「非国民な女たち」書評 おしゃれを貫きひそやかに抵抗
ISBN: 9784121101129
発売⽇: 2020/11/09
サイズ: 20cm/274p
「贅沢は敵」と非難されたパーマネントは戦中も大流行して、店には大行列。モンペは当時から「不格好」と公然と言われていた。統制と近代化の狭間で社会問題となりながら髪形や服装に…
非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ [著]飯田未希
昨年、背筋の寒くなった新語に自粛警察がある。公的権威を振りかざし、同調しない者を「非国民」と罵(ののし)った戦時の世相を、そこに重ねた人は多いだろう。
当時、不要不急を非難された筆頭格は女性のパーマと洋装だ。では戦中は、みな日本髪を結って着物にモンペ姿だったのか。事実は逆で、短髪と洋装はむしろこの時代に普及する。
パーマは低価格化で女工や芸者にまで浸透し、美容院には行列ができた。人気は地方都市へ及び、灯火管制下でも営業は続く。洋裁学校には、自分で作りたいと応募が殺到し、卒業生が各地に技術を広めた。本書は洋裁学校の同窓会誌など新たな史料を用いて、私たちの曖昧(あいまい)で穴だらけの「銃後」像を明快に覆す。
関連業者たちの生き延び方への着眼も興味深い。美容業者はパーマを「淑髪」と呼び換え、時局向きの「決戦型」の髪形を提案する「営業自粛」で批判を切り抜けた。洋裁家は、古着を再利用する「更生」ならば、国策への協力を口実に流行を追求できた。
このしたたかさを支えたのは、「報国」を叫ぶ時勢にも、「私的」な「おしゃれ」を貫いた多くの女性たちの存在だ。統制経済のさなか、配給の木炭を持ち寄ってパーマのコテを温めた客と美容師の間には、強い共闘意識があった。
勤労動員や防空演習でも女性たちは「洋装美」や機能性を重視した。国が婦人標準服を制定しても、「正しさ」だけでは全く普及しない。洋裁学校の学生さえ、標準服はスカート丈が長くて活動の「邪魔になる」と、官僚との座談会で食い下がっていて驚かされる。
彼女たちの「美意識」は、国の大義の前では、瑣末(さまつ)で自分勝手な「逸脱」と見なされやすい。だが声をあげて狙い撃ちされるより、標準服やモンペを「選ばない」という静かな身ぶりほど、権力にとり手強(てごわ)い相手はない。著者の筆は、このひそやかな抵抗を注意深く読みとる時、最も精彩を放つ。
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いいだ・みき 立命館大教授(社会学、文化研究、ジェンダー論)。論文に「パーマネント報国と木炭パーマ」など。
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