保守・リベラル・革新は何がちがうのか
2017/10/22(Sun) 17:16 論考・自論 0 0
民進党が「希望の党」と「立憲民主党」に分裂したことで、衆議院解散総選挙は「保守中道左派(自公)vs保守中道右派(希望・維新)vsリベラル派(立民・社民・共産)」の三つ巴の争いになりそうです。国民としては、選択肢が多く、かつ判りやすくなったのはたいへんありがたいことです。
ときに、日本では「保守派」の自公政権に対して「リベラル派」の民主・社民・共産が対抗する、というのが長らく政局の構図となっていましたけれど、かつては「保守派」と対立軸を形成していたのは「革新派」でした。しかし、「革新派」と呼びうるほどの政党も政治家も、70年代をピークに後を絶ち、「保守派」に真っ向から対立する政治勢力は存在しないはずです。
しかし現在の日本では、保守派とリベラル派はまさに犬猿の仲となっていて、互いが互いを「ものの道理もわからぬ愚か者」とみなして無暗に罵り合うばかり。先述しましたとおり、本来、両派はそれほど深く対立するような間柄ではないはずですが、いまや建設的に議論を交わすことも難しくなっています。選挙が近づくなか、これは大いに問題ありとせねばなりません。
ときに、政党や政治家の立ち位置を表すのに、こうした保守・リベラル・(ついでに)革新といった分類がされますけれど、「じゃあそれぞれで何がちがうの?」と訊かれてもよくわからない方も多いのではと思います。そこで、本稿では選挙の予習も兼ねて、それぞれの思想・信条の傾向をざっくりとまとめてみたいと思います。
その前に。私たちが「○○派」と呼んで人々を分類するのは、同じことへの対応でも、人によって判断・選択の違いが生じるのを認めるからであります。たとえば、目玉焼きの食べ方ひとつを取っても、醤油をかける人、ソースをかける人、何もかけない人――と好みが分かれます。そこで、私たちは「目玉焼きの食べ方」において、「目玉焼きにかけるもの」の違いを基に、人々を「醤油派」だとか「ソース派」だとかに分類するわけです。
政治においても、様々な問題の解決方法やその是非について意見がわかれることが多々あります。たとえば、今回の選挙では原発政策もテーマになっておりますが、原発を今後も推進していくと掲げる政党もあれば、廃止を訴える政党もある。消費税を増税するという政党もあれば、凍結するという政党もある。こうした個々の問題に対する主張の違いを基に「推進派/反対派」と二分することはできます。しかしこれだけでは、選挙で政党なり政治家なりを選ばねばならない有権者にとっては「情報不足」です。
わが国は「間接民主制」を採っております。選挙の度にいろいろな争点が提示されはするのですけれど、それは政治が取り組むべき問題のほんの一部であって、他にも問題は山積しているわけですが、それら選挙で問われなかった問題に係る判断は、政治家にほぼ一任するよりありません。ですから、有権者は選挙公約そのものよりも、その公約から透けて見える政党・政治家の「政治的志向」を基に投票することになります。
人間は誰しも、何かしらの状況への対応を迫られれば、複数の選択肢のなかから行動を選択しなければなりません。たとえば、東京から大阪に旅行するのであれば、交通手段は飛行機、新幹線、電車、バス、自家用車等いくつか選択肢がありますけれど、ある人は多少経費がかかっても最速で着きたいからと飛行機を選び、またある人は多少時間がかかっても旅行の風情を楽しむために電車を選び、またある人は、大阪観光よりも大阪までのドライブを楽しみたいからと自家用車を選ぶ。何に目標を置き、何を重視しているかによって、それぞれの選択は異なってきます。「政治的志向」とは、ある政治的問題に対して複数の選択肢が想定されるなかで、何を第一目標に置き、また何に依拠してその選択が正しいと判断するのか、その基準の在り処を示すのです。
「保守派」ですとか「リベラル派」だとかは、この「政治的志向」の違いに応じて貼りつけたパッケージなのです。有権者は、自分と「政治的志向」が似ている政党・政治家であれば、他の問題についても概ね自分が正しいと考える方向性で取り組んでくれるだろう、と期待できる。そこで、どの政党・政治家が何派であるか、という情報が非常に有用となるのです。
少々前置きが長くなりましたが、それでは各派の「政治的志向」について、特にそれぞれが自らの判断の根拠としているのは何かという点に注目しつつ、解説していきたいと思います。
まずは保守派について。辞書を引きますと、保守とは「今までの状態・考え方・習慣などを根本から変えようとはしない態度」と定義されています。おそらく、保守と聞いて一般の人が真っ先に思い浮かべるのはこの意味ではないかと思いますが、そのためか「保守的な人」というと、堅物で、頑迷で、融通が利かない奴、とネガティブな方にイメージされがちです。しかし保守派は胸を張って「このとおりである」と言い返すでしょう。
保守派にとって重要なのは、国家・社会・村落・家族といった大小様々な共同体が、長い歴史のなかで「伝統」を培い、受け継いでいるという事実です。「伝統」には、その共同体が慣習的に引き継いできた社会制度の一切が含まれ、それは日常生活のスタイルを規定する文化様式や、為すべきこと・為してはならないことを教唆する倫理・道徳的規範、自らが集団の一員であるという自覚と、集団のルールに従わなければならないという感覚を養う公共意識、人の行為の正当/不当を仕分ける正義の基準、そして物事の優劣を順序づける価値観等、多岐にわたります。それらは、共同体が秩序を保つために不可欠でありますが、いずれも一朝一夕で出来上がるものでも、また人為的に創造できるものでもない。世代を超えて営まれてきた共同体の生活実践のなかで、自ずと醸成されてきたものです。
保守派は「伝統」を、共同体が相続してきた、他には代えがたい貴重な財産と見なし、それを急激に変えたり、破棄したりするような企みは断固拒否します。保守派からすれば、元来個々ばらばらの人間が共同体を形成できるのは、ひとえに「伝統」を共有しているからであって、「伝統」の崩壊は即ち共同体の崩壊なのです。また、共同体が「伝統」によってまとまっている以上、共同体の正しさの規準もまた「伝統」にあると見なさなければならない。だから、保守派は万事「伝統」に依拠して物事の是非を判断することになります。
すると当然、次のような批判が噴出することでしょう。「新しい時代には、過去に類例のない事態が生じるもの。だのに、昔からの先例に囚われていては新たな世の中に対応できない」と。
保守派の目が過去に向きがちなのは確かです。また、伝統にこだわるあまり、急激な社会の変化に対応しきれないことも往々にしてあります。これは保守派の「弱点」ではありますが、同時にこの「ぶれなさ」こそが保守派の「美点」でもあります。
保守派の使命は「古くからの伝統をそのままに維持すること」ではありません。そもそも「伝統」と呼ばれるものは、時代の変化のなかでその形姿を変えてきたのですから、それをどこかの時代で区切って凍結保存するなどナンセンスです。保守派が目指すのは、「伝統」を過去から現在までの歴史の流れを汲みつつ、未来へと「発展」させていくことです。
「伝統」を「発展」させる、というのは少々違和感があるかもしれません。しかし、たとえばどんなに新奇な芸術作品も、過去に制作された作品の影響を受けていないものはありません。言い換えれば、新しい作品は、過去の作品を土壌にしなければ生まれえなかったのです。この過去と現在の芸術作品の間を貫く連続性のうちに、私たちは両者の根底に共に流れる「美」の精神を見て取る。この「美」が両者を統一しているのであり、さらに統一者たる「美」の発展史としての「美術史」が構築されるのです。
同様に、保守派は「伝統」を共同体の始源とし、共同体の歴史をその発展の軌跡として捉えます。この視点では、現代とは、伝統の発展過程の途上に位置するのであり、そこに生きる現代人の使命は、過去から連綿と続く「伝統の発展史」を未来へと延長させることにあります。ですから、保守派はけして変化を厭いませんが、しかしその変化は、「伝統」の精神を核としてしっかりと保ち、「伝統」と時代とが調和したものでなければならないのです。
以上のとおり、保守派は、共同体と共同体の成員は、過去から引き継いできた「伝統」に基づいて社会生活を送っていると考えますので、物事の是非は、それが「伝統」に適っているか、あるいは、伝統の順当な発展と評価できるか、という観点から判断します。これに対峙するのが「革新派」ですが、そちらよりも先に「リベラル派」について解説いたします。
「リベラル(liberal)」は、日本語ですと専ら「自由主義者」と訳されますが、その名のとおり「自由」に至上価値を置きます。それもただの「自由」ではありません。リベラルが求めるのは「人類普遍の自由」であります。
ではまず、リベラルが誕生した歴史的な経緯をざっくりと追ってみましょう。
ヨーロッパで「大航海時代」の幕が上がり、国と地域の貿易が地球規模にまで拡大して、いわゆる「商業革命」が勃興すると、ヨーロッパの経済規模は爆発的に膨れ上がり、商業や金融業、海外植民地での農場・鉱山経営等、時代の花形となったビジネスに従事する人々は徐々に力を蓄え、中産階級(市民:ブルジョワジー)を形成していきます。社会における市民の影響力が強まっていく一方、国家は未だ王侯貴族や聖職者といった旧い階級が幅を利かせる中世的な枠組みからなかなか脱せませんでした。
保守派は、変化そのものは否定しないと言っても、その理論は既得権益を持つ者の自己正当化に援用されがちであることは否定できません。市民社会の黎明期においても、王侯貴族は国家の支配者として君臨し続けた古い血脈を拠りどころとして、自分たちの権力を正統化し、市民が上げた利益を税として徴収しては、豪奢な生活を送っていました。
この状態に業を煮やした市民たちは、旧来の体制を改めようとしない王侯貴族等の「保守派」に対抗するかたちで、個々人の自由を掲げる「リベラル派」を形成していきます。リベラル派の望みは、王侯貴族や国家に邪魔されることなく、市民が思うままにビジネスを展開できる環境を作り上げること、つまり支配者層の権力を最小化して「自由になること」でした。そのためにはまず、王侯貴族らの権力の根拠となっている「伝統」の権威を打ち崩す必要がありました。
そこでリベラル派は、人間はみな、血筋も生まれも家柄も関係なく、人間であれば無条件に人間としての権利、すなわち「人権」を有していて、この権利は何人たりとて犯すことができない聖域なのだ、という思想を生み出す。そうして「伝統」の地位を「人権」よりも下におき、人権に反することは、たとえどれだけ長い歴史をもつ「伝統」であっても、これを排撃していきました。かくしてリベラル派は、人権を旗幟に掲げて保守派を攻撃し、市民の自由を拡大させていくプロジェクトを推し進めていくことになります。
しかし、伝統を軽視し、共同体の規範よりも個人の自由意思に重きを置くリベラル派の傾向には、保守派から「伝統を顧みなくなれば、人々の倫理・道徳意識が薄れ、共同体は秩序を失って崩壊するぞ」といった批判が向けられることになります。この批判に反論するため、リベラル派は伝統という強固な規範がなくとも社会が成立しうることを説明しなければなりませんでした。
そこで、リベラル派が「人権」と並んで重視したのが、人間の「理性」です。
人間には、その天性の素質として、誰に指図されるでもなく、自ら「最も正しい」判断や行動を選択できる能力が備わっている。保守派は、そうした人間の力を信じることなく、何事も「伝統」に縛り付けて人々を統制しようとするが、そんなものはそもそも不要で、人々は束縛のない自由な状態になれば、持ち前の理性をいかんなく発揮して最適な行動を取るようになり、古くさい「しきたり」でがんじがらめにするよりも、むしろ優れて調和した社会が成立する、とリベラル派は主張しました。
この説を補強するように、古典的な経済学は、みながみな合理的にふるまえば、世の中にあふれるモノやカネは、だれかがコントロールせずとも最適に配分されるというモデルを描きました。思想家は、そもそも政府は市民の財産や生命を守るために創られた、市民の生活の便を図るための一機関に過ぎない、と見なして、権力者の恣意的な国家権力の行使を牽制しました。知識人たちは、理想社会の実現に向けて、人々の「理性」を磨き上げるべく啓蒙活動に熱を上げていきました。
このように、リベラル派は「自由な諸個人による共同体」の建設を目指して自由を称賛する理論や思想を練り上げ、やがて市民による革命を巻き起こして、王侯貴族による古い支配を打破し、民主的な国家を築き上げていきます。今日、民主主義を標榜する国家において、人権ですとか、自由権ですとかを否定する者はまず存在しません。リベラル派の起こした潮流は、しっかりと現代に根を下ろしているのです。
一方で、こうしたリベラルな考え方が深く定着するに従って、リベラルな価値観が「伝統的」になりつつあり、国によっては「保守=リベラル」になっているケースも現れはじめます。かつての保守派のように、王侯貴族の血筋を重視するような人はもはや絶えて久しいですから、保守とリベラルの差はずっと狭くなっていて、人権をはじめとする基本的な価値を守り、発展させていくにあたっては、両者が協同することも難しくはありません。
とはいえ、保守派が共同体のもつ「特殊な」価値基準を重視するのに対し、リベラル派は国家・共同体を越えた人類の「普遍的な」価値基準に拠る、という方法論の面ではやはり相違は残っており、特に国際政治の場で意見が食い違うことは多い。たとえば国際貿易を巡る議論では、保守派は共同体に生きる人々の生活を守ろうとしますので、国内産業に配慮して保護主義になりがちです。一方のリベラル派は、国家なるものは見えない国境で区画された仮初の共同体であり、そもそも人間はみな同じ「世界市民」であるから、むしろ古い共同体は解体して、自由貿易によって世界をひとつにつなげようとする傾向にある。
おおざっぱにいえば、保守派は「共同体の利益」を、リベラル派は「人類の利益」を第一目標としている。いずれを重視するかは、人によって、あるいはそのときの歴史的状況によって異なります。ですから、国民が常にどちらかの方針を選ぶことができる状態にあるのが、民主主義国家においては望ましいことなのです。
最後に「革新派」について解説いたしましょう。こちらを後に回しましたのは、この3者のうち、革新派が歴史上最も遅く登場したからであります。
市民を主役とする一連の革命の後、ヨーロッパ諸国は続々と近代化を遂げ、人類史上未曽有の大発展を遂げます。それは、リベラル派の理論・思想の正しさを証明するかのようでした。
しかし、その内実をよくよく眺めてみれば、まずヨーロッパ国内においては一握りの資本家が富み栄える一方、労働者は明日の食事にも困窮する有り様。国外においては、ヨーロッパは自由と人権の価値を知る「文明人」だが、その他の地域に住む人々は、人類の普遍的価値を知らない「野蛮人」であって、先進的なヨーロッパはかれらを教導せねばならない、という「帝国主義」を掲げて、その実は暴力によって原住民を支配し、かれらから土地や財産や命を奪っているだけ。
この理想と現実の捻じれを目の当たりにした人々の間に、リベラルのいう「自由な諸個人による共同体」の繁栄は、結局のところ、強者が弱者から富を奪い取ることで成り立っていて、保守派が王侯貴族らの既得権益を守っていたのであれば、リベラル派の理想は、ヨーロッパの中産階級(ブルジョワジー)以上の利益を守っているに過ぎないのでないか、という疑念が広まっていきます。
そして歴史は、カール・マルクスという「巨星」を生み出すことになります。
かれは、リベラル派の支柱となっていた古典派経済学の理論を援用して、それが説く人類の繁栄は、労働者などの貧しい人々が生み出した価値を、ブルジョワジーが収奪することではじめて成立すること、そしてリベラル派は、人類はますます自由になっていくと説くが、自由な経済のもとでは、むしろ資本の増殖という無目的なプロセスに延々と巻き込まれることとなり、かえって自由も人間性も失われていく、と唱えました。
リベラル派のいう自由を推し進めていけば、むしろ人類は自由を喪失していく、というパラドクスはヨーロッパ社会に激震を与えます。さらにマルクスは「自由な諸個人による共同体」である市民社会が発展の最終局面に至ったとき、ブルジョワジーはこのパラドクスに耐えられなくなって没落し、やがて労働者を代表とするプロレタリアートが主導する真に平等で自由な世界が訪れる、と予言し、これに希望を見出した人々から熱狂的な支持を獲得していきます。
かくして、ブルジョワジーの打倒を掲げる革命が世界各地で勃発し、ロシアではソヴィエト社会主義連邦共和国、中国大陸では中華人民共和国という、革新派が掲げる共産主義・社会主義に基づく巨大な国家が誕生します。
革新派は、保守派が後生大事とする「伝統」にはなんの価値も見出しません。なぜなら、革新派にとって過去の歴史は「ブルジョワジーによりプロレタリアートが迫害されてきた事実」の累積でしかなく、そのなかで形成された価値観は、もれなく弱者を抑圧するためのイデオロギーに過ぎず、むしろ積極的に乗り越えていかねばならない、と考えていたからです。革新派は、こうして過去からすっかり脱却して、未来の理想社会に向かって邁進することをよしとしました。
また、リベラル派が求めて止まない自由な経済活動も、革新派は強者が弱者から富を収奪するのを正当化するだけだとして否定します。人々に儲けを追い求めることを要求する自由経済では、富は偏り、人は幸福になれない。みなが公平に富を受け取り、真に幸福な人生を送るためには、むしろ中央機関が経済活動をすべてコントロールして、人々が必要なだけ生産し、必要なだけ消費する社会としなければならない、と考えました。
これら革新派が描くユートピアは、人類史上類例のないものであり、保守派やリベラル派の理想を真っ向から否定するものでしたから、当然、両派は革新派を不倶戴天の敵と見なしました。しかし、保守派やリベラル派がけん引してきた世界では、人間同士の争いは跡を絶たず、困窮にあえぎ、迫害される人々が救われる兆しも見えない。この惨状のなかで、科学的な言説で身を固めた革新派は、知識人や正義感の強い青年を中心に急速に勢力を拡げ、保守派・リベラル派を脅かすことになります。
しかし、ソ連が先導し、人類がその歴史のなかで犯してきた過ちを清算するはずだった壮大な社会実験は、皮肉にも、集中し過ぎた権力は必ず腐敗するという、歴史の法則を繰り返
して崩壊します。かくして革新派は、3派のなかでは最も新しく誕生し、そして最も早く退場したのでした。しかし、革新派が巻き起こした嵐の影響はすさまじく、保守派・リベラル派は自身のポリシーの大転換を迫られました。
民主主義国家においては「数」こそが力です。革新派の主張は、社会のなかで圧倒的多数を占める貧民層の救済を第一とするものでしたから、それらが団結して選挙に臨めば、民主的手続きのもと、革新派による独裁政権が誕生するおそれがあった。そのため、保守派もリベラル派も、貧困対策に乗り出さざるをえませんでした。かくして、保守派もリベラル派も、膨大な社会保障関連の予算を確保するため、政府が経済成長や増税による税収増に血眼になる時代へと突入します。しかしこれは、当然の結果として、市民生活に対して国家が介入する領域と範囲を拡げることとなりました。
保守派は、たとえば「共同体が本来有していた相互扶助の仕組みを政府が補完する」とでも言っておけば言い訳になりましたが、国家権力の増大を許すことは、リベラル派にとっては自派の存在意義にかかわる深刻な背反行為でした。そのため、リベラル派は「みなの人権が尊重され、自由に市民生活を送るための最低限かつ基本的な社会インフラを政府が整えることは、真に自由で公平な社会を成り立たせるためには必要である」とする積極的自由の理論を組み上げましたが、いずれにせよ国家の巨大化を許容する点においてどちらも変わりはありません。
リベラル派が金科玉条としていた「国家権力の最小化」というポリシーも次第に有名無実化していくにつれ、保守派とのちがいがますます見えなくなってくるに伴い、リベラル派の立場も国や地域によって隔たりが出てきます。ヨーロッパにおいては、ある程度旧来の枠組みが維持され、保守派は伝統と自国の利益重視の中道左派、リベラル派は自由経済と世界全体の利益を重視する中道右派であることが多い(そのため、困窮する自国民を顧みない政治家を指して「あいつはリベラルだ」と批判されることがある)。なお、政府が介入する領域をさらに拡大し、国家主導での社会問題解決を訴える左派の領分は、社会主義ないし社会民主主義政党が守っています。
一方、伝統的に市民の自由を国是としてきたアメリカ合衆国では、保守派が自由経済志向であるため、中道右派であるリベラル派がもっとも左側に位置することになり、人民の権利を救済するために政府が積極的に動くべきだと主張しています(アメリカにおいては、どちらかというと民主党が左派寄りで、日本では当たり前の医療保険制度の「オバマケア」も民主党政権時代に制定されましたし、最近では、バーニー・サンダース氏が民主党の大統領予備選で非常に左派的な政策を主張して躍進しました)。
翻ってわが国はどうか。保守派を自称する与党自民党は、対外政策においては自由貿易を推進し、国際的な安全保障体制への軍事的プレゼンスを拡大する等、むしろリベラルな右派志向にある一方、国内政策においては、膨大な政府債務を抱えながらも、社会保障費や公共事業の削減には手を触れない等、左派的な傾向が見られる。一方、リベラル派を自称する野党は、自由貿易には反対し、安全保障に対しては非常に限定された役割しか認めない、一国主義的な保守派傾向にあり、内政についてはどうかというと、特に緊縮財政を主張するわけでもなく、そればかりか、国民の権利の保護等についての政府の役割を拡大しようとする等、むしろ左派・社会民主主義的な傾向がある。
このように、わが国の政局の見取り図を描こうとしても、なかなか一筋縄ではいかず、容易に「○○党は○○派だ」と当て嵌めることができない。そのため、国民からするとどの政党ごとにどういう特徴や違いがあるのか、非常にわかりにくいですし、また、各政党に一貫したポリシーがあるわけでもないので、有権者の思想・信条と心から共鳴するような政党が見当たらない。おそらくこれが、わが国の国民の政治に関する関心の冷え込みや、政治活動の低調化の要因なのではないか、と個人的には思います。
総じていえば、わが国の政党は全体として保守派・左派的で、国家の役割を大とし、国家による「上からの問題解決」に頼る傾向がある。その意味では、市民の自由な活動に絶大な信を置き、国家の役割を最小限に抑えようとする生粋のリベラル派政党は存在しない、といえるのかもしれません。これも個人的な展望ではあるのですが、こういう「真のリベラル」が登場しないことには、わが国の政治が変わることはないのではないか、と思います。
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