
日清戦争 (中公新書 2270)
by 大谷 正 (Author) Format: Paperback Shinsho
4.1 4.1 out of 5 stars (68)
===
From Japan
無党派
5.0 out of 5 stars 客観的な日清戦争の歴史、好個の書、お勧め
Reviewed in Japan on September 13, 2014
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
1本書を書店で見かけたので購入し一読したが、客観的に日清戦争を理解する好個の書であると思う。
日本の近現代史の最重要テーマの一つであるが、こと日本の侵略を議論することになるので学校教育で内容が深められることはない。
国民の多くが近現代史の重要テーマについて、断片的エピソードを知っているのはまだしも、無知だといっても過言でない。
私も日清戦争についてまとまった著作を読んだのは初めてである。日本にとって不都合なことも客観的に書かれている。これが歴史であっ
て、物語とか御伽話ではないのだから学者としてあるべき姿勢である。それだけの価値があるので再読して楽しもうと思っている>
2 日本の近現代史(最近200年間)の本のうち、重要テーマが深く事実を掘り下げて客観的に論じられるいるものが少ない。ノモンハン事件
については、最近満足するものを読めた。著者に「シベリア出兵」に関して深く事実を掘り下げた著作の出版を期待するのは勝手であろうか。
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歴史勉強中
4.0 out of 5 stars 戦後世代の歴史教育不備
Reviewed in Japan on June 25, 2017
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戦後世代は私を含めて日本近代史勉強はしてないが、此れではいけませんね、個人も国も分不相応なことは後に破綻が来るですねが読んだ感想です
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知名克尚
5.0 out of 5 stars 現代日本の世論に対する警告
Reviewed in Japan on May 1, 2024
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
日清戦争とは何か?
アジアの大国清を破り、列強の一員となる階段が駆け上がる言わば「栄光の歴史」の第一歩、という位置づけだろうか。
しかし、それは自国中心の一面的な見方である。
朝鮮では、この戦争の原因ともなった「第二次農民戦争」から終戦後も抵抗が続き、台湾でも領有化に反対する「抗日戦争」が続いた。
当然、韓国や台湾では、それに基づいた見方があるはずだ。
著者は、そういう自国中心の歴史観を是正し、日露戦争以前の日本軍は、国際法を遵守した、という定説を朝鮮や旅順で起きた民間人をも対象にした虐殺という都合の悪い事実を取り上げて糺す。
そして、そもそもこの戦争自体回避出来たが、日清双方の政府の強硬派や対外硬派に煽られた民衆の突き上げによって戦火に及んだ、と政治家だけでなく民衆やメディアの責任も問うている。
それは、自国の正当性のみを主張し、徒に対外危機を煽る現代日本の世論に対する警告ともとれる。
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midori murakami
3.0 out of 5 stars 当時の国内メディアの様子まで記述有
Reviewed in Japan on July 22, 2026
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非常にわかり易く良い著書と思うが、後半の章に当時のメディアの様子が論じてあり、少々唐突に感じる。あとがきにもあるように著者の専門であり書きたい内容と理解するが、この章だけ粒度が違ってやや不自然に感じた。(自分が興味が湧かないだけで、他の人は面白く感じるかもしれない)
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Gatsby
5.0 out of 5 stars 日清戦争は日本の敗北であった
Reviewed in Japan on November 27, 2014
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
日清戦争で日本は軍事的に勝利しながらも、戦略的には敗北したことが様々な角度から明らかにされています。
・日本の開戦時の戦略目標は「朝鮮に対する(清国との間で)影響力の均衡を維持」することでしたが、日本軍が朝鮮の農民をいたずらに虐殺したことや、戦争終了後に日本公使が王妃を宮中で斬殺したことから、朝鮮では支配層から農民まで抗日で一致団結し、日本はかえって影響力を失った。
・軍事的に敗北した清国はロシアに接近し、日本の清国と連携しロシアに対抗するという戦略が破綻し、また開戦回避を支持していたイギリスも日本を警戒するようになり、日本は極東で孤立に向かい始めた。
・清国の接近によりロシアの南下は本格化し、日露戦争の遠因となった。
また、戦略なき開戦決定、外交力の欠如、前線軍部の暴走、開戦を狂信的に求める大衆など、後の第2次世界大戦の過ちの原型がすでに現れていたことも衝撃的です。
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おさる
4.0 out of 5 stars 日清戦争前後の軍事だけでなく政治・外交・メディア等にも触れた通史の本
Reviewed in Japan on October 1, 2019
Format: Paperback Shinsho
日清戦争前後に何があったのかについてかなり細かく説明がされていて、また戦争中の動きについても細部が描写されていて、今までに読んできた日清戦争に触れている本よりもかなり詳しい内容を知ることができました。
著者があとがきで書いていましたが、元々はこの時代のメディア史として出版したいと考えていたが却下されて通史を書くことになった経緯があるからか、第5章のメディア史には特に力が入っていて面白かったです。
歴史の教科書や、歴史小説、この時代・人物に触れた新書等でも大体偉人として描写されている人物を批判しているところが何度もあって新鮮に感じました。教科書や歴史小説などはこれらの人物が書いた自伝等から引用されていることが多いのかなと思いました。特に陸奥宗光の「蹇々録」は正確性が疑問に思われていると書かれていて、以前読んだ「蹇々録」の記述をもとに書かれていた本の内容と正反対に評価されているのは面白いなと思いました。
通信・伝達手段が確立していないので、都度の意思疎通は難しく、当初の作戦通りに動くことが正しいとは限りませんが、最初から独断で動く軍のトップが多すぎるなと思いました。結果的にうまくいっているところはあったかもしれませんが、こういった行動が伝統になっていって蓄積され、太平洋戦争にまで繋がっていくのかなと思いました。
主な戦闘について説明するところで、その戦闘の舞台となる地域の地図が掲載されていましたが、本文で説明している地名が網羅されていなくて、本文中でも地理についてはあまり説明されていなくて地名だけ登場するので地図を見ながら戦闘の進行状況を把握できませんでした。当初からの目的である直隷の場所・位置関係がどの地図にも掲載がなかったりしました。
ロシアが脅威ではなかった説明の根拠が薄かったり、日本・朝鮮・清以外の国際情勢の視点が薄かったりしたようにも感じました。
日清戦争の10年以上前からの朝鮮の混乱から、日清戦争開戦までの経緯、朝鮮半島での推移、清の領土内での推移、講和条約と台湾侵攻など、この時代の流れを細かく知ることができる本だと思います!
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ぱある
2.0 out of 5 stars 戦争を始める理由の説明が無い。
Reviewed in Japan on March 11, 2024
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
戦争の詳細も良く書けているのだが、凡そ日清戦争に付いてはどの本も戦争に至った原因の説明に明け暮れていて、戦争するに至った理由の説明が無いが、この本もその点で同じ。戦争したら結果どうなるのか、勝利できる勝算はどこから導き出されたのか、その説明が皆無であり不満が残る。
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やまごり
5.0 out of 5 stars 面白かった
Reviewed in Japan on July 7, 2015
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
当時の戦・中国・韓国の政治状況、戦のやり方、将軍の性格、人種の性格、当然それらが書いてあるのですが、大変面白かったです。
日本が日中戦争に踏み込むだけの傲慢さが良く分かるような気がしました。
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HIROSHI ピカソ
3.0 out of 5 stars 視点
Reviewed in Japan on July 20, 2020
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
この辺の歴史を各方は何人かおられるが、大谷先生の異なる視点を見たかったので購入いたしました。
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haenuki
3.0 out of 5 stars 当時の日本について網羅的だが清側の情報は少ない
Reviewed in Japan on April 15, 2017
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開戦に至る経緯から終戦までの推移について、補給の様子や欧米列強を含めた諸外国との外交まで網羅的に記載されていて学ぶところは多い内容です。ただ残念なのが著者の取材が日本側に偏っているのか、日本側の内実については詳細に述べられているのに対し清側の記載については歴史の教科書に載っているレベルの記載を繰り返すだけで、全体を通じ片面的と言わざるを得ない内容になっています。平壌における戦闘で日本側の苦戦を描いた後、清が休戦を申し出たのを「清の兵士の士気が低いため」の一言で片づけたり(指揮官が戦闘を諦めるくらい低い士気とはどういう状況なのかを描くのが著者の仕事では?)一般的に言われる「末期に続発した騒乱に対応するため地方有力者が組織した私兵が母体で、装備は玉石混交で組織としてまとまっていない」清軍が実態としてはどうだったかについては驚いたことに全く記載がありません。戦争相手国である清や、当時極東アジアに勢力を伸ばしていた英米露の思惑まで含め、日清戦争を複眼的に知りたいという人の需要には答えられていない内容です。
盾の半面だけ書いて満足してしまっている感があり、歴史ものの新書としては物足りない感がありますが、当時の日本について議会と政府の対立や軍隊の指揮系統の乱れ、伊藤博文ら明治の元勲と呼ばれる人同士の微妙な距離感等、当時の日本が四苦八苦しながら明治以降初の対外戦争を戦っている様子がうかがえる点は評価すべきだと思います。
明治の日本が、司馬遼太郎等が持論正当化の出汁に使った「明確な指針を思ったリーダーのもとで整然と動く組織」ではなく明治以降から現代まで続いてみられる近代国家特有の足の引っ張り合いに悪戦苦闘しながら国益の最大化を図っていたことを知ることができる「等身大の明治日本」を知るためには役に立つ本だと思います。
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かぼちゃ
1.0 out of 5 stars 通説を覆したい野心と日本軍を否定したい左翼思想の極致
Reviewed in Japan on June 22, 2023
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
明治時代当時の国際情勢や国内の政治的閥族の動向などへの視点が弱く、単純に平成(令和)から見た結果論からの逆算でしかない。日本軍をとにかく否定したくて仕方がないのは痛いほど良くわかるが、否定したければもっと「敵」を知らなければならない。読み始めた時は著者は中国人かと思ったほど。政治学的には共産党や社民党支持層には受けるかもしれないが、歴史学的には一考に値するかも怪しい著者のエッセー集。
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manza
2.0 out of 5 stars 注意しながら読むならあり
Reviewed in Japan on July 5, 2014
Format: Paperback Shinsho
近年の研究動向を踏まえた上で政治、軍事的展開や社会史的な方面にも記述が及びまずまずまとまりのよい小著となっている。
しかしながら全編通して著者の主観がにじみ出る記述には辟易させられる。
日本及び日本軍に対して肯定的な評価にはやたらと批判的である一方、
否定的な評価は無批判で受け入れ事実であるかのように記述している。
他のレビュアーが言及している趙景達の無批判引用はその一例。
趙氏は朝鮮人歴史研究者にありがちな結論ありきのイデオローグ。
著者の批判的な精神は研究に不可欠なものだが、批判的な評価も批判的に検討しなくては偏向と言われても仕方がない。
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読書好き
1.0 out of 5 stars 偏見に満ちたアンフェアな本
Reviewed in Japan on July 25, 2018
Format: Paperback Shinsho
これはひどい本だ。全体に著者の偏った考え方が満ち満ちている。
特に旅順虐殺の記述はフェアでない。この事件を報じたアメリカのニューヨーク・ワールド紙は、当時センセーショナルな報道で読者の好奇心を煽り、販売部数を伸ばしていた新聞で、この時代の扇動的な報道姿勢はイエロー・ジャーナリズムと呼ばれ今では批判されていることには触れていない。
勿論記事を書いたクリールマンなる人物が売名をはかるタイプのジャーナリストであったらしいことなどへの言及はない。
更に、アメリカ国務省が旅順虐殺について独自の調査を行い、観戦武官からは民間人の虐殺は否定する報告(オブライエン報告書)がなされている事実(報告内容が事実とは限らないが)は、作者の無知か故意によるものかは知らないが、一切触れられていない。
未だにこんな悪意と偏見にみちた本書く人がいるんだとびっくりさせられるという意味では読む価値がある。
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nv
4.0 out of 5 stars 通史的に日清戦争の端緒から終わりまで広く且つ丹念に纏めてある良書
Reviewed in Japan on September 27, 2014
Format: Paperback Shinsho
日本が近代国家として最初に戦った戦争であり、その後の国家の運命を示唆するような出来事が多く起きていたことを本書を通して知ることが出来る。著者の専門は戦争におけるメディアの役割という事だったと思うが、自らの専門に拘泥すること無く、通史的にこの戦争の端緒から終わりまで広く且つ丹念に纏めてある。
前半は伊藤博文、山県有朋、陸奥宗光と言った明治の元勲達の日清戦争に置ける果たした役割や日本及び清の軍事力などが概説されている。司馬遼太郎の小説が描いたような英雄譚ではなく、幻滅するような元勲達の失態や無能ぶりは興味深い。欧米諸国との条約改正交渉に置いて失敗を繰り返した陸奥は朝鮮半島情勢において強硬論を主張する事で自らの失敗を誤魔化そうとし、司令官として朝鮮半島に進行した山県有朋や桂太郎は兵站と補給を軽視した無謀な作戦を強行し、兵士や軍属を多く無駄死させている。また当時の日本軍は規模、装備共に貧弱で清のそれとは大きく劣るものだったという。ちなみに、軍備強化の為に松方デフレ下の経済でイギリスから高額の戦艦を購入したが、これは更なる正貨の大量の流失を招き、著者に依る指摘は無いが、恐らくデフレ経済を悪化させたはずである。また皮肉な事に、その後朝鮮半島で暗殺される伊藤博文は介入には消極的だったとのことである。
この様な悪条件が揃う中で、日本軍が清軍に勝利出来たのは、清軍が私兵的な側面が強く、士気が極めて低いのに対して、日本軍が「国民軍」として整備され国民レベルでの高い組織化と士気が大きかったようである。この点は当時から日本の国家としての特徴的な強みが良く出ている。しかし、士気の高さは裏返して言えば、極めて好戦性の強い国民性を表している。
これは中盤に繋がるが、この高い好戦性は旅順虐殺事件など、戦地での日本軍の蛮行の原因にもなった。条約改正を目指す日本は欧米列強に自らが「文明国」であることを示す必要があり、その一環として、捕虜の扱い等に人道的な処置を定めたジュネーブ条約を遵守している事を見せるために、外国人ジャーナリストを多く招いて従軍させていたが、逆に日本軍の残虐行為が国際的に知れ渡るという逆の結果になってしまったと言う。ただ、これはある意味仕方がない点がある。日本はつい最近まで徳川幕府の下での中世世界に生きており、戊辰戦争では幕府側の戦死者を埋葬する事を禁じたがために、戦場では腐臭が長く立ち込めたと言う。これに加えて、興隆する新しい国民国家特有の高まる国民感情が事態の過激化を強く求めており、これらが合わされば、戦場における「文明的」な振る舞いを求めるのは土台無理であっただろう。
後半は戦争の終結とその戦後処理である。ここでも日本社会の好戦的な状況と国際社会での振る舞いの稚拙が分かる。講和条約の締結後、朝鮮王朝への関与を日本は強めていくが、ロシア側に通じとした王妃を王宮内で殺害するという事件を起こしてしまう。この事件は国際的に大きく報じられ、前段の戦場での問題も合わせて、日本軍への悪印象を強めてしまう結果になったようである。それ以上に、これによって、朝鮮半島内で日本に対する悪感情が高まり、日本は一旦朝鮮半島から実質的に追い落とされてしまう。この辺りの武力一本槍の強引な統治手法は蜂起した農民への虐殺も含めて、何故融和的な措置を取る事を考慮しなかったのか興味の湧く所であった。
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りりしはおり
5.0 out of 5 stars 実は重要な日清戦争
Reviewed in Japan on October 15, 2014
Format: Paperback Shinsho
江川達也『日露戦争物語』を読んでから、日清戦争のことを知りたいと思うようになっていました。
日清戦争も決して楽に勝てたわけではなさそうだと(楽に勝ったと思ってた>.<)思ったからです。
読んでびっくりしたこと
・陸奥宗光ば開戦派だった。理由は、不平等条約の撤廃交渉不調をごまかしたかったから
・議会が開戦の年に二回も解散していたこと、けっして一枚岩ではなかった。
・好戦的なのは、与党よりはむしろ野党、政府よりは、むしろ国民。
・日清戦争の結果、ロシアの南下が促進。日清戦争は、外交的に失敗であった。
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ib_pata
5.0 out of 5 stars 日清戦争の発端となる朝鮮をめぐる分かりにくさが、整理されています
Reviewed in Japan on August 28, 2014
Format: Paperback Shinsho
日清戦争の発端ってイマイチ良くわからなかったんですけど、当時の李朝のグダグダぶりが、王妃や皇太后の一族が政権を握る世道(せど)というキーワードで解けました。とりあえず最初だけでも、ぜひ!
1879年の琉球処分を清は朝貢国琉球の消滅と受け止めて危機感を高め、朝鮮を守ろうとしたんだそうです。その李朝朝鮮では王妃や皇太后の一族が政権を握る世道=せど政治の伝統があったため、王妃である閔妃の影響力があった、と。朝鮮の高宗と高官たちは清による朝鮮策略を配布して開花政策を進めたけど、アホな儒学者が反発。日朝貿易で米不足となり、支給が滞った兵士が反乱=壬午事変。高宗は事態収拾の術を失い、引退していた大院君に大権を委ねたけど、清は「属国である朝鮮の事件について査問して処理する」と出兵して大院君を拘束して天津に連れ去り、再び高宗と閔妃が実権を握る、と。
再び開化派が台頭したけど、日本派と清派に分裂。そんな中で清はフランスと戦闘状態になり、不安となった高宗は日本に接近。竹添公使は稚拙な内政干渉によって甲申政変を起こすが失敗し親日的な急進改革派は消滅。これは朝鮮政策を担ってきた穏健派の井上や伊藤ら長州閥の失策ということになり、強硬派の薩摩閥の発言力が高まり、対清要求に朝鮮からの日清両国軍撤退など清の拒否が予想されるものになった、と。しかし、清の李鴻章は英国の説得もあって撤兵。これにより日本では長州閥の政局主導が回復したが、今度は英国が朝鮮南部の巨文島を占拠。日本は英露対立というグレートゲームが極東に波及し、ロシア南下を招くのではと恐怖。この結果、日本の朝鮮政策の第一目標が清の勢力拡大阻止から、ロシアの進出阻止に転換。巨文島占領直後の1885年には、清と連携して朝鮮政府の改革を行う「弁法八ヵ条」を結び、さらには天津条約も締結。壬午軍乱と甲申政変での対立が10年にわたって解消され、日清英協調体制となるというのが実は前提だったんですね。
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ribon64
2.0 out of 5 stars 軍事面中心
Reviewed in Japan on September 13, 2014
Format: Paperback Shinsho
陸奥宗光の蹇蹇録を読んで、当時の政府の外交力に感銘したのだけれど、若干自己弁護的な記述が気になったので事実を確認しようと本書を選んだのだが、やはりその辺を指摘する記述がいくつかあった。
軍事面と外交を中心に書かれており、それらに対し国内における戦争の影響についての記述は拙く、本書だけで日清戦争を総合的にとらえることはできない。歴史家としての力量では原田敬一の方が上で、彼の「日清・日露戦争」はもう少し高所から書かれていて面白かったように思う。
唯一刺激を受けたのは日清戦争を日朝・日中・日台の3つの戦争の複合だとする意見くらい。
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btg-kj
1.0 out of 5 stars 作者の偏見だらけ
Reviewed in Japan on July 21, 2014
Format: Paperback Shinsho
タイトルのとうり、作者の偏見で書かれているように思えてならない。
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무당파
5.0 out of 5 stars 객관적인 닛신 전쟁의 역사, 좋은 책, 추천
Reviewed in Japan on September 13, 2014
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
1본서를 서점에서 보았으므로 구입하고 읽었지만, 객관적으로 닛신 전쟁을 이해하는 좋은 책이라고 생각한다.
일본의 근현대사의 가장 중요한 테마 중 하나이지만, 일본의 침략을 논의하게 되기 때문에 학교 교육에서 내용이 깊어지는 일은 없다.
국민의 대부분이 근현대사의 중요한 주제에 대해, 단편적 에피소드를 알고 있는 것은 아직도, 무지라고 해도 과언이 아니다.
나도 닛신 전쟁에 대해 정리된 저작을 읽은 것은 처음이다. 일본에 있어서 불편한 것도 객관적으로 쓰여져 있다. 이것이 역사이며
, 이야기라든지 가곡이 아니기 때문에 학자로서 있어야 할 자세이다. 그만큼의 가치가 있으므로 재독해 즐겨보려고 하고 있다>
2 일본의 근현대사(최근 200년간)의 책 중, 중요한 테마가 깊게 사실을 파헤쳐 객관적으로 논해지는 것이 적다. 노몬한 사건
에 대해서는 최근 만족하는 것을 읽을 수 있었다. 저자에게 '시베리아 출병'에 관해 깊이 사실을 파헤친 저작의 출판을 기대하는 것은 마음대로인가.
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역사 공부 중
4.0 out of 5 stars 전후 세대의 역사 교육 미비
Reviewed in Japan on June 25, 2017
Verified Purchase
전후 세대는 나를 포함해 일본 근대사 공부는 하지 않지만, 챙겨서는 안 되는군요, 개인도 나라도 분부 상응하는 것은 나중에 파탄이 오는군요가 읽은 감상입니다
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지명 극상
5.0 out of 5 stars 현대 일본 여론에 대한 경고
Reviewed in Japan on May 1, 2024
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
닛신전쟁이란 무엇인가?
아시아의 대국청을 깨고, 열강의 일원이 되는 계단이 달려가는 말하면 '영광의 역사'의 첫걸음, 이라는 자리매김일까.
그러나 그것은 자국 중심의 일면적인 견해이다.
조선에서는 이 전쟁의 원인이 된 '제2차 농민전쟁'에서 종전 이후에도 저항이 이어졌고 대만에서도 영유화에 반대하는 '항일전쟁'이 이어졌다.
당연히 한국이나 대만에서는 그에 기반한 견해가 있을 것이다.
저자는 그러한 자국 중심의 역사관을 시정하고 러일전쟁 이전의 일본군은 국제법을 준수했다는 정설을 조선이나 여순으로 일어난 민간인을 대상으로 한 학살이라는 형편이 나쁜 사실을 다루어 규명한다.
그리고 원래 이 전쟁 자체 회피할 수 있었지만, 닛신 쌍방의 정부의 강경파나 대외경파에 부추겨진 민중의 밀어올림에 의해 전화에 이르렀다, 라고 정치가 뿐만이 아니라 민중이나 미디어의 책임도 묻고 있다.
그것은 자국의 정당성만을 주장하고, 학생들에게 대외위기를 부추기는 현대일본 여론에 대한 경고로 취해진다.
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미도리 무라카미
3.0 out of 5 stars 당시 국내 미디어의 모습까지 기술 있음
Reviewed in Japan on July 22, 2026
Verified Purchase
매우 알기 쉽고 좋은 저서라고 생각하지만, 후반의 장에 당시의 미디어의 모습이 논하고 있어, 조금 갑자기 느낀다. 앞으로도 있듯이 저자의 전문이어서 쓰고 싶은 내용으로 이해하지만, 이 장만 입도가 달라 약간 부자연스럽게 느꼈다. (자신이 흥미가 솟지 않는 것만으로, 다른 사람은 재미있게 느낄지도 모른다)
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Gatsby
5.0 out of 5 stars 닛신 전쟁은 일본의 패배였습니다.
Reviewed in Japan on November 27, 2014
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
닛신 전쟁에서 일본은 군사적으로 승리하면서도 전략적으로는 패배한 것이 다양한 각도에서 밝혀지고 있습니다.
・일본의 개전시의 전략 목표는 「조선에 대한(청국과의 사이에서) 영향력의 균형을 유지」하는 것이었습니다만, 일본군이 조선의 농민을 장난으로 학살한 것나, 전쟁 종료 후에 일본 공사가 왕비를 궁중에서 참살한 것으로부터, 조선에서는 지배층으로부터 농민까지 항일로 일치단.
・군사적으로 패배한 청국은 러시아에 접근해, 일본의 청국과 제휴해 러시아에 대항한다고 하는 전략이 파탄하고, 또 개전 회피를 지지하고 있던 영국도 일본을 경계하게 되어, 일본은 극동에서 고립으로 향하기 시작했다.
・청국의 접근에 의해 러시아의 남하는 본격화해, 러일전쟁의 원인이 되었다.
또, 전략 없는 개전 결정, 외교력의 부족, 전선 군부의 폭주, 개전을 광신적으로 요구하는 대중 등, 후의 제2차 세계 대전의 잘못의 원형이 이미 나타나고 있던 것도 충격적입니다.
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호기심
4.0 out of 5 stars 닛신 전쟁 전후의 군사뿐만 아니라 정치·외교·미디어 등에도 접한 통사의 책
Reviewed in Japan on October 1, 2019
Format: Paperback Shinsho
닛신 전쟁 전후에 무엇이 있었는지에 대해 꽤 세세하게 설명이 되어 있고, 또 전쟁 중의 움직임에 대해서도 세부가 묘사되고 있어, 지금까지 읽어 온 닛신 전쟁에 접하고 있는 책보다 상당히 자세한 내용을 알 수 있었습니다.
저자가 후기로 쓰고 있었습니다만, 원래는 이 시대의 미디어사로서 출판하고 싶다고 생각하고 있었지만 각하되어 통사를 쓰게 된 경위가 있기 때문인가, 제5장의 미디어사에는 특히 힘이 들어 있어 재미있었습니다.
역사의 교과서나, 역사 소설, 이 시대·인물에 접한 신서등에서도 대체로 위인으로서 묘사되고 있는 인물을 비판하고 있는 곳이 몇번이나 있어 신선하게 느꼈습니다. 교과서나 역사 소설등은 이러한 인물이 쓴 자전등으로부터 인용되고 있는 것이 많을까라고 생각했습니다. 특히 육안종광의 ‘마츠로록’은 정확성이 의문으로 생각되고 있다고 쓰여졌고, 이전에 읽었던 ‘마츠로록’의 기술을 바탕으로 쓰여 있던 책의 내용과 정반대로 평가되고 있는 것은 재미있다고 생각했습니다.
통신·전달 수단이 확립되어 있지 않기 때문에, 매번 의사소통은 어렵고, 당초의 작전대로 움직이는 것이 옳다고는 할 수 없습니다만, 처음부터 독단으로 움직이는 군의 톱이 너무 많지 않다고 생각했습니다. 결과적으로 잘 되고 있는 곳은 있었을지도 모릅니다만, 이러한 행동이 전통이 되어 축적되어, 태평양 전쟁에까지 연결되어 가는 것일까라고 생각했습니다.
주된 전투에 대해 설명하는 곳에서, 그 전투의 무대가 되는 지역의 지도가 게재되고 있었습니다만, 본문으로 설명하고 있는 지명이 망라되어 있지 않고, 본문중에서도 지리에 대해서는 별로 설명되어 있지 않아 지명만 등장하기 때문에 지도를 보면서 전투의 진행 상황을 파악할 수 없었습니다. 당초부터의 목적인 직예의 장소·위치 관계가 어느 지도에도 게재가 없거나 했습니다.
러시아가 위협이 아니었던 설명의 근거가 희박하거나 일본·조선·청 이외의 국제정세의 시점이 희미해진 것처럼도 느꼈습니다.
닛신 전쟁의 10년 이상 전부터의 조선의 혼란으로부터, 닛신 전쟁 개전까지의 경위, 한반도에서의 추이, 청의 영토내에서의 추이, 강화 조약과 대만 침공 등, 이 시대의 흐름을 세세하게 알 수 있는 책이라고 생각합니다!
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보고서
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파
2.0 out of 5 stars 전쟁을 시작하는 이유에 대한 설명이 없다.
Reviewed in Japan on March 11, 2024
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
전쟁의 세부사항도 잘 쓰고 있지만, 범소일 청전쟁에 붙어선 어느 책도 전쟁에 이른 원인의 설명에 밝혀져 있고, 전쟁에 이른 이유의 설명이 없지만, 이 책도 그 점에서 동일하다. 전쟁하면 결과 어떻게 되는지, 승리할 수 있는 승산은 어디에서 도출되었는지, 그 설명이 전무하고 불만이 남는다.
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보고서
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야마고리
5.0 out of 5 stars 재미있었다
Reviewed in Japan on July 7, 2015
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
당시의 전·중국·한국의 정치 상황, 전의 방식, 장군의 성격, 인종의 성격, 당연히 그들이 쓰고 있습니다만, 매우 재미있었습니다.
일본이 일중 전쟁에 밟을 뿐의 오만함을 잘 알 수 있는 것 같은 생각이 들었습니다.
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HIROSHI 피카소
3.0 out of 5 stars 관점
Reviewed in Japan on July 20, 2020
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
이 근처의 역사를 여러분은 몇 명이나 계시지만, 오타니 선생님의 다른 시점을 보고 싶었기 때문에 구입했습니다.
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haenuki
3.0 out of 5 stars 당시 일본에 대해 망라적이지만 청측의 정보는 적다.
Reviewed in Japan on April 15, 2017
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개전에 이르는 경위에서 종전까지의 추이에 대해서, 보급의 모습이나 구미 열강을 포함한 여러 외국과의 외교까지 망라적으로 기재되어 있어 배우는 곳은 많은 내용입니다. 단지 유감인 것이 저자의 취재가 일본측에 치우치고 있는지, 일본측의 내실에 대해서는 상세하게 기술되고 있는 것에 대해 청측의 기재에 대해서는 역사의 교과서에 실려 있는 레벨의 기재를 반복하는 것만으로, 전체를 통해 편면적이라고 말할 수밖에 없는 내용이 되고 있습니다. 평양에 있어서의 전투로 일본측의 고전을 그린 후, 시요가 휴전을 제기한 것을 「청의 병사의 사기가 낮기 때문에」의 한마디로 정리하거나(지휘관이 전투를 포기할 정도로 낮은 사기와는 어떤 상황인지를 그리는 것이 저자의 일에서는?) 일반적으로 말하는 「말기에 속발한 소란에 대응하기 위해 지방 유력자가 조직한 사병이 모체로, 장비는 옥석 혼교로 조직으로서 정리되어 있지 않다」 청군이 실태로서는 어땠는지에 대해서는 놀란 것에 전혀 기재가 없습니다. 전쟁 상대국인 청나라와 당시 극동아시아에 세력을 뻗고 있던 영미 이슬의 생각까지 포함해 닛신 전쟁을 복안적으로 알고 싶다는 사람의 수요에는 대답되지 않은 내용입니다.
방패의 반면만 쓰고 만족해 버리고 있는 느낌이 있어, 역사의 신서로서는 부족한 느낌이 있습니다만, 당시의 일본에 대해서 의회와 정부의 대립이나 군대의 지휘 계통의 혼란, 이 후지히로후미 등 메이지의 전훈이라고 불리는 사람끼리의 미묘한 거리감 등, 당시의 일본이 사고팔고하면서 메이지 이후 최초의 대외전쟁을 싸우고 있는 모습이 보이는 점은 평가해야 한다고 생각합니다.
메이지의 일본이, 시마 료타로 등이 지론 정당화의 국물에 사용한 「명확한 지침을 생각한 리더 아래에서 정연하게 움직이는 조직」이 아니라 메이지 이후부터 현대까지 계속되어 보이는 가까이 대국가 특유의 다리의 인장에 악전 고투하면서 국익의 최대화를 도모하고 있었던 것을 알 수 있는 「등신대의 메이지 일본」을 알기 위해서는 유용한 책이라고 생각합니다.
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호박
1.0 out of 5 stars 통설을 뒤집고 싶은 야심과 일본군을 부정하고 싶은 좌익 사상의 극치
Reviewed in Japan on June 22, 2023
Format: Paperback ShinshoVerified Purchase
메이지 시대 당시의 국제 정세나 국내의 정치적 벌족의 동향 등에 대한 시점이 약해, 단순히 헤이세이로부터 본 결과론으로부터의 역산일 밖에 없다. 일본군을 어쨌든 부정하고 싶어서 어쩔 수 없는 것은 아플 정도로 잘 알지만, 부정하고 싶으면 더 '적'을 알아야 한다. 읽기 시작했을 때는 저자는 중국인이라고 생각했을 정도. 정치학적으로는 공산당이나 사민당 지지층에는 받을지도 모르지만, 역사학적으로는 일고에 걸릴지도 모른다 저자의 에세이집.
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manza
2.0 out of 5 stars 주의하면서 읽으면
Reviewed in Japan on July 5, 2014
Format: Paperback Shinsho
최근의 연구 동향을 바탕으로 정치, 군사적 전개나 사회사적인 방면에도 기술이 및 우선 일관성이 좋은 소저가 되고 있다.
그러나 전체 편통하여 저자의 주관이 흩어져 나오는 기술에는 능숙하게 된다.
일본 및 일본군에 대해 긍정적인 평가에는 부드럽게 비판적인 반면,
부정적인 평가는 무비판으로 받아들이는 사실인 것처럼 기술하고 있다.
다른 리뷰어가 언급하고 있는 조경들의 무비판 인용은 그 일례.
조씨는 조선인 역사 연구자에게 흔한 결론 있는 이데올로그.
저자의 비판적인 정신은 연구에 필수적인 것이지만, 비판적인 평가도 비판적으로 검토하지 않으면 편향이라고 해도 어쩔 수 없다.
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독서 좋아
1.0 out of 5 stars 편견이 가득한 암페어 책
Reviewed in Japan on July 25, 2018
Format: Paperback Shinsho
이것은 끔찍한 책이다. 전체적으로 저자의 치우친 생각이 가득하다.
특히 여순 학살의 설명은 공정이 아니다. 이 사건을 보도한 미국의 뉴욕 월드지는 당시 센세이셔널한 보도로 독자의 호기심을 부추겨 판매 부수를 늘리고 있던 신문으로, 이 시대의 선동적인 보도 자세는 옐로우 저널리즘이라고 불리며 지금은 비판되고 있는 것에 접하지 않았다.
물론 기사를 쓴 크릴맨인 인물이 매명을 쓰는 타입의 저널리스트였던 것 등에 대한 언급은 없다.
게다가 미국 국무성이 여순 학살에 대해 독자적인 조사를 실시해, 관전 무관으로부터는 민간인의 학살은 부정하는 보고(오브라이언 보고서)가 되고 있는 사실(보고 내용이 사실이라고는 한정하지 않지만)은, 작자의 무지인지 고의에 의한 것인지는 모르지만, 일절 언급되지 않았다.
아직도 이런 악의와 편견에 본 본 쓰는 사람이 있다고 깜짝 놀라게 된다는 의미에서는 읽을 가치가 있다.
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nv
4.0 out of 5 stars 통사적으로 닛신 전쟁의 단서에서 끝까지 넓고 정성스럽게 모이는 양서
Reviewed in Japan on September 27, 2014
Format: Paperback Shinsho
일본이 근대 국가로서 최초로 싸운 전쟁이며, 그 후의 국가의 운명을 시사하는 사건이 많이 일어나고 있었다는 것을 본서를 통해 알 수 있다. 저자의 전문은 전쟁에 있어서의 미디어의 역할이라고 하는 것이었다고 생각하지만, 스스로의 전문에 구니하는 일 없이, 통사적으로 이 전쟁의 단서로부터 끝까지 넓고 또한 정성스럽게 모으고 있다.
전반에는 이토 히로부미, 야마현 아리모토, 육오종광이라고 말한 메이지의 전훈들의 닛신 전쟁에 둘 수 있는 과연 역할과 일본 및 청의 군사력 등이 개설되어 있다. 시마 요타로의 소설이 그린 듯한 영웅담이 아니라 환멸 같은 전훈들의 실태나 무능함은 흥미롭다. 구미 제국과의 조약 개정 교섭에 두고 실패를 반복한 육안은 한반도 정세에 있어서 강경론을 주장하는 일로 스스로의 실패를 오마화하려고 하고, 사령관으로서 한반도에 진행한 산현 아리모토와 가쓰라타로는 병수와 보급을 경시한 무모한 작전을 강행해. 또 당시 일본군은 규모, 장비 모두 가난하고 청나라의 그것과는 크게 떨어지는 것이었다고 한다. 덧붙여서, 군비 강화를 위해 마츠가타 디플레이션하의 경제로 영국으로부터 고액의 전함을 구입했지만, 이것은 한층 더 정화의 대량의 유실을 초래해, 저자에 의하는 지적은 없지만, 아마 디플레이션 경제를 악화시켰을 것이다. 또 아이러니하게도, 그 후 한반도에서 암살되는 이토 히로부미는 개입에는 소극적이었다는 것이다.
이런 악조건이 갖추어진 가운데 일본군이 청군에 승리할 수 있었던 것은 청군이 사병적인 측면이 강하고 사기가 매우 낮은 반면 일본군이 '국민군'으로 정비되어 국민 수준에서 높은 조직화와 사기가 컸던 것 같다. 이 점은 당시부터 일본 국가로서의 특징적인 강점이 잘 나오고 있다. 그러나 사기의 높이는 뒤집어 말하면 매우 호전성이 강한 국민성을 나타내고 있다.
이는 중반으로 이어지지만, 이 높은 호전성은 여순 학살 사건 등 전지에서 일본군의 만행의 원인이 되었다. 조약 개정을 목표로 하는 일본은 구미 열강에 스스로가 「문명국」인 것을 나타낼 필요가 있어, 그 일환으로서, 포로의 취급 등에 인도적인 처치를 정한 제네바 조약을 준수해 하고 있는 일을 보여주기 위해서, 외국인 저널리스트를 많이 초대해 종군시키고 했지만, 반대로 일본군의 잔학 행위가 국제적으로 알고 있다는 역의 결과가 되어 버렸다고 한다. 다만, 이것은 어떤 의미 어쩔 수 없는 점이 있다. 일본은 드디어 최근까지 도쿠가와 막부 아래에서 중세 세계에 살고 있으며, 戊辰 전쟁에서는 막부 측의 전사자를 매장하는 것을 금지했기 때문에 전장에서는 부취가 오랫동안 섰다고 한다. 이에 더해 흥융하는 새로운 국민국가 특유의 높아지는 국민감정이 사태의 과격화를 강하게 요구하고 있으며, 이들이 합쳐지면 전장에서 '문명적' 행동을 요구하는 것은 토대무리였을 것이다.
후반은 전쟁의 종결과 그 전후 처리이다. 여기서도 일본사회의 호전적인 상황과 국제사회에서의 행동의 치약을 알 수 있다. 강화조약의 체결 후, 조선왕조에의 관여를 일본은 강화해 가지만, 러시아측에 통한 왕비를 왕궁내에서 살해한다는 사건을 일으켜 버린다. 이 사건은 국제적으로 크게 보도되어 전단의 전장에서의 문제도 맞추어 일본군에 대한 악인상을 강하게 해 버리는 결과가 된 것 같다. 그 이상으로 이에 따라 한반도 내에서 일본에 대한 악감정이 높아져 일본은 일단 한반도에서 실질적으로 쫓겨나버린다. 이 근처의 무력 일창의 강인한 통치 수법은 봉기한 농민에의 학살도 포함해, 왜 융화적인 조치를 취하는 것을 고려하지 않았는지 흥미의 솟은 곳이었다.
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리리시 하리
5.0 out of 5 stars 사실 중요한 닛신 전쟁
Reviewed in Japan on October 15, 2014
Format: Paperback Shinsho
에가와 타츠야 『일러 전쟁 이야기』를 읽고 나서, 닛신 전쟁을 알고 싶게 되었습니다.
닛신 전쟁도 결코 편하게 이긴 것은 아닐 것 같다고 (편하게 이겼다고 생각했던>.<) 생각했기 때문입니다.
읽고 깜짝 놀랐던 것
·리쿠오 무네미츠바 개전파였다. 이유는 불평등 조약의 철폐 교섭 부조를 속이고 싶었기 때문에
의회가 개전의 해에 두 번이나 해산하고 있었던 것, 겨우 한 장 바위가 아니었다.
・호전적인 것은 여당보다는 오히려 야당, 정부보다는 오히려 국민.
・일청 전쟁의 결과, 러시아의 남하가 촉진. 닛신 전쟁은 외교적으로 실패했다.
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ib_pata
5.0 out of 5 stars 닛신 전쟁의 발단이되는 조선을 둘러싼 이해하기 어려움이 정리되어 있습니다.
Reviewed in Japan on August 28, 2014
Format: Paperback Shinsho
닛신 전쟁의 발단은 이마이치 좋게 몰랐는데, 당시의 이조의 구다그다만이 왕비와 황태후의 일족이 정권을 잡는 세도라는 키워드로 풀렸습니다. 우선 처음만 해도 꼭!
1879년의 류큐 처분을 청은 조공국 류큐의 소멸과 받아들여 위기감을 높여 조선을 지키려고 했다고 합니다. 그 이조선에서는 왕비와 황태후의 일족이 정권을 잡는 세도=하지만 정치의 전통이 있었기 때문에 왕비인 민비의 영향력이 있었다고. 조선의 고종과 고관들은 청에 의한 조선책략을 배포하고 개화정책을 추진했지만 바쁜 유학자가 반발. 일조 무역으로 미 부족이 되어, 지급이 멈춘 병사가 반란=임오 사변. 고종은 사태수습의 수술을 잃고 은퇴하고 있던 대원군에게 대권을 맡겼지만 청은 “속국인 조선의 사건에 대해 사문하고 처리한다”고 출병해 대원군을 구속해 천진에 데려가 다시 고종과 민비가 실권을 잡는다고.
다시 개화파가 대두했지만, 일본파와 청파로 분열. 그런 가운데 청은 프랑스와 전투 상태가 되어 불안이 된 고종은 일본에 접근. 타케소에 공사는 치열한 내정 간섭에 의해 갑신 정변을 일으키지만 실패해 친일적인 급진 개혁파는 소멸. 이는 조선정책을 담당해 온 온건파의 이노우에나 이토 등 장주벌의 실책이라는 것이 되어, 강경파의 사츠마벌의 발언력이 높아져, 대청 요구에 조선으로부터의 일청 양국군 철수 등 청의 거부가 예상되는 것이 되었다고. 그러나 청의 이강장은 영국의 설득도 있어 철병. 이에 따라 일본에서는 조슈벌의 정국 주도가 회복되었지만, 이번에는 영국이 조선남부의 거문도를 점거. 일본은 영로 대립이라는 그레이트 게임이 극동으로 파급되어 러시아 남하를 초래하는 것은 공포. 그 결과 일본의 조선정책의 제1목표가 청의 세력확대 저지에서 러시아 진출 저지로 전환. 거문도 점령 직후인 1885년에는 청과 연계하여 조선정부의 개혁을 실시하는 ‘변법 8개조’를 맺고 나아가 천진조약도 체결. 임오군란과 갑신정변에서의 대립이 10년에 걸쳐 해소되어 일청영협조 체제가 된다는 것이 사실은 전제였지요.
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ribon64
2.0 out of 5 stars 군사면 중심
Reviewed in Japan on September 13, 2014
Format: Paperback Shinsho
육오종광의 헤어볼록을 읽고, 당시 정부의 외교력에 감명했지만, 약간 자기 변호적인 기술이 신경이 쓰였으므로 사실을 확인하려고 본서를 선택했지만, 역시 그 근처를 지적하는 기술이 몇가지 있었다.
군사면과 외교를 중심으로 쓰여져 있으며, 이들에 대한 국내 전쟁의 영향에 대한 설명은 서둘러 본서만으로 일청전쟁을 종합적으로 파악할 수 없다. 역사가로서의 역량으로는 하라다 케이이치 쪽이 위에서, 그의 「닛신·일러 전쟁」은 좀 더 고소로부터 쓰여져 있어 재미 있었던 것 같다.
유일하게 자극을 받은 것은 닛신 전쟁을 일조·일중·일대의 3개의 전쟁의 복합이라고 하는 의견 정도.
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btg-kj
1.0 out of 5 stars 저자의 편견 투성이
Reviewed in Japan on July 21, 2014
Format: Paperback Shinsho
타이틀의 마침내 작가의 편견으로 쓰여진 것처럼 보이지 않는다.
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朝鮮の支配権をめぐり開戦に至った日清戦争。平壌の戦いをはじめ各戦闘を詳述しながら、前近代戦の様相を見せたこの戦いの全貌を描く
청일전쟁, 국민의 탄생 - 근대 일본의 첫 대외 전쟁의 실상 | 질문의 책 20
오타니 다다시 (지은이),이재우 (옮긴이)오월의봄2018

























미리보기
책소개
질문의 책 시리즈 20권. 일본은 왜 청일전쟁을 일으켰는가? 일본 민중은 어떻게 '국민'이 되어 전쟁에 협조했는가? 청일전쟁 후 동아시아는 어떻게 달라졌는가? 조선은 왜 최대 희생자를 내야만 했을까?
청일전쟁 통사를 다룬 책으로, 기존 청일전쟁 관련 책과 몇 가지 차별점이 있다. 그동안 국내에 출간된 책들은 주로 정치, 외교, 군사적 관점에서 청일전쟁을 다뤘지만, 이 책은 언론과 민중의 관계를 중점적으로 다루며 청일전쟁의 전 과정을 다루고 있다. 그러면서 저자는 청일전쟁이 일본의 '국민'을 탄생시켰다고 말하고 있다. 즉 근대적인 의미의 국민이 이 시기에 형성되었으며, 이 국민들의 적극적인 협력이 있었기에 전쟁이 일어났다고 말하고 있다.
저자 오타니 다다시 교수는 일본 근현대사, 그중에서도 미디어사를 전공했다. 그렇기 때문에 이 책의 후반부에서 다루고 있는 일본 정부의 대외 언론 공작과 당대 일본 언론들의 모습, 국민들이 이런 언론을 어떻게 대하는지 등을 잘 묘사하고 있다.
또 당시 일본 정치를 책임지고 있던 이토 히로부미나 무쓰 무네미쓰를 다른 관점에서 비판하고 있는 점도 이 책의 장점이다. 곧 이들이 당시 펼쳤던 정치와 외교가 어떤 것이었나를 살피면서, 과연 청일전쟁이 꼭 일어나야 했던 전쟁이었는지를 질문하고 있다. 정치인, 지식인, 민간인 등의 협력 관계를 살피면서 전쟁 책임은 누구에게 있는지도 질문하고 있다.
목차
머리말
청일전쟁 관련 연표
제1장 | 전쟁 전야의 동아시아
1. 조선의 근대와 톈진조약 체제
‘속국’과 ‘자주국’ | 개화 정책과 임오군란 | 청일의 대응 | 갑신정변-급진 개화파의 쿠데타 실패 | 조슈파와 사쓰마파의 대립 | 톈진조약과 일본, 청, 영국의 협조 체제 | 극동 러시아-이미지와 실상
2. 일본과 청의 군비 확장
청의 군비 근대화-회군의 팽창 | 북양 해군의 근대화 | 임오군란 이후 일본의 군비 근대화 | 우선시된 해군의 군비 확장 | 육군, 7개 사단 체제로 | 육해군 연합 대연습 | 참모본부의 대청 전쟁 구상의 형성
제2장 | 출병에서 전쟁으로
1. 갑오농민전쟁과 청일 양국의 출병
제2차 이토 히로부미 내각의 성립 | 이토 내각의 고난-조약 개정과 대외경파 | 갑오농민전쟁-동학의 확대와 봉기 | 조선 정부의 파병 요청 | 청과 일본의 출병
2. 갈피를 잡지 못하는 청일 정부
청일 양군의 조선 도착 | 이토 수상의 협조론, 무쓰 외상의 강경론 | 제1차 절교서와 영국·러시아의 간섭 | 청 정부 내의 주전론과 개전 회피론
3. 전쟁이 시작되다.
7월 19일의 개전 결정 | 풍도 해전 | 조선 왕궁 무력 점령 | 혼성 제9여단의 남진 | 성환 전투 | 선전 조서를 둘러싼 혼란-전쟁은 언제 시작되었나? | 개전에 대한 메이지 천황의 생각
제3장 | 한반도 점령
1. 평양 전투
전쟁 지도 체제 | 단기전에서 장기전으로 | 제5사단 본대, 조선으로 | 짐을 옮기는 병사의 부족-“수송의 한계” | 제3사단의 동원 | 노즈 제5사단장의 평양 공격 결의 | 청과 일본의 무기 차이 | 격전-혼성 제9여단의 정면 공격 | 평양 점령과 청군의 패주
2. 황해 해전과 일본 정세
9월 17일의 조우 | 승리-과도기의 군사 기술과 제해권 확보 | 메이지 천황과 히로시마 대본영 | 대본영 어전 회의 | 청일전쟁 와중의 총선거 | 히로시마에서 열린 제7 임시 의회
3. 갑오개혁과 동학 농민군 섬멸
갑오개혁-친일 개화파 정권의 시험 | 이노우에 가오루 공사 부임과 조선의 보호국화 | 제2차 농민전쟁-반일·반개화파 | 동학 농민군에 대한 제노사이드
제4장 | 중국 침공
1. 일본군의 대륙 침공
제1군의 북진과 청군의 요격 체제 | 압록강 도하 작전 | 가쓰라 사단장과 다쓰미 여단장의 독주 | 제2군 편성-뤼순반도 공략으로 | 무모한 뤼순 공략 계획
2. ‘문명 전쟁’과 뤼순 학살 사건
구미의 눈과 전시 국제법 | 뤼순 요새 공략 작전 | 11월 21일, 어둠 속의 뤼순 점령 | 학살-서로 다른 사건의 모습 | 왜 일본군은 학살 행위를 벌인 것인가?-병사의 종군 일기를 읽다 | 서양 각국에 대한 변명 공작
3. 동계 전투와 강화 제기
제1군과 대본영의 대립 | 야마가타 제1군 사령관 경질 | 제1군의 하이청 공략 작전 | 랴오허 평원의 전투 | 산둥 작전과 대만 점령 작전 | 산둥 작전으로 북양 해군 궤멸
제5장 | 전쟁 체험과 ‘국민’의 형성
1. 언론과 전쟁-신문, 신기술, 종군 기자
조선으로 향하는 신문 기자들 | 강화되는 언론 통제 | 국민의 전쟁 지지와 정보 개시 | 신기술 도입과 《아사히신문》의 전략 | 《아사히신문》의 취재 체제 | 고급지 《시사신보》의 전쟁 보도 | 아사이 주와 ‘화보대’ | 《국민신문》과 일본화가 구보타 베이센 부자 | 사진과 회화의 차이 | 가와사키 사부로의 《일청전사》 전 7권
2. 지역과 전쟁
의용병과 군부 | 군부 모집 | 병사의 동원과 환송 | 전장과 지역을 연결한 지방지 | 《후소신문》 기자 스즈키 게이쿤 | 성황이었던 전황 보고회 | 개선, 귀국과 사람들의 환영 | 추도와 위령-‘선별’과 도호쿠의 사정 | 후쿠시마 현청 문서가 남긴 ‘지역과 전쟁’ | 동원과 전시 사무-정·촌장들의 ‘근무 평정’ | 청일전쟁과 오키나와 | 그 후의 오키나와
제6장 | 시모노세키 강화조약과 대만 침공
1. 강화조약 조인과 삼국 간섭
직례 결전 준비 | 정청 대총독부의 이동 | 강화 전권 사절에 취임한 이홍장 | 교섭 개시와 이홍장에 대한 테러 | 청의 고뇌와 조약 조인 | 삼국 간섭-러시아, 독일, 프랑스의 랴오둥반도 환부 요구 | 랴오둥반도 반환과 ‘와신상담’
2. 대만의 항일 투쟁, 조선의 의병 투쟁
대만총독부와 ‘대만민주국’ | 증파되는 일본군 | 남진 작전 수행에 대한 격렬한 저항 | ‘대만 평정 선언’ 이후에도 끝나지 않은 전투 | 민비 살해 사건 | 항일 의병 투쟁과 아관파천
종장 | 청일전쟁이란 무엇이었을까?
전쟁의 규모 | 전쟁 상대국과 전쟁의 계속 기간 | 누가, 왜, 개전을 결단했는가? | 미숙한 전시 외교 | 곤란한 전쟁 지도 | 전비와 청일의 전후 경영
후기
참고 문헌
옮긴이의 말
접기
책속에서
P. 9 예전에는 일본이 서구적인 근대화 정책을 추진하기 위해서는 청을 중심으로 하는 동아시아 국제 질서의 재편성은 불가결했으며, 메이지 유신 이후 일본에 의한 조선·중국 침략 정책의 연장선상에서 청일전쟁은 피할 수 없었다는 견해가 유력했다. 즉 일본 정부도, 군도 청일전쟁이 불가피하다고 생각하여 준비를 거듭해 개전에 이르렀다는 견해로, ... 더보기
P. 155 이러한 가운데 천황은 점차 전장에 가까운 히로시마로 친정하여 대본영에서 솔선해서 전쟁을 지도하고, 소박하고 자유롭지 못한 삶을 계속했다. 이때 전장의 장병들의 노고를 생각한다는 ‘군인 천황’상이 형성되어 국민의 전쟁 협력과 동원의 계기가 되었다.
P. 206 지금까지의 과정을 보면 뤼순 학살은 단순히 청군의 잔학 행위에 대해서 하급 장교나 하사관과 병사 계층이 흥분해서 보복을 했다는 우발적 사건에 머무르지 않는, 일본군의 조직 자체에서 유래해 청일전쟁 시점에 벌어진 구조적 사건으로 봐야 한다.
P. 282 출정 병사에 대한 전승 축원회, 산둥 작전의 전승이 전해지자 열린 전승 축하회, 의원금·휼병恤兵 헌납품 모집 캠페인, 군사 공채를 모집하는 기사 등이 실렸고 이 중 가장 등장 횟수가 많은 것이 가족 부조 관계 기사였다. 민중의 흥분과 행정 시책이 서로 공조하면서 지역의 후방=전시 체제가 만들어지기 시작한 것이다.
P. 285 지역 신문은 종군하는 사람들에게 가장 사랑받는 위문품이었고, 전장과 지역 후방 사회 사이에 정보를 전달하는 파이프였다. 이 파이프를 통해서 전장과 지역 후방 사회는 정보가 교환되어 서로를 자극했고, 전장의 체험이 일반화되어 지역 신문의 독자에게 공유되었던 것이다.
P. 361 이런 연구 상황을 종합한 결과, 현시점에서 나의 견해는 다음과 같다.
광의의 청일전쟁은 전투 대상과 지역이 세 개인 복합 전쟁이며, 1894년 7월 23일 일본군의 조선 왕궁 공격으로 시작되었다.
전쟁이 끝난 시기는 청과의 전쟁은 1895년 3월 30일 휴전 조약 조인으로 전투가 정지되고, 강화 조약 조인과 비준서 ... 더보기
P. 363 한편 제2차 이토 내각은 조약 개정 문제를 둘러싸고 대외경파의 공격을 받아 연속해서 두 번이나 중의원을 해산하는 내정적 위기에 직면했다. 이토 수상에게 6월 2일 단계에서 파병은 청일 개전을 상정한 것이 아니었으며, 또 총선거 대책을 위해 대외적 위기를 연출한다는 내정적 이유에 기반을 둔 것도 아니었다. 그러나 일단 청을 압도하기... 더보기
P. 374 그리고 민당을 지지하고 민당 소속 의원을 국회로 보낸 지역 사람들의 경우 어떤 이는 전장에서 병사·군부로서 전쟁을 체험했고, 후방 지역 사회에 남은 압도적 다수는 다양한 언론 매체가 전하는 정보를 통해 전쟁을 ‘체험’했다. 이들의 전쟁 ‘체험’과 전후의 전몰자 추도, 또한 전쟁 중에 친숙해진 ‘군인 천황’상에 대한 숭배를 통해 근... 더보기
제5장은 제1장에서 제4장까지 묘사한 것과 같은 정치사 외교사 연구가 아니라 사회사 미디어사를 다루는 장으로, 전쟁 정보가 어떻게 사람들에게 전달되고 그 정보가 수용된 결과 사람들과 지역에 어떠한 변화가 나타났는지를 검토한다. (11) - 不二
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- 한겨레 신문 2018년 10월 18일자
경향신문
- 경향신문 2018년 10월 19일자 '책과 삶'
저자 및 역자소개
오타니 다다시 (大谷正) (지은이)
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1950년, 일본 돗토리 현 출생. 오사카대학 문학부를 졸업했으며, 같은 대학교에서 박사 학위를 받았다. 1982년에 센슈대학 법학부 강사, 조교수, 교수를 거쳐, 2010년부터 센슈대학 문학부 역사학과 교수로 재직 중이다. 전공은 일본 근대사.미디어사. 주된 저서로 《근대 일본의 대외 선전》(1994), 《병사와 군부의 일청전쟁》(2006) 등이 있다.
최근작 : <청일전쟁, 국민의 탄생> … 총 5종 (모두보기)
이재우 (옮긴이)
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1989년 전북 익산 출생.
해군 부사관(하사 제대)으로 근무했고 2026년 현재 서울에 거주하면서 역사, 사회, 문학 등에 관심을 가지고 공부를 하고 있다. 특히 최근의 미국과 중국의 대립 등을 보며 청일전쟁, 러일전쟁 등에 대한 책과 영상물 등을 수집하고 있다. 옮긴 책으로 <청일전쟁, 국민의 탄생>, <일본 ‘우익’의 현대사>, <중국전선종군기> 등이 있다.
출판사 소개
오월의봄
출판사 페이지
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최근작 : <좌파 생활>,<우리가 몰랐던 자본주의>,<죽음의 책>등 총 254종
대표분야 : 한국사회비평/칼럼 2위 (브랜드 지수 182,625점)
출판사 제공 책소개
일본은 왜 청일전쟁을 일으켰는가?
일본 민중은 어떻게 ‘국민’이 되어 전쟁에 협조했는가?
청일전쟁 후 동아시아는 어떻게 달라졌는가?
조선은 왜 최대 희생자를 내야만 했을까?
민중, ‘국민’이 되어 전쟁에 협력하다
청일전쟁 통사를 다룬 《청일전쟁, 국민의 탄생》이 출간되었다. 이 책은 기존 청일전쟁 관련 책과 몇 가지 차별점이 있다. 그동안 국내에 출간된 책들은 주로 정치, 외교, 군사적 관점에서 청일전쟁을 다뤘지만, 이 책은 언론과 민중의 관계를 중점적으로 다루며 청일전쟁의 전 과정을 다루고 있다. 그러면서 저자는 청일전쟁이 일본의 ‘국민’을 탄생시켰다고 말하고 있다. 즉 근대적인 의미의 국민이 이 시기에 형성되었으며, 이 국민들의 적극적인 협력이 있었기에 전쟁이 일어났다고 말하고 있다.
청일전쟁은 근대 일본이 치른 첫 대외 전쟁이었다. 청일전쟁 이후 일본은 경제의 근대화와 함께 군국주의의 길을 걷기 시작했다. 그렇다면 청일전쟁은 왜 시작되었던 것일까? 당시 일본의 민간인이자 지식인이었던 후쿠자와 유키치는 청일전쟁을 가리켜 문명국인 일본과 야만국인 청의 전쟁, 즉 “문야文野의 전쟁”이라고 주장했다. 그는 언론을 통해 전쟁 지지를 표명함과 동시에 스스로 군사 헌금 조직화의 선두에 서는 등 적극적으로 전쟁에 협력했다. 국민도 이 주장들을 받아들였다. 곧 ‘문명 전쟁’론이나 ‘문야의 전쟁’론은 국민의 내셔널리즘과 전쟁 협력을 촉진하는 역할을 했다. 저자는 이처럼 정치인, 지식인, 민간인이 하나가 되어 적극적으로 협력했기 때문에 전쟁이 일어날 수 있었다고 말한다. 특히 민간인들은 ‘국민’이 되어 전쟁에 적극적으로 나서기 시작했다. “어떤 이는 전장에서 병사·군부로서 전쟁을 체험했고, 후방 지역 사회에 남은 압도적 다수는 다양한 언론 매체가 전하는 정보를 통해 전쟁을 ‘체험’했다. 이들의 전쟁 ‘체험’과 전후의 전몰자 추도, 또한 전쟁 중에 친숙해진 ‘군인 천황’상에 대한 숭배를 통해 근대 일본의 ‘국민’이 형성되어간 것이다.”
이 책의 저자 오타니 다다시 교수는 일본 근현대사, 그중에서도 미디어사를 전공했다. 그렇기 때문에 이 책의 후반부에서 다루고 있는 일본 정부의 대외 언론 공작과 당대 일본 언론들의 모습, 국민들이 이런 언론을 어떻게 대하는지 등을 잘 묘사하고 있다.
또 당시 일본 정치를 책임지고 있던 이토 히로부미나 무쓰 무네미쓰를 다른 관점에서 비판하고 있는 점도 이 책의 장점이다. 곧 이들이 당시 펼쳤던 정치와 외교가 어떤 것이었나를 살피면서, 과연 청일전쟁이 꼭 일어나야 했던 전쟁이었는지를 질문하고 있다. 정치인, 지식인, 민간인 등의 협력 관계를 살피면서 전쟁 책임은 누구에게 있는지도 질문하고 있다.
당시 일본 군인들의 모습들을 자세히 다루고 있는 점도 이 책의 장점이다. 일본군이 조선에 들어와 전투를 하고, 중국 대륙에 진출한 상황, 그리고 대만을 점령한 상황들이 세세하게 나와 있다. 일본군이 저지른 ‘조선 왕궁 점령 사건’이나 ‘뤼순 학살 사건’을 다루면서 일본의 ‘역사 위조’를 지적한 점도 다른 책에서는 찾아볼 수 없다. 일본은 1894년 7월 23일 조선 경복궁을 점령해 고종을 구속했다. 이 사건을 일본의 역사에서는 먼저 사격을 가한 조선군에 일본군이 반격해서 왕궁을 점령한 자위적·우발적 사건으로 설명했다. 그러나 저자는 이 견해가 명백한 ‘위조’라고 말하면서 일본 공사관과 혼성 여단이 사전에 계획해서 실행한 사건이라고 말하고 있다. 마찬가지로 뤼순에서 저지른 학살 사건도 일본 역사에서는 부정되거나 규모를 축소하고 있는데, 이 사건을 상세히 다루면서 뤼순 학살 사건이 왜 일어났는지, 문제는 무엇인지를 밝히고 있다.
청일전쟁은 언제 시작되어 언제 끝났는가?
보통 한국 역사에서는 청일전쟁을 “1894~1895년 조선의 지배를 둘러싸고 중국(청)과 일본 간에 벌어진 전쟁”이라고 규정하고 있다. 즉 1894년 8월 1일 일본이 청에 선전 조서를 공포하면서 전쟁이 시작되었고, 1895년 4월 17일 시모노세키 강화조약이 체결되어 전쟁이 종료되었다는 인식이다. 그러나 저자는 전쟁 개전 시기와 종결 시기에 대해 문제점을 지적하면서 이와 같은 관점은 “옛날 교과서와 같은 인식”이라고 말한다. 그리고 여러 연구들을 종합한 결과 다음과 같이 결론을 내린다.
광의의 청일전쟁은 전투 대상과 지역이 세 개(조선, 중국, 대만)인 복합 전쟁이며, 1894년 7월 23일 일본군의 조선 왕궁 공격으로 시작되었다. 전쟁이 끝난 시기는 청과의 전쟁은 1895년 3월 30일 휴전조약 조인으로 전투가 정지되고, 시모노세키 강화조약 조인과 비준서 교환으로 5월에 법적으로 종료되었다. 하지만 조선과의 전쟁 및 대만 주민과의 전쟁은 시모노세키 강화조약으로 종료되지 않았을 뿐만 아니라 11월 18일의 대만 평정 선언으로도, 1896년 4월 1일의 대본영 해산으로도 종결되지 않았으며 전투의 양상을 바꾸면서 실질적으로 계속되었다고 말한다. 즉 조선과의 전투는 갑오농민전쟁 진압으로 끝나지 않았으며, 그 이후의 의병 투쟁으로 계속되며, 청과의 전쟁이 종료된 이후에도 이어진다는 것이다. 마찬가지로 대만에서도 일본군에 저항하는 무력 투쟁은 오랫동안 지속되었기 때문에 저자는 광의의 청일전쟁은 종결 기간이 애매한 전쟁이라고 말하고 있다.
누가, 왜 전쟁을 일으켰는가?
전쟁에 대한 책임은 누구에게 있는가?
당시 일본 정치는 어지러웠다. 1890년 11월 25일 일본에서 처음으로 제1회 제국 의회가 소집되었다. 초기 의회에서는 번벌 정부와 자유당 및 입헌개진당 등의 민당(반정부 세력)이 대립해 정부가 제출한 예산안은 잇달아 민당 측에 의해 삭감되었다. 이런 상황에서 1892년 8월, 제2차 이토 히로부미 내각이 성립했다. 이토 내각도 마찬가지로 조약 개정과 예산안 등으로 민당 측과 계속 대립했고, 결국 두 번이나 의회를 해산하면서까지 정권을 유지했다. 1년도 지나지 않아 두 번이나 의회를 해산하는 행위로 사실상 헌법 정지 상태가 될 가능성마저 있었으며, 또 이토 내각은 앞으로 다가올 총선거 결과에 자신감이 있었던 것도 아니었다. 이런 와중에 조선에서 갑오농민전쟁이 일어났고, 조선은 청에게 파병을 요청했다. 일본도 이에 질세라 톈진조약을 근거로 들며 곧바로 조선에 파병했다.
청일전쟁은 정말 필연적으로 일어나야 했던 전쟁이었을까? 저자는 그렇지 않다고 말한다. 그렇다면 전쟁에 대한 책임은 누구에게 있는가? 조선에 파병할 때까지만 해도 이토 히로부미는 전쟁을 피하려고 했다. 오히려 청과의 협조를 유지하면서 조선에서 얻는 권익을 유지하자는 입장이었다. 그러나 조선에 파병이 되자 대내외적으로 전쟁을 하라는 압박을 받았다. 각종 저널리즘과 국민, 심지어 민당 측에서도 전쟁을 해야 한다고 부추겼다. 그리고 결국 이토는 국내의 정세를 극복하고자 전쟁을 결심하게 된다. 저자는 당시 수상이었던 이토 히로부미가 전쟁 개전에 대한 책임이 가장 크다고 말한다. 그가 전쟁을 결심하지 않았다면 청일전쟁은 일어나지 않았을지도 모른다. 그리고 외교의 책임자였던 무쓰 무네미쓰의 책임도 무시하지 못한다고 말한다. 저자는 무쓰 무네미쓰가 자신의 외교 실패를 만회하기 위해 전쟁을 주장했다고 비판한다. 육군을 비롯한 군부 세력은 그 이전부터 전쟁을 준비하고 있었으니 당연히 전쟁 개전 책임이 클 수밖에 없다.
저자는 자유민권운동을 추진했던 민당 세력 또한 전쟁에 대한 책임이 크다고 비판한다. 민주적인 정치 운영을 요구하며 정부를 비판해왔던 민당이 어느 순간부터 전쟁을 부추기는 세력이 되었으며, 청일전쟁 개전과 그 후 일본의 제국화에 큰 책임이 있다고 지적한다. “예전에 ‘정비 절감, 민력휴양’을 주장하던 민당 세력의 다수는 청일전쟁 중에 전쟁 승리에 열광했고, 청일전쟁 이후에는 정부와 군이 확립한 아시아에 대한 군사 침략 노선에 동조하여 국민에게 부담을 지우는 증세와 공채 모집을 승인했다. 그 대가로 민당이 받은 것은 청일전쟁 이전부터 보였던 번벌 정부와의 제휴가 한층 강화된 것과 번벌 정부가 독점하던 행정부에 참가하게 된 것이었다.”
또한 당시의 저널리즘과 국민들도 전쟁을 부추기고 전쟁에 적극 가담했다. 언론들은 선뜻 전쟁 결심을 하지 못하는 이토 내각을 비판했고, 국민들 또한 의용병 운동을 일으키면서 전쟁에 적극 협력했다. 정치적인 민주화를 요구한 재야 세력 또한 예외는 있었지만, 번벌 정부 이상으로 침략적이었다고 저자는 지적하고 있다.
청일전쟁 최대 희생자는 동학 농민군
뤼순 학살 사건의 진실
“앞으로의 연구를 기다려야 하는 부분이 남아 있지만, 청일전쟁에서 최대의 희생자는 조선에서 발생했을 가능성이 높다.”
저자는 청일전쟁 전 기간을 통틀어 가장 많은 희생자가 동학 농민군에서 나왔다고 말한다. 동학 농민군은 당시 총에 맞아 죽거나, 칼로 찔려 죽거나, 부상을 입어 죽어나갔다. 저자는 전체 희생자가 3만 명이 훨씬 넘는 것은 확실하며 그 외에 사망한 경우 등을 추가하면 5만 명에 육박할 것이라고 말하고 있다.
책에는 동학 농민군을 진압하기 위한 일본군의 전략이 자세히 나와 있다. 당시 일본군의 목적은 동학 농민군을 “모조리 살육”하는 것이었다. 이를 명령한 사람은 가와카미 소로쿠 육군 참모차장이었다. 당시 일본군을 이끌던 그는 대표적인 주전론자였고, 청일전쟁 당시 대본영에서 전쟁 지도를 사실상 주도한 인물이기도 하다. 1894년 11월 제2차 갑오농민전쟁이 일어났고, 농민군은 한때 일본군의 병참선과 전신선을 파괴하기도 했다. 그러자 가와카미는 동학 농민군과 그들을 지원하는 조선 농민에 대한 제노사이드적인 살육을 명령했던 것이다.
원래 일본 정부는 청일전쟁이라는 무대에서 일본군이 전시 국제법을 준수한 ‘문명 전쟁’을 수행할 수 있는 능력을 가졌음을 보여주려고 했다. 그러나 현장에서는 잘 통하지 않았다. 동학 농민군 학살처럼 잔인한 학살이 중국 뤼순에서도 일어났다. 저자는 당시 병사가 쓴 종군 일기를 통해 일본군의 잔혹성을 밝히고 있다. 아군의 시체를 목격한 병사들은 흥분해서 적을 “모두 죽이기”로 하거나 복수하겠다는 말을 종군 일기에 남겼다. 그러나 상급 지휘관이 그런 행위를 엄격히 금지했다면 학살 사건은 그 정도로 중대해지지 않았을 것이다. 그런데 오히려 상급 지휘관은 병사들에게 학살을 부추겼다. 한 병사는 “야마지 장군으로부터 다음과 같은 명령이 있었다. …… 앞으로는 토민土民이라 할지라도 아군을 방해하는 자는 남김없이 죽이라는 명령이다”라고 기록했다. 또 다른 병사는 “집합지를 출발할 때, 남자로서 장정인 청나라 사람은 모두 놓치지 말고, 살려두지 말고 모두 죽이라는 명령이 내려졌다. 모든 병사들이 용기가 넘쳤다”라고 썼다. “지나支那병을 보면 가루로 만들고 싶어 했고, 뤼순 시내에 있는 사람을 보면 모두 죽였다. 그 때문에 도로 등은 죽은 자들만 있어서 행진하기에도 불편하다”라고 종군 일기에 묘사된 것처럼 뤼순에서 무차별 살해가 벌어졌던 것이다. 저자는 이런 학살 사건이 “단순히 적의 잔학 행위에 대해서 하급 장교나 하사관과 병사 계층이 흥분해서 보복을 했다는 우발적 사건에 머무르지 않는, 일본군의 조직 자체에서 유래해 청일전쟁 시점에 벌어진 구조적 사건”으로 봐야 한다고 지적하고 있다.
언론과 국민들의 전쟁 협력
민중은 국민이 되어 국가와 함께 싸웠다
이 책의 백미는 단연 제5장 <전쟁 체험과 ‘국민’의 형성>에 잘 나와 있다. 이 장은 당시 일본의 사회사를 서술하고 있다. 전쟁 정보가 언론에 의해서 어떻게 사람들에게 전해졌는지 당시의 언론 상황을 자세히 다루고 있으며, 전쟁 정보 수용을 통해서 민중들이 ‘일본 국민’으로서 어떻게 공통 의식을 가지게 되었는지를 파헤치고 있다.
당시 일본 언론은 정부를 비판하는 입장이었다. 그래서 이토 내각은 초고 검열제, 납본제 등을 실시하며 언론을 통제했다. 그러나 점차 일본군이 전쟁에서 승리를 하게 되자 정부는 오히려 언론을 이용하기 시작했다. 일본군이 황해 해전에서 승리하자 그때부터 승전 소식을 언론에 알려주기 시작한 것이다. 언론들은 전쟁 현장에 종군 기자와 화가들을 파견해 전쟁 소식을 더 생생하게 전달하려고 노력했고, 전쟁 정보를 전달받은 독자들은 차츰 언론의 내용에 적극 호응하며 ‘일본 국민’으로서 전쟁을 바라보게 되었다. 책에는 당시 언론 현황, 기자와 화가들의 활약상, 독자들의 반응 등이 상세하게 소개되어 있다. 언론은 좀 더 많이, 좀 더 상세하게 전쟁 정보를 전달하려고 노력했고, 이를 성공적으로 이룬 언론사는 급속도로 성장했다. 독자들 또한 전쟁 정보를 통해 국가와 개인을 하나로 여기는 풍토가 만들어졌다. “지역 신문은 종군하는 사람들에게 가장 사랑받는 위문품이었고, 전장과 지역 후방 사회 사이에 정보를 전달하는 파이프였다. 이 파이프를 통해서 전장과 지역 후방 사회는 정보가 교환되어 서로를 자극했고, 전장의 체험이 일반화되어 지역 신문의 독자에게 공유되었던 것이다.”
《후소신문》 기자 스즈키 게이쿤은 4회에 걸쳐 전장에 나가 취재를 했다. 그리고 귀국한 뒤 50회 이상 전황 보고회를 열었다. 스즈키는 이 보고회에서 일본 군인의 용맹함, 적병의 비겁함, 평양의 경관, 격렬하고 참담한 전투 경험 따위로 청중을 흥분시켰다고 한다. 이 보고회에 참가한 대중의 수는 5만 명이 넘었는데, 그만큼 대중이 전쟁에 관심이 많았다는 것을 알 수 있다.
조선에 처음 파병되었을 때만 해도 많은 민중은 조선 문제에 관심이 없었고, 언론을 비롯해 일부 사람들만 소리 높여 전쟁을 떠들고 있는 상황이었다. 정부도 비밀리에 외교를 진행한 터라 국민에게 전쟁 협력을 호소하는 일도 없었다. 당시 일본은 징병제를 실시하고 있었는데, 어느 순간부터 민중들이 자발적으로 전쟁에 나서게 되었다. 신문과 잡지 등 활자 매체, 대외경파 등 민당 정치인들이 전쟁을 부추겼고, 전쟁을 하자는 분위기가 차츰 퍼져나갔던 것이다. 저자는 민중의 자발적인 전쟁 협력의 구체적 예로 1894년 6월 하순부터 전국 각지에서 일어난 의용병 운동을 들고 있다. 의용병이란 민간인이 비정규 군대를 조직한 것을 말하는데, 의용병 운동을 통해 민중들은 스스로 전쟁터로 나갔던 것이다. 징병제로 구성된 정규군을 정비해온 정부의 방침과는 모순되는 움직임이었다. 의용병 운동을 통해 민중들은 지역을 넘어 “국가적 내셔널리즘에 참가하는 모습”을 보인 것이다. 곧 민중은 이제 ‘국민’이 되어서 국가와 함께 싸우게 되었다.
청일전쟁 전 과정을 충실하게 담은 통사
이 책에는 청일전쟁의 전 과정이 충실하게 담겨 있다. 우선 청일전쟁이 왜 일어나게 되었는지를 살피기 위해 제1장에서는 1880년대 동아시아 지역의 상황을 개설한 뒤, 외세의 간섭에 의해 좌우된 조선의 상황을 자세히 소개하고 있다. 갑신정변이 일어난 뒤 체결된 톈진조약으로 인해 청과 일본은 조선에서 군을 철수하기로 했고, 출병 시 상호 사전 통고를 하기로 했다. 그리고 그 와중에 청일 양국의 군사력의 근대화가 어떻게 진행되었는지를 서술하고 있다.
제2장에서는 톈진조약 협조 체제가 변화하는 가운데 조선에서 발생한 동학 농민군의 봉기를 계기로 청일 양군이 조선에 출병하고, 이런저런 과정 끝에 청일 개전에 이르는 경위에 대해서 설명하고 있다. 풍도 해전, 조선 경복궁 점령 사건, 성환 전투 등의 과정을 자세히 서술하고 있다.
제3장에서는 개전 후 한반도에서 벌어진 전투, 즉 평양 전투, 황해 해전, 동학 농민군 섬멸 작전 등이 자세히 소개되어 있다. 제4장에서는 중국 영토에서 벌어진 전투 양상과, ‘뤼순 학살 사건’을 서술하고 있다.
제5장은 제1장에서 제4장까지 묘사한 것과 같은 정치사·외교사 연구가 아니라 사회사·미디어사를 다루는 장으로, 전쟁 정보가 어떻게 사람들에게 전달되고 그 정보가 수용된 결과 사람들과 지역에 어떠한 변화가 나타났는지를 검토하고 있다. 제6장은 시모노세키 강화조약 내용과 대만 침공 상황을 서술하고 있다.
청일전쟁 이후 일본은 청으로부터 군사 배상금 2억 냥(일본 엔으로 3억 1,100만 엔)을 획득했고 더 나아가 랴오둥반도 반환 보상금으로 3,000만 냥(4,500만 엔)을 받았다. 전승 결과, 일본은 합계 2억 3,000만 냥(3억 5,600만 엔)을 얻었다. 한편 청은 배상금을 자력으로 염출할 능력이 없어서 외채에 의존하는 진흙탕에 빠지게 된다. 일본은 배상금의 8할을 군비 확장에 쓰면서 군국주의의 길을 본격적으로 걷게 된다. 접기
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한국 출판사에서 제목을 멋대로 바꾼 것입니다. 제목이 말하고 있는 ‘국민‘의 탄생 과정은 책의 절반도 차지하지 않고 앞부분은 청일전쟁이 발발하기까지의 과정에 대한 그다지 새롭지 않은 내용입니다(내용은 잘 정리돼 있습니다.). 책을 지나치게 작게 만들어서 읽기가 편하지 않기도 합니다.

harhar 2018-11-25 공감 (2) 댓글 (0)
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5장에서 전쟁 소식이 어떻게 전해지고 소비되면서 일체감과 전쟁의 열기를 고조시켰는진 알겠는데, 맨 첫 단계에서 일정부가 ‘비밀‘로 일을 처리하고 전쟁 info가 유통되지도 않던 시절, 일반인들이 (방어도 아니고 침략) 전쟁을 지지하고 나선 것은 이해도 용납(조선의 입장에서)도 어려움.
不二 2018-11-08 공감 (0) 댓글 (0)
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일본이 어떻게 제국주의화 되었는지 잘 파악할 수 있다. 청일전쟁의 최대 피해자는 동학농민군이었다는 구절에 가슴이 아려온다.
새들처럼 2019-07-15 공감 (0) 댓글 (0)
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不二 2018-11-02 공감(1) 댓글(0)
朝鮮の支配権をめぐり開戦に至った日清戦争。平壌の戦いをはじめ各戦闘を詳述しながら、前近代戦の様相を見せたこの戦いの全貌を描く
청일전쟁, 국민의 탄생 - 근대 일본의 첫 대외 전쟁의 실상 | 질문의 책 20
오타니 다다시 (지은이),이재우 (옮긴이)오월의봄2018

























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책소개
질문의 책 시리즈 20권. 일본은 왜 청일전쟁을 일으켰는가? 일본 민중은 어떻게 '국민'이 되어 전쟁에 협조했는가? 청일전쟁 후 동아시아는 어떻게 달라졌는가? 조선은 왜 최대 희생자를 내야만 했을까?
청일전쟁 통사를 다룬 책으로, 기존 청일전쟁 관련 책과 몇 가지 차별점이 있다. 그동안 국내에 출간된 책들은 주로 정치, 외교, 군사적 관점에서 청일전쟁을 다뤘지만, 이 책은 언론과 민중의 관계를 중점적으로 다루며 청일전쟁의 전 과정을 다루고 있다. 그러면서 저자는 청일전쟁이 일본의 '국민'을 탄생시켰다고 말하고 있다. 즉 근대적인 의미의 국민이 이 시기에 형성되었으며, 이 국민들의 적극적인 협력이 있었기에 전쟁이 일어났다고 말하고 있다.
저자 오타니 다다시 교수는 일본 근현대사, 그중에서도 미디어사를 전공했다. 그렇기 때문에 이 책의 후반부에서 다루고 있는 일본 정부의 대외 언론 공작과 당대 일본 언론들의 모습, 국민들이 이런 언론을 어떻게 대하는지 등을 잘 묘사하고 있다.
또 당시 일본 정치를 책임지고 있던 이토 히로부미나 무쓰 무네미쓰를 다른 관점에서 비판하고 있는 점도 이 책의 장점이다. 곧 이들이 당시 펼쳤던 정치와 외교가 어떤 것이었나를 살피면서, 과연 청일전쟁이 꼭 일어나야 했던 전쟁이었는지를 질문하고 있다. 정치인, 지식인, 민간인 등의 협력 관계를 살피면서 전쟁 책임은 누구에게 있는지도 질문하고 있다.
목차
머리말
청일전쟁 관련 연표
제1장 | 전쟁 전야의 동아시아
1. 조선의 근대와 톈진조약 체제
‘속국’과 ‘자주국’ | 개화 정책과 임오군란 | 청일의 대응 | 갑신정변-급진 개화파의 쿠데타 실패 | 조슈파와 사쓰마파의 대립 | 톈진조약과 일본, 청, 영국의 협조 체제 | 극동 러시아-이미지와 실상
2. 일본과 청의 군비 확장
청의 군비 근대화-회군의 팽창 | 북양 해군의 근대화 | 임오군란 이후 일본의 군비 근대화 | 우선시된 해군의 군비 확장 | 육군, 7개 사단 체제로 | 육해군 연합 대연습 | 참모본부의 대청 전쟁 구상의 형성
제2장 | 출병에서 전쟁으로
1. 갑오농민전쟁과 청일 양국의 출병
제2차 이토 히로부미 내각의 성립 | 이토 내각의 고난-조약 개정과 대외경파 | 갑오농민전쟁-동학의 확대와 봉기 | 조선 정부의 파병 요청 | 청과 일본의 출병
2. 갈피를 잡지 못하는 청일 정부
청일 양군의 조선 도착 | 이토 수상의 협조론, 무쓰 외상의 강경론 | 제1차 절교서와 영국·러시아의 간섭 | 청 정부 내의 주전론과 개전 회피론
3. 전쟁이 시작되다.
7월 19일의 개전 결정 | 풍도 해전 | 조선 왕궁 무력 점령 | 혼성 제9여단의 남진 | 성환 전투 | 선전 조서를 둘러싼 혼란-전쟁은 언제 시작되었나? | 개전에 대한 메이지 천황의 생각
제3장 | 한반도 점령
1. 평양 전투
전쟁 지도 체제 | 단기전에서 장기전으로 | 제5사단 본대, 조선으로 | 짐을 옮기는 병사의 부족-“수송의 한계” | 제3사단의 동원 | 노즈 제5사단장의 평양 공격 결의 | 청과 일본의 무기 차이 | 격전-혼성 제9여단의 정면 공격 | 평양 점령과 청군의 패주
2. 황해 해전과 일본 정세
9월 17일의 조우 | 승리-과도기의 군사 기술과 제해권 확보 | 메이지 천황과 히로시마 대본영 | 대본영 어전 회의 | 청일전쟁 와중의 총선거 | 히로시마에서 열린 제7 임시 의회
3. 갑오개혁과 동학 농민군 섬멸
갑오개혁-친일 개화파 정권의 시험 | 이노우에 가오루 공사 부임과 조선의 보호국화 | 제2차 농민전쟁-반일·반개화파 | 동학 농민군에 대한 제노사이드
제4장 | 중국 침공
1. 일본군의 대륙 침공
제1군의 북진과 청군의 요격 체제 | 압록강 도하 작전 | 가쓰라 사단장과 다쓰미 여단장의 독주 | 제2군 편성-뤼순반도 공략으로 | 무모한 뤼순 공략 계획
2. ‘문명 전쟁’과 뤼순 학살 사건
구미의 눈과 전시 국제법 | 뤼순 요새 공략 작전 | 11월 21일, 어둠 속의 뤼순 점령 | 학살-서로 다른 사건의 모습 | 왜 일본군은 학살 행위를 벌인 것인가?-병사의 종군 일기를 읽다 | 서양 각국에 대한 변명 공작
3. 동계 전투와 강화 제기
제1군과 대본영의 대립 | 야마가타 제1군 사령관 경질 | 제1군의 하이청 공략 작전 | 랴오허 평원의 전투 | 산둥 작전과 대만 점령 작전 | 산둥 작전으로 북양 해군 궤멸
제5장 | 전쟁 체험과 ‘국민’의 형성
1. 언론과 전쟁-신문, 신기술, 종군 기자
조선으로 향하는 신문 기자들 | 강화되는 언론 통제 | 국민의 전쟁 지지와 정보 개시 | 신기술 도입과 《아사히신문》의 전략 | 《아사히신문》의 취재 체제 | 고급지 《시사신보》의 전쟁 보도 | 아사이 주와 ‘화보대’ | 《국민신문》과 일본화가 구보타 베이센 부자 | 사진과 회화의 차이 | 가와사키 사부로의 《일청전사》 전 7권
2. 지역과 전쟁
의용병과 군부 | 군부 모집 | 병사의 동원과 환송 | 전장과 지역을 연결한 지방지 | 《후소신문》 기자 스즈키 게이쿤 | 성황이었던 전황 보고회 | 개선, 귀국과 사람들의 환영 | 추도와 위령-‘선별’과 도호쿠의 사정 | 후쿠시마 현청 문서가 남긴 ‘지역과 전쟁’ | 동원과 전시 사무-정·촌장들의 ‘근무 평정’ | 청일전쟁과 오키나와 | 그 후의 오키나와
제6장 | 시모노세키 강화조약과 대만 침공
1. 강화조약 조인과 삼국 간섭
직례 결전 준비 | 정청 대총독부의 이동 | 강화 전권 사절에 취임한 이홍장 | 교섭 개시와 이홍장에 대한 테러 | 청의 고뇌와 조약 조인 | 삼국 간섭-러시아, 독일, 프랑스의 랴오둥반도 환부 요구 | 랴오둥반도 반환과 ‘와신상담’
2. 대만의 항일 투쟁, 조선의 의병 투쟁
대만총독부와 ‘대만민주국’ | 증파되는 일본군 | 남진 작전 수행에 대한 격렬한 저항 | ‘대만 평정 선언’ 이후에도 끝나지 않은 전투 | 민비 살해 사건 | 항일 의병 투쟁과 아관파천
종장 | 청일전쟁이란 무엇이었을까?
전쟁의 규모 | 전쟁 상대국과 전쟁의 계속 기간 | 누가, 왜, 개전을 결단했는가? | 미숙한 전시 외교 | 곤란한 전쟁 지도 | 전비와 청일의 전후 경영
후기
참고 문헌
옮긴이의 말
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책속에서
P. 9 예전에는 일본이 서구적인 근대화 정책을 추진하기 위해서는 청을 중심으로 하는 동아시아 국제 질서의 재편성은 불가결했으며, 메이지 유신 이후 일본에 의한 조선·중국 침략 정책의 연장선상에서 청일전쟁은 피할 수 없었다는 견해가 유력했다. 즉 일본 정부도, 군도 청일전쟁이 불가피하다고 생각하여 준비를 거듭해 개전에 이르렀다는 견해로, ... 더보기
P. 155 이러한 가운데 천황은 점차 전장에 가까운 히로시마로 친정하여 대본영에서 솔선해서 전쟁을 지도하고, 소박하고 자유롭지 못한 삶을 계속했다. 이때 전장의 장병들의 노고를 생각한다는 ‘군인 천황’상이 형성되어 국민의 전쟁 협력과 동원의 계기가 되었다.
P. 206 지금까지의 과정을 보면 뤼순 학살은 단순히 청군의 잔학 행위에 대해서 하급 장교나 하사관과 병사 계층이 흥분해서 보복을 했다는 우발적 사건에 머무르지 않는, 일본군의 조직 자체에서 유래해 청일전쟁 시점에 벌어진 구조적 사건으로 봐야 한다.
P. 282 출정 병사에 대한 전승 축원회, 산둥 작전의 전승이 전해지자 열린 전승 축하회, 의원금·휼병恤兵 헌납품 모집 캠페인, 군사 공채를 모집하는 기사 등이 실렸고 이 중 가장 등장 횟수가 많은 것이 가족 부조 관계 기사였다. 민중의 흥분과 행정 시책이 서로 공조하면서 지역의 후방=전시 체제가 만들어지기 시작한 것이다.
P. 285 지역 신문은 종군하는 사람들에게 가장 사랑받는 위문품이었고, 전장과 지역 후방 사회 사이에 정보를 전달하는 파이프였다. 이 파이프를 통해서 전장과 지역 후방 사회는 정보가 교환되어 서로를 자극했고, 전장의 체험이 일반화되어 지역 신문의 독자에게 공유되었던 것이다.
P. 361 이런 연구 상황을 종합한 결과, 현시점에서 나의 견해는 다음과 같다.
광의의 청일전쟁은 전투 대상과 지역이 세 개인 복합 전쟁이며, 1894년 7월 23일 일본군의 조선 왕궁 공격으로 시작되었다.
전쟁이 끝난 시기는 청과의 전쟁은 1895년 3월 30일 휴전 조약 조인으로 전투가 정지되고, 강화 조약 조인과 비준서 ... 더보기
P. 363 한편 제2차 이토 내각은 조약 개정 문제를 둘러싸고 대외경파의 공격을 받아 연속해서 두 번이나 중의원을 해산하는 내정적 위기에 직면했다. 이토 수상에게 6월 2일 단계에서 파병은 청일 개전을 상정한 것이 아니었으며, 또 총선거 대책을 위해 대외적 위기를 연출한다는 내정적 이유에 기반을 둔 것도 아니었다. 그러나 일단 청을 압도하기... 더보기
P. 374 그리고 민당을 지지하고 민당 소속 의원을 국회로 보낸 지역 사람들의 경우 어떤 이는 전장에서 병사·군부로서 전쟁을 체험했고, 후방 지역 사회에 남은 압도적 다수는 다양한 언론 매체가 전하는 정보를 통해 전쟁을 ‘체험’했다. 이들의 전쟁 ‘체험’과 전후의 전몰자 추도, 또한 전쟁 중에 친숙해진 ‘군인 천황’상에 대한 숭배를 통해 근... 더보기
제5장은 제1장에서 제4장까지 묘사한 것과 같은 정치사 외교사 연구가 아니라 사회사 미디어사를 다루는 장으로, 전쟁 정보가 어떻게 사람들에게 전달되고 그 정보가 수용된 결과 사람들과 지역에 어떠한 변화가 나타났는지를 검토한다. (11) - 不二
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저자 및 역자소개
오타니 다다시 (大谷正) (지은이)
저자파일
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1950년, 일본 돗토리 현 출생. 오사카대학 문학부를 졸업했으며, 같은 대학교에서 박사 학위를 받았다. 1982년에 센슈대학 법학부 강사, 조교수, 교수를 거쳐, 2010년부터 센슈대학 문학부 역사학과 교수로 재직 중이다. 전공은 일본 근대사.미디어사. 주된 저서로 《근대 일본의 대외 선전》(1994), 《병사와 군부의 일청전쟁》(2006) 등이 있다.
최근작 : <청일전쟁, 국민의 탄생> … 총 5종 (모두보기)
이재우 (옮긴이)
저자파일
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1989년 전북 익산 출생.
해군 부사관(하사 제대)으로 근무했고 2026년 현재 서울에 거주하면서 역사, 사회, 문학 등에 관심을 가지고 공부를 하고 있다. 특히 최근의 미국과 중국의 대립 등을 보며 청일전쟁, 러일전쟁 등에 대한 책과 영상물 등을 수집하고 있다. 옮긴 책으로 <청일전쟁, 국민의 탄생>, <일본 ‘우익’의 현대사>, <중국전선종군기> 등이 있다.
출판사 소개
오월의봄
출판사 페이지
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최근작 : <좌파 생활>,<우리가 몰랐던 자본주의>,<죽음의 책>등 총 254종
대표분야 : 한국사회비평/칼럼 2위 (브랜드 지수 182,625점)
출판사 제공 책소개
일본은 왜 청일전쟁을 일으켰는가?
일본 민중은 어떻게 ‘국민’이 되어 전쟁에 협조했는가?
청일전쟁 후 동아시아는 어떻게 달라졌는가?
조선은 왜 최대 희생자를 내야만 했을까?
민중, ‘국민’이 되어 전쟁에 협력하다
청일전쟁 통사를 다룬 《청일전쟁, 국민의 탄생》이 출간되었다. 이 책은 기존 청일전쟁 관련 책과 몇 가지 차별점이 있다. 그동안 국내에 출간된 책들은 주로 정치, 외교, 군사적 관점에서 청일전쟁을 다뤘지만, 이 책은 언론과 민중의 관계를 중점적으로 다루며 청일전쟁의 전 과정을 다루고 있다. 그러면서 저자는 청일전쟁이 일본의 ‘국민’을 탄생시켰다고 말하고 있다. 즉 근대적인 의미의 국민이 이 시기에 형성되었으며, 이 국민들의 적극적인 협력이 있었기에 전쟁이 일어났다고 말하고 있다.
청일전쟁은 근대 일본이 치른 첫 대외 전쟁이었다. 청일전쟁 이후 일본은 경제의 근대화와 함께 군국주의의 길을 걷기 시작했다. 그렇다면 청일전쟁은 왜 시작되었던 것일까? 당시 일본의 민간인이자 지식인이었던 후쿠자와 유키치는 청일전쟁을 가리켜 문명국인 일본과 야만국인 청의 전쟁, 즉 “문야文野의 전쟁”이라고 주장했다. 그는 언론을 통해 전쟁 지지를 표명함과 동시에 스스로 군사 헌금 조직화의 선두에 서는 등 적극적으로 전쟁에 협력했다. 국민도 이 주장들을 받아들였다. 곧 ‘문명 전쟁’론이나 ‘문야의 전쟁’론은 국민의 내셔널리즘과 전쟁 협력을 촉진하는 역할을 했다. 저자는 이처럼 정치인, 지식인, 민간인이 하나가 되어 적극적으로 협력했기 때문에 전쟁이 일어날 수 있었다고 말한다. 특히 민간인들은 ‘국민’이 되어 전쟁에 적극적으로 나서기 시작했다. “어떤 이는 전장에서 병사·군부로서 전쟁을 체험했고, 후방 지역 사회에 남은 압도적 다수는 다양한 언론 매체가 전하는 정보를 통해 전쟁을 ‘체험’했다. 이들의 전쟁 ‘체험’과 전후의 전몰자 추도, 또한 전쟁 중에 친숙해진 ‘군인 천황’상에 대한 숭배를 통해 근대 일본의 ‘국민’이 형성되어간 것이다.”
이 책의 저자 오타니 다다시 교수는 일본 근현대사, 그중에서도 미디어사를 전공했다. 그렇기 때문에 이 책의 후반부에서 다루고 있는 일본 정부의 대외 언론 공작과 당대 일본 언론들의 모습, 국민들이 이런 언론을 어떻게 대하는지 등을 잘 묘사하고 있다.
또 당시 일본 정치를 책임지고 있던 이토 히로부미나 무쓰 무네미쓰를 다른 관점에서 비판하고 있는 점도 이 책의 장점이다. 곧 이들이 당시 펼쳤던 정치와 외교가 어떤 것이었나를 살피면서, 과연 청일전쟁이 꼭 일어나야 했던 전쟁이었는지를 질문하고 있다. 정치인, 지식인, 민간인 등의 협력 관계를 살피면서 전쟁 책임은 누구에게 있는지도 질문하고 있다.
당시 일본 군인들의 모습들을 자세히 다루고 있는 점도 이 책의 장점이다. 일본군이 조선에 들어와 전투를 하고, 중국 대륙에 진출한 상황, 그리고 대만을 점령한 상황들이 세세하게 나와 있다. 일본군이 저지른 ‘조선 왕궁 점령 사건’이나 ‘뤼순 학살 사건’을 다루면서 일본의 ‘역사 위조’를 지적한 점도 다른 책에서는 찾아볼 수 없다. 일본은 1894년 7월 23일 조선 경복궁을 점령해 고종을 구속했다. 이 사건을 일본의 역사에서는 먼저 사격을 가한 조선군에 일본군이 반격해서 왕궁을 점령한 자위적·우발적 사건으로 설명했다. 그러나 저자는 이 견해가 명백한 ‘위조’라고 말하면서 일본 공사관과 혼성 여단이 사전에 계획해서 실행한 사건이라고 말하고 있다. 마찬가지로 뤼순에서 저지른 학살 사건도 일본 역사에서는 부정되거나 규모를 축소하고 있는데, 이 사건을 상세히 다루면서 뤼순 학살 사건이 왜 일어났는지, 문제는 무엇인지를 밝히고 있다.
청일전쟁은 언제 시작되어 언제 끝났는가?
보통 한국 역사에서는 청일전쟁을 “1894~1895년 조선의 지배를 둘러싸고 중국(청)과 일본 간에 벌어진 전쟁”이라고 규정하고 있다. 즉 1894년 8월 1일 일본이 청에 선전 조서를 공포하면서 전쟁이 시작되었고, 1895년 4월 17일 시모노세키 강화조약이 체결되어 전쟁이 종료되었다는 인식이다. 그러나 저자는 전쟁 개전 시기와 종결 시기에 대해 문제점을 지적하면서 이와 같은 관점은 “옛날 교과서와 같은 인식”이라고 말한다. 그리고 여러 연구들을 종합한 결과 다음과 같이 결론을 내린다.
광의의 청일전쟁은 전투 대상과 지역이 세 개(조선, 중국, 대만)인 복합 전쟁이며, 1894년 7월 23일 일본군의 조선 왕궁 공격으로 시작되었다. 전쟁이 끝난 시기는 청과의 전쟁은 1895년 3월 30일 휴전조약 조인으로 전투가 정지되고, 시모노세키 강화조약 조인과 비준서 교환으로 5월에 법적으로 종료되었다. 하지만 조선과의 전쟁 및 대만 주민과의 전쟁은 시모노세키 강화조약으로 종료되지 않았을 뿐만 아니라 11월 18일의 대만 평정 선언으로도, 1896년 4월 1일의 대본영 해산으로도 종결되지 않았으며 전투의 양상을 바꾸면서 실질적으로 계속되었다고 말한다. 즉 조선과의 전투는 갑오농민전쟁 진압으로 끝나지 않았으며, 그 이후의 의병 투쟁으로 계속되며, 청과의 전쟁이 종료된 이후에도 이어진다는 것이다. 마찬가지로 대만에서도 일본군에 저항하는 무력 투쟁은 오랫동안 지속되었기 때문에 저자는 광의의 청일전쟁은 종결 기간이 애매한 전쟁이라고 말하고 있다.
누가, 왜 전쟁을 일으켰는가?
전쟁에 대한 책임은 누구에게 있는가?
당시 일본 정치는 어지러웠다. 1890년 11월 25일 일본에서 처음으로 제1회 제국 의회가 소집되었다. 초기 의회에서는 번벌 정부와 자유당 및 입헌개진당 등의 민당(반정부 세력)이 대립해 정부가 제출한 예산안은 잇달아 민당 측에 의해 삭감되었다. 이런 상황에서 1892년 8월, 제2차 이토 히로부미 내각이 성립했다. 이토 내각도 마찬가지로 조약 개정과 예산안 등으로 민당 측과 계속 대립했고, 결국 두 번이나 의회를 해산하면서까지 정권을 유지했다. 1년도 지나지 않아 두 번이나 의회를 해산하는 행위로 사실상 헌법 정지 상태가 될 가능성마저 있었으며, 또 이토 내각은 앞으로 다가올 총선거 결과에 자신감이 있었던 것도 아니었다. 이런 와중에 조선에서 갑오농민전쟁이 일어났고, 조선은 청에게 파병을 요청했다. 일본도 이에 질세라 톈진조약을 근거로 들며 곧바로 조선에 파병했다.
청일전쟁은 정말 필연적으로 일어나야 했던 전쟁이었을까? 저자는 그렇지 않다고 말한다. 그렇다면 전쟁에 대한 책임은 누구에게 있는가? 조선에 파병할 때까지만 해도 이토 히로부미는 전쟁을 피하려고 했다. 오히려 청과의 협조를 유지하면서 조선에서 얻는 권익을 유지하자는 입장이었다. 그러나 조선에 파병이 되자 대내외적으로 전쟁을 하라는 압박을 받았다. 각종 저널리즘과 국민, 심지어 민당 측에서도 전쟁을 해야 한다고 부추겼다. 그리고 결국 이토는 국내의 정세를 극복하고자 전쟁을 결심하게 된다. 저자는 당시 수상이었던 이토 히로부미가 전쟁 개전에 대한 책임이 가장 크다고 말한다. 그가 전쟁을 결심하지 않았다면 청일전쟁은 일어나지 않았을지도 모른다. 그리고 외교의 책임자였던 무쓰 무네미쓰의 책임도 무시하지 못한다고 말한다. 저자는 무쓰 무네미쓰가 자신의 외교 실패를 만회하기 위해 전쟁을 주장했다고 비판한다. 육군을 비롯한 군부 세력은 그 이전부터 전쟁을 준비하고 있었으니 당연히 전쟁 개전 책임이 클 수밖에 없다.
저자는 자유민권운동을 추진했던 민당 세력 또한 전쟁에 대한 책임이 크다고 비판한다. 민주적인 정치 운영을 요구하며 정부를 비판해왔던 민당이 어느 순간부터 전쟁을 부추기는 세력이 되었으며, 청일전쟁 개전과 그 후 일본의 제국화에 큰 책임이 있다고 지적한다. “예전에 ‘정비 절감, 민력휴양’을 주장하던 민당 세력의 다수는 청일전쟁 중에 전쟁 승리에 열광했고, 청일전쟁 이후에는 정부와 군이 확립한 아시아에 대한 군사 침략 노선에 동조하여 국민에게 부담을 지우는 증세와 공채 모집을 승인했다. 그 대가로 민당이 받은 것은 청일전쟁 이전부터 보였던 번벌 정부와의 제휴가 한층 강화된 것과 번벌 정부가 독점하던 행정부에 참가하게 된 것이었다.”
또한 당시의 저널리즘과 국민들도 전쟁을 부추기고 전쟁에 적극 가담했다. 언론들은 선뜻 전쟁 결심을 하지 못하는 이토 내각을 비판했고, 국민들 또한 의용병 운동을 일으키면서 전쟁에 적극 협력했다. 정치적인 민주화를 요구한 재야 세력 또한 예외는 있었지만, 번벌 정부 이상으로 침략적이었다고 저자는 지적하고 있다.
청일전쟁 최대 희생자는 동학 농민군
뤼순 학살 사건의 진실
“앞으로의 연구를 기다려야 하는 부분이 남아 있지만, 청일전쟁에서 최대의 희생자는 조선에서 발생했을 가능성이 높다.”
저자는 청일전쟁 전 기간을 통틀어 가장 많은 희생자가 동학 농민군에서 나왔다고 말한다. 동학 농민군은 당시 총에 맞아 죽거나, 칼로 찔려 죽거나, 부상을 입어 죽어나갔다. 저자는 전체 희생자가 3만 명이 훨씬 넘는 것은 확실하며 그 외에 사망한 경우 등을 추가하면 5만 명에 육박할 것이라고 말하고 있다.
책에는 동학 농민군을 진압하기 위한 일본군의 전략이 자세히 나와 있다. 당시 일본군의 목적은 동학 농민군을 “모조리 살육”하는 것이었다. 이를 명령한 사람은 가와카미 소로쿠 육군 참모차장이었다. 당시 일본군을 이끌던 그는 대표적인 주전론자였고, 청일전쟁 당시 대본영에서 전쟁 지도를 사실상 주도한 인물이기도 하다. 1894년 11월 제2차 갑오농민전쟁이 일어났고, 농민군은 한때 일본군의 병참선과 전신선을 파괴하기도 했다. 그러자 가와카미는 동학 농민군과 그들을 지원하는 조선 농민에 대한 제노사이드적인 살육을 명령했던 것이다.
원래 일본 정부는 청일전쟁이라는 무대에서 일본군이 전시 국제법을 준수한 ‘문명 전쟁’을 수행할 수 있는 능력을 가졌음을 보여주려고 했다. 그러나 현장에서는 잘 통하지 않았다. 동학 농민군 학살처럼 잔인한 학살이 중국 뤼순에서도 일어났다. 저자는 당시 병사가 쓴 종군 일기를 통해 일본군의 잔혹성을 밝히고 있다. 아군의 시체를 목격한 병사들은 흥분해서 적을 “모두 죽이기”로 하거나 복수하겠다는 말을 종군 일기에 남겼다. 그러나 상급 지휘관이 그런 행위를 엄격히 금지했다면 학살 사건은 그 정도로 중대해지지 않았을 것이다. 그런데 오히려 상급 지휘관은 병사들에게 학살을 부추겼다. 한 병사는 “야마지 장군으로부터 다음과 같은 명령이 있었다. …… 앞으로는 토민土民이라 할지라도 아군을 방해하는 자는 남김없이 죽이라는 명령이다”라고 기록했다. 또 다른 병사는 “집합지를 출발할 때, 남자로서 장정인 청나라 사람은 모두 놓치지 말고, 살려두지 말고 모두 죽이라는 명령이 내려졌다. 모든 병사들이 용기가 넘쳤다”라고 썼다. “지나支那병을 보면 가루로 만들고 싶어 했고, 뤼순 시내에 있는 사람을 보면 모두 죽였다. 그 때문에 도로 등은 죽은 자들만 있어서 행진하기에도 불편하다”라고 종군 일기에 묘사된 것처럼 뤼순에서 무차별 살해가 벌어졌던 것이다. 저자는 이런 학살 사건이 “단순히 적의 잔학 행위에 대해서 하급 장교나 하사관과 병사 계층이 흥분해서 보복을 했다는 우발적 사건에 머무르지 않는, 일본군의 조직 자체에서 유래해 청일전쟁 시점에 벌어진 구조적 사건”으로 봐야 한다고 지적하고 있다.
언론과 국민들의 전쟁 협력
민중은 국민이 되어 국가와 함께 싸웠다
이 책의 백미는 단연 제5장 <전쟁 체험과 ‘국민’의 형성>에 잘 나와 있다. 이 장은 당시 일본의 사회사를 서술하고 있다. 전쟁 정보가 언론에 의해서 어떻게 사람들에게 전해졌는지 당시의 언론 상황을 자세히 다루고 있으며, 전쟁 정보 수용을 통해서 민중들이 ‘일본 국민’으로서 어떻게 공통 의식을 가지게 되었는지를 파헤치고 있다.
당시 일본 언론은 정부를 비판하는 입장이었다. 그래서 이토 내각은 초고 검열제, 납본제 등을 실시하며 언론을 통제했다. 그러나 점차 일본군이 전쟁에서 승리를 하게 되자 정부는 오히려 언론을 이용하기 시작했다. 일본군이 황해 해전에서 승리하자 그때부터 승전 소식을 언론에 알려주기 시작한 것이다. 언론들은 전쟁 현장에 종군 기자와 화가들을 파견해 전쟁 소식을 더 생생하게 전달하려고 노력했고, 전쟁 정보를 전달받은 독자들은 차츰 언론의 내용에 적극 호응하며 ‘일본 국민’으로서 전쟁을 바라보게 되었다. 책에는 당시 언론 현황, 기자와 화가들의 활약상, 독자들의 반응 등이 상세하게 소개되어 있다. 언론은 좀 더 많이, 좀 더 상세하게 전쟁 정보를 전달하려고 노력했고, 이를 성공적으로 이룬 언론사는 급속도로 성장했다. 독자들 또한 전쟁 정보를 통해 국가와 개인을 하나로 여기는 풍토가 만들어졌다. “지역 신문은 종군하는 사람들에게 가장 사랑받는 위문품이었고, 전장과 지역 후방 사회 사이에 정보를 전달하는 파이프였다. 이 파이프를 통해서 전장과 지역 후방 사회는 정보가 교환되어 서로를 자극했고, 전장의 체험이 일반화되어 지역 신문의 독자에게 공유되었던 것이다.”
《후소신문》 기자 스즈키 게이쿤은 4회에 걸쳐 전장에 나가 취재를 했다. 그리고 귀국한 뒤 50회 이상 전황 보고회를 열었다. 스즈키는 이 보고회에서 일본 군인의 용맹함, 적병의 비겁함, 평양의 경관, 격렬하고 참담한 전투 경험 따위로 청중을 흥분시켰다고 한다. 이 보고회에 참가한 대중의 수는 5만 명이 넘었는데, 그만큼 대중이 전쟁에 관심이 많았다는 것을 알 수 있다.
조선에 처음 파병되었을 때만 해도 많은 민중은 조선 문제에 관심이 없었고, 언론을 비롯해 일부 사람들만 소리 높여 전쟁을 떠들고 있는 상황이었다. 정부도 비밀리에 외교를 진행한 터라 국민에게 전쟁 협력을 호소하는 일도 없었다. 당시 일본은 징병제를 실시하고 있었는데, 어느 순간부터 민중들이 자발적으로 전쟁에 나서게 되었다. 신문과 잡지 등 활자 매체, 대외경파 등 민당 정치인들이 전쟁을 부추겼고, 전쟁을 하자는 분위기가 차츰 퍼져나갔던 것이다. 저자는 민중의 자발적인 전쟁 협력의 구체적 예로 1894년 6월 하순부터 전국 각지에서 일어난 의용병 운동을 들고 있다. 의용병이란 민간인이 비정규 군대를 조직한 것을 말하는데, 의용병 운동을 통해 민중들은 스스로 전쟁터로 나갔던 것이다. 징병제로 구성된 정규군을 정비해온 정부의 방침과는 모순되는 움직임이었다. 의용병 운동을 통해 민중들은 지역을 넘어 “국가적 내셔널리즘에 참가하는 모습”을 보인 것이다. 곧 민중은 이제 ‘국민’이 되어서 국가와 함께 싸우게 되었다.
청일전쟁 전 과정을 충실하게 담은 통사
이 책에는 청일전쟁의 전 과정이 충실하게 담겨 있다. 우선 청일전쟁이 왜 일어나게 되었는지를 살피기 위해 제1장에서는 1880년대 동아시아 지역의 상황을 개설한 뒤, 외세의 간섭에 의해 좌우된 조선의 상황을 자세히 소개하고 있다. 갑신정변이 일어난 뒤 체결된 톈진조약으로 인해 청과 일본은 조선에서 군을 철수하기로 했고, 출병 시 상호 사전 통고를 하기로 했다. 그리고 그 와중에 청일 양국의 군사력의 근대화가 어떻게 진행되었는지를 서술하고 있다.
제2장에서는 톈진조약 협조 체제가 변화하는 가운데 조선에서 발생한 동학 농민군의 봉기를 계기로 청일 양군이 조선에 출병하고, 이런저런 과정 끝에 청일 개전에 이르는 경위에 대해서 설명하고 있다. 풍도 해전, 조선 경복궁 점령 사건, 성환 전투 등의 과정을 자세히 서술하고 있다.
제3장에서는 개전 후 한반도에서 벌어진 전투, 즉 평양 전투, 황해 해전, 동학 농민군 섬멸 작전 등이 자세히 소개되어 있다. 제4장에서는 중국 영토에서 벌어진 전투 양상과, ‘뤼순 학살 사건’을 서술하고 있다.
제5장은 제1장에서 제4장까지 묘사한 것과 같은 정치사·외교사 연구가 아니라 사회사·미디어사를 다루는 장으로, 전쟁 정보가 어떻게 사람들에게 전달되고 그 정보가 수용된 결과 사람들과 지역에 어떠한 변화가 나타났는지를 검토하고 있다. 제6장은 시모노세키 강화조약 내용과 대만 침공 상황을 서술하고 있다.
청일전쟁 이후 일본은 청으로부터 군사 배상금 2억 냥(일본 엔으로 3억 1,100만 엔)을 획득했고 더 나아가 랴오둥반도 반환 보상금으로 3,000만 냥(4,500만 엔)을 받았다. 전승 결과, 일본은 합계 2억 3,000만 냥(3억 5,600만 엔)을 얻었다. 한편 청은 배상금을 자력으로 염출할 능력이 없어서 외채에 의존하는 진흙탕에 빠지게 된다. 일본은 배상금의 8할을 군비 확장에 쓰면서 군국주의의 길을 본격적으로 걷게 된다. 접기
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한국 출판사에서 제목을 멋대로 바꾼 것입니다. 제목이 말하고 있는 ‘국민‘의 탄생 과정은 책의 절반도 차지하지 않고 앞부분은 청일전쟁이 발발하기까지의 과정에 대한 그다지 새롭지 않은 내용입니다(내용은 잘 정리돼 있습니다.). 책을 지나치게 작게 만들어서 읽기가 편하지 않기도 합니다.
harhar 2018-11-25 공감 (2) 댓글 (0)
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5장에서 전쟁 소식이 어떻게 전해지고 소비되면서 일체감과 전쟁의 열기를 고조시켰는진 알겠는데, 맨 첫 단계에서 일정부가 ‘비밀‘로 일을 처리하고 전쟁 info가 유통되지도 않던 시절, 일반인들이 (방어도 아니고 침략) 전쟁을 지지하고 나선 것은 이해도 용납(조선의 입장에서)도 어려움.
不二 2018-11-08 공감 (0) 댓글 (0)
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일본이 어떻게 제국주의화 되었는지 잘 파악할 수 있다. 청일전쟁의 최대 피해자는 동학농민군이었다는 구절에 가슴이 아려온다.
새들처럼 2019-07-15 공감 (0) 댓글 (0)
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不二 2018-11-02 공감(1) 댓글(0)
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