2025-05-22

金滿里ソロ公演『漆黒の赤』| その舞台裏と金滿里の哲学



金滿里ソロ公演『漆黒の赤』| その舞台裏と金滿里の哲学


UMA EBINA 蝦名宇摩1.04K subscribers


583 views Nov 13, 2022

※著作権上の理由から、動画内で使用される一部の楽曲を本番のものと差し替えています。実際の楽曲を含めた、舞台の全ての演目はこちらの記録DVDにてご視聴いただけます。
  http://www.asahi-net.or.jp/~tj2m-snjy... 金滿里の5 作目 となるソロ作品『漆黒の赤』 前作『寿ぎの宇宙』(2013 年)から 9 年 を経て、 満を持してのソロ新作 映像では公演内容や舞台裏の様子、そしてそこに込めた金の思いを余すところなく伝える。 本作では、破壊の方向に向かい続ける人類の未来が、その破壊に行ききった時、行き着く先に再び立ち上がるものがあるのではないか…ということを、その身体で探りたいと願う。 アフリカの大地溝帯や火山の中に力強い命の根源を見出しながら、それと呼応する蠢く想念のようなものが女の身体の中にすでにあるのだという確信が、形となって、まさにこの舞台の上に立ち現れていくことになる。 ここに華雪の書と、蝦名宇摩による津軽三味線の音が加わり、一期一会の空間が生み出されることとなった。 金の身体だからこそ表現できる人間普遍の美をもって、命の真髄を探る渾身の舞台へ、どうぞご注目ください。 金滿里ソロ公演『漆黒の赤』 

令和4年3月11日(金)~13日(日) ■金滿里(キム・マンリ) 劇団態変 主宰・芸術監督 舞踊家・演出家 日本で活躍した韓国古典芸能家・金紅珠の末娘として生まれる。 3 歳でポリオに罹患、全身麻痺の重度身障者となる。 70 年代に盛り上がった障碍者解放運動での活動を経て、1983 年、劇団態変を旗揚げ主宰。「身体障碍者の障碍そのものを表現力に転じ、未踏の美を創り出すことができる」という芸術思想を掲げ、どこにもない身体表現芸術を創出してきた。 劇団態変では一貫して芸術監督を務め、劇団と自身のソロの作・演出・出演を行っており、今作は 77 作目となる。 1998 年初めてのソロ作品 『ウリ・オモニ』を大野一雄・大野慶人監修で上演。以降、大野慶人監修でソロ作品 3 作品、計 4 作のソロ作品を世に出す。 ワークショップも国内外で開催し、「金滿里身体芸術研究所」で障碍・健常を問わず、広く身体表現指導を行なう。マレーシアでは、国際交流基金と現地アーティストとのタイアップにより現地の障碍者を舞台に上げる 3 年間の国際アートプロジェクトを実施、公演を成功させた。他、海外演劇フェスティバルからの招聘多数、韓国でも共同製作プロジェクトを行っている。
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Transcript


[音楽]
[音楽]
ここの 最後の動画ちょっともう1回
[笑い] [音楽]
[笑い] [音楽] [拍手]
[音楽]
[笑い]
[音楽]
[笑い]
[音楽] [拍手]
[音楽] [拍手] [音楽]
[拍手] [音楽]
[拍手] [音楽] [拍手]
[音楽]
[音楽] [拍手] [音楽] 体1つ身体1つでやりたいっていうことが
ソロの一番大事なことでその時の要素とし て考えるということが
漆黒なんかはねもともとアフリカの第一 交代 というその
地面の割れ目裂け目っていうものを 題材にしたかったからそこを考えてて
全然 真逆な 和の 津軽三味線と小の
馬と 加瀬さんっていうことに やっぱりたまたま行き着いたって感じや
ねんねでこれもやっぱり出会いなんちゃう のかなっていう感じ
[音楽]
[音楽]
[音楽]
[音楽] 今一番喋りたいことってさあのサルプリ
ハルプリンを毎回やるたびにめちゃ緊張で な
元々あの無断っていう 祈祷をするね
韓国の文化っていうのがあるねやんか 東北の方の潮来卸とかそういうのがすごく
民間の中で根強くてもうちょっと何かあっ たらすぐ無段を読んで
祈祷してもらってで 霊媒師みたいなもんでな 死んだ人がその人に乗り移ってその人の
ように喋ってくれねん 親戚とかがさその 死んだ人の
声を聞きたいっていうことでやったりね なんか払ったりやるんやけどこのサル
プリっていうのがあの死んだ人の悪霊 みたいな音量 っていうのを
取り憑いたその 具体的な取り憑かれた人 の音量を払うための
踊りやったっていうことが本当のところ らしいんです こんな
女やっててもともと 普通よく踊るやつを見てたらね韓国のその
古典舞踊のサルプリっていうと 女の情感みたいな感じで嫌やったんだよね
私自身はそういうのをやっぱり拒否して 生きてきたから だからそういう
ものを踊 るっていうことでまた違うサルブルにした
いっていうように思いながら 振り付けしていただいたんですよ私なんか
韓国の文化とか 韓国語もわからへんし うちの親がその韓国舞踊の大河やったって
いうことでなんかこう スピリッツあるんやけどさ
正式に 習ったとかいうのないから 常に 疑問に思いながらこれでいいんかなこれで
いいんかな で教えてもらったり で資料をくださいとか言って資料
わざわざ翻訳してくれてる人もいてそれを 読んだりとかいうこと
だから猿っていうのは私にとってねサルは 生きるっていう意味だと思っててでプリは
捨てるっていう私流に 人生長くこう生きてくる中でしがらみとか
いっぱい あってもう捨てたいものがいっぱいやん
常にもうこんなもん捨てたるとかさこの音 も捨てたるとかこの女捨てたるとかそんな
連続やと思うへん [音楽] だからそういうしがらみって生きていく中
で今人間関係みたいなもんそういうものを 常にこうそっから解放されるっていう
生きる人生のその捨てていくかどうか みたいなそういう悩みの
踊りにしようと私は思っているけどね [音楽]
サルプリっていうのはもう兼ねてからの 課題っていうそういう
意味があるんですけどもでやっぱこの作品 漆黒のなんか自体大野
和夫 先生の詐欺を乗らせてもらうことによって
作りたいと思った作品なんです ニュースと先生が亡くなられてでそのやっ
てはった大事な踊りの ただ単にその1個だけをや
るっていうよりもやっぱこう前編に 織り込んだ 思いっていうのを作りたいなっていう
[音楽]
先生がやっぱり出世作として シーン大事にして
貼った うさぎのダンス今やばあの人間が何を言っ
ても何をやってもサクサク見えてしまう レビュー舞踏っていう世界もこれ以上やる
ことないんちゃうかっていうふうに思うっ ていうこと の時に
ウサギになってみたらいいんじゃないか うさぎの姿を借りて思いを出すっていう
ことだったら やっぱ踊れるんちゃうかっていうこと思い
はったらしいんです でできたウサギのダンスっていうのを今回
やっぱあの ウクライナでね どんどん
ひどくなってる 情勢がありましてもう本当にあの
どうしようもない気持ちの中で なんとか
光を見たいなという思いでやってるんです よね
[音楽]
ウサギに通じるものは青の和夫先生やから 大野 和夫先生っていうのはうさぎ踊った王の
よしと 先生のお父さんねで世界的 ライブとかで
舞踏がこんなに世界に広まったっていうの 数をさんの
認められても 喝采を浴びたっていうのが一番なんやけど そこからやねんけどその王の画像先生が
踊ら張る女装したあの 舞踏がね めっちゃすごい私はそのことを見ることに
よって このこの王の数
が踊るその 女を超えたその女装を借りてやりたい
自分のその情念とかその 許しを請うみたいなそういうのを徹底して
自分を 捨てながらこうドラ張る最後のところって いうところがすごいんやけどこんな風に
やっぱこう 女装を借りており踊れる 男の人側の女っていうものは何なんかなっ
ていうことで私がちょっとやっぱこう 女性っていうような嫌やと思いながらあの
捨てたいと思ってたそのプリの方やってね サルプリのいやそこもちょっとやっぱり
やってみなあかんのちゃうかって思い出し たんが大野和夫先生だったんですよねで
自分の中でその 全部やばこう破壊し尽くした人類の悪行
っていうものが今も 地球も自然も
壊そうとやっているこの危機の中でまた ウクライナで戦争起こって
そういう 行き着くところはもう破壊しかないやんっ ていうね破壊し尽くした後っていうことの
次の 作品としてこの おしっこの赤を
想定している わけなんです そこにやっぱり出てくる
質っていうんかなあの一番 初めに何が出てくるんやろっていう興味が
あって 植物でも昆虫でも動物でももう人類でも
ないでそういうところからも ドロドロのその溶岩のコントの中から
なんかもう 来た [音楽]
なぁっていうのがちょっとやっぱ やってみたいテーマなのよねその時に
やっぱり出てきたのが 女性やなっていう女
女の質みたいなものからまず ほうがの種があるかなというのが
つながってきたらな今 喋ってて 全部は [音楽]
[音楽]
自分の中に私はね人間なんかしょうもない と思ってるから
人間は やっぱこうごりとかそういう傲慢さって
いうものであの すごく弱い そのものやからねその知恵がついてそれが
行き過ぎたら 5万とかおごりとかそういうことで
全部を 支配できてるような 地球の 自然とかそういうものの上に立ってしまっ
た今の状態っていうのがあると思うよね 昭和がし
尽くしたっていうかなだからここまで やっぱ来ちゃったっていうところでその
人間っていうのは一番大事なこと大事なも のっていうのを捨ててきているって思うん
で もっともっと なんていうかな野生に変えるっていうの
もっと教えてもらえるものが 自然とかそういうものの中にあるし
そこでこうしてやっぱもっと 生命っていうのを
無駄なく やっぱり循環して生きれるということが あると思うんやけど今ならやっぱ無駄
ばっかりやもんね だから人類とか人間とかいうのやめたいと
思っててさだから障害者になったような気 がすんねんけど
障害者になってやっぱりラッキーやったと 思うけどねそういう意味で人間的な人間で
日本足で立ってでものすごくあの 地面を踏みしめての自分は二足歩行だって
いうふうにこう 足蹴にしてさ地面を 生きてるっていうことを
捉え返さなくてもさ 全部こう 自然を伐採して何か
作ってっていうことで シャワーがし尽くして支配やったって思っ て
そういうこう 人間のその発展っていうことを考えたら
そういう方向しか行かへんやろなと思うと そういうことからちょっと1本抜ける障害
者 1抜けたっていうところで
障害者になって 結構 動物とか植物とかそういう方に近いん
ちゃうかって自分では思ってるけどね [音楽]
[音楽]
出会い直しっていうのはすごく大事やなっ ていうことで
うちの母親の場合はもう死んで 死んだことによってようやく出会い直しが
できるという状態やねんね だからそれってものすごく大事なことだと
思うねんね何かをやっぱこう 死者を
踏襲するっていうのかなその 死んだ人たちの屍はやっぱりちゃんと踏ん
で 自分らは今おるんやっていう自分はおるん やっていうところ
そういうところ をやばちゃんと出会い直すっていうことと
やっぱあの今回のこの作品で
馬と出会い直すっていうことと でその
仮説さん の章でやっぱりあのなんていうの40代
45と46っていうのが分かって2人 なんて
言うんかなそのこの漆黒の赤っていうのが 質として女っていうことを言っている時に
私自身がそのそういうこうこれからこれ から力を持っていく女の人たち
っていうのにやっぱこう ちゃんと
影響も与えたいし支えられたいしそういう 相互関係っていうのをちゃんと持てて
るっていう 作品ができるっていうこと これから
女の人がそっからやっぱり自分のなんか こう 切り開くものっていう
のっていうのがやっぱ出てくるやろなあっ ていうかね
私の場合はねやっぱり全然なかったよ何も そういうの 子供もうね生まれたのも
自分が 障害者で女で子供みたいなと思ったこと1 回もなくてで
障害者なのに女性として扱われないのが 差別だというのも1回もなく
良かったなっていうか 女として使われへんていうことは ラッキーって思ってて
人間関係の中でたまたま相手がその 男の人ででできちゃったっていう感じて
私の体が死ぬかもわからへんと思ってたし あの 耐えれると思わへんかったらこの偏見の中
に10ヶ月っていうのだからでもやっぱり 自然にできちゃったらまあなんとかなる
やろって 降りるもんやったら降りるやろうし死ぬ もんやったら私も一緒にやろっていうよう
な 全然怖くないようなんだよねその時って
[音楽]
やっぱこう 繰り返しでしかないんかなっていう
結論言うと で 捨てたいと思いながら捨てたと思って
きててもやっぱ捨てられてなかったなって いう ドライ返しがあってまた
捨てたり捨てたいと思ってまた ステータと思ってというようなその
繰り返しを人間をやってるようなものそう いうふうに考えると今のその歴史も
全然 学ばなく おろかな戦争っていうものの方向に
繰り返しをやるんかっていうねそういう 疑問取っていうこととなんかやっぱ
つながってくるんかなーって思うんやけど そうやねだから 悪いものを捨てるっていうことだけの問題
でもなく私の中ではやっぱり 親 親との関係っていうのでその古典芸能を
やってた 母親 共に行ってさっき言ったもうそれあの韓国
語で「母っていう意味やねんけどね その
母親 のやってきたその芸術芸の
芸術っていうものに対しての 自分が障害者になることによってあと次
やって思われてたけどもその時からもあと 次じゃないと
慣れないよねっていう風に言われてきた わけやんか私なんかは全然そんなことどう
でもよくてもう障害者になった時からの 記憶しかないし
そんなこととは関係なく私は障害者やね んって思ってきたんやけどやっぱあのどっ
かで絶対にそれって引っかかっとったん やっていうのがねこの 漆黒の赤をやることによってどんどん
わかんね 自分が大変を作ってきて自分のその身体
障害の 身体表現 芸術性っていうことで追求できたっていう
ところへんていうのはやっぱり韓国の古典 芸能っていうのが
下地にやったから 全然違和感なく 芸術っていうこと
言ったわけやんだけどそこを 一つ
対峙するっていうかな 自分のやってきた 方法っていうことだけじゃなく
正当なその古典芸能を私がこの ポリオの
脱力の 座ったきりの身体で一つ形を作ってもらっ
てそれを 踏襲するっていう意味 そういう意味自体やっぱりこう
全部 捨てとったからねだけどそれを きっちりやっぱ向き合おうとやったのが
サルプリやって だからそこでのあの 自分自身がこう捨てて
民謡にしてきたっていうところも あったんやなっていうことに気がつく
そういうようななんて言うんだなこう 心の奥底に分けていくような感じっていう
のはあるけどね
[音楽]
[音楽]
[音楽]
[笑い]
動じなししようや えっと 道照明もう1回ちょっと確認やって
しばらく 経っていきたいときの
順番に着くから最後のここに作っていう ところまで順々って伸びてるわけはいで
伸び縮みましたはいだから道になってない 意味なんか
照明除菌にする [音楽]
[音楽] 3つ目落ちます
[音楽]
か はい1回止めさせてくださいすいません
言い訳はないです開きまへんわ 言い訳させてあげたいもん
そうでしたもうなんか最後の稽古に申し訳 ない
悔しい と思う [笑い]
[音楽]
ここまで行くと起こしていきます こっから行くと本当に動いたちょっと待っ
て やり方 本当にそこまで生きておき入れたら確認
だよ
この 作品は何ですかって言ってそやねワギナや ねんとか言ってみんなで
男の 記者さんにはそうですねあの月経ですねと かね
やっぱりね月経あるかないかっていうこと で女のなんかこう 測り
みたいなすっごくあるような世の中や
[音楽]
どう [音楽]
早く ターンて降りて 12345でも
今日はあのー 先生のなぎ
師匠の奥さんが 人気ありますよ
閉めてかからないといけないよという感じ 怖い人がおろっていいよね
とか言って [音楽]
よろしくお願いします
最高の出来やったんやりたいことはもう ほんまに思い残すことはなくいつ死んでも
いいという感じ 集客から
言うとねまだまだちょっとやっぱり 大変な知名度とかいうことでお前ば
ちょっと残念だけど中身的にはすごい やっぱりそれ以上あったよね
集客の問題じゃなくてもっともうその先輩 ぐらいの中身をできたなっていうふうに
思ってます [拍手]

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