第6章 「安全の保証」と新しい軍事態勢のあり方
道下徳成
はじめに 1993~94年の「第1次核外交」と異なり、2002年以降の「第2次核外 交」 において北朝鮮は公然と「抑止力」の必要性に言及し、05年2月10日 には核兵器保有宣言を行った。自国の核兵器保有を「自衛」のためである とする北朝鮮の主張をどの程度受け入れるかは議論の分かれるところであ るが、北朝鮮が自国の体制維持に不安を持っており、核兵器を体制維持の 手段の1つとして利用しようとしていることは周辺諸国も認めるところと なっている。このことは、北朝鮮を除く各国が、核兵器の放棄と引き替え に、北朝鮮に対して「安全の保証(security assurances)」を与える準備 があると表明していることからも明らかであろう。また、米国は北朝鮮に 対して 「侵略(invade)」「攻撃(attack)」を行わないとの立場を明確に しており、韓国の盧武鉉大統領は、「核やミサイルは外部の脅威から自身 を守るための抑止(注1)手段である」という北朝鮮の主張には「一理ある側 面がある」と述べた(注2)。 これらのことから、核兵器の放棄と引き替えに、北朝鮮に何らかの安全 上の保証を与えるべきであるとのコンセンサスは、すでに形成されている といえる。本稿は、北朝鮮の核問題を外交的に解決するにあたって、北朝 鮮に安全保障上の安心感を与えるために、いかなる措置をとることができ るかを考察するものである。
1.軍事力と北朝鮮の安全保障
(1) 核兵器と北朝鮮の抑止論
現在の「第2次核外交」において、北朝鮮は初めて公然と「核抑止力」 の保有を政策オプションとして論じ、核実験を交渉カードとして使い始め た。90年代の「第1次核外交」においては、北朝鮮はあくまで自国が核兵 - 106 - 器を保有する意図を持っていないとの主張を繰り返し、最後まで核開発を 行っているとは認めなかった。しかし今回の核外交では、自国の核計画に ついて隠し立てするそぶりを見せていない。 これについて03年4月、北朝鮮は「唯一、物理的な抑止力、いかなる先 端兵器による攻撃も圧倒的に撃退することのできる強力な軍事的抑止力を 備えることのみが、戦争を防ぎ、国と民族の安全を守護することができる というのがイラク戦争の教訓」であると述べ、自国が「抑止力」を持つ権 利があると主張した(注3)。そして同月18日には、約8,000本の使用済み燃 料棒の再処理作業が最終段階にあると表明し、30日には、米国の「対朝鮮 圧殺策動」を「物理的に抑止する」ために「必要な抑止力を備えることを 決心し、行動に移さざるを得なくなった」との談話を発表した(注4)。そし て6月9日には、米国が「対朝鮮敵視政策」を放棄せず、核威嚇を続ける 場合には「核抑止力」を保有せざるを得なく - 107 -
(2) 北朝鮮の抑止力 現在、軍事的に北朝鮮の体制を支えているのは、専門用語でいえば、 「懲罰的抑止力(deterrence by punishment)」である。つまり、北朝鮮 は、「自国に対して大規模な軍事攻撃が発生した場合には、ソウルや東京 といった、近隣国家の大都市に重大な損害を与えるような報復を行う」と いう脅迫によって、自国の安全を確保しているのである。 実際、94年に朝鮮半島危機が発生したとき、米国、日本、そして特に韓 国が北朝鮮との全面対決を回避しようとした最大の理由は、戦争になった 場合に米韓側が軍事的に敗北する可能性があったからではなく、戦争によ って発生する被害が耐えがたいものになると予想されたためであった。米 韓連合作戦計画5027(OP5027)は、戦争が発生した場合、北朝鮮の奥深 くに反攻作戦を行うことを想定しているが、全面戦争のシナリオでは米軍 の死傷者は3万人、韓国軍の死傷者は45万人に上り、8~10万人の米国人 を含む100万人の民間人が死傷し、米国は610億ドル以上の支出を余儀なく され、韓国には1兆ドル以上の経済的損失が出ると予想されていた(注8)。 また、こうした抑止力は、経済制裁や、核施設に対する限定的な武力攻 撃などにも一定の抑止効果を発揮するであろう。そして、そうした抑止力 の信頼性を高めるために、北朝鮮は、ことあるごとに、「経済制裁は宣戦 布告と見なす」との声明を出している。但し、北朝鮮は、全面戦争になれ ば自国が敗北することを理解しているとみられ、必ずしも金正日政権の打 倒を意図しない経済制裁や限定的な武力行使に対し、大規模な報復攻撃を 行うかどうかは疑問がある。その意味でも、北朝鮮としては、限定的な攻 撃に対しては「限定的な報復」のオプションを保持したいと考えるであろ う。 ちなみに、北朝鮮は全面戦争において軍事的に勝利する能力をすでに喪 失していると考えられている。全面戦争になれば、遅かれ早かれ米韓連合 軍が北朝鮮地域に進出し、北朝鮮の現政権を排除するとともに、同地域を 軍事的に占領するであろう。事実、94年6月、ゲイリー・ラック在韓米軍 司令官は、1~2個の核兵器が使用されたとしても、北朝鮮を打倒するこ とができるとの見通しを示していた(注9)。つまり、北朝鮮は、米韓の攻撃 を拒否する能力を持っておらず、従って、「拒否的抑止力(deterrence by - 108 - denial)」も持っていないと判断できる。 (3) 懲罰的抑止力を支えるもの それでは、北朝鮮は、いかなる手段で懲罰的抑止力を確保しているので あろうか。その中核的な要素は、①ソウルの北方に配備された170ミリ自 走砲と240ミリ多連装砲、②弾道ミサイル、③化学兵器、④特殊戦能力、 ⑤「核兵器を保有している可能性」などである。 第1に、ソウルの北方に配備された自走砲と多連装砲のなかで、ソウル を射程に入れるものは約300門であり、1時間に約8,200発の砲弾を発射す る能力をもつ(注10)。これらは極めて短時間でソウルに到達し、高速で飛 翔するために今のところ積極的防御(active defense)手段は存在しない。 最近の報道で、北朝鮮の長距離砲が抑止力として作用しているとの、韓国 軍の武器システム専門家の見方が次のように伝えられた。同専門家によれ ば、長距離砲による攻撃の効果の「曖昧さこそが、長射程[長距離]砲の 核心」であり、正確な被害規模を算出し難いことによって韓国側が感じて いる心理的負担感を利用して、北朝鮮は戦争抑止効果を狙っているという のである。さらに、同専門家は次のように語ったという。 長射程[長距離]砲を最も効果的に使用する方法は、韓国軍の前方部隊に 対する先制打撃である。そのためには長距離砲が今のように休戦ラインの 鼻先まで出てきている必要はない。座標[位置]が容易に露出し、反撃を 受けやすい現在の位置にある[配備している]のは、首都圏を射程距離内 におくことによって、いくら緊張が高まっても[米韓側が]戦争を決心す ることができないようにしようという北朝鮮の意図を明らかにしてい る(注11)。 第2に、北朝鮮は500発程度のスカッド・ミサイルと100発以上のノド ン・ミサイルを保有している。スカッドは韓国のほぼ全土を射程に入れ、 ノドンは日本の主要な部分を射程に入れている。これまでにノドンは、そ の派生型を含め、北朝鮮、パキスタン、イランなどが数次にわたって発射 実験を行っており、かなりの信頼性を確保していると考えられる。さらに、 - 109 - スカッドやノドンは発射台付きの車両に搭載して運用されるため、発見・ 破壊するのがきわめて困難である。つまり、北朝鮮は、確実に韓国や日本 に対してミサイル攻撃を行う能力をもっているといえる。 第3に、北朝鮮の化学兵器は、同国の長距離自走砲・多連装砲あるいは ミサイルの脅威を一層深刻なものにしている。北朝鮮は、マスタ―ド、ホ スゲン、サリン、V剤などを保有しており、化学兵器の投射手段として - 110 - が出ると予測される(注13)。
2.軍事バランスの変化と北朝鮮の核抑止力
(1) 北朝鮮の戦力構造の変化 94年に米朝枠組み合意が成立してから10年が経過したが、その間に北朝 鮮の軍事力は徐々に変質してきた。結論からいえば、核兵器や弾道ミサイ ルの開発が進んだ一方、通常戦力は徐々に陳腐化していった。これにより、 北朝鮮は抑止力の維持という面において、核兵器への依存を深めたといえ よう。 94年の枠組み合意にもかかわらず、その後も北朝鮮の核開発は進展した。 枠組み合意によって北朝鮮の核開発の主要な部分―プルトニウムの生 産・抽出・蓄積―は凍結されていたが、起爆装置の開発、小型化の推進、 投射手段の開発などは凍結の対象となっていなかったため、これらの作業 は94年以後も継続して進められていたと考えられる。特に核兵器の小型化 が進展しているとすれば、これを弾道ミサイルに搭載することが可能にな るため、その意味は大きい(注14)。 また北朝鮮は従来から保有していた約8,000本の使用済み核燃料棒を再 処理してプルトニウムを抽出する、あるいは原子炉の運転・建設を再開す るというオプションを持っている。これらの燃料棒を再処理すると5ない し6個の核兵器を生産することができ、5メガワット(MW)級原子炉の 運転を再開すれば、年に核兵器1~2個分のプルトニウムを得ることがで きる。さらに、北朝鮮は従来のプルトニウム型に加えて、濃縮ウラン型の 核兵器開発を進めている。02年のCIAの報告によれば、濃縮ウラン型の核 施設の運転が可能になれば、年2個以上の核兵器を生産することができる ようになるという(注15)。 次に、過去10年間に核兵器の運搬手段となり得る長射程の弾道ミサイル 開発が進展した。90年代後半、北朝鮮は射程が約1,300kmのノドン・ミサ イルの配備を始め、現在では約175~200基を配備し、すでに日本の国土の ほぼ全域を攻撃できる態勢を整えたとの見方もある(注16)。ノドン・ミサ イルは、核弾頭、通常弾頭、クラスター爆弾、化学弾頭などを装着できる - 111 - ように設計されていると考えられる(注17)。発射台付き車両に搭載される ノドン・ミサイルは移動して運用され、その発射を事前に把握することは 困難であるため、先制攻撃は有効な対策とはならない(注18)。北朝鮮がノ ドン・ミサイルを配備したこと、そして日米両国がそれへの有効な対処手 段を準備できていないことにより、ソウルと同様に東京が軍事的に北朝鮮 の人質に取られる状態が生まれ、日本の脆弱性は高まった。 他方、90年代を通じて、経済的混乱による財政難などによって北朝鮮の 戦争遂行能力は低下した(注19)。近年、北朝鮮の通常戦力は殆ど更新され ておらず、陳腐化の一途をたどってきた。このため、北朝鮮が韓国に全面 武力侵攻した場合でも、その進撃をソウルの北方で食い止めることが可能 であると評価されている(注20)。
(2) 日米韓の軍事能力 もちろん、北朝鮮の韓国に対する軍事的脅威としては、全面侵攻だけで なく、長距離砲などによる限定攻撃が考えられる。しかし米韓両国の対火 砲戦力(counter-fire capability)は引き続き強化されており、北朝鮮が 火砲を使用する前に破壊するという「積極的能力」と、韓国に対するあら ゆる砲撃に対する「圧倒的反応」という運用概念も提示されている(注21)。 そして、こうした運用を可能にする手段として、最新型対火砲レーダー、 精密誘導兵器、戦域・戦略レベルの無人航空機、情報・監視・偵察能力の 強化が挙げられている(注22)。対火砲戦力が強化されると、ソウルを人質 に取ることによって北朝鮮が確保していた抑止力が低下することになり、 北朝鮮の交渉能力は低下することになろう。 一貫した近代化によって米韓両軍の反攻能力も向上している。特に米軍 に関しては、軍事における革命(RMA)の進展による攻撃能力の飛躍的 な向上が対イラク武力行使でも明らかになった。「米韓連合作戦計画 5027」は、北朝鮮が韓国に全面攻撃を仕掛けることが確実になった場合に は先制攻撃をかけ、北朝鮮の侵攻を食い止めるとともに反攻作戦を行い、 北朝鮮の現政権を打倒するとしている(注23)。既述の通り、94年6月、ゲ イリー・ラック米韓連合軍司令官は、全面戦争において北朝鮮が1~2個 の核兵器を使用したとしても、最終的には北朝鮮を打倒することができる - 112 - との見通しを示した(注24)。このような米韓側の作戦計画、そしてそれを 遂行するに足る軍事能力は、全面戦争が北朝鮮にとって合理的なオプショ ンとなり得ない環境を作り出している。これによって、北朝鮮指導部が合 理的判断を下す限り、レトリックとしてはともかく、現実のオプションと して全面戦争を選択することはないという前提に立って、北朝鮮の瀬戸際 外交に対応することが可能になった。 さらに米国は、単独あるいは韓国と共同で北朝鮮の核施設を破壊する能 力を有している。事実、94年6月に朝鮮半島危機が発生したとき、すでに 米国は多大な付随的損害をもたらさない形で北朝鮮の核施設を破壊する計 画を策定していた(注25)。また2002年9月に発表された「米国の国家安全 保障戦略」の中で、米国が「先制行動」を公式の戦略として採用したこと により、北朝鮮の核施設に対する外科手術的攻撃の可能性は高まった(注 26)。もちろん、こうした攻撃は、韓国に対する報復攻撃を招く可能性が あるため、容易に用いることができるオプションではない。しかし米国の 軍事能力と新しい戦略の採用により、北朝鮮は瀬戸際外交を展開するにあ たって、以前より慎重にならざるを得なくなったといえる。 他方、日本は、90年代後半における日米同盟見直し作業などを通じて、 周辺事態において、経済制裁のための船舶検査活動、非常時における在外 邦人の保護、米軍の活動に対する後方支援を行うための態勢を整え、特殊 部隊の侵入、難民の流入への対策を講じた。これらの作業によって、朝鮮 半島で危機あるいは武力紛争が発生した場合、日本は過去に比べはるかに 効果的な行動を取ることができるようになったのである。
(3) 重要性を増す北朝鮮の核抑止力 以上のような軍事バランスや戦力構造の変化によって、過去10年間に北 朝鮮にとっての核抑止力の重要性は高まった。つまり、単純に軍事面から 評価すれば、北朝鮮に核兵器を放棄させるのは以前より困難になったとい える。 また、北朝鮮が実際に使用可能な核兵器を保有しているかどうかが明ら かでないことも、北朝鮮の「核抑止力」の評価を困難にしている。抑止力 は最終的には抑止される側の認識を通じて作用するものである。つまり、 - 113 - 現時点で北朝鮮の核抑止力は、「北朝鮮は使用可能な核兵器を保有してい るかも知れない」という周辺国の認識によって発生しているのであり、 「北朝鮮が保有している核兵器」によって発生しているわけではない。従 って、極端な場合、北朝鮮が核兵器の放棄を受け入れて査察を受け入れた のちに、北朝鮮は核兵器を保有していないことが明らかになることもあり うる。 あるいは、そこまで極端ではないにせよ、北朝鮮は核兵器を保有しては いるものの、小型化が進んでおらず、ミサイルに搭載できない状態である など、実戦使用できる状態にない可能性は十分ある。従って、北朝鮮が核 兵器を放棄し、査察を受け入れた場合、「不透明性」に依存していた北朝 鮮の「核抑止力」の効果が瞬時に大きく低下あるいは消滅することになる かも知れない。このため、こうした理由によって北朝鮮が核兵器の廃棄に 消極的であるという可能性も念頭に置いておくべきであろう。また、同じ 理由で、北朝鮮が核兵器を放棄すると宣言した後も、その抑止効果を維持 するために能力の開示に消極的な態度を見せ、あるいは査察のプロセスを サボタージュしようとする可能性は十分考えられる。
3.核問題解決のための軍事・外交的措置
(1) 「安全の保証」を保障するもの 北朝鮮が大量破壊兵器を開発しようとする目的の1つは自国の体制維持 である。そして、北朝鮮の周辺諸国は、こうした北朝鮮の要請を理解して おり、そのために、北朝鮮以外の6者会合の参加国が共同で、北朝鮮に文 書による「安全の保証」を提供すると提案しているのである。事実、10年 前の米朝枠組み合意では、米国が北朝鮮に二国間の消極的安全保証 (negative security assurances: NSA)を与えた。現在、6者会合の参 加国が北朝鮮に提案している「安全の保証」は、米国とともに中国、日本、 韓国、ロシアも参加していること、そして、北朝鮮に対して核兵器の不使 用のみならず、より広範な武力の不使用を約束するという2点において、 枠組み合意におけるNSAよりも重要なものである。 しかしながら、北朝鮮に対する「安全の保証」は、外交文書によるもの - 114 - だけでは不十分である。各国による外交的な保証のうえに、軍事・経済面 で具体的な措置がとられてこそ、北朝鮮としても受け入れやすくなるであ ろうし、新たな合意の安定性も高まる。その意味で、北朝鮮が核兵器の放 棄を受け入れるプロセスの中で、「安全の保証」を保障する軍事的な措置 をとる必要があろう。
(2) 北朝鮮の「抑止力」と安全保障の新しい均衡点 北朝鮮に対する文書による「安全の保証」を軍事的に保障するための措 置とは、核兵器以外の抑止力を北朝鮮が一定の水準で維持することを容認 することである。すでに述べたとおり、北朝鮮の懲罰的抑止力の源泉は、 ①ソウルの北方に配備された長距離自走砲と多連装砲、②弾道ミサイル、 ③化学兵器、④特殊戦能力、⑤「核兵器を保有している可能性」などであ る。長期的には北朝鮮が、これら全ての戦力を廃棄(あるいは削減)する ことが望まれるが、現時点で周辺諸国が求めているのは、この中で最も危 険な核兵器を優先的に廃棄させることである。従って、北朝鮮に核兵器の 早期かつ全面的な廃棄を要求する一方で、残りの①~④の能力については 中長期的な削減・廃棄を求めていくのが現実的といえよう。特に、①のソ ウルの北方に配備された長距離自走砲と多連装砲については、94年に北朝 鮮の代表が、いわゆる「ソウル火の海」発言をしたことからも、北朝鮮が 重要な抑止力として認識していることが明らかになっているため、その温 存を容認することで北朝鮮の安心感が確保されるであろう。この点につい ては、盧武鉉大統領が「核やミサイルは外部の脅威から自身を守るための 抑止手段である」という北朝鮮の主張に「一理ある」と認めていることか らも、韓国としては、自国が北朝鮮に抑止される状態を受け入れる用意が あるとみることができる。 但し、ここで注意すべきことは、今後、長期的に安定した戦略環境をつ くっていくためには、北朝鮮に軍事的な「安全の保証」を認めて一定の安 心感を与えるだけでなく、それによって負担を負うことになる周辺国の安 全保障にも配慮し、周辺国全てが納得する戦力構造の再編が必要であると いう点である。特に、近年の脅威認識の変化を見ると、韓国で北朝鮮に対 する脅威感が大きく低下する一方、日本では北朝鮮に対する脅威感が高ま - 115 - っている。また、米国にとっては韓国防衛の負担感が増大する一方、北朝 鮮が米国本土に直接与える脅威は高まっている。こうした同盟・友好国間 の認識ギャップを埋める措置をとりながら北朝鮮の核兵器廃棄を進めなけ れば、北朝鮮の核廃絶が実現した後にも不安定要素が残存することになっ てしまう。つまり、今後の一連のプロセスを通じて、北朝鮮だけでなく、 日米韓の3カ国にとっても受け入れ可能かつ安定的な新しい安全保障の均 衡点(equilibrium)を模索する必要があるといえよう。 現在、北朝鮮に対する脅威認識や安全保障のためのコスト意識が、韓国 内では低下している。韓国内での認識の変化の背景には、90年代以降、朝 鮮半島における軍事バランスが米韓側に有利に変化してきたことがある。 今や軍事費については、韓国が北朝鮮の約3倍を支出するようになってお り、北朝鮮の主力装備がT-54/55戦車、ロメオ級潜水艦、MiG-21戦闘機な どの旧式であるのに対し、韓国の主力装備は、米国のM1を基礎とした K-1戦車、3,900トン級駆逐艦、KF-16C/D(ブロック52)戦闘機などの新 鋭装備となっている。 他方、日本では北朝鮮に対する脅威感が高まっている。北朝鮮は90年代 の後半から、約1,300kmの射程をもち、東京など日本の主要都市を射程に 入れるノドンを100発以上配備しているとされる。ノドン、テポドンとい う準中距離以上の射程をもつ弾道ミサイルは、すでに80年代からスカッド の射程内に入っている韓国にとっては追加的脅威となるものではない。こ れに対して、日本にとっての北朝鮮の脅威は、破壊活動などを別にすれば、 実戦配備されたノドンの脅威とほぼ一体化している。北朝鮮の核開発とミ サイル開発が結合したとき、日本は北朝鮮の核ミサイルの脅威に直面する ことになる。また、北朝鮮に対する人道支援が自国の安全保障上の利益に つながらなかったことも、日本人の安全保障に関するコスト意識を刺激し たとみられる。 米国にとっては韓国防衛の負担感が増大する一方、米国本土に北朝鮮が 直接与える脅威は高まっている。米国では、武力紛争における軍の死傷者 数を抑制すべきという強い要請があり、トリップワイヤーとしての在韓米 陸軍のあり方を見直すべきであるとの声が高まった。また、グローバルな 軍の配置見直し(GPR)作業の流れのなかからも、在韓米軍の配置及び 戦力構造の調整が要求された。韓国において一時高まった反米感情は、こ - 116 - うした米国のコスト認識を一層強める効果をもった。同時に、北朝鮮が大 陸間弾道弾(ICBM)であるテポドン2号の開発を継続していることは、 米国本土や太平洋軍司令部があるハワイなどに対する脅威となっている。 それでは、増大する日米韓の認識ギャップを埋めるためには、どのよう な措置が必要なのであろうか。日米韓3カ国の安全保障の新たな均衡点は、 次のような手段によって達成されるであろう。
第1に、韓国については、 再編される在韓米軍の穴を埋めるために、「協力的自主防衛」政策に基づ き、自国の安全保障について、より大きい役割を果たす。特に、北朝鮮の 長距離砲に対応するための、対火砲戦力や対特殊戦任務について、韓国が より大きい役割を果たすことは、米国の負担感を減らすことに寄与するで あろう。 第2に、北朝鮮のノドン・ミサイルを順次削減し、最終的には廃絶する ための合意が必要である。すでに日本政府が明らかにしているとおり、日 朝国交正常化のためには拉致問題、核問題とともに、ミサイル問題の解決 が不可欠である。87年12月に締結された米ソ間の中距離核戦力(INF)削 減条約では、対象となる中距離ミサイルの本体1,846発(ソ連)、846発 (米国)及び関連システムを91年5月までに廃棄した(注27)。この時の経験 などを参考にして、ノドンを削減・廃棄する合意を目標にすべきである。 但し、日本は攻撃用の準中距離ミサイルを保有していないため、このよう な日朝間の合意は、「非対称的な」内容をもつことになる。つまり、日本 と北朝鮮はミサイルとミサイルを交換するのではなく、日本の経済援助と 北朝鮮のミサイルを交換することになろう。 なお、04年12月に発表された「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」 では、弾道ミサイル攻撃への対応、特殊部隊による攻撃への対応、武装工 作船等への対応などが重点項目として挙げられた。また、日本は07年の実 戦配備に向けて弾道ミサイル防衛(BMD)システムの導入を進めており、 米国もBMDシステムの東アジアへの配備を進めている。これらの動きは 北朝鮮の「軍事カード」の効果を低下させるものであり、時間がたてばた つほど、北朝鮮のミサイルなどの外交上の価値は低下していくであろう。 このような圧力は、北朝鮮をして「早めに外交的な譲歩をした方が得」と いう判断を促す効果を持つと考えられる。 最後に、03年6月、米韓両国は第2回韓米同盟政策構想(Future of - 117 - the ROK-US Alliance Policy Initiative (FOTA))協議で、04~06年の第 1段階で漢江以北の米軍基地を2つの地域に統合し、第2段階(時期は未 定)で在韓米陸軍を中部西海岸のオサン・ピョンテク地域に移転すること に合意した。これによって、在韓米軍はトリップワイヤーとしての役割を 終え、米国側の負担感は減少するであろう。また、在韓米軍が朝鮮半島外 にも展開しやすいものに再編されることで、米国にとって軍を韓国にコミ ットし続けるメリットも高まる。 勿論、再配置によって在韓米軍の脆弱性が低下し、米国の限定的武力行 使に北朝鮮が懸念を感じるようになる可能性はある。しかし、これについ ては、08年までに在韓米軍の兵力37,000人のうち12,500人を削減すること や、将来的に在韓米軍の対火砲戦力を削減・撤収し、その任務を韓国が引 き継ぐなどの措置をとれば、北朝鮮の懸念は相殺されるであろう。 中国、ロシアにとっても、北朝鮮の核開発は地域安保の文脈上、大きな 懸念材料となっている。とりわけ、北朝鮮の体制維持を好ましいと考える 一方、北朝鮮の核・ミサイル開発によって日本の軍事力や日米同盟が強化 されることを懸念する中国にとっては、北朝鮮の体制保証と、同国の核開 発の阻止を同時に達成するのは理想的なオプションといえよう。 おわりに 6者会談が決裂すれば、国連安保理で議長声明、非難決議、制裁決議な ど、北朝鮮に集団的かつ段階的な圧力が加えられることになるかも知れな い。その場合、北朝鮮は、国連による段階的圧力に対抗して、ミサイル発 射や核爆発実験を行う可能性がある。また、北朝鮮は兵器級核分裂性物質、 さらには核兵器を、米国に敵対的な第三国や非国家主体に移転することも 考えられる。そうなれば、米国が北朝鮮に対して外科手術的な軍事行動を とる可能性は高まり、韓国の証券市場は混乱し、外国資本の撤退や国内資 産の海外逃避が進行するであろう。 逆に、国際社会からの圧力が強まる中で、金正日体制が崩壊に向かう可 能性も排除できない。そうなれば、核兵器や核物質が国外に流出したり、 地域情勢が不安定化したりするかも知れない。こうした状況は、米国や日 本とともに、北朝鮮と接する韓国や中国にとっては特に重大な影響を与え - 118 - るであろう。このような状況を予防するためにも、外交的措置と軍事的措 置を戦略的に組み合わせ、北朝鮮の核問題を平和的に解決する必要がある。
― 注 ―
* 本稿に示された見解は全て筆者個人のものである。
1.原文は「抑制手段」。韓国語では、deterrence を「抑制」あるいは 「抑止」と翻訳する。
2.「国際問題協議会(WAC)主催 午餐演説」『盧武鉉大統領演説文集 第2巻』大統領秘書室、430頁。
3.『朝鮮中央通信』2003年4月6日。
4.朝鮮外務省代弁人談話、2003年4月30日。『朝鮮中央通信』2003年4月 30日。 5.『朝鮮中央通信』2003年6月9日。 6.『毎日新聞』2003年8月31日(電子版)。 7.「朝鮮外務省声明 2期ブッシュ行政府の対朝鮮敵対視政策に対処し た立場闡明―6者会談参加を無期限中断」『朝鮮中央通信』2005年2 月10日。 8. Joel S. Wit, Daniel B. Poneman, and Robert L. Gallucci, Going Critical: The First North Korean Nuclear Crisis (Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2004), pp. 180-181; and Don Oberdorfer, The Two Koreas: A Contemporary History (Reading, MA: Addison-Wesley, 1997), p. 324(邦訳は、ドン・オーバードー ファー(菱木一美訳)『二つのコリア―国際政治の中の朝鮮半島』共 同通信社、1998年、379頁). 9. Oberdorfer, The Two Koreas, p. 130. 10.韓国合同参謀本部議長の証言、「2004年度国政監査 国防委員会会議 録」国会事務処、4頁。ファン・イルド「北 長射程砲、知られざる 5つの真実」『新東亜』2004年12月号 - 119 -
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