지면 좋을지 말하는 곳에 대해 그 조금 두 분에게 이야기를 주시면 생각합니다만 어떤 식으로 의식해
만지고 있습니까?
관련 보도는 그렇습니다.
그런 상황이있는 동시에 그 노 오카 씨의 책이거나 같은 덕분에
그런데 그 시민이 이렇게 일제히 이렇게 학습하기 시작했다고 했던 곳도 있다고 생각합니다.
네, 나 자신도이 가자란 무엇인가를 손에 넣는다.
아니면 뭐라고 말할까요?
뭐라고 생각하는지 알게 된 것입니다.
라는 것을 기점으로 하마스라는 테러 집단이 테러를 했어요
모르겠지만 어느 쪽도 어딘지
그렇지 않다고 말하는 방식으로 말이 점점 점점 지금 나타나고 있다고
생각합니다. 물론 아직 부족합니다 만, 거기는 더 미디어이거나 출판 아직부터
곧 이렇게 출판된 것은 정말 중요한 일이었던 것 같지만 그런 스택이 더 많지 않다고 생각합니다.
그렇게 할 수 없다고 생각합니다. 그 때 중요한 것은 역시 어디를 기점으로 볼까라는 하나의 태도라고 생각합니다만 이 점에 대해서
어쨌든, 오카 씨에게 어떤 출발점에서 볼 수 있다는 것이 중요하다고 말하는 것이 좋다고 생각합니다.