2026-07-13

近現代日本史と歴史学 - 書き替えられてきた過去 (中公新書 2150) : 成田 龍一: Japanese Books

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近現代日本史と歴史学 - 書き替えられてきた過去 (中公新書 2150)
by 成田 龍一 (Author) Format: Paperback Shinsho
4.0 4.0 out of 5 stars (35)
歴史は常に書き替えられる。特に近現代史は時々の政治・社会状況の影響を受ける。本書は歴史がどのように変更を重ねてきたかを追う。


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From Japan

Amazon カスタマー
5.0 out of 5 stars 今後詳細研究していきたいと思います
Reviewed in Japan on December 23, 2015
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
前から読みたかったものですが、本そのものはとてもきれいで、新品とかわりません。
一読いたしましたが、ゆっくり読んでいきたいとおもいます。」瀧本
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池上閑人
4.0 out of 5 stars 近現代日本史の再構成
Reviewed in Japan on May 4, 2015
Format: Paperback Shinsho
 評者は歴史上の通説が時々覆されることに大いに関心を持っており、本書の帯の「歴史は書き替えられる」に惹かれて本書を手にした。
 大学で史学史を講じる著者は、戦後の日本史研究を社会経済史をベースにした歴史(第1期「戦後歴史学」)、1960年以降の民衆の観点を入れた歴史(第2期「民衆史研究」)、1975年以降の社会史を取り込んだ歴史(第3期「社会史研究」)に分ける。現行の高校の教科書は第1期をベースに一部第2期の成果を加えたものとし、また第1期、第2期、第3期はそれぞれ高校の教科書、大学の講義、学術論文に対応しているとする。本書の構成は、近現代日本史を第1章の「開国」から第9章「戦後社会」の9つの時代区分に章立てをし、各章毎にまず教科書に沿って事実関係を述べ、続いて第1期から第3期までの研究の進展を多くの論文・単著・全集や講座等を紹介しながら考察する。
 全時代を通じて言えることは、第1期の「戦後歴史学」の凋落である。マルクス主義イデオロギーに囚われまた西欧に範を求めた歴史学は、その後の実証に基づく史料の検証によっていつかは書き替えられ乗り越えられる歴史であったことが理解できた。また、膨大な引用文献の中には、歴史学者の論文だけでなく、高橋敏の「国定忠治」、司馬遼太郎の「坂の上の雲」や松本清張の「日本の黒い霧」等、幅広い分野に及んでおり楽しめた。この他個別には、「大正デモクラシー」の評価は大きく揺らいでおり概念規定も定まらず教科書によって扱いが異なっていることは、本書で初めて知り面白かった。
 歴史学者によって冷静に描かれた本書に対し望蜀の言になるが、教科書検定問題や新しい歴史教科書をつくる会の運動、反日活動とヘイト主義者との間で大きく異なる歴史認識等についても触れてほしかった。歴史家にとって現実の問題の扱いは悩ましいことだろうが、国民の歴史リテラシーを高めることも歴史家の大切な使命だと思う。
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茶々丸
5.0 out of 5 stars 戦後歴史学の特質を説明するための3つの視点の提示
Reviewed in Japan on November 12, 2014
Format: Paperback Shinsho
 大学で歴史学を専攻したり、一般教養課程で歴史を選択したならば、本書は格好のテクストであるともいえます。
こうした入門講座を担当する教員の殆どが自身の研究領域を持ちつつ、その領域を全時代の過程に位置付けることで、日本史学なり各国史学研究そのものをより実あるものとしていきたいとの願いも少なからず持っているはずでしょう。
 そして年間最初の講義で、先ずは名刺代わりの挨拶として「皆さんにとって『歴史を学ぶ意味』って何でしょうか」とのストレートな質問をぶつけることもあります。
 歴史って一体何よ、あるいはそれをどうやって勉強しようなどというのよと殆どの学生が面食らいもするはずです。何しろ大学以前で接してきた「歴史」といえば、やたらと人名や年代そして歴史用語といった情報の多い科目であり、その骨組みや関係がどこにあるかなどを理解している学生の方が珍しいほどですから。
 そうした情報の詰め込み作業にギブアップする形を生み出しているのも、彼等が教典の様に崇め奉りそして接してきた「教科書」や学参であることも言を俟たないでしょう。
 ではその「教科書」を通じて綴られている様々な歴史事象が戦後歴史学の中で、どう変化してきたかを検証していこうと試みたのが本書のメインテーマになります。
 その際に、著者は三つの視点を提示していき、
 (1)戦後歴史学を時系列的に段階区分する(「史学史の対象として、日本近代史研究者からみた戦後歴史学に関する時期区分」)
 (2)それが区分される理由をそれぞれの時期の歴史学が主眼に置いた要素に求める(「社会構造」へのまなざし)
 (3)内部構造と外部環境との連関(「日本社会と歴史学の関わり方」への洞察)
となります。
 戦後歴史学が辿ってきた足跡の問題も、それ以前とは変わりようもありません。何しろ、この国の近代化を補完する要素の一つとして歴史教育とそれを提供するための国史編纂事業が開始されたわけですから、何がしかの形で国家からの力がそこに及んでいることを否定する余地はどこにもないといえましょう。
 1945年以前ならば、滝川幸辰をはじめ矢内原忠雄、美濃部達吉や津田左右吉といった研究者達に対する焚書坑儒的な形で学問に対して権力が介入し、それが言論統制へとつながっていったとの苦い経験がそれに相当するともいえます。
 ここで思い出していただきたいのは、ガリレオの例の言葉をはじめ桐生悠々による「関特演を嗤ふ」といった、学問や言論が持つ本質的な役割をストレートに語る言葉です。

 近年、物語り的な要素を恰も歴史事実であるかのように見せかけるドラマ仕立ての歴史がメディアで盛んにとりあげられてもいますが、それらと実際の研究者達によって少しずつ明らかにされている日本の近代に関する叙述の仕方を比較してみますと、前者にはおかしな部分も相当にあるとの議論も珍しくはありません。
 明治維新を象徴する出来事であり、その後に多大な影響を及ぼしていく憲法や議会制度の形成過程と自由民権運動そして私学の創設といった部分もその類例にもれることはありません。
 むしろ本格的に近代を推進していく転換点となったのが、システムが構築されてから以後に象徴的に表れてくるともいえ、大河ドラマで描かれた新島襄と徳富蘇峰が日露戦争を境として袂を分かっていくとの事例からも一つの事象を細切れな情報として蓄積するだけでは、展開する歴史の過程など理解することも困難になるはずです。
 こうした意味で、著者が提示する3つの視点が歴史を観る時の眼差しとして有効な手法であり、そこから更に一歩踏み込む形で、日本の歴史学や歴史教育が近代日本の過程でどう翻弄されてきたのかを、一つ一つの事例に則して検証していくとのスタイルが本書の際だった特徴であるといえます。
 この本を一読した後に、読者の方々は御自身ならば「自身が辿ってきた個人史」と自身の外にありながら常に自身に多大な影響を与え続けている「歴史」とをどう切り分けそして客観的な目線で眺めることができるでしょうか。これが講義としての本書が読者に課す課題であるといえます。
 殊更に「個人史」を前に出すだけならば、それは「世相を映す鏡としての個人」つまり社会との関わりをどう評価するかとの質問には1つとして応えていないからです。
 もし歴史を国家なり王朝の変遷史との形に矮小化させるなら、それは歴史を個人の物語りととらえる考えと同じになりもし、どの様なシステムと構造の上に成り立ちそして変質し崩壊したかとの過程を史料とそれを扱う適切な方法に基づく検証を行い、尚且つ普遍としての人間の歴史を理論を手掛かりとしつつ追尾せねば、単なる物語の蓄積としかならないことも明らかになり、そこから将来への展開を求めていくことは困難と言えることになりもします。
 こうしたことから、私たちに課された課題の一つを象徴する出来事として「日本の歴史を如何に記述するか」との厳しい命題が突き付けられているともいえましょう。
 歴史を書くことは、それだけで現実とを直視しそして対峙すること以外のなにものでありません。本書は殊に受験生に読んで欲しいともいえ、近代政治史の流れを政党内閣の順番を暗記するだけに終始してしまうとの現状に一石を投ずるものともいえます。
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UI
5.0 out of 5 stars 何のための史学史か?
Reviewed in Japan on March 12, 2012
Format: Paperback Shinsho
 本書は、戦後から現在までの歴史学研究における近現代日本史の「歴史像」の変化について論じるものである。

 本書はまず、歴史学の潮流を、戦後歴史学の第一期(社会経済史)、1960年頃からの第二期(民衆史)、1980年頃からの第三期(社会史)の3つに区分する。そして、近現代日本史を9つの大きなテーマに分け、各章において、第一期、第二期、第三期と段階ごとにそれぞれの「歴史像」を論じる。その際、歴史教科書の記述を歴史の流れの導入として取り上げる。というのは、本書によれば、教科書は第一期をベースに第二期の成果がいくらか描き込まれており、歴史学の「歴史像」と教科書の「歴史像」との隔たりは、第三期までの歴史像の変化を明らかにするのに便利だからである。

 序章「近現代日本史の三つのパラダイム」では、本書の枠組みについて述べる。まず第一期は、「社会経済史」をベースに、マルクス主義的唯物史観を方法として、近代日本の「構造の解明」を問題とするという。その特徴として、進歩主義的な歴史観を有し、当時の日本の現状と直結した問題意識から研究がなされ、西洋との比較が念頭にある。次に第二期は、「民衆史」をベースに、構造における主体の可能性を問題とし、第一期の研究を修正・補完するという。その特徴として、近代化の歪みを告発し、問題‐運動、中央‐地方、男性‐女性という二項対立の枠組みを強調し、「下からの歴史」として女性史や地方史の研究を本格化させる。そして第三期は、「社会史」をベースに、「歴史学の国境」と「学問の境界」を超越する試みがなされるという。その特徴として、進歩史観が批判され、所与としての「近代」、「国民国家」が再検討される。
 第1章「明治維新1開国」では、明治維新の定義および時期区分について述べ、ペリー来航の1853年前後の「開国論」を取り上げる。
 第2章「明治維新2倒幕」では、尊皇攘夷派が台頭し倒幕運動展開され、江戸幕府が倒れ政権交代する1868年頃までの「倒幕論」を取り上げる。
 第3章「明治維新3維新政府」では、明治政府(新政府)が新たな政策を展開する1877年前後までの「維新政権論」を取り上げる。
 第4章「自由民権運動の時代――変わる評価の主体」では、自由民権運動研究を取り上げる。
 第5章「大日本帝国論――国家と天皇制の解明」では、大日本帝国における国家論と天皇制論を取り上げる。
 第6章「日清・日露戦争の時代――1894‾1910年」では、日清・日露戦争研究を取り上げる。
 第7章「大正デモクラシー期――1910年代〜20年代」では、大正デモクラシー研究を取り上げる。
 第8章「アジア・太平洋戦争の時代――1931年〜45年」では、アジア・太平洋戦争研究を取り上げる。
 第9章「戦後社会論――同時代史の解明」では、戦後史を取り上げる。

以下、簡単な批評。
1) 近現代日本史の大まかな流れを掴めるだけでなく、そこにおける歴史学研究の問題関心の変化、そして歴史研究のフロンティアまでも知ることができ非常に有益かつ興味深い。歴史学あるいは近現代日本史にあまり馴染みのない人にとっても読みやすいように思う。参考文献も付されており、さらなる学習にも便利である。
2) 「社会史」、「絶対主義」、「ファシズム」といった用語が明確な定義なしに使われている。しかし、これらの概念の意味内容は論者によっても、研究の時期によっても異なる。例えば、「絶対主義」は、当初、立憲主義とは反対の政体、つまり専制主義を指していたが、近年では、君主の官僚機構・軍制、租税制度の持つ限界が明らかになり、「それほど絶対的ではない絶対主義」として理解されている。「社会史」もまた、アナール学派において当初、民衆史を含む全体史として志向されていたが、その後、心性史、歴史人類学へとシフトしていく。本書は、社会史と民衆史を区別しているが、その区別について何の説明もない。
3) 「社会史」の曖昧なままの使用は、本書の枠組みとも関連する。歴史学を3つに区分する本書の枠組みは、一見オーソドックスに見える。しかし、この区分が厳密に史学史に当てはめられるかどうか疑問がわく。例えば、ひろたまさきの研究は、「民衆」を強調する点で第二期に位置づけられているが、同時に、文明開化を近代の産物として批判的に論じている点では第三期に属するという。また、植民地において民衆に焦点を当てた研究は第三期に属している。もちろん本書は、3区分を柔軟に用いていており、さしたる問題は無いのかもしれない。しかし、本書の区分が唯一の枠組みというわけではない。特に本書は、いわゆる言語論的転回、ポストモダンの影響(歴史学内部での変化)と冷戦の終結、マルクス主義の衰退(歴史学外部での変化)についてほとんど触れていない。
4) 枠組みの問題は、詰まるところ「何のための史学史か?」という問題に帰結するように思う。社会史は、しばしば「パン屑と化した社会史」と揶揄され、研究の細分化による共通了解の消失や研究の意義の希薄化が問題視されている。しかし本書は、この点を取り上げることはなく、第一期と第二期の歴史学研究において、研究者を取り巻く当時の日本の状況とそれに対する研究者の問題意識が、歴史像に反映されている点を強調するに留まっている。本書は、「あとがき」でカーを引用しているものの、歴史学における現在主義についての著者自身の主張は述べられていない。これらからの近現代日本史について、著者自身どのように考えているのかまとまった議論がないのが物足りなく、残念に思えた。
5) 以上のように述べたからと言って、評者は著者に『成功した「歴史学」』を書くよう求めてはいない、ということを最後に付け加えておく。本書は、決して先行研究を「複雑な近現代日本史の解明」に「失敗した」と評しているわけではない。本書はむしろ、歴史教育の観点から、研究者の問題関心・方法・立場によって史料から読み取られる歴史像が異なることを、史学史の通じて明らかにしているのである。本書において、戦後歴史学が成功したか失敗したか、正しいか間違っているか、という価値判断は、全く関係ないとまでは言わないまでも、二次的な議論にすぎないし、著者はそのような価値判断を行ってはいない。
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無名子
4.0 out of 5 stars 改めて原典に当たりたくなる基礎的な本です。
Reviewed in Japan on March 3, 2013
Format: Paperback Shinsho
早くに出版されていれば、全然違う本の読み進め方ができたのに、と思います。

筆者の新説の展開というより歴史学の研究方法の変遷を跡づけし、教科書での記述を元に、基礎的な文献や所説を解説、紹介していくという体裁です。

筆者が指摘する3段階の考え方の変遷というのは、第1期はマルクス主義歴史学、第2期は実証主義歴史学、そして第3期は隣接する諸学問(社会学や民俗学など)の知見を生かした史学。

エポックで取り上げるのは明治維新(開国、倒幕、維新政府)、自由民権運動、大日本帝国論、日清日露戦争、大正デモクラシー、アジア・太平洋戦争時代、そして戦後社会など。

何度も読み返して原典に挙げている本を探したくなります。好個の入門書であると思います。
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空満
5.0 out of 5 stars 多様な学説の見取図を提供 
Reviewed in Japan on January 13, 2015
Format: Paperback Shinsho
 日本の近現代史が歴史学においてどのように描かれてきたか、著者は9つの時代テーマを設けて検討する。敗戦から70年、近現代史の見方は大きな変化があった。大きく分けて3期にわかれ、敗戦直後から60年代までを中心とする第1期は、社会経済史を基底にしてマルクス主義の進歩史観の影響が濃い。60年代から95年頃までを中心とする第2期は、民衆史に着目し第1期を補完するような形で進展する。75年頃から現在に至る第3期は、第1期、第2期批判の性格を持ち社会史研究へと広がっていく。
 通説を代表する高校の日本史教科書の記述がまずたどられる。これらは第1,2期の研究がもとになっている。それぞれの時期を代表する研究者の著者、論文を取り上げてその要点が解説される。そして各論点がその時代の課題と結びつくものであったことに言及される。また、歴史学が先人の成果を踏まえながら、それへの批判によって深化していくものであることが了解できる。
 たとえば「大正デモクラシー」の評価の変化に、それは典型的に表れる。第1期では、大正デモクラシーが戦後民主主義の源流ではあるが、階級的視点の欠けることで低い評価しか与えられなかった。だが、第2期では、多様に存在した社会運動と政党政治の研究が進み再評価されるようになり、今日の定説となった。そして、デモクラシーの進展にもかかわらずファシズムへ移行したのは何故なのかという問題が浮上する。ところが、第3期に入ると、デモクラシーの進展が平準的な「国民化」を促進し、総力戦体制なるファシズムを準備することになったという認識が生まれたのである。
 第1,2期では、日本の近代の特殊性、後進性を問うことが、歴史学の共通した課題であった。しかし、3期の研究者は、近代の先進性と後進性という視点に価値を置かず、「近代」そのものの機制を問う。出来事の歴史像の見直しとともに歴史学の相対化も図るという難題に挑んでいる。
 まるでユークリッド幾何学に対する非ユークリッド幾何学のような関係のようであるが、断然に歴史学が面白くなったのは確かだと思う。通史の記述も変わっていくだろう。
 本書は、日本近現代史に関心を持つ者にとって、多様な学説の見取り図を提供するとともに、重要な文献のガイドの役割をはたして、絶好の入門書である。
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navi
4.0 out of 5 stars 歴史教育と歴史学
Reviewed in Japan on October 14, 2012
Format: Paperback Shinsho
本書は、著者のあとがきによると歴史の教員を目指す学生たちへの講義がその原型であるという。そのせいかもしれないが、本書の構成は、近現代史のパラダイムを、戦後直後から1960年頃までの社会経済史ベースにした通史を描き出す第一期、1960年代頃から強くなった「民衆」の観点が入った第二期、1970年半ば以降の第一期、第二期とは異なる潮流として第三期に分けて、それぞれの時期の歴史学の特徴とそれが提出する歴史像を紹介するという構成を取っている。さらに各期とも最初に教科書に書かれた歴史像がまず紹介されるという、手の込んだ構成となっている。

著者の本書のスタンスは、あとがきに言及されているE・H・カー『歴史とは何か』で言及されている、歴史とは「現在と過去の間の尽きることを知らぬ対話」であり、「現在」が推移し変容すれば、「過去」の叙述ー歴史叙述も変わることから、各期毎に歴史学関係の代表的な叙述を選別して、その叙述を辿ることにある。

多くの参考史料が掲げられていることから、本書を横においてそれらの史料にあたると新たな発見があるかもしれない。領土問題で中国、韓国との緊張が高まる今日、歴史学においてどのような近現代日本像が描かれてきたかを知ることは、大きな意味があると思われる。その構成もあり、決して読みやすい本ではないが、一読を薦めたい。
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みかきもり
3.0 out of 5 stars 失敗の「歴史学」
Reviewed in Japan on March 1, 2012
Format: Paperback Shinsho
参考図書からおおよその見当はついたが、果して思ったとおりだった。ここに整理されているのは近現代日本史の解明に失敗した「歴史学」である。

これが実態だから著者に同情せざるを得ないが、たとえば丸山真男の超国家主義、副田義也の教育勅語あるいは村上重良の国家神道など、どれもその歴史的意義を解明できず、ねつ造を重ねたものばかりである。歴史事実の検証に堪えられるものではない。

したがって今日でも東京裁判の「共同謀議」の出処が明らかにされていない、このことを主張してタイトルの意味があるのではないか。いま重要なことは、複雑な近現代日本史の解明がこれらの「歴史学」的手法ではまったく検証できなかったことの反省だろう。

先行研究の整理はもちろん意味のあることではある。しかしそれらを綿密に再検証する必要があるのではないか。1980年代に次々と公開されたGHQ関係文書を丹念に読めばその回答がある。超国家主義や国家神道は教育勅語「中外」の誤った解釈に関係していたことなどもGHQ文書にある。著者にはそれを解読し、再度「近現代日本史と新歴史学」を書いてほしいと願う。
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Amazon 고객
5.0 out of 5 stars 앞으로 자세히 연구하고 싶습니다.
Reviewed in Japan on December 23, 2015
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
전부터 읽고 싶었던 것입니다만, 책 그 자체는 매우 예쁘고, 신품과 바뀌지 않습니다.
한번 읽었습니다만, 천천히 읽어 가고 싶다고 생각합니다. 타키모토
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이케가미 한인
4.0 out of 5 stars 근현대 일본사 재구성
Reviewed in Japan on May 4, 2015
Format: Paperback Shinsho
 평자는 역사상의 통설이 때때로 뒤집히는 것에 크게 관심을 가지고 있어, 본서의 띠의 「역사는 바꿀 수 있다」에 매료되어 본서를 손에 넣었다.
 대학에서 사학사를 강구하는 저자는, 전후의 일본사 연구를 사회 경제사를 베이스로 한 역사(제1기 「전후 역사학」), 1960년 이후의 민중의 관점을 넣은 역사(제2기 「민중사 연구」), 1975년 이후의 사회사를 도입한 역사(제3기 「사회사 연구」)로 나눈다. 현행 고등학교 교과서는 제1기를 기반으로 일부 제2기의 성과를 더한 것으로 하며, 또한 제1기, 제2기, 제3기는 각각 고등학교 교과서, 대학 강의, 학술논문에 대응하고 있다고 한다. 본서의 구성은, 근현대 일본사를 제1장의 「개국」에서 제9장 「전후 사회」의 9개의 시대 구분에 장을 세우고, 각 장마다 우선 교과서에 따라 사실 관계를 말해, 이어서 제1기부터 제3기까지의 연구의 진전을 많은 논문·단저·전집이나 강좌 등을 소개하면서 고찰한다.
 전시대를 통해 말할 수 있는 것은 제1기 '전후 역사학'의 범락이다. 마르크스주의 이데올로기에 사로잡혀 또 서유럽에게 범을 구한 역사학은, 그 후의 실증에 근거하는 사료의 검증에 의해 언젠가는 재기록되어 극복되는 역사였던 것을 이해할 수 있었다. 또한 방대한 인용문헌 중에는 역사학자의 논문뿐만 아니라 다카하시 토시의 '국정 충지', 시마 요타로의 '언덕 위의 구름'과 마츠모토 세이하리의 '일본의 검은 안개' 등 폭넓은 분야에 걸쳐 즐길 수 있었다. 이 외 개별적으로는, 「다이쇼 데모 클래시」의 평가는 크게 흔들리고 있어 개념 규정도 정해지지 않고 교과서에 의해 취급이 다른 것은, 이 책에서 처음으로 알고 재미 ​​있었다.
 역사학자에 의해 냉정하게 그려진 본서에 대해 망촉의 말이 되지만, 교과서 검정 문제나 새로운 역사 교과서를 만드는 회의 운동, 반일 활동과 헤이트주의자 사이에서 크게 다른 역사 인식 등에 대해서도 언급해 주었으면 했다. 역사가에게 있어서 현실의 문제의 취급은 괴로운 것이겠지만, 국민의 역사 리터러시를 높이는 것도 역사가의 중요한 사명이라고 생각한다.
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차마루
5.0 out of 5 stars 전후 역사학의 특성을 설명하기 위한 세 가지 관점 제시
Reviewed in Japan on November 12, 2014
Format: Paperback Shinsho
 대학에서 역사학을 전공하거나 일반 교양 과정에서 역사를 선택했다면, 이 책은 모습의 텍스트라고도 할 수 있습니다
. 소원도 적지 않게 가지고 있을 것입니다.
 그리고 연간 최초의 강의로, 우선은 명함대신의 인사로서 「여러분에게 있어서 「역사를 배우는 의미」는 무엇일까요」라는 스트레이트한 질문을 부딪치는 일도 있습니다.
 역사는 도대체 무엇인가, 혹은 그것을 어떻게 공부하자는 등 역시 할 것입니다. 어쨌든 대학 이전에 접해 온 「역사」라고 하면, 어쩌면 인명이나 연대 그리고 역사 용어라고 하는 정보가 많은 과목이며, 그 골조나 관계가 어디에 있는지 등을 이해하고 있는 학생이 드문 정도이기 때문에
 . 가 교전처럼 숭배하고 접해 온 「교과서」나 학참인 것도 말을 듣지 않을 것입니다
 . 하지만 전후 역사학 중에서, 어떻게 변화해 왔는지를 검증해 가려고 시도한 것이 본서의 메인 테마가 됩니다.
 그 때에, 저자는 3개의 시점을 제시해 가고,
 (1)전후 역사학을 시계열적으로 단계 구분한다(「사학사의 대상으로서, 일본 근대사 연구자로부터 본 전후 역사학에 관한 시기 구분」)
 (2)그것이 구분되는 이유를 각각의 시기의 역사학이 주안에 둔 요소에 요구한다
 (3) 내부 구조와 외부 환경과의 연관(「일본 사회와 역사학의 관계 방법」에의 통찰)
이 됩니다.
 전후 역사학이 추적해 온 발자국의 문제도, 그 이전과는 바뀌지 않을 것입니다. 보완하는 요소의 하나로서 역사교육과 그것을 제공하기 위한 국사 편찬 사업이 시작된 것이기 때문에, 무엇이 밖의 형태로 국가로부터의 힘이 거기에 미치는 것을 부정할 여지는 어디에도 없다고 할 수 있습니다.
 1945년 이전이라면, 타키가와 유키 타츠를 비롯하여 야우치하라 타다오, 미노베 타츠요시나 츠다 좌우요시 등 연구자들에 대한 焚書廒儒적인 형태로 학문에 대해 권력이 개입해, 그것이 언론 통제로 연결 라고 했다는 쓴 경험이 거기에 상당한다고도 할 수 있습니다.
 여기서 기억해 주셨으면 하는 것은, 갈릴레오의 예의 말을 시작해 키류 유유에 의한 「관특연을 즐겁게」라고 하는, 학문이나 언론 가 가지는 본질적인 역할을 스트레이트하게 말하는 말입니다.

 근래, 이야기적인 요소를 뜯어도 역사 사실인 것처럼 보여주는 드라마 원단의 역사가 미디어에서 활발히 잡히고 있어도 그러나 그들과 실제 연구자들에 의해 조금씩 밝혀진 일본의 근대에 관한 서술 방법을 비교해 보면, 전자에는 이상한 부분도 상당히 있다는 논의도 드물게는 메이지 유신 을
 상징하는 사건이며, 그 후에 큰 영향을 미치는 헌법과 의회 제도의 형성 과정과 자유 민권 운동 그리고 사학의 창설과 같은 부분도 그 유례에 빠질 것 그렇지 않습니다.
 오히려 본격적으로 근대를 추진해 나가는 전환점이 된 것이, 시스템이 구축되고 나서 이후에 상징적으로 나타난다고 해도, 대하 드라마로 그려진 신지마 아오이와 도쿠토미 소봉이 러일 전쟁
 을 경계로 함을 알게 된다는 사례에서도 하나의 사건을 섬세한 정보로서 축적하는 것만으로는, 전개하는 역사의 과정 등 이해하는 것도 곤란해질 것입니다. 맛으로, 저자가 제시하는 3개의 시점이 역사를 볼 때의 눈빛으로서 유효한 수법이며, 거기로부터 한 걸음 더 나아가는 형태로, 일본의 역사학이나 역사 교육이 근대 일본의 과정에서 어떻게 농락되어 왔다 하나를 하나하나의 사례에 따라 검증해 나가는 스타일이 본서 때였던 특징이라고 말할 수 있습니다.
 이 책을 한번 읽은 후에 역사와 자신 밖에 있으면서 항상 자신에게 큰 영향을 주고 있는 역사를 어떻게 구분하고 객관적인 시선으로 바라볼 수 있을까요. 이것이 강의로서의 본서가 읽어 사람에게 부과하는 과제라고 할 수 있습니다.
 특히 "개인사"를 앞에 내는 것만이라면, 그것은 "세상을 비추는 거울로서의 개인"즉 사회와의 관계를 어떻게 평가할 것인가의 질문에는 하나로서 대응 그렇지 않기 때문입니다.
 역사를 국가가되어 왕조의 변천사와의 형태로 왜소화시킨다면, 그것은 역사를 개인의 이야기라고 파악하는 생각과 같아지고, 어떤 시스템과 구조 위에 서서 변질되어 붕괴되었는지의 과정을 사료와 그것을 다루는 적절한 방법에 근거한 검증을 실시하고, 또한 보편으로서의 인간의 역사를 이론을 다루면서 추적하면 단순한 이야기의 축적
 제품이 될 수 있다는 것도 분명 해지고, 거기에서 미래로의 전개를 요구하는 것은 어렵다고 말할 수 있습니다. 내사로서 「일본의 역사를 어떻게 기술할 것인가」라는 엄격한 명제가 붙어 있다고도 할 수 있습니다.
 역사를 쓰는 것은 그것만으로 현실을 직시하고 대치하는 것 이외의 본서는 특히 수험생에게 읽어 주었으면 한다고 해도, 근대 정치사의 흐름을 정당 내각의 순서를 암기하는 것만으로 시종해 버린다고 하는 현상에 일석을 던지는 것이라고도 말할 수 있습니다.
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5.0 out of 5 stars 무엇을위한 사학사인가?
Reviewed in Japan on March 12, 2012
Format: Paperback Shinsho
 본서는, 전후로부터 현재까지의 역사학 연구에 있어서의 근현대 일본사의 「역사상」의 변화에 ​​대해 논하는 것이다.

 본서는 우선, 역사학의 조류를, 전후 역사학의 제1기(사회 경제사), 1960년경부터의 제2기(민중사), 1980년경부터의 제3기(사회사)의 3개로 구분한다. 그리고, 근현대 일본사를 9개의 큰 테마로 나누어, 각 장에 있어서, 제1기, 제2기, 제3기와 단계마다 각각의 「역사상」을 논한다. 그 때, 역사 교과서의 기술을 역사의 흐름의 도입으로서 다룬다. 라고 하는 것은, 본서에 의하면, 교과서는 제1기를 베이스로 제2기의 성과가 약간 그려져 있어, 역사학의 「역사상」과 교과서의 「역사상」과의 분리는, 제3기까지의 역사상의 변화를 밝히는데 편리하기 때문이다.

 서장 「근현대 일본사의 3개의 패러다임」에서는, 본서의 틀에 대해서 설명한다. 우선 제1기는 '사회경제사'를 기반으로 마르크스주의적 유물사관을 방법으로 근대 일본의 '구조 해명'을 문제로 한다고 한다. 그 특징으로서, 진보주의적인 역사관을 갖고, 당시의 일본의 현상과 직결한 문제의식으로부터 연구가 이루어져, 서양과의 비교가 염두에 있다. 다음에 제2기는, 「민중사」를 베이스로, 구조에 있어서의 주체의 가능성을 문제로 해, 제1기의 연구를 수정·보완한다고 한다. 그 특징으로서 근대화의 왜곡을 고발하고 문제-운동, 중앙-지방, 남성-여성이라는 이항 대립의 틀을 강조하고 '아래의 역사'로 여성사나 지방사의 연구를 본격화시킨다. 그리고 제3기는 「사회사」를 베이스로, 「역사학의 국경」과 「학문의 경계」를 초월하는 시도가 이루어진다고 한다. 그 특징으로서 진보사관이 비판되고, 주어진 '근대', '국민국가'가 재검토된다.
 제1장 「메이지 유신 1개국」에서는 메이지 유신의 정의 및 시기 구분에 대해 서술하여 페리 내항 1853년 전후의 「개국론」을 다룬다.
 제2장 ‘메이지 유신 2 도막’에서는 존황 절이파가 대두해 도막 운동 전개되어 에도 막부가 쓰러져 정권 교체하는 1868년경까지의 ‘도막론’을 다룬다.
 제3장 「메이지 유신 3유신 정부」에서는 메이지 정부(신정부)가 새로운 정책을 전개하는 1877년 전후까지의 「유신 정권론」을 다룬다.
 제4장 「자유민권운동의 시대――변하는 평가의 주체」에서는 자유민권운동 연구를 다룬다.
 제5장 「대일본제국론――국가와 천황제의 해명」에서는 대일본제국에서의 국가론과 천황제론을 다룬다.
 제6장 「닛신・일러전쟁의 시대――1894‾1910년」에서는 닛신・일러전쟁 연구를 다룬다.
 제7장 「다이쇼 데모 클래시기――1910년대~20년대」에서는, 다이쇼 데모 클래시 연구를 다룬다.
 제8장 「아시아·태평양 전쟁의 시대――1931년~45년」에서는, 아시아・태평양 전쟁 연구를 다룬다.
 제9장 「전후 사회론――동시대사의 해명」에서는, 전후사를 다룬다.

이하, 간단한 비평.
1) 근현대 일본사의 대략적인 흐름을 잡을 뿐만 아니라, 거기에서의 역사학 연구의 문제 관심의 변화, 그리고 역사 연구의 프론티어까지도 알 수 있어 매우 유익하고 흥미롭다. 역사학 혹은 근현대 일본사에 그다지 익숙하지 않은 사람에게도 읽기 쉽도록 생각한다. 참고 문헌도 첨부되어 있어 추가 학습에도 편리하다.
2) 「사회사」, 「절대주의」, 「파시즘」이라는 용어가 명확한 정의 없이 사용되고 있다. 그러나 이러한 개념의 의미 내용은 논자에 따라, 연구 시기에 따라 다르다. 예를 들어 '절대주의'는 당초 입헌주의와는 반대의 정체, 즉 전제주의를 가리키고 있었지만, 최근에는 군주의 관료기구·군제, 조세제도가 가지는 한계가 밝혀져 '그다지 절대적이지 않은 절대주의'로 이해되고 있다. 「사회사」도 아날 학파에서 당초 민중사를 포함한 전체사로서 지향되어 있었지만, 그 후, 심성사, 역사인류학으로 시프트해 나간다. 본서는 사회사와 민중사를 구별하고 있지만, 그 구별에 대해서는 아무런 설명도 없다.
3) 「사회사」의 애매한 채용은 본서의 틀과도 관련된다. 역사학을 3개로 구분하는 본서의 틀은 언뜻 보통 외형으로 보인다. 그러나, 이 구분이 엄밀하게 사학사에 적용될 수 있을지 의문이 난다. 예를 들면, 히로타마사키의 연구는, 「민중」을 강조하는 점에서 제2기에 위치하고 있지만, 동시에, 문명 개화를 근대의 산물로서 비판적으로 논하고 있는 점에서는 제3기에 속한다고 한다. 또한 식민지에서 민중에 초점을 맞춘 연구는 제3기에 속한다. 물론 본서는, 3구분을 유연하게 이용하고 있어, 그런 문제는 없는 것일지도 모른다. 그러나 이 책의 구분이 유일한 틀이라고 하는 것은 아니다. 특히 이 책은 이른바 언어론적 전회, 포스트모던의 영향(역사학 내부에서의 변화)과 냉전의 종결, 마르크스주의의 쇠퇴(역사학 외부에서의 변화)에 대해서는 거의 언급하지 않았다.
4) 틀의 문제는 막히는 곳 「무엇을 위한 사학사인가?」라는 문제에 귀결하는 것 같다. 사회사는 흔히 '빵 쓰레기로 한 사회사'라고 불리우며, 연구의 세분화에 의한 공통 양해의 소실이나 연구의 의의의 희박화가 문제시되고 있다. 그러나 본서는 이 점을 다루지 않고, 제1기와 제2기의 역사학연구에 있어서, 연구자를 둘러싼 당시의 일본 상황과 그에 대한 연구자의 문제의식이 역사상에 반영되고 있는 점을 강조하는 것에 머물고 있다. 이 책은 "뒤로"에서 자동차를 인용하고 있지만 역사학에서 현재주의에 대한 저자 자신의 주장은 언급되지 않았다. 이들로부터의 근현대 일본사에 대해서, 저자 자신 어떻게 생각하고 있는지 확실한 논의가 없는 것이 부족하고, 유감스러워 보였다.
5) 이상과 같이 말했다고 해서 평자는 저자에게 『성공한 『역사학』』을 쓰도록 요구하지 않았다는 것을 마지막에 덧붙여 둔다. 본서는 결코 선행연구를 ‘복잡한 근현대 일본사의 해명’에 ‘실패했다’고 평가하고 있는 것은 아니다. 이 책은 오히려 역사 교육의 관점에서 연구자의 문제 관심·방법·입장에 따라 사료로부터 읽혀지는 역사상이 다르다는 것을 사학사를 통해 밝히고 있는 것이다. 이 책에서 전후 역사학이 성공했는지 실패했는지, 옳은지 틀렸는지의 가치 판단은 전혀 관계 없다고까지는 말하지 않을 때까지 2차적인 논의에 불과하며 저자는 그러한 가치 판단을 하지 않았다.
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무명자
4.0 out of 5 stars 다시 원전에 해당하고 싶어지는 기초적인 책입니다.
Reviewed in Japan on March 3, 2013
Format: Paperback Shinsho
빨리 출판되고 있으면, 전혀 다른 책의 읽어 진행 방법이 생겼는데,라고 생각합니다.

필자의 신설의 전개라고 하는 것보다 역사학의 연구 방법의 변천을 자취해, 교과서에서의 기술을 바탕으로, 기초적인 문헌이나 소설을 해설, 소개해 가는 체재입니다.

필자가 지적하는 3단계의 사고방식의 변천이라고 하는 것은, 제1기는 마르크스주의 역사학, 제2기는 실증주의 역사학, 그리고 제3기는 인접하는 제학문(사회학이나 민속학 등)의 지견을 살린 사학.

에포크에서 다루는 것은 메이지 유신(개국, 도막, 유신정부), 자유민권운동, 대일본제국론, 일청일로전쟁, 다이쇼 데모클래시, 아시아·태평양전쟁 시대, 그리고 전후 사회 등.

여러 번 다시 읽고 원전에 든 책을 찾고 싶습니다. 좋아하는 입문서라고 생각합니다.
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공만
5.0 out of 5 stars 다양한 학설의 견해도 제공 
Reviewed in Japan on January 13, 2015
Format: Paperback Shinsho
 일본의 근현대사가 역사학에서 어떻게 그려져 왔는지, 저자는 9개의 시대 테마를 마련해 검토한다. 패전으로부터 70년, 근현대사의 견해는 큰 변화가 있었다. 크게 나누어 3기로 나뉘어 패전 직후부터 60년대까지를 중심으로 하는 제1기는 사회경제사를 기반으로 하여 마르크스주의 진보사관의 영향이 짙다. 60년대부터 95년경까지를 중심으로 하는 제2기는 민중사에 주목해 제1기를 보완하는 형태로 진전한다. 75년경부터 현재에 이르는 제3기는, 제1기, 제2기 비판의 성격을 가지고 사회사 연구로 퍼져 간다.
 통설을 대표하는 고등학교의 일본사 교과서의 기술이 우선 뒤따른다. 이들은 제1, 2기의 연구가 기초로 되어 있다. 각각의 시기를 대표하는 연구자의 저자, ​​논문을 거론하고 그 요점이 해설된다. 그리고 각 논점이 그 시대의 과제와 연결되는 것이었다는 것을 언급한다. 또, 역사학이 선인의 성과를 근거로 하면서, 그것에의 비판에 의해 심화해 나가는 것임을 양해할 수 있다.
 예를 들어, "다이쇼 데모 클래시"의 평가의 변화에 ​​일반적으로 나타납니다. 1기에서는 다이쇼 시위가 전후 민주주의의 원류이지만 계급적 관점이 부족하여 낮은 평가밖에 주어지지 않았다. 하지만 2기에서는 다양하게 존재한 사회운동과 정당정치의 연구가 진행되어 재평가되게 되어 오늘의 정설이 되었다. 그리고 데모 클래시의 진전에도 불구하고 파시즘으로 이행한 것은 왜인지의 문제가 부상한다. 그런데 제3기에 들어서면 시위전의 진전이 평준한 '국민화'를 촉진해 총력전체제인 파시즘을 준비하게 됐다는 인식이 탄생한 것이다.
 제1, 2기에서는 일본의 근대의 특수성, 후진성을 묻는 것이 역사학의 공통된 과제였다. 그러나 3기 연구자들은 근대의 선진성과 후진성이라는 관점에 가치를 두지 않고 '근대' 자체의 기제를 묻는다. 사건의 역사상의 재검토와 함께 역사학의 상대화도 도모한다는 난제에 도전하고 있다.
 마치 유클리드 기하학에 대한 비유클리드 기하학과 같은 관계인 것 같지만, 단연 역사학이 재미있게 된 것은 확실하다고 생각한다. 통사의 기술도 바뀔 것이다.
 본서는 일본 근현대사에 관심을 가진 자에게 다양한 학설의 견해도를 제공함과 동시에 중요한 문헌의 가이드 역할을 하여 절호의 입문서이다.
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navi
4.0 out of 5 stars 역사교육과 역사학
Reviewed in Japan on October 14, 2012
Format: Paperback Shinsho
이 책은 저자의 후기에 따르면 역사의 교원을 목표로 하는 학생들에게 강의가 그 원형이라고 한다. 그 탓일지도 모르지만, 본서의 구성은, 근현대사의 패러다임을, 전후 직후부터 1960년경까지의 사회경제사 베이스로 한 통사를 그려내는 제1기, 1960년대경부터 강해진 「민중」의 관점이 들어간 제2기, 1970년 중반 이후의 제1기, 제2기와는 다른 조류로서 제3기로 나누어, 각각의 시기의 역사학의 특징과 그것이 제출하는 역사상을 소개한다고 하는 구성을 취하고 있다. 또한 각기 모두 최초로 교과서에 쓰여진 역사상이 먼저 소개된다는 정교한 구성이 되고 있다.

저자의 본서의 스탠스는, 향후에 언급되고 있는 E·H·카 「역사란 무엇인가」로 언급되고 있는, 역사와는 「현재와 과거 사이의 다하는 것을 모르는 대화」로 '현재'가 추이하고 변용하면 '과거'의 서술-역사 서술도 달라지기 때문에 각 기간마다 역사학 관계의 대표적인 서술을 선별하고 그 서술을 추적하는 데 있다.

많은 참고사료가 내걸려 있기 때문에, 본서를 옆에서 그 사료에 해당하면 새로운 발견이 있을지도 모른다. 영토 문제로 중국, 한국과의 긴장이 높아지는 오늘날 역사학에서 어떤 근현대 일본상이 그려져 왔는지를 아는 것은 큰 의미가 있다고 생각된다. 그 구성도 있어, 결코 읽기 쉬운 책은 아니지만, 일독을 추천하고 싶다.
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미카키모리
3.0 out of 5 stars 실패의 "역사학"
Reviewed in Japan on March 1, 2012
Format: Paperback Shinsho
참고 도서로부터 대략적인 견해는 붙었지만, 과연 생각한 대로였다. 여기에 정리되어 있는 것은 근현대 일본사의 해명에 실패한 '역사학'이다.

이것이 실태이기 때문에 저자에게 동정할 수밖에 없지만, 예를 들어 마루야마 마오의 초국가주의, 부다 요시야의 교육 칙어 혹은 무라카미 중량의 국가 신도 등, 어느 것도 그 역사적 의의를 해명할 수 없고, 네츠조를 거듭한 것뿐이다. 역사사실의 검증에 참을 수 있는 것은 아니다.

따라서 오늘도 도쿄 재판의 '공동모의'의 출처가 밝혀지지 않은, 이를 주장해 타이틀의 의미가 있는 것은 아닐까. 지금 중요한 것은, 복잡한 근현대 일본사의 해명이 이러한 「역사학」적 수법에서는 전혀 검증할 수 없었던 것의 반성일 것이다.

선행연구의 정리는 물론 의미가 있는 것이다. 그러나 그들을 면밀히 재검증할 필요가 있는 것은 아닐까. 1980년대에 차례차례로 공개된 GHQ 관계 문서를 정성껏 읽으면 그 답변이 있다. 초국가주의나 국가신도는 교육 칙어 '중외'의 잘못된 해석에 관계하고 있던 것 등도 GHQ 문서에 있다. 저자에게는 그것을 해독하고 다시 '근현대 일본사와 신역사학'을 쓰길 바란다.
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