ルーツ肯定的に 通名使わぬ小学校、100年の歴史に幕
武田肇
戦前から在日コリアンの人々が多く暮らす大阪市生野区にあり、児童の3分の2が朝鮮半島にルーツを持つ市立御幸森(みゆきもり)小学校が学校統合で閉校する。誰もが自らの由来に自信を持つことを目指し、本名(ルーツにつながる名前)で呼び、名乗る「多文化共生」の取り組みで知られた。各地で外国出身の子どもが増える中、その歩みが改めて注目されている。
韓国食材店や韓流ショップが並ぶコリアタウンに近い児童数75人の小規模校で、前身は1924(大正13)年に開校した。「学校配置の適正化」を進める大阪市教委の方針で隣接する中川小と統合され、3月末で100年近い歴史に幕を下ろす。
「オルシグ チョッタ」(日本語で「いいぞ」の意味)。2月19日、ハングルの垂れ幕がかかる体育館に、力強い打楽器のリズムが響いた。ケンガリと呼ばれる小さなドラが甲高い音でリズムを刻み、民族衣装に身を包んだ子どもたちが太鼓を鳴らし、軽やかにステップを踏む。同校の「民族学級」で学ぶ子ども48人が成果を示す最後の発表会だ。
民族学級は、朝鮮半島にルーツを持つ子どもが、放課後に母国の言葉や文化を学ぶ課外活動。御幸森小では在日コリアン3世の民族講師、洪佑恭(ホンウゴン)さん(54)が指導にあたる。
48人は朝鮮半島の日本統治時代に渡日した子孫にあたる在日3、4世や、両親どちらかが朝鮮半島につながる「ミックスルーツ」らで韓国籍、日本籍と国籍は多様だ。多くはふだんの生活で日本式の名前(通名)を使っているが、民族学級では全員、朝鮮半島とのつながりを示す本名やルーツ名を使う。
「自分は何者なのかと不安を抱える前に、共感しあえる仲間のいる場でルーツを肯定的に受け入れた経験は自尊感情を育む。もし差別をあおるヘイトスピーチに直面しても自分らしさを失わない」と洪さんは語る。
さらに御幸森小は、朝鮮半島に由来のない4年生以上の子どもも課外活動「ユネスコタイム」で朝鮮半島と日本のかかわりを学ぶ。一人ひとりの名前をはじめ、世界のすべての国や地域が素晴らしい文化を持つことを知る。発表会にはルーツのない子どもも応援旗を持って参加し、一緒に創作ダンスを踊った。高尾祐彦校長は「民族学級の外でも、自然に本名やルーツ名で呼ばれる環境を作ることが目標。日本人の子どもも自分を知る気づきになり、誰もが多様性を尊重し、違いを認めあえる学びになる」と語る。
こうした取り組みが評価され、御幸森小は2012年、環境や人権尊重など地球規模の問題解決に取り組む学校を国連教育科学文化機関(ユネスコ)が認定する「ユネスコスクール」に選ばれた。コロナ禍までは多文化共生教育のモデル校として、多くの修学旅行生や大学生らが同校を訪れていた。
発表会でチャルメラのようなテピョンソを演奏した6年の宣弥佑(ソンミウ)君(12)は、両親ともにルーツを持つが、父は日本籍で、母は韓国籍。自身は生まれつき日本籍で、校外のサッカークラブでは日本名の「松田弥佑」を使う。中学では韓国の名前を名乗ると決めている。「幼稚園の時に名前をからかわれたことがあるが、御幸森の6年間で、すごくかっこいい名前と確信できたから」という。
6年の康聖奈(カンソンナ)さん(12)の両親はともに韓国籍。3年の時、ネットで「韓国人は気持ち悪いから無理」という書き込みを見てショックで泣いたことがある。「御幸森で学んで、韓国人であることは全然悪くないとわかった。中学ではもっと韓国語を勉強する」と目を輝かせる。
宣君の21歳と17歳の2人の兄姉も御幸森小で学んだ。母で在日3世の鄭仁美(チョンインミ)さん(49)は15歳まで在日であることを知らされず、ルーツを明かすと生きづらくなると考えた時期もあった。しかし、子どもたちがのびのび学ぶ姿を見て認識が変わったという。「理想のまなびやがなくなっても、残してくれたものは消えません」
統合で新たに生まれる大池小の児童数は300人を超えるが、民族学級は継続され、新たな体制で多文化共生の取り組みが続けられる予定だ。コロナ禍で閉校イベントができない代わりに、地域住民らが「これからも応援する」との思いを込め、全校児童に絵本や歌を贈る計画を進めている。
その中心で、御幸森小で10年間教員を務めた足立須香(すが)さん(62)は「小規模校で在日の児童が多い御幸森だからできた教育と言われることもあるが、だからこそ率先して取り組まなければならなかった」と話す。
外国ルーツを持つ子どもへの教育は、外国人労働力の受け入れ拡大を背景に文部科学省も関心を持つ。19年には検討チームが「母語・母文化を学ぶ機会の配慮」や「多文化共生教育の充実」を提言した。
フィリピン、ブラジルなどから来日した子どもらを対象とした夜間教室「Minamiこども教室」(大阪市)の代表で、在日外国人教育に詳しいコリアNGOセンター事務局長の金光敏(キムクァンミン)さん(49)は「外国ルーツの子どもの公教育の保障を考える上で、ルーツを個性として肯定的に捉える教育に全校あげて取り組んだ御幸森の歩みは参考になる」と話す。(武田肇)
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