「買春する帝国」書評 自由奪う事実上の奴隷制を解明
ISBN: 9784000283908
発売⽇: 2019/06/27
サイズ: 19cm/264p
明治政府が違法としたはずの人身売買によって支えられていた近代日本の公娼制。それが、帝国の形成、拡大とともに変容し、最終的に日本軍「慰安婦」制度を生み出すに至るまでの歴史を…
買春する帝国 日本軍「慰安婦」問題の基底 [著]吉見義明
慰安婦のことを知らない若い人が増えている。中学の歴史教科書から慰安婦の記述がほぼ消えたためだ。歴史修正主義的な言説があふれる今、年長者の認識も怪しい。あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」の件も歴史認識の問題と当然関係しよう。
本書はそんな心許(こころもと)ない状態のこの国で、私たちが知っておくべき日本の性買売の実態を、最新の研究成果もふまえて広く深く解き明かした労作である。対象は幕末から売春防止法の施行(1958年)まで。議論するならこのくらいは押さえておこうよ、という最低限のラインである。
国際社会へのデビューに際し、1872年、明治政府は人身取引を禁止する芸娼妓(しょうぎ)解放令を出す。だがそれは近代の公娼制のはじまりにすぎなかった。
注目すべきは軍と遊廓の強い結びつきである。「軍隊に遊廓はつきもの」が当時の通念。遊廓の発展は、全国各地に陸海軍の部隊が置かれたことと切り離せず、日清日露戦争以降はそれが大陸にも拡大する。
もうひとつ注目すべきは「娼妓制度は事実上の奴隷制」という認識が早い時期から広がっていたことだろう。娼妓は前借金で縛られて「外出の自由」も「居住の自由」も「遊客を選択ないし拒否する自由」もなく「廃業の自由」もないに等しかった。これを問題視する人は多く1929年には「公娼制度廃止に関する法律案」が衆院に上程されている。しかし日本政府は奴隷制禁止条約さえ批准せず、性買売における事実上の奴隷制も廃止しなかった。そして満州事変以降、〈日本軍や日本政府は、軍慰安婦制度という新しい性買売のシステムを自らつくり、運営して〉、国内外の女性を戦地に動員するのである。
買春(かいしゅん)を必要と考えた政府・軍・政治家・業者らがつくり上げた「買春する帝国」。背景には男性の買春を容認する強い意識があるのではないか。歴史の闇は想像以上に深いのである。
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よしみ・よしあき 1946年生まれ。中央大名誉教授。専門は日本近現代史。著書に『従軍慰安婦』など。
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