「74歳の日記」書評 小さな喜びがもたらす豊かさ
ISBN: 9784622088523
発売⽇: 2019/10/17
サイズ: 20cm/329p
73歳の冬に脳梗塞を起こし、気づいたことがあった。「健康な人には分からないことがある」と−。どんなときにも人生の探検者でありつづける詩人で小説家のサートンが、ふたたび元気…
74歳の日記 [著]メイ・サートン
病を得て気づくことがある。心臓病に苦しむ著者は、自宅の階段を上る途中で息が切れてしまう。だがふと目を向けたポーチで光が変化する様子を、一時間も見ていられる。
あるいは長椅子に寝転がりながら、青いガラスの花瓶に活けたシャクナゲの白い花が、午後の光に浮かぶのを眺める。「部屋全体に花の存在感が満ちあふれ、私はただそこに横になって目を奪われていた」
海辺に近い、アメリカ北東部ニューイングランドの一軒家に一人で棲む彼女は、なかなか遠くまでいけない。だがその日常は冒険と気づきに満ちている。時間をかけてシーツの皺を伸ばす。今までただこなしていたことが歓びとなる。
彼女は孤独だ。でも寂しくはない。聞こえてくる波の音。鳥たちの声。庭に植えた多くの花々。その中を子猫のピエロが駆け回る。そして何より有り難いのは多くの友人たちだ。
わざわざ遠くから、土産物を携えてやって来てくれる人々。健康だった頃より、彼らの心が直接、深く入ってくる。「日々くり返される小さな喜びや失望を分かち合うことで、互いにうちとけた気持ちになれる」。彼らの繊細さこそが、なによりのご馳走だ。
もちろん、心を開くことは、傷つきやすくなることでもある。返事を期待する多くの手紙に応えられず苦しみ、美容院で無視されて涙を流す。嫉妬にかられて攻撃してきた人物の記憶に揺さぶられる。
著者は自分の弱さを余さず書く。そのとき、読者もまた彼女とともに苦しんでいる。だからこそ、窓から差す光のような突然の美しさもともに味わえる。
朝、ベッドで横になったまま、彼女は詩が降りてくるのを待つ。そうして彼女は心の奥底に深く潜り込む。自分自身と出会うこと。日々の微細な変化をたどりながら、著者はエミリー・ディキンソンのように、富とは関係のない豊かさがあることを教えてくれる。
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May Sarton 1912~95年。ベルギー生まれ。作家、詩人、エッセイスト。『海辺の家』『70歳の日記』など。
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