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とうふフリーク
5.0 out of 5 stars ぜひ読むべきクラシック
Reviewed in Japan on January 21, 2025
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薄い本ですが、書いてある内容が大変充実してます。国家神道がどのような経緯で出来上がったのか、明治時代に何が仏教と神道に起こったのか興味にある人は読んで損は無いと思います。古い本ですが、資料的な価値があると思います。
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gaki15
4.0 out of 5 stars 「廃仏毀釈」、「神仏分離令」の実相
Reviewed in Japan on July 15, 2023
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
廃仏毀釈や神仏分離令という言葉からは、明治維新によって宗教が操作され、
仏教の教えも否定された、手の付けようのない混乱の極みというニュアンスが感
じられる。実にファナティックな国粋主義運動とも思える。
本書はそのことをまず、「変革期にありがちに、狂信的な人々の独りよがり…
一時的には暴威をふるたけれども…まがりなりにも信教の自由は実現され、仏教
も…生まれかわった」と位置づける。
そして本書の目的は、その廃仏毀釈の「奇妙な熱情」を分析してみることにある。
また、「本書は、神仏分離令と廃仏毀釈を通じて、日本人の精神史に根本的とい
ってよいほどの大転換が生まれたと主張する」。
著者は安丸良夫(敬称略)。日本思想史の専門家。
「はじめに」を含めて全7章からなる。ページ数に比較して内容は実に「濃い」。
神仏分離と廃仏毀釈の政策が出現するのは、早くも1868年(慶応四年 明
治元年)。「王政復古の大号令は神武創業元々の一句…神武天皇による国家の創業
に明治維新の理念を求め」ていたからこそであり、これはいわゆる「国体神学」
へとつながる。
注意すべきは、明治維新期におけるキリスト教の脅威(と当時の指導者が感じ
ていた)であろう。「キリスト教の浸透は不可避だと考えられ、これに対抗する
ためには、民族的規模で意思統合をはからなければなら」ないために、廃仏毀釈
等の行動は先鋭化してゆく。
そして、「一部の国学者や神道家の主張」が正統性を獲得し、「頂点に伊勢神宮と
宮中祭祀をおき、中間に各地の…社を配し、底辺には村々の…社をすえて」いっ
た。言わば「日本人の宗教生活の全体を編成し帰属させるという神道国教体制が、
その究極的目標であった」。
しかしながら、欧米の国家建設の真似をせざるをえなかった日本は、神社祭祀
という儀礼的側面に後退したのちの国家神道によって、国家的統一をなそうとし
た。が、この不十分な宗教的完結は、「日本的精神に内面化されることによって
補完された」。神仏分離においては、「国家によって権威づけられていない神仏」
が対象であり、そこに「分割線」を引いた。
この「分割線」は極めて重要であると著者は主張する。
驚くのはこの神仏分離に迎合するように寺社も動いたことであろう。国家に基
礎づけられていない信仰を維持するために、東本願寺でさえも、上奏文案として、
「我宗ニ崇ムル所ノ本義ハ弥陀如来ト申テ、恐レナガラ皇国元祖ノ尊ト同体異名
ニシテ」と記した。国家にすり寄らざるをえなかった苦衷の産物とも言える。
そして「神々の体系は(新しく作り出され)、水戸学や後期国学に由来する国
体神学がつくりだしたもの」であり、それまでも体系とは全くその様態を異とし
ている。
伊勢信仰は、江戸期は農耕神としての外宮に重点があり、天照大神信仰は、皇
祖神崇拝としてのものではない。つまりは「皇統(に属するもの)と国家の功臣
こそが神だと統合」された。本書では、この信仰形態を「良民陶冶の役割」と表
現しているが、仏教の反世俗性や来世主義、などは否定されていく。
以下の点はどうにも確かめる術がないが、著者は「仏教よりもさらにきびしく
抑圧されたり否定されたりされなければならないのは、民俗信仰であった」とし
ている。国家統制が一番通りにくいのが民俗信仰であったのだろう。
確かに民俗的慣習は明治維新でかなり抑圧された。性風俗しかりである。
著者は興味深い視点を提示してくれる。「民衆の生活と意識の内部に国家がふ
かくたちいって、近代日本の国家的課題にあわせて、有用で価値的なものと、無
用・有害で無価値なものとのあいだに、ふかい分割線を引く」。
かくして、国家は国民の心的領域までズルズルに侵入する。世界史的に見ても極
めて稀なこの「個人の良心を管理する」日本の支配形態はかくして成立してゆく。
国民の内心まで入り込むこの傾向は、他国にももちろん例はあるが、日本の場
合その圧力が強い。「日本のばあい、近代的民族国家の形成過程は、人々の生活
や意識の様式をとりわけ過剰同調型のものにつくりかえていった」。
明治維新は実に様々なものに権威付けをおこなった。明治新宮は明治期に造営
され、神前結婚式は大正天皇の婚儀にさいして定められた。
「ふかい内容なしに、雑多な宗教的なものがほとんどし習俗化して受容されてい
る」。支配層は、この構造があたかも古くより存在したと、あえて勘違いさせる。
その意味で、明治維新期を知ることは、現代の日本を知ることにもつながる。
Ⅰ 幕藩制と宗教
信長がキリスト教に「理解を示していた」こと(暴虐を尽くしたあの信長が)
はよく知られているが、続く秀吉・家康はキリスト教を徹底的に弾圧した。キリ
スト教が影響力を持つことは、みずからの支配力の及ばないところを認めてしま
うことになるからであろう。
「無気味な反秩序性をはらんだ」宗教としてキリスト教をて極限まで敵視した。
そして現世の人倫についてのい教えである儒教は、幕藩体制を補完する思想とし
て重宝(「寛政異学の禁」という例外はあるが)された。
武士における宗教心は「主君への忠」の中に全て注ぎ込まれたのだろう。
また寺檀制(本書ではこう表現する)に組み込まれさえすれば(本山―末寺―
檀家)、その信仰内容については幕府は比較的に無関心である。
幕藩体制の矛盾が深まると、儒学の中で荻生徂徠が祭政一致(天皇支配)を称
揚する文章を残している。これもまた儒学による国家統制をめざしたとも言いう
る。徂徠は朱子学を批判したのであるが、本書で紹介されている儒者は他にもい
る。かなりの儒者が仏教に対して批判的に捉えている。
幕藩体制の動揺と、その動揺を増幅するものとしての、「仏教への怖れ」の感情
であろうか。
Ⅱ 発端
明治維新直後に、政務分掌として筆頭に「神祇科」がおかれた。著者の歴史観
がよく出ているのが、「維新政府は、岩倉ら一部公家と薩摩藩が提携したクーデ
ターによって成立し…強行され…やがて…長州藩がこれに加わった」という文章。
この情勢下で、岩倉や大久保が自分の立場を正当化するために利用したのが天皇
という、至極便利な存在であった。
祭政一致が大原則であり、そのためには、神仏分離をおこなう必要があった。
神社に別当・礼儀などとして勤めている、僧職身分の還俗が命ぜられ、その上で
神主などとして勤めることが求められている。
さらには礼拝対象としての神仏分離を求めている。
比叡山延暦寺の鎮守神である日吉山王神社の例をひいて、神仏分離令の実際を説
明している。神社内の仏像等を徹底的に破壊した。江戸期では神社においては、
僧侶身分の者が神職身分の者よりも上座にあったことも、この廃仏毀釈に拍車を
かけた。
以上の政府の通達に準じた動きには、あまりの対立の激しさに政府側がブレー
キをかけるという、そんな混乱もあった。
興福寺、石清水八幡宮でも、大混乱があった。これも新しい知見だった。
ただこの混乱した廃仏毀釈の動きは、宗教的必然ではなく、庶民の中には寺に対
する帰依心があり、必ずしも全国的におこったわけではない。
神社は天皇制に合致するように、皇統につらなる国家に功績のあった者を祭祀
する目的で多数創建された。確かに神社の歴史を見ると、かなり古い神社ももち
ろんあるが、意外に歴史の浅い神社も多数ある。
面白い考察がある。天皇を祀った山稜は天皇の遺体を葬ったものであるから、
穢れたものとするならば、穢れたものは「僧侶」に管理を任せなくてはならない、
という考えである。天皇は神であるから穢れてはいないと結論する。たしかに神
社では、遺体を浄めあるいは葬祭をおこなうということは少数の例(神道式の葬
祭自体は存在する)しかない。
皇族の山階宮の死は、本人の希望通りの仏式ではおこなわれなかった。皇族は
たとえ自分が望むものであれ、仏式は許されないという前例をつくった。神社本
庁のHPでは、古事記を引きあいに出して歴史を演出しているが、公に神葬祭が
おこなわれたのは江戸時代以降に過ぎない。まあ、神社本庁自体が設立されたの
は1945年、敗戦後であるのだが。
また、「明治天皇は…維新政府の指導者たちの政治作品にふさわしいように訓
練され、あたらしい君主につくりかえられなければならなかった」。
大久保に至っては、「主上…ハ、玉簾ノ内二存シ…公卿方ノ外拝シ奉ル事ノ出来
ヌ様ナル御サマ」と言い放つ。
江戸への遷都もまた公卿たちの反対があったのにも関わらず、旧宮廷勢力から
切り離すことによって、東日本(佐幕勢力か強い)の支配を強化しようとするも
のであった。こう著者は分析する。
維新直後にキリシタン弾圧策をとっている。長崎で十三名の処刑、百十四名の
流罪。このキリスト教敵視策は仏教側が自認する使命でもあった。だが、仏教側
では、両本願寺(東本願寺は佐幕的、西本願寺は勤王僧が多い)のように、その
内情は実に複雑である。キリスト教浸透の対抗として、仏教を考える勢力もあった。
Ⅲ 廃仏毀釈の展開
津和野藩の神道への傾倒が語られる。「藩主をはじめ支族は神葬祭によるよう
になった」。この藩でも国学の影響が大きい。津和野藩の宗教状況の分析があり、
この運動は基本的に維新以前のもの。
島根の隠岐での尊王攘夷の動きは初めての知見。島根というとどうしても松平
家の支配を連想し、佐幕勢力が強いと思っていたが、島としての自立性が強いと
思われる。廃仏毀釈の運動は隠岐で過激に展開し、半ば強制されたものとはいえ、
「正義党」という人々が運動の前面に立つ。
松江藩郡代を追放し、「独自の地域権力を構築し、朝廷の直轄領となることを
求めた」。全島で仏教・寺院を攻撃し、「四十六カ寺があったが、すべて廃滅した」
とある。この背景には、庄屋・神官がこの運動の中心であったことによる。隠岐
の独自運動に光を当てており、興味深い。
佐渡についての動きも記されている。佐渡では寺院側の反撃も大きかった。そ
の他苗木藩、富山藩、等について記されている。
一読して分かるのが、多くの場合、廃仏毀釈の抵抗勢力や僧侶、民衆の宗派は真
宗であったこと。これは信者数が一番大きいというという理由もあろうが、その
信仰の強さに由来するものであろうか。
著者も「明治四年までの廃仏毀釈政策を失敗に追いこんだのは、仏教、とりわけ
真宗の抵抗勢力」と記している。
また廃仏毀釈が強烈におこなわれたのは僻遠の地であることが多い。地域の隔
絶性、地域権力が情報を独占しやすかった(政府の動きやその弱点がよく知られ
た)ことが、その理由となるだろう。
Ⅳ 神道国教主義の展開
維新前には、神道を全体的に進めてゆく、その運動の内実が少なかったことが
示されている。明治元年から二年にかけて、天皇が(おそらく「公的」には初め
て)熱田神宮、氷川神社、伊勢神宮に拝謁したこと、楠社や白峰宮が創建された
こと、等にそのことがよく示されている。つまりは維新前には全国的に神社を統
括しようという意図は薄い。
神道イデオロギー(神道ではそもそも「イデオロギーがないこと」を自認して
いるので、矛盾する言い方になるが)を、全国的に展開することは、維新後にお
こなわれている。「天神地祀や皇霊を全体として祀る恒常的な施設が求められた
…慶応四年…皇居紫宸殿に神座を設け、そこへ神おろし」をおこなっている。
それ以前は紫宸殿類似の施設は存在していにことが確認できる。短い期間に神
道を急速に浸透させようとしている。そして神社組織を統合しようとし、全国的
には伊勢神宮等を中心とする組織、神社内部としては世襲制の廃止、神社の位階
を定めようとしている。これらは全て中央集権的な神社統合のためである。
Ⅴ 宗教生活の改編
修験道は僧侶出身のものに支配されており、京都聖護院と醍醐三宝院に属して
いた。しかし「吉野や羽黒山のような修験の中心地では、自体ははるかに錯綜し
た推移をたどった」。支配層は強力な神道中心の統制をかけるが必ずしも成功し
たものではなかった。
出羽三山にも神仏分離の波はくる。「羽黒山別当は月山別当をかねて比叡山に
属し、湯殿山別当は真言宗に属していた」ものであり、そこに神仏分離令がもち
こまれる。出羽三山の江戸期のあり方もよく分かり、初めて知ることも多い。
「今日…羽黒山は…神社だし、月山山頂も、修験道に由来する…とはいえ、基本
的には神社の様式とみえる…伝統が維持されているとしても、宗教体系の全体と
しての転換はあきらか」であると著者は記す。神仏分離はこの出羽三山では基本
的に成功したと見るべきか。
冨士講(富士山信仰に基づく講)も基本的には出羽三山と同じ。神田明神の祀
り神が平将門であることが問題とされ、平将門は別社に移される。
「民俗的なものは、全体として猥雑な旧習に属し」ており、「抑圧策の前では、
ひたすらに否定的にしか意味づけられないもの」であった。
Ⅵ 大教院体制から「信教の自由」へ
ごく軽くレビューする。大勢を占めるのが、真宗の信徒の行動であり、やはり一
向宗以来の反権力的な姿勢は強い。
全体として
明治維新直後の混乱を極めた、廃仏毀釈・神仏分離あり方を俯瞰的に知ることが
できる。全ての歴史がそうであろうが、直線的に神仏分離令が貫徹されたのでは
なく、地域によってそれを骨抜きにし、仏教を護持した例も多い。
そして神道の強制によって、民衆による宗教意識は無視され、「神社」に信仰
心は統一されたことも、また事実だろう。
祀り神すら変更されたことは、国家による暴力的な宗教弾圧であることも、よく
理解できる。
ただ本書の内容は少々煩雑な印象を受ける。単に単純化せよとは言えないだろ
うが、あまりにも提示される史実が多すぎる。もう少し簡便な本を基本とし、そ
の補助として本書を読むのがいいかと思う。
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源正成
5.0 out of 5 stars 廃仏毀釈のベストセラーです。
Reviewed in Japan on October 8, 2024
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
神仏分離と廃仏毀釈についての原点となる新書です。古文の引用が多いので、慣れない方には少しばかり大変かもしれませんが、是非とも学んでおきたい廃仏毀釈についての本です。神学的立場、仏教的立場から論じられておりますので、廃仏毀釈が何故行われたのかが良く理解できます。毀釈後に浄土真宗がいち早く復興していく過程も詳細に記述されておりますから、興味深いところです。本居宣長や平田篤胤、水戸の斉昭公、会澤正志斎、藤田東湖などの國學が廃仏毀釈に多大の影響を与えたことは否定できません。薩摩藩はいち早く廃仏毀釈をしてしまいました。島津斉彬の菩提寺もなくしてしまい、神葬祭にしました。(斉彬公はその直後に亡くなっております)この事で日本の寺社の形は一変しました。現在の寺社の姿は廃仏毀釈以前の形とは全く違います。この事を頭に入れて拝観すると良いと考えます。昔の寺社には本地仏がありました。今はほとんど鏡です。祭神もスサノオノミコト様が多いようです。拝観する前に事前に調べて行くことが良いでしょう。この本は日本人として読んでおくべきだと私は思います。
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よし
3.0 out of 5 stars 参考になりました
Reviewed in Japan on February 21, 2021
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
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renqing
5.0 out of 5 stars 幕末維新期における“文化大革命”
Reviewed in Japan on February 16, 2021
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
1)著者について
著者は令名の高い思想史家です。特に、近世から近代にかけて、西暦で言えば、1800年代の日本についての考察で、ベーシックな業績を幾つも出しています。
2)内容
本書は、いわゆる「廃仏毀釈」として高校日本史で教えられてきたものが、文明開化における単なるエピソードではなく、日本人の心性に甚大な痕跡を残したものであることを、史実に沿って叙述したものです。「廃仏毀釈」についてその全体像をコンパクトにまとめたものは、本書が初めてだったように思いますし、現在でもおそらく新書サイズでは稀有ではないでしょうか。その意味では、「その時、いったい何がおきていたのか」を知るには、とりあえず、本書で十分です。また、明治維新、すなわち近代日本を再考するための必読書の一冊です。
3)「儒家神道」と、廃仏論、あるいは後期水戸学
本書で最も意外で印象的なのは、維新期の三十年前、諸藩における天保改革のプログラムの一環として寺院整理、淫祀破却が既に実施されていたことです。取り上げられた事例は、徳川斉昭らによる水戸徳川家と村田清風を中心とした長州毛利家です。付言すれば、本書記載外ですが、17世紀の「副将軍」保科正之も、それらの二百年前に、陸奥国会津領において寺院整理、淫祀破却を行っています。こういった先行事例の共通点は何か。それらを領導したのが「儒家神道」だと言うことです。また、儒家たちによる仏教、淫祀邪教にたいする猛烈な攻撃は、この列島だけではありません。
4)旧中国における「廃仏毀釈」
北宋末期の徽宗による祠廟政策も酷似しています。
※参照 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)〔p.103、137〕
5)読後一言
読了後、「日本人の精神史に根本的といってよいほどの大転換がうまれた」(本書pp.1-2)のは、うすうす了解できたのですが、著者が問題設定をしている、いったい「日本人の精神史的伝統の全体にどのような転換が生じた」(p.1)のかは、本書中に明確な記述が私には見出せませんでした。率直に言って、この深刻な問いへの応答は、詳細な史実の嵐の中で、見失われてしまった感が否めません。幕末維新期における“文化大革命”=「神仏分離/廃仏毀釈」、という奇怪な歴史のジグソー・パズルは、その最後のピースを、読み手自身が置かざるを得ないと思われます。またそのピースの少なくとも一つには、徳川日本における「儒家神道」のあり様というものが含まれていなければならないでしょう。
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流行とは縁のない本
4.0 out of 5 stars 日本のsocial engineeringの基本的な構図の呈示
Reviewed in Japan on August 1, 2016
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
この作品が出た1979年に一度読もうとした記憶があります。ちょうど社会に出たころで、様々なそれ以外の関心がこの種の問題を頭の外に追いやってしまったのでしょうか、それともちょっと前に読んだ国家神道 (岩波新書)の印象が強烈だったのでしょうか、結局のところ読むことはありませんでした。本との出会いとはそういうものでしょう。本の選択というのはお互いに時期を選ぶのでしょう。10年ほど前から寺や神社を訪れるためにこの作品の存在を思い出し始めました。その中で地方や山を実際に歩いて訪れる中で昔はおよそ目にも入らなかった光景が徐々に目に入るようになり、そこでいつもひょっこり表に出てくる論点が廃仏毀釈と神仏分離なのです。いったい明治維新の前後に何が起きたのか?何がそしていったい誰がこのような強制的な変化をドライヴしたのか?もう少し体系的な知識を得たくて読んでみました。
中身はわずか200ページです。その中に、江戸時代での廃仏毀釈前史をも含めてこの問題の基本的な構図と経緯とその帰結が説明されています。論述は学術的なスタイルをとり、決してジャーナリスティッククなわかりやすいものではありません。じっくりとした読み方をこの作品は読者に強制するものです。結果として浮かび上がるのは、本書のタイトルや論旨を越えての「明治維新」という変化の特異性です。日本における神々の新しい体系の創設とそこでの序列の再構築と日本的「残滓」の切り捨て、そしてその背後に存在したキリスト教への体系性への恐怖に由来する「国民」創設というimperativeの認識というわけです。そう日本版の「new soviet man」, 「engineers of soul」Engineers of the Soul: The Grandiose Propaganda of Stalin's Russiaの実権だったのです。、この作業を著者のいう「奇妙な」情熱を持って推進し、薩長の「権力の参謀本部」の走狗となった「国体神学」イデオローグたちの内面の構造のディテールに切り込むスペースの余裕は本書にはありません。
国難という名目の下で、見つけ出され、急遽に構築された「神々の体系」はあくまでもinstrumentalな要因で生み出されたものであり、皮肉なことにmodernな価値しかそこにはありません。古代の意匠をまとった「近代」の装置なのです。その後に生み出されたのは、われわれが日常的に直面し、著者が言う変質してしまった日本の宗教の奇妙な風景なのでしょう。
思い返せば、この「奇妙」な情熱とそれがもたらす取り返しのつかない社会のfabricへのダメージという構図は明治維新時に特有なものではなく現代の日本でも見受けられるものです。極端な対外コンプレックスの心理の下で、海外に様々な意匠の「偶像」を求め、規制緩和と破壊という奇妙な情熱に動かされる人々は現代でも「見受けられるものです。そしてその後に生み出されるのはおそらく昔とは似ても似つかない「地方」の光景なのでしょう。これっておそらく日本における変化の「原型」なのでしょう。そこでは本書でも言及される明治維新期の「真宗」のような一面では恥ずべきともいうべき「抵抗」しかないのでしょう。そういえばロシア正教とソヴィエト権力との関係もロシアに特有の独特な色彩を放っていますな。And God Created Lenin: Marxism vs Religion In Russia, 1917-1929: Marxism Vs. Religion in Russia, 1917-1929
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空満
5.0 out of 5 stars 国家による国民意識の直接的な統合の企て
Reviewed in Japan on April 16, 2023
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
本書は、明治初期に起きた神仏分離と廃仏毀釈を時代の全体的な流れのなかに位置づけてその意味を問う。著者は、日本近世の民衆思想史を専門とする歴史家だ。
江戸時代後期、すでに廃仏毀釈の動きは一部の藩で起きていた。水戸藩の寺院整理、長州藩の淫祀破却などである。これらの背景には水戸学や国学思想の勃興があった。内外迫る危機感のなかで天皇を中心とする国体論が唱えられ、外来思想としての仏教が排除される。水戸学や国学は尊王攘夷運動に結びつき、討幕派のイデオロギー的支柱となる。
幕府を倒し権力を手中にした薩長勢力は、その正当性を天皇という権威に求めた。王政復古を唱えて古代の神祇官と太政官を復活させる。慶応4年(1868)3月14日、布告された五箇条の御誓文は新時代を告げる宣言となった。その3日後に神祇官は復飾命令を布告し、社僧と呼ばれる神社に詰める僧侶の還俗を命じた。3月28日には、神社にある仏像や仏具などの一掃を命じている。神仏分離政策は維新政府の発足と同時に実行されたのである。神祇官に就任したのは、復古神道派の国学者、神道家であり、彼らは岩倉具視、大久保利通、木戸孝允につながることで主導権を得た。
同年4月1日、神仏分離の布告がまだ伝達される前に比叡山日吉社で衝撃的な事件が起きた。日吉社の神官に率いられた一団が社殿に押し入り、仏像、仏具、経典を持ち出しては破壊、焼却したのである。これ以後吹き荒れる廃仏毀釈の発端である。領内の仏教寺院の破却・統合合併、神葬祭への変更などが新政府の命令だとして強行されたが、これは地方により濃淡がある。僻遠地で復古派の国学者や神道家が存在し、これに土地の有力階層が加担したケースでは激しさを増した。しかし地域に深刻な亀裂を引き起こすことを懸念した政府は、明治3年12月に「地方官庁で廃寺・廃仏を一方的に決定してはならない」と布達し、廃仏毀釈の鎮静化に努めている。仏教各宗派は大なり小なり打撃を受けたが、そのなかで浄土真宗はもっとも抵抗し信仰を守ったという。
新政府は幕府のキリスト教禁止政策を引き継ぎ(明治6年2月キリシタン禁制を停止)、九州浦上のいわゆる隠れキリシタンを弾圧したが、彼らの頑強な抵抗は政府首脳部に民衆の意識統合の強化策の必要性を痛感させた。それは神道の国教化への道を踏み出させるとともに既成仏教の意義を認識させることになった。明治4年9月、浄土真宗僧侶の島地黙雷は教部省設立の建言書を提出する。キリスト教に対抗するため神仏合同の民衆強化体制を整えよというものだった。翌年に教部省が成立され、民衆教化にあたる教導職が神仏双方から任じられた。彼らは「敬神愛国」「天理人道」「皇上奉戴・朝旨尊守」の三条を教則とする教化活動に従事したが、10万人に上った教導職は、人数的にも能力的にも仏教側が神社側を圧倒した。教導職は間もなく廃止される。これ以後は、三条の教則に示されたような国家のイデオロギー的要請にたいして、各宗派がみずからの有効性を証明して見せるという自由競争がはじまる。
神仏分離は、信仰対象が分離できないほど習合色の濃い宗派や尊格には壊滅的な作用をもたらした。そのひとつが修験道である。蔵王権現は神号にあらため、吉野の山下蔵王堂(金峯山寺)は金峯神社の口宮となり、蔵王権現像の前には幕を張り鏡をかけ幣束を立てた。(明治19年、寺院は復興した。)京都の祇園社は牛頭天王を祀ったが、八坂神社と名前を変え祭神は素戔嗚尊となる。
神仏分離政策は、神道の側にも大きな変容をもたらした。皇室で続いていた仏教的な行事はすべて廃止、歴代天皇の位牌は撤去される。宮中三殿での皇室祭祀が新たに創始された。伊勢神宮の内宮が皇室の祖先神として至高化され、記紀神話上の人物や国家・皇統に貢献した人物を祭神とする神社が創建される。全国の神社を整理統合し、官幣社・国弊社・府県社・郷社・村社と社格にもとづく秩序が編成される。土俗的な信仰が排除され、神社の祭神の多くが記紀神話に登場する神名に入れ替わる。多様な祭祀のなかから産土神祭祀が浮上して、皇祖神を頂点とする国家的な祭祀体系に組み込まれていく。それは前代の迷信や猥雑を否定する啓蒙的な近代化の一面も持った。
神祇官が当初意図したような祭政一致とは異なったが、神道は国教となった。建前として神道は宗教でなく儀礼・習俗とされたが、実質的に宗教として機能し、それをイデオロギー的に補ったのが教育勅語であった。宗教の自由は認められたが、「国家は、各宗派の上に超然とたち、共通に仕えなければならない至高の原理と存在だけを指示し、それに仕える上でいかに有効・有益かは各宗派の自由競争に任された(209頁)」「国家による国民意識の直接的な統合の企てとしてはじまった政策と運動は、人々の『自由』を媒介とした統合へとバトンタッチされた(211頁)」のである。
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遅春
5.0 out of 5 stars 権力の正当性を、記紀の神話の神社神道に求めた薩長政府
Reviewed in Japan on December 23, 2021
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
本書は以下の視野から始まる。
薩長の新政府は権力の正当性を担保するイデオロギーを、古代に天武天皇が権力正当化のため作らせた記紀の<祭政一致の神話神道>に求め、神仏分離令を手始めに神道を民衆に強要し、民俗信仰や真宗派の民衆は抵抗していく。宗教が支配者の秩序や階級身分制を掘り崩すとみると弾圧する、この当たりを戦国時代の一向一揆の時代から順次概観する。
* *
1853年ペリー来航後、支配層は開国か攘夷かで揺れ割れた。支配層とは幕府、各藩、朝廷、大社寺で、農民からの高率の年貢と労役で生活できている者達である。
1858年幕府の井伊大老が開国を断行し不平等条約を結んだ後に、藩内権力を握った薩摩(西郷、大久保)と長州(高杉、山県、木戸)は倒幕へと舵を切る。
慶応3年12月9日(1868年1月3日)の午前、京都御所で朝議が終わり公家が退出したのを待って、藩兵が門を封鎖し朝廷首脳の朝彦親王や二条らの親幕府派の入場を禁止した。西郷らが待機するなか、15歳の幼帝である明治天皇が出席する学問所に出向いた倒幕派の公家の岩倉らが「王政復古の大号令」を発するというクーデターを断行し、夕方から御所内の小御所で幼帝出席のもと、新政府の最初の三職(総裁、議定、岩倉・西郷・大久保ら参与)会議を開いた。
クーデターから鳥羽伏見の戦い、倒幕派官軍の東征をへて、勝と西郷による江戸城の無血開城の交渉が大詰めをむかえ、将軍慶喜中心の政権をめざす幕府派と公武合体派の敗退が明らかとなり、薩長派主導の集権国家構想が優位になった段階の慶応4年(1868)3月13日で、新政府は「祭政一致」と「神祇官再興」と「全国の神社・神職の神祇官付属」と定めた布告を出した。王政復古の大号令に記載される「諸事神武創業ノ始ニ基」づいたのである。
「神武創業うんぬん」の一句を入れたのは岩倉の腹心の国学者玉松操で、記紀の神話記載を古代の律令制下の神祇官(天の神・地の神の祭祀関係を司る官庁で、太政官と並らぶ最高機関)の制度に結びつけたものだ。翌3月14日に、新政府は大多数の民衆を排除して「列侯会議を興し、政治参加は豪農豪商までとし、皇基を振起する旨」の五ヵ条の誓文を、15歳の天皇が天地の神々に誓うという形式で発布した。起草が越前福井藩の由利公正、修正が土佐藩の福岡孝悌、長州藩の木戸が訂正したものだ。
さて、薩長倒幕派は幕府勢力を武力で打倒し新政府を宣言したものの、全国が認める権力の正当性を担保するイデオロギーはなかった。そこで頼るのは、倒幕派の者たちが幼少から藩校で教わってきた身分関係を重視し忠臣を尊ぶ幕府の御用学問「朱子学」と、幕末期に影響を受けた国学(賀茂真淵⇒本居宣長⇒平田篤胤⇒大国隆正)・神道(流派が多数)、水戸学などであった。農民を収奪して生活する支配階層として教育を受けてきた彼らには、それ以外の思想は思いもよらなかっただろう。
こうして、<天皇の絶対性>や<神権天皇制>が権力を正当化するキーワードとなり、それを裏付ける理論が儒学(朱子学)や国学神道になったというわけである。
* *
明治2(1869)年7月に神祇官が太政官の上に立つ過程で、平田派・大国派の国学者や神道家が登用され新政府内で大きな影響力をもつようになった。なかでも平田篤胤・福羽美静(古事記を講義)・玉松操らは、儒教の中沼了三と共に幼帝に教える侍講としても天皇の思想形成に影響力を行使したのである。また1871年に大久保の推挙で侍講になった儒学の元田永孚は、漢学担当として「論語」などを天皇に講義し長く側近として思想形成に大きな影響を与えた。
* *
1869年神祇官に宣教使を設け、翌年に大教宣布(国家と結んだ神道の布教宣言)を発し民衆教化にのりだした。宣教師は71年神祇官が太政官の下の神祇省に格下げされた後、72年に教部省となりその下に置かれた教導職に吸収された。教導職の資格は、大教院で「敬神愛国、天理人道、皇上奉戴、朝旨遵守」という三条の教則と、神徳皇恩、人魂不死、神祭、鎮魂、君臣、父子、夫婦など十一兼題、そして皇国国体、万国交際、権利義務、国法民法、富国強兵、租税賦役など十七兼題の教育を修了した神官・僧侶・その他の者に与えられた。以上が、教導職が民衆に説教すべき内容とされた。
1882(明治15)年に、内務省は「神官の教導職の兼補を廃止し、葬儀に関与しないことを定めた」達を発した。いろいろと問題がおこる教義問答から逃れ、宗教そのものと思われていた葬儀から手を引くことで、国家と結ぶ神道神社を「非宗教」とし、仏教・キリスト教などの宗教の上に位置づけたのである。この通達が国家神道体制のスタート地点である。
政府は、国家の制度上のタテマエとしては儀礼や習俗だと強弁し、祭儀へと後退した神道を、イデオロギー的な内実から補ったのが教育勅語である,p209。
こうした国家の宗教=国家神道の超然的位置は、とうぜん、その教典=教育勅語に受け継がれる。教育勅の共同執筆者・井上毅が言う「この勅語は世のあらゆる各派の宗旨の一を喜ばしめて他を怒らしむるの語気あるべからず」という原則によって作られた。
また、この達をきかっけに、独自の教義をもつ神道の集団は、政府の手を離れ教派神道として独立し13派が公認された。秩父事件が起きたのが1884年、この年に教導職は廃止された。
* *
1889年、神権天皇制(第1,3条、告文)と天皇絶対性の基盤(第1章、告文)を定めた大日本帝国憲法を発布。最終草案は伊藤(出身は長州藩、渡欧米の経験)、井上毅(熊本藩、渡欧)、金子堅太郎(福岡藩、米留学)、伊東巳代治(長崎の町年寄、英語を学び伊藤首相の秘書官)らが作成した
翌90年、元田永孚(熊本藩・洋行経験ない)と井上毅(熊本藩時習館で元田の後輩)が作成した教育勅語を天皇名で発布。
これ以降はこれまでとは段階を画した<天皇絶対性>と<神権天皇制の基盤>の民衆への教化が、国家宗教としての神道(神社の祭祀・儀礼、神社崇拝、神社制度)の浸透を通してなされることになる。国家神道の事実上の経典「教育勅語」とそれを解説する修身科、国史、国語、唱歌、学校儀式や、聖像である御真影(天皇皇后の写真・コピー)への最敬礼などの身体的動作などが子どもに強要されていく。
本書は、憲法と教育勅語の原型を、幕末期の国学勢力の隆盛、儒学、王政復古の「万事神武創業ノ始ニ基キ」以降の神道の強要、真宗・民衆の抵抗、西欧文明の取り入れ、これらを対立、抗争、妥協、恭順、生き残り策などの関係において探っていく、気力横溢45歳の著者の力作かつ名著。
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MACPAUL
4.0 out of 5 stars 余り歴史上語られることのない日本の宗教戦争
Reviewed in Japan on July 26, 2018
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
まだ設立間もない明治政府がその権威を維持・拡大し、何とか政権を存続させるには朝廷を精神的支柱とした宗教的背景が必要で
あり、その為に新政府は神道を国民の間に浸透させるべく、「神仏分離」と「廃仏毀釈」を推し進めることになる。その背景、意味合い、
仏教側の激しい抵抗、そして国民運動としての仏教への強い支持、結果として短いこの一種宗教戦争は幕を閉じ、日本人は曲りなり
にも信教の自由を確保することになった歴史的流れが良く理解できる名著である。あまりにも短い期間に起きた事件であり、結果ある意味
大きな革命的結果を迎えなかったということもあるのか、この歴史は今日本人の中で大きく取り上げられることはそう多くない。だが、
近代日本人の精神的・宗教的基礎が築かれる大きな切っ掛けとなった運動であり、その意味合いは限りなく大きいことを
少なくとも私は認識させられた。
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ぐっジョ~
4.0 out of 5 stars 神仏習合に慣れた大衆の戸惑い
Reviewed in Japan on May 20, 2019
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
神仏分離、廃仏毀釈がどのように行われたのか興味あり購入した。維新政府は国民の求心力を得るため、国学者らの意見を取り入れ祭政一致を掲げ、そこに国家神道を持ち出した。キリシタンと一向宗をかなり警戒していたのもよくわかります。ただ民衆にとって神社とは八百万の神を祀ったもので、千年もの間の神仏習合に慣れており、抵抗感はあったようです。また神仏分離の具体的勅令はあったようですが、廃仏毀釈の方は各地で発生した急進派による運動であった。それも5年ほどで収まったことがよく理解できます。
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SYU
5.0 out of 5 stars 明治政府の本気でない国家神道
Reviewed in Japan on June 3, 2023
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
明治政府にとって国家神道は民衆統合支配の一つの素材であって、神話以来の天皇制度を信じていたわけではなかった。それゆえ真宗派の逆攻勢で、ファンダメンタルな神道主義者を擁護することもなく、明治政府は真宗派のお金を選んだ。
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あっしゃん
5.0 out of 5 stars 良い本だ
Reviewed in Japan on May 14, 2021
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神道が何も古代から続く日本の宗教という訳ではないことを納得させられた。
元来宗教として未発達だとの認識は有ったが、明治初期に新たに編成し直そうとして失敗した経緯がよくわかった。
続けて、国家神道の成立過程を学ばねばと強く思った。
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にほ
5.0 out of 5 stars 迅速な送付でした。
Reviewed in Japan on April 27, 2020
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
良い本です。
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sangolow
5.0 out of 5 stars この国の文化を見直すきっかけになる。
Reviewed in Japan on April 23, 2017
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
私には以前、神社と寺の違いがわからないという外国の友人がいた。そんなものは鳥居だ注連縄だなんだでわかるだろうと思っていた。
しかし間違っていたのは私の方だった、完全に騙されていたのだと気付いた。
近年の社会の右傾化、とういう表現は嫌いであるが、日本の伝統を重んじる傾向の中で明治維新から戦前までをやたらに称賛する傾向があるけれども、帝国の精神的根幹であった国家神道がどういった中で発生し、横暴な歴史の書き換えを行ってきたか、そこにどんな必要性があってのことであったかなどがまとめてある。
戦前の日本は美しく立派な国であったと考える方にこそ向き合って頂きたい良書である。
私自身も少し前までは戦前への賛美が過ぎた部分はあり、この国の本当の伝統とは一体何なのか、「美しい国ニッポン」とは一体何なのかを自分の頭で考えるきっかけになることだろう。
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Amazon カスタマー
1.0 out of 5 stars 久々に全部読む前にギブアップした
Reviewed in Japan on February 25, 2022
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
高評価多い割には解り難い
廃仏毀釈について知りたいなら別の本でも良いと思う
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秋間の爺
4.0 out of 5 stars 神仏分離と廃仏毀釈の騒動をルポルタージュのように追跡
Reviewed in Japan on August 27, 2012
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
明治政府は、薩摩藩と長州藩が中心となって行ったクーデターによって成立した政権。中国の史観によれば、(徳のある王による)王道による政権では無く、(武によった)覇道によるものであった。その覇権の正当性は天皇家を戴く以外には方法が無かった。その明治政権の中枢を実質的に担う1ダース前後の指導者達が、恐れたのはイエスを最高神として戴くキリスト教会の広まり→民衆の離反であった。幕末から明治の初期に起こった神仏分離や廃仏毀釈の運動は、これら明治政権の主導者達の恐れの帰結であった。
安丸氏の分析は、明治初期に日本の各地で起きた(国家神道を主導する人々が巻き起こした)神仏分離と廃仏毀釈の騒動をルポルタージュとして追跡するといるミクロの手法を執りつつ、覇権を握った政権のリーダ達の孤独と脅迫観念に踏み込んで鋭く考察した文章は、感銘深い。
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鈴木建夫
4.0 out of 5 stars 日本人の宗教心について考える
Reviewed in Japan on December 23, 2010
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
「神々の明治維新」の著者・安丸良夫は,“はじめに“の最後に,「日常的には神社崇拝とはほとんど無縁な私たちではあるが,元旦や結婚式や家屋の新築などに関しては,神社の世話にならないと,内心におちつきと安らぎがえられないらしい.これらの宗教的行為がふかい宗教性なしになされる社会体質をつくりあげた諸契機を知るには,神仏分離と廃仏毀釈につての歴史的考察は,ささやかな手がかりを与えてくれるものと信ずる.」と言う趣旨のことを書いている.
明治維新における神仏分離と廃仏毀釈に関する,私にとってショッキングな事件は,奈良・興福寺の僧侶が寺を捨て一人残らず春日社の神職になった事である.例えば,イスラム軍団に包囲されたエルサレムのキリスト教神父が,全員翌日からイスラムの導師なるなどと云うことはあり得ない.日本の宗教はそれとは違うとすれば基本的にどこが違うのか.明治の庶民は上記の様な事件をどう受けとめていたのか.明治維新の廃仏毀釈以前は,徳川幕府の宗門改・寺請制度によって,寺院は幕府権力の末端機関・戸籍係としても機能していた事とどう関係するのか.自己の信仰の中で,一般庶民は宗門改や寺請制度どのように受けとめていたのか.この様な興味から,私にも流れている日本人の信仰心を,どう捉えどう育てて行くかを考えるとき,明治維新における神仏分離と廃仏毀釈のドタバタ騒動を本気で,心で勉強する必要を感じています.
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仏様
5.0 out of 5 stars 仏様
Reviewed in Japan on September 20, 2017
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
日本で宗派別の信者数は、創価学会(日蓮宗)ではなく真宗が断トツ日本一の数である。本書から、一向宗と呼ばれて来た長い歴史の中で、仏教が生抜いて来た最も困難な明治初頭の時代を乗り越えて、もちろん宗徒の多さからの明治新政府への金銭的な貢献を抜きには語れないだろうが(世は金次第)、仏教が衰退する現在までの隆盛は見事と言うほかない。印象個所を少し書いておく。権力者の自らの神格化は、信長の時代から、秀吉、家康も続き、地方大名まで広がる。儒教が独立的教説として日本で導入されたのは、16世紀末からとのこと。また同時期に祖霊祭祀と仏教との結びつきから「仏壇」も成立している。廃仏毀釈の事例として、興福寺、北野天満宮、石清水八幡宮、比叡山坂本の日吉山王社などの代表例として挙げられている。武蔵御岳社、江嶋神社、明治初期に神社の多くが創建された。楠社として湊川神社、白峰宮、東京招魂社、豊太閤社、建勲社(織田信長)、明治天皇の教育掛りとして、国学者を動員(平田銕胤、福羽美静など)。廃仏毀釈への抵抗も相当あった。吉野山、出羽三山、富士講、竹生島、神田明神、民俗信仰のへの大弾圧。仏教行事への抑圧。浄土真宗の島地黙雷の近代化路線に沿った改革による、権力に寄り添いその妥協により矛盾だらけであったが、真宗を生き延びさせた。西周、森有礼、加藤浩之など西洋かぶれの啓蒙主義者の「信教の自由論」も、外国にいい顔をしたかっただけのようで、所詮は皇道主義や帝国憲法下の枠の中での限界があった。神道の国教化政策は一面では失敗したが、井上毅の作案した「教育勅語」により、国民大衆の国家への忠誠を尽くす、あらゆる宗派の上に立つ価値観を植え付けることに成功したのだった。その延長に「戦陣訓」があり罪深いというしかない。
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onoe
1.0 out of 5 stars 難しい
Reviewed in Japan on March 7, 2020
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
内容が難しくて挫折
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Amazonカスタマ一
5.0 out of 5 stars 明治維新の本質に迫る
Reviewed in Japan on October 22, 2024
Format: Paperback Shinsho
黄版は久し振りかな。最近になって廃仏毀釈関連の本が何冊か出ているのでそっちを読もうと思ったら、その著者がこっちを薦めてたので先に読んでおこうかと。
明治維新の動乱期については歴史に興味があってもなくても大体の日本人が概要を知るほどには有名である。坂本龍馬やら西郷隆盛の名を知らない人はいないだろう。しかしながら神仏分離についてはあまりよく知られていないような気がする。この本では幕末より以前の日本における神仏混淆の歴史と以後に実施された神仏分離、寺院整理についての事例を紹介し、祭政一致をかかげ神道国教化に向かった理由などが考察されている。当然ながら維新の背景には西欧諸国への対抗が掲げられており、浦上信徒弾圧事件に見るように勢力を伸ばすキリスト教に対する免疫的な意味合いも強かったと思われる。
明治維新を考える上でこの神仏分離こそもっとも重大な事柄であったと思うのだが、日本史や大河ドラマでは神仏分離の必然性が語られることはない。これを知らずして明治維新を語るなど本来は本末転倒なのである。今もなお燻り続ける靖国神社(東京招魂社)の歴史もこの時から始まっている。近年タリバンがバーミヤンの仏像を破壊し取り沙汰されたが、明治の日本で起こった廃仏毀釈はその比ではなく苛烈なものだった。だが神仏分離は仏教の完全排除を目的としていなかった点で異なる。それでも廃仏毀釈が起こったわけは、長期にわたって仏教職の下に置かれ冷遇さていた神道職の復讐や国学派の強硬などがあったからである。政府主導で寺や仏を叩き壊し焼き払ったというよりも、過激派の一部が増長して廃仏毀釈は実行された。やりすぎた過激派は後々処罰されていたりもする。神仏分離は仏教だけにとどまらず、各地に存在した俗信の対象となった祠などを淫祠(いんし)としてその排除にこそ力がそそがれており、地域差はあれども無数の信仰対象がその姿を消すほどには深刻であった。そしてその代わりとして神道の神々をあてがい崇めさせたのである。その結果失われ歪められた民俗信仰は二度と戻らなかった。
重要なのは明治政府が持ち上げた神道とは神武天皇以来の神道をさしており(王政復古の大号令)、明治になるまで広く民間で信仰されてきた曖昧な神道とは異なっている点である。つまり神道原理主義ともいえる新宗教に近い。この祭政一致政策は1945年の敗戦まで100年近く続き、その後も天皇を象徴とし続けることによって紡がれているが、それを日本古来からのものとすることには違和感しかない。
経緯がよくまとまっている本だったが、普通に古文を引用してくるので読解には骨が折れた。あと宗教用語が多くてkindleで辞書を引いても読めない単語が複数あった。しかしこれで基礎知識は付いたはずなので心置きなくこの方面の本が読めそう。皇居前の楠木正成像の謎が判明したのと、水戸黄門こと徳川光圀の知られざる一面を知ることができた。水戸学についても大いに興味をそそられた。
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白河夜舟
5.0 out of 5 stars 廃仏毀釈はどのように進められたか?
Reviewed in Japan on December 30, 2014
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
廃仏毀釈はどのように進められたか
自然の風物を別とすれば、日本の各地を訪れた時に見るべきものは古来の神社仏閣である。そのようにして神社仏閣を訪れるたびに、すべてが破壊されたのではなく何がどのようにして残ったかが疑問として残った。つまり廃仏毀釈の実態を知りたかった。それが維新以前から台頭していた儒学者による復古主義に根差し、地域差が大きかったこと、また天皇主義を旗印とする明治政府といえども明確な廃仏毀釈の大号令を発し得なかったことが理解された。仏教はその日本的形態において日本社会にあまりにも深く浸透していた。古文書に密着して、地域ごとの変動を例示する本書は、新書でありながら専門の領域に踏み込むもののようである。冒頭に述べたような関心から本書を紐解く者には、読みやすくはなくとも蒙を開くには十分であった。維新史を民衆の意識レベルで読み解く著作でもあった。
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WildHorse
5.0 out of 5 stars 日本における宗教の力は大きい
Reviewed in Japan on March 6, 2015
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
資料の引用に現代語訳がないので、古文が読めない私には骨が折れました。廃仏毀釈というのは明治新政府が天皇を現人神とする国家神道を創り上げるために号令をかけて行ったものと単純に考えていましたが、実際にはかなり複雑な背景を持っていたことがわかりました。江戸時代は仏教が幕府に優遇されて、寺や僧侶が増えすぎて、仕事をしない僧侶の存在が地域のお荷物になっていたことや、神職が僧侶の下位に冷遇されていたことで、不満が積もっていたことも背景にあるようです。明治維新に限らず、宗教というのは常に為政者にとって脅威であり、廃仏毀釈に限らず、キリシタン弾圧をはじめとし多くの宗教弾圧が行われてきたことが序盤に書いてあり、日本は無宗教どころか宗教が歴史に常に大きな力となって働いてきたことがわかります。また、大戦中に仏教界が戦争協力をしていたことを非難されることがありますが、歴史的には仏教界は弾圧を逃れるために権力側におもねねばならず、やむを得ず教義を変えることも多かったようです。さすがに、大教院で増上寺や真宗管長が本尊を撤去したり降神の式を行ったのは当時の人もあきれ返り、「宛然タル一大滑稽者場」「真ノ妖怪集場」などと非難を浴びたようです。
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はんちゃん
5.0 out of 5 stars 目からウロコです。
Reviewed in Japan on July 18, 2014
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
日本の伝統文化を語るのであれば、必読書だと思います。
古代から連綿として受け継がれてきたという表現を良く見かけますが、明治維新は精神、文化をも近代国民国家へと変貌を遂げるものであったことが良くわかります。
そして、それは明治維新よりずっと早くから始まっていたのです。
新書ながら、豊富な資料を駆使した専門書なみの内容です。
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浅見 孝男
5.0 out of 5 stars 明治の宗教政策
Reviewed in Japan on January 29, 2013
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
昔、昔、教科書で廃仏毀釈を読んだことが思い出されました。どの程度の問題か、学生には分かりません。今頃の年になって、その影響の重大性に、改めて認識させられた、今回の書物です。日本人は、明治になって変わってしまった原因の一つに、この問題があるのかなと推測しています。宗教音痴の日本人とよく言われてきました。でも、そんなことはなかった。そうなったのは、それなりの原因があった。日本自身がその原因であった。今更昔に戻れないが、何か真剣に考えないと、現代の日本人は、訳もなく意識が流されていくような予感がする。早く気が付かなくてはならないででしょうね。
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Footworker
5.0 out of 5 stars 明治維新の廃仏毀釈への批判
Reviewed in Japan on May 10, 2020
Format: Paperback Shinsho
明治維新前後の廃仏毀釈を批判的に考察している。仏教、寺院を廃して、さらに地域に根付いていた様々な信仰も捨てさせようと、明治政府の神官が画策して、国体神学に没頭した役人が地方、中央で廃仏毀釈を先導した。
明治維新は江戸時代までの旧弊を打破したような美談として語られることが多いが、実はこの時に文化の多くが破壊され、信仰の多様性も奪われたことがわかる。当時、国体神道が突如、強制的に持ち込まれ、民衆、寺院は一時は暴力の前になす術がなかったが、様々な方法で信仰を守ろうとした。じきに政府の方針としても激しい廃仏毀釈運動は批判の対象となった。
暴力に訴えたこともあるが、吉野の金峰山寺や東京の神田明神のように信仰の実態を無視した浅はかな運動だったため、民衆の支持は得られなかったのが大部分のようだ。
しかし、江戸時代まで続いた様々な信仰は下火になったのは事実あるようで、信仰心の土台となった仏像や祠、氏神が破壊された民衆の心理的ダメージは想像にあまりある。廃仏毀釈は最終的に神道をも批判するに至るが、民衆から信仰そのものを奪ってしまい、日本全国の文化を改変してしまったと言える。本書では最後に国体神道の考え方は学校教育の教育勅語に引き継がれたという(作成した井上毅はどの宗教にも公平にという条件付きだったが)。
現政権である安倍内閣はじめ自民党員が、明治維新、明治時代を礼讃して神道、国体に傾倒している。教育勅語は国体信奉により太平洋戦争に駆り立てた大衆教化の根源であった。現在、1948年に廃止されたものをアレンジしてまた復活させようとする動きもある。
本書は明治廃仏毀釈という歴史の一時から、現代政治の暗部を照らし出してくれる。1979年刊行だが、2016年10月で第24刷となり長らく読み継がれている理由がよくわかる。
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某々
5.0 out of 5 stars 廃仏毀釈について、背景や実態などをさまざまな資料を使って説明している
Reviewed in Japan on February 20, 2022
Format: Paperback Shinsho
明治維新に伴うは、なんとなく知っていたが、その背景や実態などをさまざまな資料を使って説明している。明治政府の権威付けのため、また、それに便乗した神道勢力の言動が実証的に解説されていて、そんなことがあってのことだったのかと、知らないことが多く興味深く読んだ。
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志村真幸
4.0 out of 5 stars そこで行なわれたこと
Reviewed in Japan on July 9, 2016
Format: Paperback Shinsho
著者は日本近代思想史の研究者。
本書は、1979年に岩波新書として出たもの。さすがに古さを隠せない部分もあるものの、廃仏毀釈に関する入門書としてはいまも有用だろう。
廃仏毀釈に至る前史を示し、実際にどのようにして政策が進められたか、さらに各地で勃発した事件を紹介し、民衆にとってどのような意味をもったかが考察される。為政者のことだけではなく、各地で政策に乗っかるようにして起こった権力争いのことにまで筆が及んでいるのが興味深い。
それにしても、廃仏毀釈によって失われた文化財のなんと多いことよ……。
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kaizen
5.0 out of 5 stars 天皇制を考える際の基礎資料となるかもしれない。
Reviewed in Japan on October 7, 2012
Format: Paperback Shinsho
織田信長,豊臣秀吉,徳川家康の宗教政策を前史とし、明治維新とともに起きた神仏分離と廃仏毀釈について、深く,広く紹介している。
いろいろな場所に行き資料を拝見したり,いろいろな人にお会いしお話しをお聞きすると、腹に落ちて納得できることも多そう。
あちこちに行きたくなる本です。
参考文献も多く,時間をかけて勉強してみたい。
天皇制を考える際の基礎資料となるかもしれない。
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ふぁんどり
3.0 out of 5 stars 長きにわたって版を重ねているようですが……
Reviewed in Japan on December 12, 2016
Format: Paperback Shinsho
著者は、明治維新を期に日本人の信仰は全く変貌したという。
明治の初めに、新政府に連なる神道家によって行われた廃仏毀釈と政府自身の手によって進められた土俗的な信仰の抑圧によって、日本人の宗教生活と伝統は全く再編されてしまった。現在見られる神社神道は、この時期に成立したものであるというのだ。
強権的に明治政府が推し進めた神道国教主義は、一見復古的とみえて新たな伝統の創造であった。明治の初めには、数多くの神祠が合祀され、国家が格付けする村社に統合されている。そして明治政府は、南朝功臣などを新たな神として積極的に顕彰した。
また本書では、浄土真宗が政府によく抵抗し、その信仰を守ったことが紹介される。
近代化を図り、国家間の競争のただ中へ漕ぎ出したばかりの日本という国家と日本人が、いかに「国民」という自我を得ることに苦悩したか。本書からその一端が垣間見える。
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おじさん
4.0 out of 5 stars 日本人頽廃の起源
Reviewed in Japan on February 17, 2013
Format: Paperback Shinsho
本書は明治初期の宗教政策について、中央・地方それぞれの展開と帰結を跡づける。
本書を読んで思うことは、日本人の精神的頽廃は、この時期の国家神道化に始まったのではないかということである。
世上よく言われる「神仏分離」や「廃仏毀釈」という言葉やイメージでは事態の本質と問題は見えない。修験道は現在も継続されているし仏教も廃滅されず民俗行事も復活した。「廃仏毀釈」が大々的に行われた地域は局所的であった。しかし著者も言うように見過ごしてはならないことは、この経験が日本人の精神に深い断絶をもたらし、決して元に復したのではないということである。
本書で取り上げられている、新潟県蒲原郡を「教導」した宗教政策官吏の報告にあるように、地域民衆の信仰とは全く異なる信仰を強制していった事例にこそ事態の真の本質がある。
地方の神社に行くと、オオナムチやスサノオやアマテラスといった記紀神話の神々と知らない名の神(それが本来の信仰対象の国つ神)が合祀されているのが普通だ。うっかりするとオオナムチやスサノオやアマテラスといった神も古来より信仰されていたと誤解する。その合祀の経緯は由緒書き等では触れず、国つ神について全く触れていないのが普通である。しかし、おそらくは合祀は明治以降、せいぜい近世後期の国学者の手によるもので、その地域の古来よりの信仰形態ではなかった。私は古来より民衆の尊崇を集めていた土地の神には民族の尊い記憶として敬意を表し古えの地域民衆の精神遺産に思いを馳せるが、記紀の皇統神が合祀されているのを知れば気分がゲンナリし柏手を打つ気にならない。いみじくも本書の地方官の報告にあるように神仏分離と国家神道の神々への礼拝の強制が地域民の道徳心の退落をもたらしていると嘆いているのは、けだし当然であろう。
その後、終末論的流言や開化反対の散発的一揆を起こすが、大多数の民衆は国家神道に迎合し宗教的内実を失った内面生活へと「近代化」していく。反権力的な祝祭性や連帯性を担った民俗信仰は乞食や猥褻と同次元の否定性を負わせられ、専制啓蒙主義的政策の下で自発的にその内実を変えていく。真宗門徒のみ明白な抵抗を行うが、東西本願寺自体は神祇信仰を認め国家権力に追従していたため、真宗の内村鑑三不敬事件的なことは起こらなかった。そのあたりの民衆の心性変化について本書は示唆するのみで詳説はしていないが、日本人の内面的な自律性や道徳心の喪失は本書の扱った明治初年の宗教政策によりもたらされ、それらを国家が吸収することを天皇制国家は「成功」したと言える。
本書を読んで絶望するのは、いくら宗教史や民俗学を学んでも、各地の神社仏閣や民俗信仰を旅して回っても、もはや我々には近代以前の民衆の心は理解不能になっているのではないか、それほどまでに明治以来の国家神道化は昔日の日本人の姿を根本的に変えてしまっており、なお現代日本人を規定し呪縛し続けているのではないか、ということである。
自称他称「暴走老人」が「日本人の精神的頽廃は現憲法にある」と国会質問の場で持論展開されたようだが、国家が崩壊した途端に総アプレゲール化した旧大日本帝国臣民の精神は健全だったのか? 平和愛好や人権尊重の精神が皮相であるにしても全国民の総意に近いものになっているのも現憲法の頽廃作用であるのか? 現憲法の精神が時流によって一気に覆るとは思えないが、それも天皇制への迎合と同じく大勢順応的(「かのように」)なものに過ぎないかは、考えるに値する課題であるし、本書が歴史的に提起した日本人の精神構造に関わる大きな問題である。
本書は刊行から30余年も経過しているが、今なお輝きを失っていない。それは、日本人の精神的頽廃の淵源が天皇制国家神道の成立過程にみられるということ、「近代から現代に連なる日本人とは何か」を歴史的に再考させてくれるからである。
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akashishiuenomaru
5.0 out of 5 stars 明治維新を担った新政府の新しい宗教思想イデオロギー建設の舞台裏がよく分かった!!
Reviewed in Japan on September 24, 2018
Format: Paperback Shinsho
本書「神々の明治維新」によって明治維新を契機に起きて来る神仏分離と廃仏毀釈のあらましを理解する事が出来ました。明治維新では、日本の新しいナショナリズムの核となった天皇を奉戴する国体神学理論建設が求められ、その性急に進めて行った一連の流れがよく分かりました。舞台背景に「水戸学や後期国学に由来する復古思想が、幕末維新期の対外的危機のなかで」危機意識の表出として様々な対応実践を行なって正統性を獲得してゐたといふ筆者の状況認識は確かなものであり、本書はそこから展開されて行った概要が本書の内容でありました。始めは、筆者が明治政府に対してかなり一方的な批判者ではないかと警戒して読んでゐましたが、読み終ってみればニュートラルなフェアな姿勢をずっと堅持されて居り、好感の念を持ちました。一読して氣づきましたのは、新政府は神仏分離を意図してゐても廃仏毀釈を積極的に進めたかったわけでなく、国体神学を高揚させたかったのであり、それが一部の急進主義者のオーバーランを招いたといふ事です。唯、急進主義者にはあるべき理論や体制が十分に検討されてゐたわけでなく、改革を推進しながら同時に構築してゐたやうな状況も理解できました。又、筆者が総論で述べてゐる通り神仏分離の国体神学の新展開の前と後では、日本の信仰思想の世界に埋め難い溝が出来上がったといふ見解には同意します。更には、啓蒙主義的な政府の姿勢が民俗信仰への無意識的な軽視、蔑視があったとの指摘には鋭いものを強く感じました。そして、国体神学をどう考へ、どう捉へるべきかが筆者の静かな問ひ掛けではないかと私には思へて来ました。当時は未成熟だった国体神学はどうなる事がよき事だったのか?本書は、現代日本の信仰と思想と民俗の前提を問ふヒット作だと私は思へてなりません。
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Amazon カスタマー
4.0 out of 5 stars よかったです
Reviewed in Japan on August 24, 2016
Format: Paperback Shinsho
期待どおりで、良かったと思います。これからも続きをよみたいです。
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Amazonのお客様
5.0 out of 5 stars 「神々の明治維新」書評
Reviewed in Japan on October 10, 2010
Format: Paperback Shinsho
著者の安丸さんの著述のうち特にこころに残ったのは、
人間の「幻想形成能力」という点である。
文中にはたびたび登場するこのキーワードを解説すると、人の持つ価値観、例えば宗教や倫理観、道徳と言った種々様々の価値体系すべては相対的なものでありその前提が破壊されたとき容易に「その幻想をぶち殺される」という事だ。
そのように脆弱な幻想によって支えられている宗教だが、その幻想が幻想と思われていなかった時代、すなわち前近代における人間の価値観というものは近代的理性の果実を得たわたしたちには正確には理解できないのかもしれない。
本書で扱われているテーマはそんな幻想が素朴に信じられていた時代が唐突に終わりを告げて、相対化と絶対化の両面に推し進められていく近代の始まりの部分における日本人の精神である。
そこで発生した変化は、単に廃仏毀釈、神仏分離という見た目の現象からは想像し難いことだが、日本人の精神史において現代に至るまでの一種のトラウマ(こころの傷跡)だったのではないか、というテーゼである。
その変化について著述のうちから私は正確には読み取れなかったが、日本人の精神の外部からの圧力が否応なく意識され、そこから発生する恐怖や信じること自体に対する疑いの念に通じるのではなかろうか。
かつて私たちの先祖は恐るべき宗教心を持っていた。戦国〜近世にかけての、一向門徒の反体制的集団行動やキリシタンの強信的殉職行動などを見るにつけて日本人は本来、非常に敬虔な、というより熱狂的な宗教心を持っていたのだ。
現在、そうした熱心さを持って信じられているものというのは、個々の問題へ拡散し、新興宗教や自己啓発といった一種の宗教的価値体系に掠め取られているように私は思う。
あるいは文化の面においてをも、日本人は強信的になにかを担ぎあげていはしないだろうか。いわゆる社会現象となるほどの文化的熱狂を私は何度となく見てきた。
要するに、日本人の信仰心は失われてはいない、がその信仰心の現れ方が非常にナイーブで内向きなものに変わっているのではないだろうか?
私は現代日本人はそうした宗教心を自ら認識し、その幻想をぶち殺す必要があるのではないかと疑っている。それがもたらすのは内的煩悶ではあるが、何も考えずにただ盲信していることに比べればはるかに文明的ではないかと思うのだ。
もちろん、日本人が文明化される必要性すらもただの幻想ではあるが、世界的な潮流の中で日本人が日本人として生きていくためには、一度そうした価値相対化を経るべきだと思うのだ。
Q.E.D.
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提灯🏮大鮟鱇
5.0 out of 5 stars 歴史研究のだいご味を味わえる 明治の国教イデオロギーの生成と失敗そして混迷へ
Reviewed in Japan on January 21, 2016
Format: Paperback Shinsho
歴史書を読むことの意義は、それを学ぶことで現在の情況認識・価値判断を相対化できることではないでしょうか?
現代日本の靖国問題、道徳教育復活論などへの視点になると思います。
以前、パリの中世美術館を訪れたとき、フランス革命のときに革命派によってギロチンで首を斬られたカトリック教会の聖人の石像が多く展示されていました。最近では古代の遺跡を爆破するイスラム過激派とかがありますが、政治・社会が大きく変動するとき、このような運動は避けられないのでしょう。
廃仏毀釈と上からの神道国家主義は結局失敗に終わりますが、その失敗を塗布するための開明主義推進は、末端の民衆の宗教意識の空洞化を招き、ひいては『進歩的知識人階級』と『愚民』の孤立から国民の不安・不満意識が潜在化し不合理な噴出を誘う精神状況を生む。この辺は新宗教、大本教を取り上げた『出口なお』に連なるのだと思います。
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一遍堂
3.0 out of 5 stars 明治維新の見方が変わる
Reviewed in Japan on August 1, 2014
Format: Paperback Shinsho
日本の長い歴史の中で新しい権力者が、すでに民衆から広く信仰されていた宗教を広範に規制しようとしたことは無い。特定の宗派はあった。一向宗や日蓮宗の不授不施派。でも限定的だった。キリスト教は例外だ。だが外から来て広まる前に禁教とされた。それを破ったのは明治政府だ。仏教を圧迫した。仏教も外から来たがその導入は数世紀以上かけたものだった。徳川時代にすっかり骨抜きにされたにせよ仏教は日本人の精神世界や世界観を支えてきた。仏教だけではない。日本各地のささやかな民間宗教も。明治政府は全国で数多くの寺や祠を破壊し、新しい宗教(国家神道)を強制した。新しい神社も作られた。本書はそのプロセスを明快に描き出す。廃仏毀釈で日本人の中の宗教的な何かが失われたと著者は言う(どう変わったかについての説明はない)。だとすると今の我々の世界観もそのことで影響を受けているはずだ。政府にそんな大権を与えたのは誰だったのか?政府を牛耳る明治の元勲と呼ばれた小グループの権力者たち。維新の志士の生き残りだ。彼ら自信だった。日本の偉業だとかアジアの奇跡だとか言われる明治維新は見直す必用があると思わせてくれる本だ。
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ソコツ
5.0 out of 5 stars 何がこわされ、何がつくられたか?
Reviewed in Japan on November 2, 2007
Format: Paperback Shinsho
神仏分離・廃仏毀釈論の古典。初版から30年近くたってなお、近代日本の「宗教」について考えるにあたりまず参照されるべき基本的な文献の一つとなっている。せいぜい200ページくらいの本の中に、とりあえず必要な情報がぎっしりと、しかもわかりやすくまとめられている、といった印象で、やはりすごい。
図式はシンプル。西洋≒近代のインパクトを受けた明治政府が、国家規模の急速な文明化を推進し、と同時に強力な国民統合を達成しようとするなか、日本の正しい「宗教」と誤った「宗教」との間に明確な区別が設けられ、神社≒神道および皇統崇拝を核とする前者がイデオロギー的に再構築される一方、民衆の素朴な神様仏様の複合体からなる後者は「迷信」や「淫祀邪教」とされ廃絶に追い込まれる、という構図である。そして、前者はむしろ「宗教」であることを隠蔽し国家の「祭祀」としてすべての「宗教」に優越する何とも定義しようのない制度と実践の集合体へと変貌し、国家の邪魔にならないように雑多な要素を抑圧し近代化された各種の「宗教」がその集合体に対する貢献の度合いを競い合う、という状況が整備されることで、近代日本の「宗教」をめぐる前提はおおよそ出来上がった。
ということで、「神仏分離」といっても、もともと統合されていた「神仏」を「神」と「仏」に二分したというよりは、《皇祖神>皇統>歴代の忠臣>村落の氏神(祖霊)》という新たなる「神」の階層世界が生成するなか、「仏」も個人の内面性を重視する近代的な「仏教」として啓蒙化されつつ生れかわっていったのであり、また「廃仏」といっても、廃されたのは「仏」のみではなく、「国家によって権威づけられない神仏のすべて」であった。村落民の「欲求充足」の媒体であり彼等の霊的な日常生活を構成していた「民俗信仰の世界は、意味や価値としての自立性をあらかじめ奪われた否定的な次元として、明治政府の開化政策にむきあってしま」ったのである。その否定され破壊されたものたちは、その後に「廃仏」の嵐がひくなか多かれ少なかれ再興されていったとはいえ、もはや、もとのようにはありえなかった。
日本人の「宗教」としてしばしば「神仏習合」がいわれ「神道」と「仏教」が分け隔てなく信仰されると共に、「キリスト教」や「新宗教」がまた別の役割を果たしている、などと論じられる。あるいは、そうした確固たる形式を備えた「成立宗教」とは異質の「民俗宗教」の領域が、日本人の生活を昔から根深く規定してきた、などと論じられたりする。が、そういったもの言いは、あくまでも近代の国家的な「宗教」政策/抑圧/改変を経た後に、さらに戦後になりその国家主義の反省が行なわれ「日本人」の「宗教」に対する見方が変わっていくなかで初めて可能になった論調であり、かなり短期的なスパンでしか通用しない語り方なのではないか、と、本書を読めばきっと思えてくるはずである。
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Vision 2020
5.0 out of 5 stars 近代日本人の精神性に与えた影響
Reviewed in Japan on March 30, 2007
Format: Paperback Shinsho
中澤新一『森のバロック』(講談社学術文庫)で引用されていたので興味を持ち読んでみました。
時代を通じて宗教の持つ威力を時の権力はどう感じていたか、どう対応していったかが具体的な事例を豊富に紹介しつつ解説されています。特に、仏教だけでなく神道でさえも(それが天皇の筋につながらなければ)敵視されていった経緯が非常に興味深かったです。これは渡辺京二氏がその著書『北一輝』(ちくま文庫)でも強調していますが、天皇の神格化は明治政府を正当化するために必要な手段であったとともに、権力者が欲した精神的なよりどころとしての意味も強かったのだろうな、と得心しました。
根強く支持されていた土俗の風習や宗教が、権力によって抑え込まれつぶされていき、結局は庶民の宗教心の風化を招き、現代の無節操な信仰心のうすい国民をつくりあげていった、ということを著者は示唆していますが、果たしてそうなのか、他にも原因があるのか、考えさせられました。
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johnny walker
4.0 out of 5 stars インド本国における神仏の関係にも触れてほしかった。
Reviewed in Japan on June 15, 2019
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
「神仏分離と廃仏毀釈」は、「明治維新」に際して、一部の国学者(神道勢力)が
国家権力と結びついて挙行した、一時的な廃仏政策だったのだが、その間、
仏(ほとけ)と共存してきた古来の神々を祀った社(やしろ)もまた、壊滅的な
被害に遭ったのである。
だが、破壊されたのは、目に見える、寺であり、社であって、「仏」そのものでは
ないし、「神」ですらない。政治家が命令して壊せるのは建物であり、僧の地位や
権利に過ぎない。
そもそも、「神」と「仏」は、なぜ、分離しようともくろむ者が登場するほどに、
分離していなかったのか。その訳は、たんに、仏教が日本に伝来して、神道との
共存を始めたから、という日本宗教史上の事情に因るのではない。
もともと、仏教の国、インドでは、「仏」の説法に感動して帰依したいと願った
梵天(ブラフマー)という「神」の一人(「天」とは「神」と同義)を、仏弟子
(仏陀に帰依する者;仏教徒)の草分けとしているのである。
インドの「神」(デーヴァ)というのは、「人」よりも能力の優れた存在ではあるが、
「人」が持つのと同じ煩悩はあるので、自らの欲望に引き回されて、悩み苦しむ。
その苦しみから離れ、二度と苦しみたくないと願う; つまり、救われたいと希望
する「神」は、あらゆる煩悩に打ち勝った「仏」(ブッダ;目覚めた人)の説法を
聴いたことで「この人の弟子となり、守護神となることで、仏法を広めよう」と
決めたのだった。
(※日本の神々にも、これと同じ事情がある。仏陀の出身地がどこであれ、その
到達した覚りの境地は、神々の心境よりも危なげがなく、どんな状況でも正しい
道を選べる、確かな智慧によって支えられている。ゆえに、インド本国における
神と仏の関係は、日本でも、適用できるのである。…もっともこれは、
仏教側からの論理なので、神道側の人間が、外来宗教としての仏教をあくまで
認めようとしない場合、神仏の関係もまた、否定されることになる。
聖徳太子の崇仏派と物部守屋の廃仏派が争った際、廃仏派が勝っていたら、
日本の歴史は、かなり違ったものになっていただろう…。)
目覚めた(悟った)当初、「仏」は、覚りの智慧を他者に説くのをためらっていた。
なぜなら、その智慧は、煩悩によって生きるのを喜び楽しむ世間の人々にとっては、
神経を逆なでするような教えにみえるから。説法をためらう「仏」の心を知った
梵天(ブラフマー)は「世間にも、〔わたくしブラフマーのように〕あなたの教えを
理解し、喜ぶ者もおりましょう。その人々のために、ぜひとも説法してください」
と懇願した。・・・この出来事を「梵天勧請」(ぼんてん・かんじょう)という。
・・・つまり、仏教側からすれば、「神」と「仏」が分離しがたいくらいに親しみ
合っているのは、当然の事なであって、寺や社(やしろ)をいくら破壊したところで、
両者を引き離すことなど、できないのである。「仏」にとって「神」(神々)は、
仏法を広め、聴く耳を持つ者たちをも目覚めさせる(悟らせる)ためには、欠かせない
相棒なのだから。(それゆえ、後の時代では、神々というのは実は、諸仏の化身である
という主張まで生じた。→ 本地垂迹説)
本書は、国体神学の信奉者たちが神道国教化政策に失敗したこと、そして、
「信教の自由」を規定する帝国憲法が、各宗派に属する日本人の国家への奉仕を
求める、という政策への転換を図ったことを述べて、終わっている。それまでの
プロセスについての詳細な記述については、1979年の刊行以来、信頼に足る
参考文献になってきた、といえるだろう。
だが、「神仏分離と廃仏毀釈」が政策に過ぎないにもかかわらず、あたかもそれが、
「仏」と「神」の関係そのものに影響を与えたかのように、「日本人の精神史に
根本的といってもよいほどの大転換が生まれた」(「はじめに」)とする著者の主張
には、「本当に、そうだろうか?」と反論したくなるのである。
著者が専門とする日本思想史でも、神仏の基本的な関係を説く、かの「梵天勧請」は、
不可欠の説話であるはずなのに、本書での言及がみられないのは、なぜなのか。
気づかなかったのか、不要と判断したのか、知らなかったのか。いずれにせよ、それは、
「神仏分離と廃仏毀釈」関連の書籍に共通してみられるといっても過言ではない、
ひとつの盲点なのである。
神道側には、インド仏教のいう神仏の関係など、認めたくない人たちもおられるの
かもしれないが、日本に限らず、仏教が伝わった諸国においては、概ね、神仏は、
人間が引き裂くことなどできない師弟関係を結んでいることを、認識するべきなのである。
(※ 以上は、既刊の拙稿・拙著のなかで既に記したことからの抜粋である。インド本国に
おける神仏の関係にも触れてほしかった本書の内容に寄せて、補足をさせていただいた。)
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紫
5.0 out of 5 stars 悪名ばかりが高くて、その実態となるとみんなよく知らない「神仏分離」「廃仏毀釈」
Reviewed in Japan on May 26, 2021
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
1979年発表。その後、40年以上にわたって読み継がれている新書のロングセラーであります。自分が読んだのは2011年の16刷でした。
明治政府の暴挙として悪名ばかりが高くて、その実態となるとみんなよく知らない「神仏分離」「廃仏毀釈」の概説書。
何となく仏教弾圧のイメージばかりが先行していて、ひとくくりに「国家神道」と語られがちな明治政府の宗教政策の事例を年代を追って詳細に解説、その変遷を明らかにしていくのであります。
「廃藩置県」の境にして、国学の信奉者や一部地方の行政官による暴走的な「廃仏毀釈」から、国家方針としての「神道国教化」へ仏教弾圧の実態が一変していったこと、「国家神道体制」がこれらの発展として成立したものではなく、「神仏分離」にも「神道国教化」にも頓挫した後、神道は宗教ではないという建前をつけて成り立たせたことなど、「廃仏毀釈」の実情は通俗的なイメージとは大違い。
また、浄土真宗をはじめとする仏教側や民間の抵抗も詳しく紹介。「廃藩置県」以降の明治政府の政策が、宗教弾圧というより、民間信仰や娯楽・芸能を含めた民間習俗の排除だったことなど、とても勉強になりました。
それまでの信仰の実状や歴史を無視して、何でもかんでも神道化してしまおうとする「神道国教化」のムチャクチャぶりはこれを指図する側の官僚ですら、
「仮令白きものを黒きと被仰出候共、朝廷よりの仰を背くことは出来ず」(158P)
と本音をぶっちゃけてしまう始末。いったん政策が決定されてしまうと理屈が通らなくなるのは明治も現在も変わらないようであります。
一方で明治政府による強引な開化(西洋化)の押しつけに対して、
「朝廷耶蘇教ヲ好ム、断髪洋服耶蘇教ノ俗ナリ、三条ノ教則ハ耶蘇ノ教ナリ、学校ノ洋文ハ耶蘇ノ文ナリ」
と判断して民衆が一揆を起こしてしまったのがとても印象的。もちろん、これは誤解なのですが、明治政府の政策よりもずっと理屈の筋が通っているよ!
最近にありがちな「明治維新は悪だった」というたぐいの書籍とは一線を画する一冊ですが、難をいえばやはり40年前の書籍だということ。最新研究の成果を踏まえた「神仏分離」「廃仏毀釈」の解説書はないものでしょうか。
「しかし、冷徹な現実政治家である岩倉や大久保と、神道復古の幻想に心を奪われた国学者や神道家たちとのあいだには、神祇官再興や祭政一致になにを賭けるかについて、じっさいには越えることのできない断絶があったはずである。このことを長い眼で見れば、神祇官再興や祭政一致のイデオロギーは、政治的にもちこまれたものなのだから、将来いつか政治的に排除される日がくるかもしれないと予測することもできよう。しかし、さしあたっては、そうした幻想にとらえられた国学者や神道家に、時と処とを得た活動のチャンスがあたえられることとなった」
「伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という古代的風貌をもっているが、そのじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な金図の一部だった。そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態からみれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった」
「この神道化の強要は、厳密にいえば、神仏分離でも廃仏毀釈でもないだろう。というのは、神仏分離や廃仏毀釈には、神仏の混淆状態が前提せられているのに、こうした神道化の強要にさいしては、外からまったく別の神格がもちこまれて、旧来の信仰が否定されてしまったのだから」
「啓蒙主義者たちは、その啓蒙の情熱を発揮すれば発揮するほど、現実の宗教生活にたいしては、いっそう尊大な無理解に陥ってしまうのであった」
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Amazonのお客様
5.0 out of 5 stars 日本人と宗教
Reviewed in Japan on March 29, 2020
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
今では多くの日本人はなんとなく仏教や神道に沿った慣習を行う程度だと思いますが、過去には政治権力を安定させるため様々な試行錯誤があったようです。誰もが知っておくべき歴史の流れだと思いました。
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自転車で来ました
5.0 out of 5 stars 日本人の宗教観の起源がわかるような気がする
Reviewed in Japan on October 27, 2020
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
神仏分離と廃仏毀釈のことは今までなんとなく知っているつもりになっていたが、思っているのとは全く違った。
神仏分離と廃仏毀釈のほか、国家神道の成り立ち、キリスト教の扱い、日本的信教の自由の成立までが勉強できる。
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