「非国民文学論」書評 「おそれかしこまる」心理を読解
ISBN: 9784787292520
発売⽇: 2020/02/21
サイズ: 19cm/230p
徴兵検査で丙種合格になった作家、ハンセン病のために徴兵されなかった病者、さまざまな手段で徴兵を拒否した者。戦時下の非国民の短歌や小説を解読し、疎外感と自己喪失感の表現、そ…
非国民文学論 [著]田中綾
非国民文学の概念は、国民文学(吉川英治、司馬遼太郎ら)と対峙する意味か、あるいは非国民とされた文筆家や作品の内容を指すのか、に二分される。著者は後者として捉える。あえて「反戦の文学」といった評価軸とは一線を画して論を進めている。
帝国臣民としての兵役を拒まれたハンセン病患者・明石海人(かいじん)の歌集、一人息子を徴兵忌避者とした金子光晴の『詩集三人』、丸谷才一の『笹まくら』をもとに検証していく。明石は自らの身は療養施設に拘束されても、精神は想像力の中にあるとする。しかし日中戦争に出征していく看護師・職員を歌う戦争詠には、我が身を顧みて、「おそれかしこまる」心理があると分析する。想像力と現実の心理の葛藤を読み解くのだ。
本書は他のハンセン病患者の和歌も確認しながら、自分のために誰かが犠牲になったという心理に着目する。そのうえで患者や徴兵忌避者は、非国民として〈書く〉〈生きる〉ことでどのような生になりきり、いのちを回復したのかという主題を導き出す。これが非国民文学の軸なのであろう。
著者はこの視点を『笹まくら』の主人公・浜田庄吉が、昭和15年から20年まで杉浦健次という名で全国を香具師(やし)として歩く姿に据える。浜田は戦時下の時代空間を戦争忌避の意志を持ち流浪する。旅先で知り合った宇和島の女性の家にかくまわれるのだが、自らの家族を犠牲にし、女性の肉親と疑似家族関係を築き浜田は戦時下を生き延びた。
著者は丸谷の創作動機などは深く掘り下げず、作品分析に集中する。主人公の生き方と戦後社会の忌避者への反応を通して、戦中と戦後が地続きだと見る点がユニークである。
これは非国民文学の連続性という新たな視点の発見といえる。著者が分析を試みた一連の作品の主人公にこそ「最も〈国民〉的な心性」があると言い、従来その視点が欠けていたとの見方に今後の議論がまたれる。
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たなか・あや 1970年生まれ。北海学園大教授(日本近現代文学)、三浦綾子記念文学館長。著書に『書棚から歌を』。
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