2026-03-04

「社会」のない国、日本 ドレフュス事件・大逆事件と荷風の悲嘆 (講談社選書メチエ 595) | 菊谷 和宏 |本 | 通販 | Amazon

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「社会」のない国、日本 ドレフュス事件・大逆事件と荷風の悲嘆 (講談社選書メチエ 595) 単行本 – 2015/3/11
菊谷 和宏 (著)
4.3 5つ星のうち4.3 (28)

20世紀初頭に日仏両国に勃発した二つの事件。冤罪被害者は、なぜフランスでは救われるのに、日本では救われないのか? 二大事件とそこに関わった人々のドラマを比較し、日本に潜む深刻な問題が白日の下にさらされる。「日本」という国家はなくても、日本という「社会」は存在できる。永井荷風の悲嘆を受けて、「共に生きること(コンヴィヴィアリテ)」を実現するための処方箋を示す、日本の未来に向けられた希望の書。


本書は、国家による冤罪事件として知られるフランスのドレフュス事件(1894-1906年)と日本の大逆事件(1910年)を取り上げ、日仏両国の比較を通して、日本に見出される問題が今日もなお深刻なまま続いていることを明らかにする。
スパイの嫌疑を受けて終身刑に処せられたユダヤ系の陸軍大尉アルフレッド・ドレフュスは、軍部や右翼との闘いの末、最終的に無罪になった。その背景に作家エミール・ゾラをはじめとする知識人の擁護があったことはよく知られている。一方、天皇暗殺計画を理由に起訴された24名が死刑宣告を受けた大逆事件では、幸徳秋水をはじめとする12名が実際に処刑されるに至った。
二つの事件に強く反応した永井荷風は、ゾラと自分を比較し、自分の情けなさを痛感した、と告白している。そこで刻み込まれた悲嘆の深さは、荷風に戯作者として隠遁生活を送ることを余儀なくさせるほどだった。
ここに見られる違いは、どうして生まれたのか。本書は、両事件を詳しく分析することで、その理由が日本には「社会」がないという事実にあることを突きとめる。「日本」というのは国家の名称に尽きるものではない。国家が存在しなかったとしても、社会は存在しうる。そして、国家が個人に牙を剥いてきたとき、社会は個人を救う力をもっている。しかし、この国には、国家はあっても社会はない。それが、ドレフュスは無罪になったのに、幸徳らは見殺しにされた理由である。
今日も何ら変わっていないこの事実に抗い、「共に生きること(コンヴィヴィアリテ)」を実現するための処方箋を示す、日本の未来に向けられた希望の書。
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出版社より

「社会」の底には何があるか

商品の説明

著者について

菊谷和宏(きくたに・かずひろ)
1969年生まれ。1998年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。現在、和歌山大学経済学部教授。専門は、社会思想史、社会哲学。著書に、『トクヴィルとデュルケーム──社会学的人間観と生の意味』(東信堂、2005年、日本社会学史学会奨励賞)、『「社会の誕生」──トクヴィル、デュルケーム、ベルクソンの社会思想史』(講談社選書メチエ、2011年)ほか。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 講談社
  • 発売日 ‏ : ‎ 2015/3/11
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 本の長さ ‏ : ‎ 256ページ
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フォロー
菊谷 和宏
1969年、愛知県生まれ。博士(社会学、一橋大学)。パリ第七大学招聘研究員、和歌山大学教授等を経て、現在、一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は、社会学史・社会理論・社会思想史。

主な著書に、『トクヴィルとデュルケーム』(東信堂。日本社会学史学会奨励賞)、『「社会」の誕生』、『「社会」(コンヴィヴィアリテ)のない国、日本』(以上、講談社選書メチエ)ほか。

主な訳書に、エミール・デュルケーム『社会学的方法の規準』(講談社学術文庫)ほか。
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