2026-10-07

天皇の戦争責任 : 加藤 典洋: Japanese Books

Amazon.co.jp: 天皇の戦争責任 : 加藤 典洋: Japanese Books




天皇の戦争責任
by 加藤 典洋 (Author) Format: Tankobon Hardcover
4.2 4.2 out of 5 stars (19)

Amazon.com Review
昭和天皇に戦争責任はあるのか、ないのか。あるとしたら、それは政治的責任なのか、道義的責任なのか。これまで何度となく繰り返されてきたこの微妙な問題に、終戦直後に生まれた3人が座談会の形で集い、「対決バトル討論」を交わした。
加藤典洋、橋爪大三郎という今日屈指の論客に、竹田青嗣が行司役である。加藤は「天皇に戦争責任がある」と断じ、橋爪は当時の天皇の法的地位をタテに「責任は問えない」と反論する。これに対して竹田は、天皇の戦争責任は、現在の基準から考えるべきなのか、当時を基準とすべきなのかと議論を整理する。加藤は橋爪の主張の一部を認めつつも、今に至る戦争責任への国民の感情的シコリを指摘し、理屈だけでは解決できないと切り返す。

天皇の戦争責任問題は、これまで「責任あり」「責任なし」という二者択一的な議論に収斂(しゅうれん)し、論者の政治的帰属を確認するだけのものになってしまうことが少なくなかった。しかし加藤、橋爪両者にとって、どちらの立場に立つかは問題の中心をなしていない。2人の関心は自分の立場の防御ではない。天皇の戦争責任を白紙の状態から考えるとしたら、どのような問題設定を行うべきかという、思考的実験を両者は競っている。保守・革新の対立にも似た不毛な議論の隘路(あいろ)に入ることなく、どのように知を構築していくか。新しい視点と切り口に満ちた、とくに若い人にぜひ読んでもらいたい1冊である。(西川 恵)

Content (from MARC Database)
「天皇」と「戦争責任」。この、戦後思想が長く論じてきた一切の問題について、新しい問題設定を作り出さなくてはならない。加藤、橋爪両者による「天皇の戦争責任」についての、新しい本質的な対決バトル討論。
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From Japan

wad
5.0 out of 5 stars これは面白い本だった
Reviewed in Japan on November 19, 2024
Format: Paperback
「天皇の戦争責任」について、加藤典洋(『日本の無思想』、『敗戦後論』)、橋爪大三郎、竹田青嗣の3人が語り合っている本。座談会形式だが、徹底的に手を入れているようで読みやすい。橋爪大三郎が「天皇は西洋流の立憲君主であった」という観点から天皇の戦争責任を否定する立場に立ち、加藤典洋が『敗戦後論』などに展開していた文芸批評的な立場でこれに食らいつき、竹田青嗣が司会をしている。3人に共通する問題意識は、レフト、ライトの両翼の天皇論が行き詰まっており、新しい視点からこの問題を論じなくてはならない、ということである。個人的な感想を言わせてもらえれば、そのことに気づくのが20年ほど遅い。

個別の主張の内容はともかく、本書のスタイルは健全なディベートとしてかなりのレベルに達していると思う。そのことだけでも、本書は読む価値があるだろう。ところで本書は、議論を通して、各参加者が他の参加者の意見を理解していくプロセスをなぞっている。しかし、橋爪大三郎が最後に述べているように、このディベートは天皇機関説(橋爪)と天皇親政説(加藤)の間での、互いの論理の基盤の紹介のしあいというふうに要約できてしまう。パワーは天皇機関説の側にあり、これに現代日本の価値体系にそれほど矛盾しないような形でいかに天皇親政説をぶつけることができるかが焦点となる。この天皇機関説の強さは、リバータリアニズムの強さに似ている。したがって、橋爪の方が、加藤あるいは竹田のような人のところまで「降りてくる」義務があると私は思っており、「天皇制の廃止と共和制への移行」をちらつかせた上での機関説の主張は禁じ手だと思う。個人的には(戦争責任の有無は別として)こちらの主張の方がなじみやすいのだが。

本書では、竹田青嗣が「若い人でも納得できるような論理」みたいな概念を何度か持ち出しているが、正直いって(私はすでに若くはないんだが)若い人はとっくの昔に本書の水準を超えてしまっていたと思う。というのも、竹田や加藤が理解するのに苦しんでいるように思われる橋爪流の「天皇機関説」は、多くの人が何の苦労もなく理解できるはずだ。共感するかどうかは別として、そういう概念を理解するのは簡単である。むしろ理解するのが難しいのは加藤流の天皇親政説というか天皇形而上学説であり、若者はこれを外部の概念として取り込み、咀嚼しないとわからないんである。というか、たとえば加藤の『敗戦後論』は、そういうふうにわからなくなったことを現代的な言葉で復活させようという試みなんだ、と少なからずの人は思っているはずである。

なお、戦後の天皇について、私は「天皇公共事業説」というものを提唱している。天皇制は日本国憲法で定められた公共事業なのである。日本国が天皇制を公費を投じて維持しているのは、それが道路や橋と同じように社会的インフラストラクチャと外交的な切り札となっているからだ。天皇制の廃止、すなわちこの公共事業を廃止するということは、皇室の民営化を意味する。

本書の執筆者たちはいずれも民主主義者/漸進的進歩信奉者であり、天皇なる存在がそういうフレームワークにうまく当てはまらないことの違和感が、そもそもの議論のモティベーションとなっている。しかし、「天皇公共事業説」の立場から見ると、結局のところ天皇制を維持すべきかどうかは、他の公共事業と同様にコスト/ベネフィットの問題となるのである。この立場は、加藤のような形而上学的な議論に対する頑健さが天皇機関説よりもはるかに強く、このようなディベートでは禁じ手なのだが、多くの人はこれに似た水準で天皇制を考えており、だからこのようなディベートに非現実感を抱くのではないかと思う。

なお、この天皇機関説と天皇形而上学説がどのようにリンクしてきたかを説明しておく。大東亜戦争から太平洋戦争にかけて、昭和天皇が立憲君主制の下で「権力のない君主」として振る舞ってきたという天皇機関説は、「介入しない父親」という像を強化する。また、戦後に昭和天皇がじっと我慢をしたことは、「文句を言わない父親」という像を強化する。つまり、この論理は、天皇と国民の間に「父―子」の関係、あるいは「ヤクザの親分―子分」の関係を見て取る形而上学説と必ずしも対立するのではなく、むしろ強化してきたという経緯がある。本書では、橋爪が天皇制の廃止と共和制への移行ということを、イデオロギー的な前提とするという担保をとって、この説を唱えている。

天皇機関説の最大の弱点は、天皇という地位と、昭和天皇あるいはいまの天皇の人間としての個人を切り離して論じなくてはならないことにある。そのことが、個人としての天皇に対する過剰な思い入れを許容するのである。個人的には共和制への移行でもよいし、公共事業説の徹底推進でもどちらでもよいが、この過剰な思い入れの余地をなくすことが問題解決への道だと思うが、これは実質上、「過去のことを忘れましょう」ということであり、たとえばアジア諸国の犠牲者に対する責任、あるいは加藤の言うように日本の死者に対する責任を論じるのに適したフレームワークではもともとない。天皇制を廃止し、それを「民主主義革命」であると位置づけ、日本人がその革命を行ったことによって責任を引き受ける、というようなアプローチは可能ではあるが、「若い人」には第二次世界大戦の戦争責任なんかまったくないのだし、責任を引き受ける意欲もないはずだから、仮にそのような革命を行ったとしても、その大義は後づけの屁理屈にしかならないだろう。
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daepodong
4.0 out of 5 stars 倒立する立場
Reviewed in Japan on September 1, 2005
Format: PaperbackVerified Purchase
 お互いが一歩も譲ることなく自分の独善的な主張を繰り返しているだけの退屈な対談にも拘らず、最後まで割と面白く読めるのは、読者がこの対談に求める内容が何か、ということによって大きく変わるだろう。
 「負けない議論」というものがある。これは、「Aは定義上Bである。だからBでないことはありえない」という議論である。この形式論で押し通せば、Aは実はBではなかった、という実質論には絶対に破れることはない。ここで橋爪が依拠する議論はこの形式論理、つまり「天皇の権限は大日本帝国憲法にこう記載されているから、戦争責任はありえない」という理屈なのである。加藤が議論の根拠とする、当時の日本人にとっての「エトス」としての天皇の機能や、慣習として天皇が発揮した非成文的な権限は全く問題にされていない。本来は、こういった機能を研究することが社会学者の仕事であるにも拘らず、ここでの議論からは、橋爪は社会学者として体を成していない、ということが暴露されてしまっている。
 また、加藤が「天皇に戦争責任あり」と断言していることからは、有名な加藤「敗戦後論」対高橋哲哉「戦後責任論」においての、高橋哲哉の加藤理解が全くの誤りであることがわかる。
 一見文学的に見える加藤の議論がむしろ社会学的であり、橋爪の議論は単なる形式論理を追求しているだけ、という、両者の立脚点の転倒がみられるところが面白いとわたくしには読める。当然、わたくしの判定は、相手のお株を奪った加藤の「勝ち」である。
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INO
5.0 out of 5 stars 良かったです。
Reviewed in Japan on April 1, 2013
Format: PaperbackVerified Purchase
今まで知らなかったことや、あまり知られてないこと、それに天皇が日本にとってどういう存在であるかとても参考になりました。
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まともな読者もいるよ
5.0 out of 5 stars このテーマでの〈最後の書〉の価値を持つ
Reviewed in Japan on February 2, 2006
Format: Paperback
現代を代表すると言ってよい3人の論客の徹底的な議論から、〈天皇の戦争責任〉とは根底的には何を意味するのかの問題が、法的責任、道義的責任などの範疇を巡り、かつそれらが学者的抽象論に陥ることなく、現代史の具体的展開や場面に即して次々に語られる。全日本人にとって重いこのテーマでの、望みうるベストの問題提起であり、各々の立場からの究極の回答モデルが提示されている。このテーマでの〈最後の書〉となり得る価値を持つ、知的興奮を誘う書。そういう性格の書なので、その守備範囲や知的好奇心を持ち合わせない向きには絵に描いたような”猫に小判”となるのはやむを得ないか。
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Amazon Customer
4.0 out of 5 stars 平行線に終わる議論
Reviewed in Japan on July 26, 2001
Format: Paperback
おおざっぱに言えば、加藤氏は文学的、橋爪氏は社会学的な論を展開しており、両者の主張はついに最後まで根本的に交わることがなく終わる。橋爪氏の昭和天皇擁護論が、立憲君主制における民主主義的立場から立脚しているのが興味深い。それは、たとえば西部氏の近著「国民の道徳」における、トラディッションの観点からの擁護論とは、以って非なるものであることに、注目せねばなるまい。加藤氏の主張は、橋爪氏の「民主主義」に対抗しえていない。それは彼の思考が、「戦後民主主義的」だからである。
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五十嵐輝雄
2.0 out of 5 stars 歴史がよくわかる
Reviewed in Japan on June 3, 2013
Format: PaperbackVerified Purchase
分厚い本で、本の中に線引きがやたらと多く、読むのに目ざわりとなり、消すのに大変でした。
中古だから仕方ないが、買い取る際に消させる事ですね。
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空の子
1.0 out of 5 stars こんなことを今さら対談する必要が?
Reviewed in Japan on October 29, 2017
思想家が思考によりどうこう言う事ではなく、憲政史的に判断すべきで、ほぼ答えは出ているのではないでしょうか。
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Amazon カスタマー
1.0 out of 5 stars 何か違う
Reviewed in Japan on August 20, 2015
あまり期待しないほうが。こんなに分厚いのに何かを得られた気がまったくしない。結局、日本人にとって神とは何か、天皇制とは何かなどのそもそもの本質的な議論が欠落しているような気が。
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つだ
1.0 out of 5 stars 買う価値はない
Reviewed in Japan on June 2, 2005
Format: Paperback
この討論にこの人たち?と、悪い予感がはしりましたが、(加藤氏は度が過ぎて文学的、竹田氏はあまりに底が浅く単純、橋爪氏は時々ほとんど妄想に近い)、タイトルにつられて、読んでみました。
3人とも精密に歴史資料を読み込んでいる風でもなく、だらだらと、それぞれの勝手な思いこみを垂れ流す。議論は、いつまでも平行線のまま、スリリングな瞬間は最後までなし。
結論。読むのは、時間の無駄。買うのは金の無駄。
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名無しの権兵衛
1.0 out of 5 stars あーあ
Reviewed in Japan on January 17, 2002
Format: Paperback
 読んで損したという感じがした。座談形式だからかダラダラとしてて苛々する。だいたい天皇に戦争責任があるかどうかなんて、大の大人が三人もよって一冊の本にするようなことではない。
 当時の大日本帝国の元首であった昭和天皇に戦争の責任があるのは当然ではないのか。ただし、それは負け戦をして国家と国民に多大な被害をもたらしたということに対する責任であり、敵国その他に対して責任などない。なぜなら、戦争をするということは、主権国家に認められている権利であり、当時の日本は様々な理由から戦争を決意し、戦争をするという国家の主権を行使し、戦いに利あらず敗れただけである。 
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