2026-01-24

帝国日本の新聞人と朝鮮知識人 : 沈元燮, SHIM WonSup: Japanese Books

帝国日本の新聞人と朝鮮知識人 : 沈元燮, SHIM WonSup: Japanese Books






帝国日本の新聞人と朝鮮知識人  2025
by 沈元燮 (Author), SHIM WonSup (Author)


剣と禅で鍛練した肥後の阿部充家は、日帝朝鮮統治下で京城日報社長を務めた。 武断統治と一線を画して朝鮮文化・仏教支援に尽力し、文治政治の先駆者となる。 斎藤実の政治顧問でありつつ、当局に「不穏な活動家」と見なされた阿部の軌跡をたどり、植民地支配のグラデーションを再現して、その先に東アジア共存の方途を探る。


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同伴者・無仏阿部充家と朝鮮
同伴者・無仏阿部充家と朝鮮
帝国日本の新聞人と朝鮮知識人沈元變川村学 *
帝国日本の
同伴者・
無仏阿部充家と朝鮮
新聞人と
沈元燮川村
朝鮮知識人
日本の植民地に編入されていた当時の朝鮮は、「抵抗」が根底から遮蔽されていた空間であった。即刻服従、同化そして忠誠のみが要求される恐怖政治システムから日本の朝鮮統治は始まった。以降、数十年にわたって、急変する世界情勢の中で、韓国人は差別の撤廃、教育機会の拡大、産業の育成、自治、独立などを含め、政治・経済・文化的な欲求を絶えなく支配者側に表明し、統治当局も持続的にこれに模索・協議・懐柔・拒否・取締り・弾圧などで対応した。支配者と被支配者の間で三六年も続いたこの関係の進行過程は、学界でよく用いられてきた「抵抗と協力」という対抗図式だけでは説明しがたい。いわばその両者の間に交わされた、疎通・交渉・ 折衷・取引・妥協などの用語が、その時代のデイーテイルを後世に伝えるに役立つであろう。
背後の交渉と疎通の達人、剣と禅修行の達人、阿部充家は、この恐怖時代に総督府機関誌である京城日報社と毎日申報社社長を歴任して以来、一生を日本と朝鮮との宥和的な関係形成のために捧げ、二・二六事件の直前に世を去った特異な日本人である。(中略) 東アジアの国家同士の平和な共存、これは私たちの至上課題である。帝国主義時代、厳しかった冬の時代、 そのとある片隅に小さな温室一つが存在した、その名は無仏庵、その主人は阿部充家――こ
ういってもいいだろうか。
―「日本語版序文」より抜粋
剣と禅修行の達人と呼ばれた阿部充家は、朝鮮統治下で京城日報社長を務め、武断統治とは異なる寛容な疎通を重視した。朝鮮の文化・仏教支援にも尽力し、文治政治の先駆者となる。帰国後も宥和政策を提言し、朝鮮人支援を続けたが、当局からは「不穏な活動家」と見なされた。彼の「本気の朝鮮愛」は異端視されつつも、東アジア共存の可能性を示す存在でもあった。日本による朝鮮支配の歴史を語る上で欠かせない彼の生涯を掘り起こし、植民地支配のグラデーションを再現する。
1906年の国民新聞社幹部陣。一列中央が徳富蘇峰、
右端が阿部(徳富蘇峰記念館協約提供)

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目次
著者・訳者略歴
日本語版序文
帝国日本の新聞人と朝鮮知識人——同伴者・無仏阿部充家と朝鮮●
プロローグ
第1章 熊本時代の神山充家
1.熊本、神山充家
2.西南戦争と師匠池辺吉十郎
3.徳富蘇峰との出会い
4.盈進小学校と大江義塾時代
第2章 国民新聞社時代の阿部充家
1.「将来之日本」(一八八六年)——蘇峰が描いた楽観的
世界史
2.熊本新聞編集長時代の阿部
3.阿部への二回目の弾圧と「国民新聞』の方向転換
4.金玉均との締盟説と従軍記者時代の阿部の朝鮮観
5.居士修行者阿部「無仏」
6.「国民新聞」の政府機関紙化と「阿部伝説」
第3章 京城日報・毎日申報時代の阿部充家
1.徳富蘇峰の朝鮮統治論
2.京城日報の初期運営
3.阿部の京城日報・毎日申報経営の主要な特徴
4.中国・日本視察団および「家庭博覧会」の企画・運営
(1)趙一斉「青島視察団」が見た帝国の裏面
(2)消費生活「共進会」——「家庭博覧会」
(3)南北满洲視察団
(4)九州視察団の同化企画
5.「京城日報」・「毎日申報』の日本人朝鮮紀行文
(1)日本人の朝鮮紀行文、その政治的起源
(2) 大谷光瑞の朝鮮紀行
(3) 社長の阿部が見た「施政五周年」の朝鮮
(4) 日本人記者たちが見た「施政五周年」の朝鮮
沈元燮(原著者)
文学博士。一九九九年 京畿大学校韓国東洋語文学部兼任教授、二〇〇一年 同上待遇教授、二〇〇四年 早稲田大学国際教養学部客員教授、二〇〇七年 同上文学学術院客員教授、二〇〇九年 仁荷大学校大学院韓国学科研究教授、二〇一三年 獨協大学国際教養学部特任教授、二〇一九年 同上退職。
川村肇(翻訳者)
博士(教育学)。一九九一年鳴門教育大学助手、一九九五年 獨協大学外国語学部専任講師、一九九八年同上助教授、二〇〇六年 同上教授、二〇〇七年 獨協大学国際教養学部に異動、現在に至る。
本書は二〇一七年に韓国・株式会社ソミョン出版より刊行された『아베 미츠이에와 조선』 (阿部充家と朝鮮)を翻訳出版したものです。
第4章 阿部充家と朝鮮知識人社会
1.阿部と朝鮮知識人社会
(1) 阿部が活用した朝鮮貴族 李完用、趙重応、
宗秉陵
(2) 隠者尹用求を訪れた逸話
(3) いち早く始めた朝鮮青年育成事業
(4) 阿部の毎日申報側近たち方台栄、沈友燮、
秦学文
(5) 毎日申報が迎え入れた朝鮮人英雄たち
2.阿部充家と朝鮮仏教
(1) 阿部無仏と朝鮮仏教
(2)日本臨済宗布教支援活動
(3) 後藤瑞巌の大和魂と日本仏教
(4) 帰国後の朝鮮仏教紹介活動
3.阿部の退任風景
第5章 李光洙が見取った阿部の最期
1.帰ってきた「放蕩息子」李光洙
2.剣と禅と布施行
訳者あとがき
3.李光洙が見た阿部の最期
京城日報社社屋
上:金玉均(1851-1894)
下:李光洙(1892-1950)
2025.05

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