堀和生
略歴[編集]
- 1951年 大分県生まれ。
- 1975年 龍谷大学文学部東洋史専攻卒業
- 1982年 京都大学文学研究科国史学博士課程退学
- 京都大学経済学部助教授、教授を経て、
- 2017年 京都大学大学院経済学研究科を定年退職
活動[編集]
竹島問題[編集]
下條正男によると、韓国では竹島について韓国の主張に同調する日本人を「良心的日本人」、竹島を日本領と主張する日本人を「極右学者」として非難するが、韓国の民間団体「独島を日本に知らせる運動連帯」が2013年5月2日中央日報に「朴槿恵大統領に捧げる公開請願」という2面の「極右学者」を非難する意見広告を掲載したが、「日本にも正しい学者が多数いる」として堀は内藤正中、梶村秀樹、芹田健太郎、久保井規夫と共に「良心的日本人」の一人として名前が挙げられている[2]。
小林英夫と原朗の名誉毀損裁判[編集]
小林英夫が、原朗によって名誉を毀損されたと訴えた裁判(平成25年(ワ)第16925号 謝罪広告請求事件)において被告側証人となり、「意見書」を提出している[3]。また、小林英夫が、尹亨彬「1929年元山労働者のゼネスト」から「盗作」を行ったと主張している[4]。つまり、小林英夫の処女論文の「元山ゼネスト-1929年朝鮮人民のたたかい」が、北朝鮮の学術雑誌に発表された論文、尹亨彬「1929年元山労働者の総罷業とその教訓」『歴史科学』1964年2号の剽窃であったことを指摘した[5]。
慰安婦・慰安所の研究[編集]
2012年5月に安秉直(ソウル大学名誉教授)が見つけた『日本軍慰安所管理人の日記』の日本語版監訳者であり(他は木村幹神戸大学教授)[6][7]、「京大東アジアセンターNews Letter」では、「(慰安婦は)日本兵士の月給の75倍」「軍司令官や総理大臣より高い」収入を得ていたという秦郁彦の主張に対して「過度な単純化ではなく事実認識としてまったく間違っている。」と批判している[8]。堀によれば、「多くの慰安所はすべて日本軍によって動員・組織されたもの」であり、軍は業者を通じて慰安婦を集め、「専用運搬船で輸送」し、「各地の日本部隊に配属」して運営させた[8]。「慰安所は軍の兵站組織の一部であった」ので「慰安婦と慰安所従業員が、軍属の待遇を受けて」おり、軍人と軍属しか使えなかった野戦郵便局の使用は「慰安婦と慰安所従業員は軍属待遇であった」ことを示している[8]。「日本占領地におけるハイパーインフレの実態」の中、軍による「内地送金の規制」、大蔵省による「日本円との交換制限」などがなされ、慰安婦は高収入であったという主張に対しては「まったく間違っている」としている[8]。
著書[編集]
- 堀和生『朝鮮工業化の史的分析』有斐閣〈京都大学経済学叢書〉、1995年7月。ISBN 4641067457。
- 堀和生 (2003) (韓国語). 한국 근대의 공업화:일본 자본주의와의 관계(韓国近代の工業化——日本資本主義との関係——. 전통과현대 (伝統と現代)社. ISBN 9788988164204[9]
共著・編著・共編著[編集]
- 『東アジア経済の軌跡』植村泰夫ほか編、青木書店、2001年9月。ISBN 4250201279。
- 堀和生・中村哲著『日本資本主義と朝鮮・台湾』京都大学学術出版会、2004年3月。ISBN 4876986304。
- 堀和生・中村哲著 (2005). 日本資本主義と朝鮮・台湾(韓国語版). 전통과현대(伝統と現代)社
- 堀和生・中村哲著 (2005). 日本資本主義と朝鮮・台湾(中国語版). 南天書局
参照[編集]
- ^ 堀和生「一九〇五年 日本の竹島領土編入」、『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987
- ^ “韓国に協力する「竹島の日を考え直す会」とは 「夷をもって夷を制す」戦略は日本でも”. 産経新聞. (2016年8月5日). オリジナルの2016年9月16日時点におけるアーカイブ。
- ^ “「原朗氏を支援する会」ウェブサイト”. 2019年7月16日閲覧。
- ^ “堀和生「小林英夫氏盗作行為の起源」”. 2019年7月16日閲覧。
- ^ “堀和生「小林英夫氏盗作行為の起源」” (日本語). sites.google.com. 2020年1月6日閲覧。
- ^ 落星台経済研究所ホームページ『日本軍慰安所管理人の日記』(日本語翻訳版)[1]
- ^ 毎日新聞 2013年08月07日「慰安所:朝鮮人男性従業員の日記発見 ビルマなどでつづる」
- ^ a b c d 「京都大学経済学研究科東アジア経済研究センター ニュースレター」2015年2月2日発行 第555号、京都大学経済学研究科教授堀和生『東アジアの歴史認識の壁』[2]
- ^ Google ブックス
No comments:
Post a Comment