동아시아의 평화와 화해의 정치학 Scrapbook
문화, 의식, 운동의 면을 분석
2021-12-07
ブラジルのハラボジ (岡村淳のオフレコ日記 : 自主制作作品紹介)
ブラジルのハラボジ (岡村淳のオフレコ日記 : 自主制作作品紹介)
岡村淳のオフレコ日記
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自主制作作品紹介
(最終更新日 : 2020/07/11)
--- 自主制作作品紹介 目次 ---
- 生きている聖書の世界 ブラジルの大地と人
に学ぶ
- 郷愁は夢のなかで
- ブラジルの土に生きて
- パタゴニア 風に戦(そよ)ぐ花 橋本梧郎
南米博物誌
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み
- 移住四十一年目のビデオレター グアタパラ
編
- アマゾンの読経
- ギアナ高地の伝言 橋本梧郎南米博物誌
- KOJO ある考古学者の死と生
- あもーる あもれいら 第一部・イニシエー
ション
- あもーる あもれいら 第二部・勝つ子 負
ける子
- さまよう人とともに マルゴット神父にきく
- ササキ農学校の一日(短編)
- 映像素描 夏草のミッション(短編)
- 下手に描きたい 画家森一浩 ブラジルの挑
戦
- 明瑞発掘・三部作
- 南回帰行 橋本梧郎と水底の滝・第一部
- きみらのゆめに AOS SEUS SON
HOS
- よりよい世界のために アレイダ・ゲバラの
伝言
- クリスマスツリーのめばえるとき/QUAN
DO A ARVORE DE NATAL
NASCE(短編)
- あもーる あもれいら 第三部・サマークリ
スマスのかげで
- サルヴァドールの水彩画
- リオ フクシマ
- 被爆の記憶 鎌倉からの証言
- 京 サンパウロ/移民画家トミエ・オオタケ
八十路の華
- ばら ばら の ゆめ / os sonh
os das duas rosas
- 消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編
- 山川建夫 房総の追憶(三部作)
- 旅の途中 橋本梧郎と水底の滝・第二部
- 移民小説家 松井太郎さんと語る 西暦20
11年版
- 坐る9条 THE MOVIE/初公演版・
敗戦70周年祈念版・2017年版
- 鎌倉の近代美術館の灯を消さないで(短編)
- 新藤ブキチ 国防プロレス大作戦(短編)
- 焼肉と観音 その後の『アマゾンの読経』
- ふらめんこ y ちゃんちゃんこ
- 五月の狂詩曲
- 新宿発アマゾン行き 佐々木美智子出版記念
会
- 佐々木治夫神父の死者の日のミサ(短編)
- 金砂郷に打つ
- ブラジルのハラボジ
- 五月の狂詩曲 2016
- リオ フクシマ 2
- 未来のアミーゴたち 神立・キッズ&スクー
ル(短編)
- 常陸と南米 写真家・柴田大輔の視野(短編
)
- ドキュメンタリーが風になるとき メイシネ
マ祭'17
- 狐とリハビリ/シリーズ 富山妙子素描 序
章(短編)
- 光州事件発掘・三部作/シリーズ 富山妙子
素描
- ラテンアメリカとの出会い/シリーズ 富山
妙子 素描
- いいと思います 中馬一美さんのおえかき
- 記録と記憶を映す メイシネマ祭’18
- 山川建夫 房総の燭光(短編)
- 富山妙子 炭坑に祈る(短編)
ブラジルのハラボジ
[画像を表示]
西暦1996年 撮影
西暦2017年 編集(2019年改訂)
53分
製作 構成 撮影 編集 語り:岡村淳
西暦1996年。
ブラジル移住10年目を迎えようとしていた岡村は、サンパウロの知人から自分の父親にインタビューしたらよいと何度もすすめられていた。
その人は間もなく90歳を迎えて、体調もあまりよくないという。
セニョール三田と呼ばれるその老人は、日本占領時代の朝鮮から日本に渡った。
そして日本内地から第2次大戦前にブラジルに移住したという。
ブラジルのコリアン移民のパイオニアだ。
当時、ブラジル奥地の土地なし農民の取材にのめり込みはじめていた岡村は、奥地取材の合間にセニョール三田のことをよく知らないまま、お宅をお訪ねした。
数奇な運命をたどった老コリアン移民の絞り出す言葉に、岡村は何度も戦慄した。
そしてこの撮影は、一期一会の機会となった。
セニョール三田の没後、岡村は氏がブラジルのコリアン社会で若い世代からも三田ハラボジ(韓国語で「おじいさん」)と呼ばれて尊敬され続けていたことを知った。
西暦2017年、祖国の暴虐ぶりを憂うる岡村は、未編集だったこの映像の編集と劣化部分の修復に挑戦する決意をした。
三田ハラボジが岡村に託した遺言すべてに日本語字幕を施すデジタルマスター版。
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