2022-02-18

日本と韓国で物議呼ぶも大ヒットの映画「金子文子と朴烈」の魅力

日本と韓国で物議呼ぶも大ヒットの映画「金子文子と朴烈」の魅力

エンタメ

日本と韓国で物議呼ぶも大ヒットの映画「金子文子と朴烈」の魅力

「金子文子と朴烈」の主演チェ・ヒソさん
「金子文子と朴烈」の主演チェ・ヒソさん

映画「金子文子と朴烈」は、大正時代、大逆罪で死刑判決を受けた日本人と朝鮮人が主人公で、実話に基づいた作品です。日本では「不敬だ」という理由で街宣された映画館が出ました。韓国でも「日本を良く描きすぎだ」と怒る人が現れたそうですが、実際には大ヒット。女性客も多いそうです。韓国で235万人を動員し、日本でもロングランを続けるこの不思議な作品の魅力は何なのか?日本語と韓国語、両方に堪能な主演女優のチェ・ヒソさんに聞きました。

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「金子文子と朴烈」の一場面=(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED
「金子文子と朴烈」の一場面=(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED

意外に若い女性が…

名古屋での舞台あいさつがあった映画館「名古屋シネマテーク」。昔ながらの単館系の映画館で、レトロな雰囲気です。
名古屋での舞台あいさつがあった映画館「名古屋シネマテーク」。昔ながらの単館系の映画館で、レトロな雰囲気です。

3月下旬のある平日の午後、チェ・ヒソさんが「名古屋シネマテーク」(名古屋市千種区)での上映後に舞台あいさつに立つことになっていました。

映画館には開演前から行列が。会場内は意外にも若い人が多く、半分くらいは女性です。

隣の席の女性2人組は、なんと「今日で見るの3回目なんだよね」と話していました。リピーターも出るほどとは。期待が膨らみます。

1923年の東京、社会主義者たちが集うおでん屋で働く金子文子は朝鮮半島出身のアナキスト(無政府主義者)、朴烈に出会う。
当時日本の植民地の出身だった朴は日本で差別を受けることも多く、権力や当時の政府に対する憤り、そして社会を変えたいという強い意思を持っていた。
文子は、そんな朴烈にひかれ、同志となることを決める。その年9月1日、関東大震災が発生。10万人を超える死者・行方不明者が出て東京は大混乱に陥る。
当局は震災による人々の不安を鎮めるため、朝鮮人やアナキストらを捕らえはじめ、文子と朴の2人も拘束される。
「金子文子と朴烈」公式サイトより
舞台あいさつに登壇した主演のチェ・ヒソさん。この映画で韓国の権威ある映画賞「大鐘賞」で新人女優賞と主演女優賞を受賞。韓国映画界の新人スターです。
舞台あいさつに登壇した主演のチェ・ヒソさん。この映画で韓国の権威ある映画賞「大鐘賞」で新人女優賞と主演女優賞を受賞。韓国映画界の新人スターです。

意外にコミカルな場面も多く、会場からは時折笑い声も上がりましたが、終盤からすすり泣きがあちこちから聞こえました。

植民地、関東大震災、虐殺……。題材は重いです。でも、笑って泣けるエンタメ要素がある。上映終了後、金子文子役のチェ・ヒソさんが登壇すると、満場の拍手が起きました。

作中では、実際の金子文子が韓国語に堪能だったように、日本語と韓国語を交互に織り交ぜながら演じています。チェさん自身は小学生のころ、親の仕事の関係で日本で暮らしたことがあるため、日本語での受け答えもスラスラとこなしていました。

この作品では、関東大震災後に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマを信じて朝鮮系の人々を襲う自警団のシーンも描かれています。日本での公開は今年2月。日本と韓国の外交関係が緊張する中、チェさんも映画への影響を心配していました。

「日本の人には、つらいシーンもあったと思う。私は日本が大好きなのに入国できなくなるかも、なんて心配でした」と話していました。

ヒットの理由、単独インタビューで語る

名古屋シネマテーク近くのカフェでインタビューに応じるチェ・ヒソさん。
名古屋シネマテーク近くのカフェでインタビューに応じるチェ・ヒソさん。

舞台あいさつ終了後、詳しく話を聞きました。

ーー金子文子と朴烈。韓国ではどんな人物だと受け止められているのでしょうか?私は恥ずかしながら全く知りませんでした。

私も全然知らなかったです。韓国でも知らない人が多かったと思います。
歴史上有名になる人って、どうしても成功した人、勝利した人が中心ですよね。
朴烈はそうではない。裁判で有罪になり、約20年間牢獄にいたので、成功したとは思われなかったからではないかと思います。

小学生の頃は大阪に住んでいたというチェ・ヒソさん。日本人役なので、作中で話す朝鮮語が日本語なまりに聞こえるよう努力したそうです。
小学生の頃は大阪に住んでいたというチェ・ヒソさん。日本人役なので、作中で話す朝鮮語が日本語なまりに聞こえるよう努力したそうです。

ーー映画を作るにあたって、日本語ができるチェさんが演じる以外にできることも多かったのでは?

日本語の指導は、他にも日本語のできる俳優たちと一緒に行いました。
イ・ジュンイク監督は日本で公開されることも念頭に置いていました。
もし日本で公開されれば、日本語の発音がいいかげんだと映画に集中できなくなりますよね。
日本の人が見てもおかしくないレベルに持っていこうと思いました。

当時の裁判資料も読みました。350ページくらいだったでしょうか。
カタカナと漢字で書かれているし、裁判の話なので本当に読むのが大変でした。1日1ページ読むのにも苦労したくらいです。
当時の新聞も資料として読んでいます。映画でも実際の紙面から写真だけ役者のものに変えて使いました。

大正12年の大阪朝日新聞。映画ではこの紙面を元にしています。
大正12年の大阪朝日新聞。映画ではこの紙面を元にしています。

ーー韓国でも235万人を動員し、日本でもロングラン。名古屋では3月に一度上映は終わりましたが、5月に再上映が決まりました。
ヒットの理由をどのように捉えていますか?

この映画は、とても良い時期に公開できたなと思っているんです。
世界的には#metoo運動があり、韓国ではキャンドル革命(※ろうそく集会。朴槿恵前大統領の退陣を求めた市民によるデモ)。
公開時期がちょうど社会に合っていた。
韓国語はこういうことを「映画の運命が良かった」というような言い方をするんですけど、本当にそうだったと思っています。

原題と日本語題が違う理由、日韓で同じ反応

金子文子の思想を学ぶため、当時彼女が読んでいたクロポトキン(ロシアの政治思想家)らの著書も読み込んだそうです。
金子文子の思想を学ぶため、当時彼女が読んでいたクロポトキン(ロシアの政治思想家)らの著書も読み込んだそうです。

ーー映画の原題は「朴烈」ですが、日本語版だと「金子文子と朴烈」。日本での配給元の広報担当をしていた女性が、男性も女性も対等な関係であるべきだという文子の考えを尊重し、このタイトルになったと聞きました。韓国で文子の名前が入らなかったのはなぜなのでしょうか。

最近の韓国映画って、長いタイトルはあまり見ないんですね。例えば、日本でも上映された「1987年、ある闘いの真実」の原題は「1987」だけ。「金子文子と朴烈」では長すぎるなという気がします。

ただ、日本のタイトルを知った韓国の人の中には「日本のタイトルの方がいいな」と言う人もいました。
「特に文子が前に来ているのがいい」って。文子は朴烈と同居するにあたっても対等な関係でいたいという「契約」を作っていたくらいですから。

チェ・ヒソさんが演じる金子文子。笑顔が印象的な役柄です=(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED
チェ・ヒソさんが演じる金子文子。笑顔が印象的な役柄です=(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED

ーー日韓で映画の反応に違いはありましたか?

両国での反応は驚くほど似ていますね。
「こんな人たちがいたんだ」と驚く人、そして「2人の愛と信念に心打たれた」という人が多かったです。

ーー文子と朴烈には皇族を襲おうとしていた疑いがかけられていたため、日本では2人を題材としたこの映画は「不敬だ」という人たちがいました。実際、上映中止を求める電話や街宣をかけられた映画館もあったそうです。

実は、文子たちに同情的な人物を登場させたことで、
韓国のネット上で「日本人を良く描いている」と怒っている人たちがいました。

韓国では植民地時代の日本は悪いものとして捉えられがちです。
でも、この映画では文子と朴烈が受けた不当な裁判から助けようとした日本人の布施辰治弁護士がいますし、
日本政府の中でも文子たちの扱いに異を唱える人がいました。
2人の取り調べを担当した立松懐清判事のように、文子の不遇な境遇に同情した人もいました。
こういった人物たちは決して映画のために創作したわけではなく、実在の人々なんですよね。
グーグルでもなんでも調べてみればわかる話ですから、いつのまにかそういった批判は消えていきました。

映画を見て、これは「新しい歴史だ」と感じてもらえる人もいましたね。
先入観を持って歴史を見てはいけないなと改めて思っています。

文子の不幸な境遇に理解を示した立松判事(キム・ジュンハン)。上司の命令に従わざるをえない立場ながらも、理性がのぞく役です=:(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED
文子の不幸な境遇に理解を示した立松判事(キム・ジュンハン)。上司の命令に従わざるをえない立場ながらも、理性がのぞく役です=:(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED

ーー金子文子は笑顔が大変魅力的でした。演じるにあたり、どんな人物像を想定していましたか?

文子の書いたもの(獄中手記の『何が私をこうさせたか』)や裁判の記録などを読むと、自分の意見をしっかり持った女性だと感じました。
親の愛を受けられずに学校も通えなかったという悲しい生いたちなのに、明るい。
死刑になるかもしれないのに、怖がることなく堂々としています。
かわいそうな、悲惨な人物として演じることも出来たかもしれませんが、実際の文子はそうではないと感じましたね。

ーー上映している映画館によると、女性の観客が多いそうです。

政治的な映画というより、帝国さえ拒めなかった2人のラブストーリーだと思っています。
愛と信念を共有し生きた朴烈と金子文子の生き方を見て欲しい。
日本でもぜひ若い世代、特に女性に見てもらえるとうれしいなと思います。

作中で文子が何度もみせる、いたずらっぽく顔をクシャッとしかめて笑う表情を再現してもらいました。
作中で文子が何度もみせる、いたずらっぽく顔をクシャッとしかめて笑う表情を再現してもらいました。

取材を終えて

チェさんは作中の金子文子よりは大人っぽく落ち着いた印象でしたが、勉強熱心で社会を冷静に見つめようとする姿勢は文子に通じるところがありました。

日韓で映画のタイトルがかなり違うことについては、舞台あいさつの時にも質問が飛んでいましたが、背景を聞いて納得。その上で原題にない「金子文子」をタイトルにつけた日本の配給元のアイデアは、映画の内容にもぴったりで良いなと思いました。

決して有名とは言いがたい歴史上の人物、しかもアナキストのカップルが主人公という映画に女性ファンがつくのはなぜだろうと思っていましたが、実際に見ると腑に落ちました。
約100年前の日本が舞台ですが、文子は恵まれない環境に育ちながらも知的好奇心旺盛で、男性のアナキスト仲間とも臆せず議論していました。恋人である朴烈に対しても「三歩下がる」なんてことはせず、あくまで対等。文子や朴らの政治思想は今の私たちからみるとだいぶ過激ですが、生き方はとても現代的で、私もいつのまにか文子、そして文子を自然に受け止める朴のカップルが好きになっていました。

チェさんが話していたように、韓国では「新しい歴史」の映画と受け止める人もいたそうです。日本で見ても、教科書からなんとなく想像できる当時の雰囲気や人々の考えとは違う新しい発見を見つける人が多いのではないかと思います。「なんだか難しそう」「きっと日本人がみんな悪く描かれてるんでしょう?」なんて思った人に是非見て欲しい映画です。


     ◇

映画は全国各地で上映中。これから上映が始まる映画館もあります。詳細は公式ページで(http://www.fumiko-yeol.com/theater.html)。
 



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