Amazon.co.jp:Customer Reviews: 〔『支那思想と日本』初版〕まえがき
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〔『支那思想と日本』初版〕まえがき
by津田 左右吉

〔『支那思想と日本』初版〕まえがき
by津田 左右吉
From Japan
- Reviewed in Japan on November 23, 2020これから読もうとする方は、碩学による戦前の日中比較文化論が具体的にどんなものか?、ということを期待しているでしょう。しかしそれは見事に裏切られます。いや別に題名詐欺とかではありませんよ
だって「まえがき」しか収録されておらず、肝心の本文を読むことはできないのですから
そしてタイトル『支那思想と日本』初版〕まえがき、に思い至り「ああ、そういうことね…」と納得するのです
というわけで、本作のまえがきのみ読みたい方(そんな変な読者がいるのか真に疑わしいですが)の需要は十全に満たしてくれますので☆5、となります
勿論本文を読みたい方の評価は☆1に決まっていますが、そんな方はタイトルを百篇音読することをお勧めします。ご自身が不当な要求をされていることにお気づきになるでしょう - Reviewed in Japan on August 15, 2018古代史について卓見を持つが、偏見とさえ思える中国嫌いによる「現代世界文化を自家薬籠中の物とした日本は中国の抗日思想を打ち砕いて正しい文化を体現させねばならない」との主張である。「支那文字の使用を止めるべき」というのは、カタカナ単語に「てにをは」をつける形で実現していくようであるが、「儲けこそ全て」で彼等が日本を「東方領土」のごとく闊歩するのを許す現在の「日本國」を見たら彼はなんと云うであろうか。
- Reviewed in Japan on June 2, 2020津田といえば筆禍事件で起訴されたことで有名だが、その思想の内実は嫌中のハシリに類するものだった。戦前の津田の中国理解がいかなるものか本人の著作に就くに如くはない。
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- 〔『支那思想と日本』初版〕まえがき津田左右吉この書の第一部は「日本に於ける支那思想移植史」と題して、岩波講座の『哲学』の昭和八年一月発行の部分に載せたもの、第二部は「文化史上に於ける東洋の特殊性」という題名の下に、同じ講座の『東洋思潮』のために、昭和十一年のはじめに書いたものである。今この二篇を合せて岩波新書の一冊とするに当り、説明の足りなかったところを補い、支那文字を少しでもへらす意味において文字のつかいかたをいくらか変えると共に、題目をもききやすいことばに改めた。わたくしは、近ごろ、支那文字をつかうことをできるだけ少くするように心がけているのであるが、前に書いたものをそうひどくなおすことは、全体を書きかえない限り、むつかしいので、このたびは、このくらいにしておくよりしかたがなかったのである。この二篇は、いずれも今度の事変の前に書かれたものであるが、事変によって日本と支那との文化上の交渉が現実の問題として新によび起されて来た今日、再びそれを世に出すのは、必しも意味のないことではあるまいと思う。日本人が日本人みずからの文化と支那人のそれとに対し、また支那人が支那人みずからの文化と日本人のそれとに対して、正しい見解をもつことの必要が今日ほど切実に感ぜられる時はない。もしその見解にまちがったところがあり、そうしてそのまちがった見解に本づいて何らかのしごとが企てられるようなことがあるとしたら、そのなりゆきには恐るべきものがあろうと気づかわれるからである。この二篇に共通な考かんがえは、日本の文化は日本の民族生活の独自なる歴史的展開によって独自に形づくられて来たものであり、随って支那の文化とは全くちがったものであるということ、日本と支那とは別々の歴史をもち別々の文化をもっている別々の世界であって、文化的にはこの二つを含むものとしての一つの東洋という世界はなりたっていず、一つの東洋文化というものはないということ、日本は、過去においては、文化財として支那の文物を多くとり入れたけれども、決して支那の文化の世界につつみこまれたのではないということ、支那からとり入れた文物が日本の文化の発達に大なるはたらきをしたことは明かであるが、一面またそれを妨げそれをゆがめる力ともなったということ、それにもかかわらず日本人は日本人としての独自の生活を発展させ独自の文化を創造して来たということ、日本の過去の知識人の知識としては支那思想が重んぜられたけれども、それは日本人の実生活とははるかにかけはなれたものであり、直接には実生活の上にはたらいていないということ、である。日本と支那と、日本人の生活と支那人のそれとは、すべてにおいて全くちがっている、というのがわたくしの考である。この考は久しい前からもっていたものであって、二十年ものむかしに書いた『文学に現はれたる我が国民思想の研究』にも、一とおりそのことが述べてあるが、その後になってそれがますます固められて来た。日本のことを知れば知るほど、支那のことを知れば知るほど、日本人と支那人とは全く別世界の住民であることが強く感ぜられて来るのである。日本の或る方面では、日本の文化と支那のとを何となく同じものであるように思いなす人たちもあるらしいが、それは、わたくしにいわせれば、自分たちのたずさわっていること、好きなこと、または有もっている知識技能が、支那に由来のあるものであるために、それだけを日本の文物と支那のとのそれぞれの、またその間の関係の、全体であるように錯覚するところから生じたものである。このほかにもいろいろの理由はあるが、これがその最も大切なものであろうと思う。日本の文化についても支那のについても、そのすべての方面をひろく見わたし、それを一つの全体としてつかみ、またその根本の精神がどこにあるかを究きわめ、それと共に日本人と支那人との現実の生活をありのままに見るならば、そういう考はおのずからなくなるはずである。なお世間では、これから後の日本が支那に対して政治的経済的または文化的に活動しなければならぬ、もしくはそれらの方面において両民族が提携しなければならぬ、ということと、日本の過去の文化と支那のそれとを同じ一つの東洋文化として見るということとが、混雑して考えられているのではないかと思われるが、この二つはもともと全く別のことである。日本と支那との文化が過去にどういう関係であったとしても、それにはかかわらず、これから後は、日本が支那に対していろいろの方面にはたらくことが絶対に必要となって来た。日本は今、支那人の抗日思想をうち破り、両民族が、支那において、互に手をつないではたらくことのできるような新しい状勢をつくり出そうとして、いのちがけの努力をしている。しかしそれには、日本人と支那人とが、上に述べたようにして別々の文化をかたちづくり別々の民族性を養って来た、全くちがった二つの民族であることを、十分に知ってかからねばならぬ。日本人みずからそれを明かにさとるのみでなく、支那人にもよくそれをのみこませなくてはならぬ。特に今日においては、日本は、長い過去の歴史が次第に養って来た独自の精神とそれによって創造せられて来た独自の文化との力によって、現代の世界文化を新しくわがものとし、日本みずからの文化に世界性を有たせて来たのであって、その点において今までの支那とはひどく違っていることを、はっきり支那人に知らせなくてはならぬ。文化上の提携といっても、実は、現代の世界文化をわがものとしている日本が、まだそれまでになっていない支那を導く意味でなければならず、そうしてそれを導くのは、これらの違いを明かにした上でのことである。漫然、日本人と支那人とを、または日本の文化と支那のそれとを混同して考え、それによって東洋人とか東洋文化とかいう語を作ってみたところで、それが支那人に何の感じをも与えないことは、もうとっくに試験ずみになっているではないか。実をいうと、支那人のうちには、日本には日本に独自の文化がなく、過去においては支那のの模倣に過ぎず現代においては西洋のに追従しているのみである、というような誤った考をもっているものが少なくないようであり、日本に対する軽侮心の一つのねざしもそこにあるのではないかと思われるが、もしそうならば、それはいわゆる抗日の態度とも関係のないことではあるまい。抗日意識が植えつけられたことには、いろいろの理由も事情もあり、またその根本には、民族競争国家競争のはげしくなって来た現代の世界の状勢において支那をどうして立ててゆくかという支那みずからの深いなやみがあり、そのなやみから生じた民族意識国家意識を、もともとそういう意識の弱かった、あるいはなかった、支那人の間に急速に、また強いて、つぎこもうとして、目的のために手段をえらばず目前の謀のために永遠の計を忘れるのが常である、あるいは自己の言動に自己みずから昂奮してその正否を反省することのできない、支那の一部の政治家や知識人の気質から、そうしてまた人々の権勢慾やそれに伴う術策がそれに結びついて、終には国際信義をも無視し人道をも無視するようになったというみちすじのあることをも考えねばならぬが、よしそれにしても、それが特に抗日という形をとって現われたことには、日本の強さに接したところから生じた圧迫感ともいうべきものと、日本を弱いと見たところから生じた軽侮心とが結びついたため、あるいはむしろ軽侮心がおもてに現われて圧迫感がそのうちにつつまれているため、にそうなったという理由があるのではあるまいか。(弱いと見たものに対しては、いかなることをもしかねないのが、支那の民族性の重要なる一面である。)そうしてその弱いと見たことには、政治的経済的もしくはその他の点においてのまちがった観察から来たところもあるが、日本の文化に対する上に述べたような誤解もまた有力にはたらいているにちがいないと思われる。ところが、日本人みずからのうちにも、日本の過去の文化の独自性に対する堅い信念をもたず、それを東洋文化などと名づけて、支那の文化に従属したものででもあるように宣伝したり、または日本の現代の文化が世界性をもっていること、それゆえにこそ現代の世界における日本の文化であり、随ってまたそれにはおのずから日本の文化としての独自性が具わっていること、についての十分の自覚がなく、それを単なる西洋文化の模倣であるようにいいふらしたり、するもののあるのは、支那人のこの誤った日本観を助成するようなものであり、また日本に対しては今日でもなおなくしきらぬ支那人の中華意識なり優越感なりに迎合するようなものである。意識してそうするのでないにしても、結果においてはそれと同じことになる。そればかりではない。日本人はとかく外国人に対して媚態を示すようなくせがあるので、それは決して外国人をして日本人を尊重させることにはならぬのであるが、支那人に対しても、文化的方面のことについては、やはりそれがあるようにさえ思われる。支那人のとは全く違った文化を有っている、そうしてその文化の優越性に対する強い自信のある、ヨオロッパ人やアメリカ人が支那人に尊敬せられ依頼せられていることを、日本人はよく考えてみなければならぬ。日本人が支那文字を用いたり支那の詩文をまねて作ったりするようなことも、支那人をして日本人に対する親しみを感じさせるやくにたつよりは、日本の文化を支那のに従属しているものと思わせ日本人を軽侮させるはたらきをする方が大きい。(自分らよりも優れていると思っているものが自分らと同じことをすれば、それには親しみを感ずるが、劣っていると思っているものがそういうことをすれば、それはただ自分らの優越感を強めるのみである。)なお支那においても、新しい世界の空気をいくらかでも呼吸している方面の知識人は、過去の支那文化に対して、ともかくも或る程度の批判的態度をとり、支那を現代化することにどれだけかのはたらきをしているのであるから、その運動が果して正しい方向をのみとっているかどうかは別として、日本人は東洋文化の名によって支那の過去の文化を崇拝しそれに執着しているというようなまちがった感じを彼らに抱かせることは、上に述べたとは別の世界において、日本が支那の若い知識人の軽侮もしくは反感を招くものであり、彼らの心をヨオロッパやアメリカに向けさせるものであることをも、考えねばならぬ。日本人がこれから手を携えてゆかねばならぬのは、支那の若い知識人であるから、日本人はそういう人たちの心を日本にむけさせるように努力しつつ、彼らの運動を正しい方向に導いてゆかねばならぬのである。支那も今は思想の転換期に立っていることを知らねばならぬ。ところでこう考えて来ると、日本人が支那に対して効果のあるはたらきをするには、日本が世界性を有っている現代の日本文化をますます高めていって、ヨオロッパやアメリカのそれよりも優れたものにしなければならぬということが、おのずからわかるであろう。日本の文化がそうなってこそ、そうして支那人が日本の文化よりもヨオロッパやアメリカのの方が優れていると考えなくなってこそ、支那に対して日本の文化の力を十分にはたらかせ、支那人をしてほんとうに日本を理解させ日本を尊敬させることができるのである。そうしてそういう風に日本の文化を高めるためには、一方において日本人の精神力をますます強めると共に、他方においては文化の発達を妨げるいろいろのじゃまものをできるだけ早く棄ててしまわねばならぬ。このじゃまもののうちには、過去に支那からうけ入れたものが少なくないのであるが、支那文字の如きはその最も大なるものである。支那文字が文字そのものの性質上、一般に文化の発達を妨げるものであることはいうまでもないが、日本のことばと一致しない支那文字を日本人がつかうことは、これからますます発達させてゆかねばならぬ日本のことばのその発達をもひどく妨げるものなのである。また支那文字や古典的支那文、即ちいわゆる漢文、と結びついている支那風の学問のしかたやものの考えかたが、現代文化の基礎となっている現代の学問の精神と一致しないものであることをも、考えなくてはならぬ。支那文字をつかうことをやめるには、順序もあり準備もなくてはならぬから、それをしおおせるまでに或る時間のかかるのは、しかたがない。しかし普通教育の教科として古典的支那文を学ばせるようなことは、一日も早くやめてほしい。これはすぐにでもできることである。古典的支那文を学ぶことは、過去の日本や支那について特殊の学問的研究をするものには必要であるが、一般には何の用もないことであり、学生のほんとうの教養ほんとうの知性の発達の妨げになるのみである。支那文で書かれた日本の古典やいろいろの著作はそれを日本文に書きなおすことによって、いくらでも世間に弘めることができるのである。なお支那の現代語を普通教育の教科としようというような考は、もっての外のことといわねばならぬ。現代支那語を学ぶことは、日本人にとっては何の教養にもならぬからである。これもまた現代支那についての特殊の知識を要求するもの特殊の学問的研究をするものや、支那へいって支那人と親しく接触しなければできないようなしごとをするものには、必要であろうが、それにはそれを学ぶことのできる特殊の機関があればよい。支那人と接触するしごとをするについても、日本人と日本の文化とにほんとうの力があり、それによって支那人が利益をうけることが知られて来るならば、支那人の方から日本語を学ぶようになるはずである。更にいい添えねばならぬのは、日本人が支那に対してほんとうのはたらきをするには、支那のあらゆることがらについての精密なる学問的研究、特に文化についてはそういう研究と共にそれによっての厳正なる批判、をしてかからなければならぬ、ということである。今日では日本が支那から学ぶべきものは何もないが、こういう研究と批判とはぜひとも必要である。それが日本人のすべてのはたらきのもとになるのである。文化方面のことについていうと、昔の日本の学者は、学問というものは他から何ごとかを学ぶことだと考えていたので、それがためにおのずから自己の学んだことを学んだままに崇信するようになり、そこから偏固な宗派心が彼らの間に養われて来た。支那に関することでは儒者の学問がそれであった。しかし現代の学問は研究することであり批判することであって、昔のような意義で学ぶことではない。そこで、例えば儒教のようなものに対してもまたそれが要求せられる。政治のおしえ道徳のおしえとしての儒教が、権力者や知識人の思想のうえ知識のうえでは、長いあいだ大なる権威をもっていたにかかわらず、その力によって支那の政治と社会とが少しもよくならず、支那の民衆が少しも幸福にならなかった、という明かな事実も、こういう研究と批判とによって始めてその理由が知られるであろう。そうしてそれがこれから後の支那人に対する指導方針を決定する重要なる資料となるであろう。儒教のみならず、あらゆる文化上の現象についても同じことが考えられねばならぬ。そうしてかかる研究が多方面に行われることは、おのずから学問の世界において支那人を導くことにもなり、日本の現代文化の力を支那人に対して示すことにもなる。のみならず、それはまた、支那についての知識をもたず、支那人の生活、支那の社会の実際状態を知らず、それがために今度の事変についてもまちがった考をもっているものの多い、ヨオロッパ人やアメリカ人に対して、支那についての正しい知識を与えるやくにもたつのであって、これは日本人のぜひともしなければならぬことである。(残念なことには、日本でまだこういう研究が十分に行われていない。ある方面ではりっぱな業績がおいおい現われて来たけれども、それの現われない方面が少なくなく、特に思想に関することにおいてそうである。何故にそうであるかは、上に述べたところによっておのずから知られるところがあろう。)「まえがき」でこういうことをいうのは、ふさわしくないようでもあるが、この書に説いてあることと密接な関係があるので、率直にわたくしの考を述べたのである。日本は今、支那に対して行っている大なる活動に向ってあらゆる力を集中している。この活動は、すべての方面において、十分にまた徹底的に行われねばならぬ。そうしてそれが行い得られるのは、上に述べたようにして歴史的に発達して来た日本人に独自な精神と、世界性を有っている現代文化、その根本となっている現代科学、及びそれによって新に養われた精神のはたらきとが、一つに融けあったところから生ずる強い力の故である。ところが、この日本の状態と全く反対であるのが今日の支那の現実の姿である。今度の事変こそは、これまでの日本と支那との文化、日本人と支那人との生活が、全く違ったものであり、この二つの民族が全く違った世界の住民であったこと、それと共にまた、日本人に独自な精神と現代文化現代科学及びその精神とが決して相もとるものではないことを、最もよく示すものといわねばならぬ。現に支那において諸方面に活動し、いろいろの意味いろいろのしかたで支那人と接触している日本人には、そのことが明かに知られているであろう。この書に収めた二篇は、要するにこの明かな現在の事実の歴史的由来を考えたものに過ぎない。昭和十三年十月底本:「津田左右吉歴史論集」岩波文庫、岩波書店2006(平成18)年8月17日第1刷発行2006(平成18)年11月15日第2刷発行底本の親本:「支那思想と日本」岩波新書、岩波書店1938(昭和13)年11月初出:「支那思想と日本」岩波新書、岩波書店1938(昭和13)年11月入力:門田裕志校正:フクポー2017年6月20日作成青空文庫作成ファイル:このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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- 쓰다 좌우길이 책의 제일부는 「일본에 있어서의 지나 사상 이식사」라고 제목을 붙여, 이와나미 강좌의 「철학」의 1985년 발행의 부분에 실은 것, 제2부는 「문화사상에 있어서의 동양의 특수성」이라고 하는 제목 아래에, 같은 강좌의 「동양 사조」를 위해, 쇼와 11 지금 이 두편을 합쳐 이와나미 신서의 한 권으로 삼는 데 있어서, 설명이 부족한 곳을 보충해, 나나 문자를 조금이라도 얽히는 의미에서 문자의 사용 방법을 다소 바꾸는 것과 동시에, 제목을 잡기 쉬운 말로 고쳤다. 나는 얼마 전 지나문자를 잡는 것을 가능한 한 적게 하도록 유의하고 있는 것이다.이 두편은 모두 이번 사변 앞에 쓰여진 것이지만, 사변에 의해 일본과 시나와의 문화상의 협상이 현실의 문제로서 새롭게 일어나 온 오늘, 다시 그것을 세상에 내놓는 것은 반드시 의미가 없는 것은 아닐 것이라고 생각한다. 일본인이 일본인 미즈로부터의 문화와 시나인의 그것에 대해, 또 시나인이 시나인 미즈로부터의 문화와 일본인의 그것에 대해, 올바른 견해를 가질 필요가 오늘만큼 절실하게 감당할 때는 없다. 만약 그 견해에 틀린 곳이 있고, 그렇게 해서 그 틀린 견해에 얽매여서 어떠한 일이 기획될 수 있는 일이 있다면, 그 나름대로는 무서운 것이 있을 것이라는 것을 깨닫기 때문이다.이 두편에 공통되는 것은, 일본의 문화는 일본의 민족 생활의 독자적인 역사적 전개에 의해 독자적으로 형성되어 온 것이며, 따라서 시나의 문화와는 전혀 틀린 것이라는 것, 일본과 시나와는 별개의 역사를 가지고 별개의 문화를 가지고 있는 별개의 세상 세계로서, 문화적으로는 이 둘을 포함하는 것으로서 하나의 동양이라는 세계는 되어 있지 않고, 하나의 동양 문화라고 하는 것은 없다고 하는 것, 일본은, 과거에 있어서는, 문화재로서 시나의 문물을 많이 도입했지만, 결코 시나의 문화의 세계에 쭉 찢어진 것이 아니라는 것, 시나로부터 가져온 문물이 일본의 문화의 발달에 큰 작용을 한 것은 밝은데, 일면 또 그것을 방해해 그것을 왜곡하는 힘이 되었다는 것, 그럼에도 일본인은 일본인으로서의 독자적인 삶 활을 발전시켜 독자적인 문화를 창조해 왔다는 것, 일본의 과거의 지식인의 지식으로서는 시나 사상이 중점을 받았지만, 그것은 일본인의 실생활과는 훨씬 더 걸릴 수 있었던 것이며, 직접적으로는 실생활 위에는 작용하고 있지 않다는 것이다. 일본과 시나와, 일본인의 생활과 지나인의 그것이, 모두에 있어서 완전히 다르다는 것이 나의 생각이다. 이 고는 오랜 전부터 가지고 있었던 것이며, 20년의 옛날에 쓴 “문학에 나타나는 우리 국민사상의 연구”에도, 한 가지 그렇게 말하고 있지만, 그 후가 되어 점점 굳어져 왔다. 일본을 알면 알수록 지나를 알면 알수록 일본인과 지나인과는 전혀 다른 세계의 주민이라는 것이 강하게 느껴져 오는 것이다. 일본의 어느 방면에서는, 일본의 문화와 시나를 어쩐지 같다고 생각하는 사람들도 있는 것 같지만, 그것은, 나에게 말하자면, 자신들의 즐겁게 하고 있는 것, 좋아하는 것, 또는 있는 지식기능이 지나에서 유래한 것이기 때문에, 그것만을 일본의 문물과 지나의 각각의, 또 그 사이의 관계의, 전체이도록 착각하는 곳으로부터 생긴 것이다. 이 밖에도 여러 가지 이유는 있지만, 이것이 그 가장 중요한 것일 것이라고 생각한다. 일본의 문화에 대해서도 지나의 것에 대해서도, 그 모든 방면을 굉장히 보았고, 그것을 하나의 전체로서 잡아, 또 그 근본의 정신이 어디에 있는지를 놓고, 그와 함께 일본인과 지나인과의 현실의 생활을 그대로 보면, 그러한 고는 끊임없이 없어질 것이다. 덧붙여 세상에서는, 앞으로의 일본이 지나에 대해 정치적 경제적 또는 문화적으로 활동해야 한다, 혹은 그 방면에서 양민족이 제휴해야 한다는 것과, 일본의 과거의 문화와 지나의 그것을 같은 하나의 동양 문화로서 본다고 하는 것이, 혼잡해 생각되고 있는 것은 아닐까 생각된다. 일본과 시나의 문화가 과거에 어떤 관계였다고 해도, 그럼에도 불구하고, 앞으로는 일본이 시나에 대해 여러 가지 방면에 일하는 것이 절대적으로 필요해져 왔다. 일본은 지금 지나인의 항일사상을 깨고 양민족이 지나에서 서로 손을 잡을 수 있는 새로운 상태를 만들어내려고 하는 삶의 노력을 하고 있다. 그러나 거기에는 일본인과 지나인이 위에서 언급한 대로 별개의 문화를 형성하고 별개의 민족성을 기른 온 완전히 틀린 두 민족임을 충분히 알아야 한다. 일본인 모두에게서 그것을 밝게 사냥할 뿐만 아니라, 지나인에게도 잘 그것을 들여야 한다. 특히 오늘날에는 일본은 오랜 과거의 역사가 점차 길러 온 독자적인 정신과 그에 의해 창조되어 온 독자적인 문화와의 힘에 의해 현대의 세계문화를 새롭게 우리로 삼아 일본의 문화에 세계성을 갖게 해 온 것이며, 그 점에서 지금까지의 지나와는 몹시 다르다는 것을, 문화상의 제휴라고 해도, 실은, 현대의 세계 문화를 우리로 하고 있는 일본이, 아직 그동안 되어 있지 않은 지나를 이끌어내는 의미이어야 하고, 그렇게 그것을 이끌어내는 것은, 이러한 차이를 밝게 한 것입니다. 만연, 일본인과 시나인을, 또는 일본의 문화와 시나의 그것을 혼동해 생각해, 그것에 의해 동양인이라든지 동양 문화라고 하는 말을 만들어 보았는데, 그것이 시나인에게 아무런 느낌을 주지 않는 것은, 이미 벌써 시험 어긋나고 있는 것은 아닐까.시험Kangae가지다모문의키와사실을 말하면, 지나인 중에는, 일본에는 일본에 독자적인 문화가 없고, 과거에서는 시나의 모방에 지나지 않고 현대에서는 서양에 추종하고 있을 뿐이다, 라고 하는 잘못된 고를 가지고 있다 하는 것이 적지 않은 것 같고, 일본에 대한 경모심의 하나의 네자시도 거기에 있는 것이 아닐까 생각되지만, 만약 그렇다면, 그것은 이른바 항일의 태도와도 관계가 없는 것은 아니다. 항일의식이 심어진 것에는 여러가지 이유도 사정도 있고, 또 그 근본에는 민족경쟁 국가경쟁의 가혹해져 온 현대의 세계상세에서 지나를 어째서 세워 갈까라는 시나 미즈로부터의 깊은 함정이 있어 그 나나미로부터 생긴 민족의식 원래 그러한 의식의 약했거나 혹은 없었던, 지나인들 사이에 급속히, 또 강하고, 다음으로 하려고, 목적을 위해서 수단을 굳이 눈앞의 모모 때문에 영원한 합계를 잊는 것이 항상이거나, 혹은 자기의 언동에 자기 없이 혐오하고 그 정반을 반성할 수 없다. 일부 정치인과 지식인의 기질에서 그렇게 다시 사람들의 권세자와 그에 수반되는 술책이 이에 연결되어 결국에는 국제신의도 무시하고 인도도 무시하게 되었다는 밀치스지가 있는 것도 생각해야 하지만, 어쨌든 그것이 특히 항일이라는 형태를 취해 나타났다. 라고는, 일본의 힘에 접한 곳으로부터 생긴 압박감이라고도 말해야 할 것과, 일본을 약하다고 본 곳으로부터 생긴 경모심이 연결되어 있었기 때문에, 혹은 오히려 경모심이 대접에 나타나 압박감이 한동안 붙어 있기 때문에, 그렇게 되었다는 이유가 있는 것은 아닐까. (약하다고 본 것에 대해서는, 어떠한 일을 지도할 수 없는 것이, 시나의 민족성의 중요한 일면이다.) 그렇게 그 약하다고 본 것은 정치적 경제적 혹은 그 외의 점에서의 틀린 관찰로부터 온 것도 있지만, 일본의 문화에 대한 위에 말한 것 같은 오해도 또 유력하게 맞고 있다.그런데 일본인들로부터 일본 과거의 문화의 독자성에 대한 견고한 신념을 가지지 않고 그것을 동양문화 등으로 명명하여 지나의 문화에 종속된 것이기도 하도록 선전하거나 일본의 현대의 문화가 세계성을 갖고 있는 것, 책의 문화로서의 독자성이 갖추어져 있는 것,에 대한 충분한 자각이 없고, 그것을 단순한 서양 문화의 모방인 것처럼 좋다고 하거나, 하는 것이 있는 것은, 지나인의 이 잘못된 일본관을 조성하는 것 같은 것이며, 또 일본에 대해서는 오늘날에도 더욱 더 일어나지 않는 지나인의 중화 의식 의식적으로 그렇게 하지 않더라도, 결과에 있어서는 그것과 같게 된다. 그것만이 아니다. 일본인은 어쨌든 외국인에 대해 최음을 보이지 않게 하기 때문에, 그것은 결코 외국인을 해서 일본인을 존중시키는 것은 되지 않지만, 지나인에 대해서도, 문화적 방면에 대해서는, 역시 그것이 있는 것처럼 보인다. 시나인과는 전혀 다른 문화를 가지고 있다. 그렇게 해서 그 문화의 우월성에 대한 강한 자신감이 있는 요오로파인이나 미국인이 시나인에게 존경받고 의뢰받고 있다는 것을 일본인은 잘 생각해봐야 한다. 일본인이 시나 문자를 이용하거나 시나의 시문을 흉내내거나 하는 것도, 지나인을 하고 일본인에 대한 친숙함을 느끼게 하는 것보다는, 일본의 문화를 시나에 종속하고 있다고 생각해 일본인을 경모시키는 일이 많다. (자신들보다 낫다고 생각하는 것이 자신들과 똑같은 일을 하면, 그것에는 친숙함을 느끼지만, 열등하다고 생각하는 것이 그런 일을 하면, 그것은 단지 자신들의 우월감을 강화할 뿐이다 .) 또한 지나에 있어서도, 새로운 세계의 공기를 얼마든지 호흡하고 있는 방면의 지식인은, 과거의 지나 문화에 대해서, 어쨌든 어느 정도의 비판적 태도를 취해, 지나를 현대화하는 것에 어느 정도의 작용 하고 있기 때문에, 그 운동이 과연 올바른 방향만을 취하고 있는지 여부와는 별도로, 일본인은 동양 문화의 이름에 의해 시나의 과거의 문화를 숭배하고 거기에 집착하고 있다고 하는 틀린 느낌을 그 그들에게 안기는 것은 위에서 언급한 것과는 다른 세계에서 일본이 시나의 젊은 지식인의 경모 혹은 반감을 초래하는 것이며, 그들의 마음을 요오로파나 미국으로 향하게 하는 것도 생각해야 한다. 일본인이 앞으로 손을 잡고 유가해야 하는 것은 지나의 젊은 지식인이기 때문에 일본인은 그러한 사람들의 마음을 일본에 맞추도록 노력하면서 그들의 운동을 올바른 방향으로 이끌어가야 하는 것이다. 시나도 지금은 사상의 전환기에 서 있다는 것을 알아야 한다.그런데 이렇게 생각해 오면, 일본인이 시나에 대해 효과가 있는 일을 하기 위해서는, 일본이 세계성을 가지고 있는 현대의 일본 문화를 점점 높여 가고, 요오로파나 미국의 그것보다 뛰어난 것으로 해야 한다는 것을, 저희로부터 알 수 있을 것이다. 일본의 문화가 그렇게 해야만, 그렇게 하여 지나인이 일본의 문화보다 요오로파나 미국이 뛰어나다고 생각하지 않게 되어야만, 지나에 대해 일본의 문화의 힘을 충분히 갖추어, 지나인을 하고 정말로 일본을 이해시켜 일본을 존경시킬 수 있는 것이다. 그렇게 그런 식으로 일본의 문화를 높이기 위해서는 한쪽에서 일본인의 정신력을 점점 강화하고, 다른 한편으로는 문화의 발달을 방해하는 여러가지 물건을 가능한 한 빨리 버려야 한다. 이 감자 중에서는 과거에 지나로부터 얻은 것이 적지 않지만, 지나 문자와 같은 것은 그 가장 큰 것이다. 지나 문자가 문자 그 자체의 성질상, 일반적으로 문화의 발달을 방해하는 것인 것은 말할 필요도 없지만, 일본의 말과 일치하지 않는 지나 문자를 일본인이 사용하는 것은, 앞으로 점점 발달시켜 유발해야 할 일본의 말의 그 발달을 심하게 방해하는 것이다. 또 지나문자나 고전적 지나문, 즉 이른바 한문,과 연결되어 있는 시나풍의 학문의 방법의 생각이 현대 문화의 기초가 되고 있는 현대의 학문의 정신과 일치하지 않는 것도 생각해야 한다. 지나 문자를 잡는 것을 그만두려면 순서도 있고 준비도 없어야 하기 때문에 그것을 끝내기까지 어느 정도 시간이 걸리는 것은 어쩔 수 없다. 그러나 보통교육의 교과로서 고전적 지나문을 배울 수 있는 것은 하루라도 빨리 그만두길 바란다. 이것은 빨리 할 수 있다 이다. 고전적 지나문을 배우는 것은 과거의 일본이나 지나에 대해서 특수한 학문적 연구를 하는 것에는 필요하지만, 일반적으로는 아무런 용도가 없는 것이며, 학생의 진정한 교양 진정한 지성의 발달을 방해할 뿐이다. 지나문으로 쓰여진 일본의 고전이나 여러가지 저작은 그것을 일본문에 다시 쓰면서 얼마든지 세상에 홍수할 수 있는 것이다. 덧붙여 시나의 현대어를 보통 교육의 교과로 하고 싶다고 하는 생각은, 밖의 것이라고 말해야 한다. 현대 지나어를 배우는 것은 일본인에게 있어서는 어떤 교양도 되지 않기 때문이다. 이것 역시 현대 지나에 대한 특수 지식을 요구하는 것 특수 학문적 연구를 하는 것이나, 지나에 가서 지나인과 친하게 접촉해야 할 수 없는 소식을 하는 것에는 필요할 것이지만, 그것에는 그것을 배울 수 있는 특수 기관이 있으면 된다. 시나인과 접촉하는 일을 하는 것에 대해서도, 일본인과 일본의 문화에 정말의 힘이 있어, 그에 의해 시나인이 이익을 얻는 것이 알려져 온다면, 지나인 분으로부터 일본어를 배울 수 있을 것이다.더욱 좋은 덧붙여야 하는 것은, 일본인이 시나에 대해 정말로 일을 하기 위해서는, 지나의 모든 일들에 대한 정밀한 학문적 연구, 특히 문화에 대해서는 그러한 연구와 함께 그것에 의한 엄정한 비판, 하고 해야 한다는 것이다. 오늘날 일본이 시나로부터 배워야 할 것은 아무것도 없지만, 이런 연구와 비판은 꼭 필요하다. 그것이 일본인의 모든 일의 근원이 되기 때문이다. 문화 방면에 대해 말하면, 옛 일본의 학자는, 학문이라고 하는 것은 그 밖에서 무엇인가를 배우는 것이라고 생각하고 있었기 때문에, 그것이 때문에 저절로 자기의 배운 것을 배운 채로 숭신하게 되어, 거기로부터 편고한 종파심이 그들 사이에 길러져 왔다. 시나에 관한 것에서는 유자의 학문이 그것이었다. 그러나 현대의 학문은 연구하는 것이며 비판하는 것이며, 옛날과 같은 의의로 배우는 것이 아니다. 따라서 유교와 같은 것들에 대해서도 요청할 수 있습니다. 정치적 인 도덕적 인 유교가 권력자와 지식인의 사상의 지식에서 오랫동안 큰 권위를 가지고 있었음에도 불구하고 그 힘으로 지나의 정 치치와 사회가 조금도 좋지 않고, 시나의 민중이 조금도 행복이 되지 않았다는 밝은 사실도 이런 연구와 비판에 의해서 시작하여 그 이유가 알려질 것이다. 그러므로 그것이 앞으로의 나하인에 대한 지도방침을 결정하는 중요한 자료가 될 것이다. 유교뿐만 아니라 모든 문화상의 현상에 대해서도 같은 것이 생각되어야 한다. 그렇게 하는 연구가 다방면에 행해지는 것은, 물론 학문의 세계에서 지나인을 이끌게 되기도 하고, 일본의 현대문화의 힘을 지나인에 대해서 나타내게 된다. 뿐만 아니라, 그것은 또한 시나에 대한 지식을 가지지 않고, 시나인의 생활, 시나의 사회의 실제 상태를 모르고, 그것 때문에 이번 사변에 대해서도 틀린 고를 가지고 있는 것이 많은, 요오로파인이나 미국인에 대해서, 지나에 대한 올바른 지식을 주는 일이기도 하다. (불행하게도, 일본에서 아직 이런 연구가 충분히 행해지고 있지 않다. 어느 방면에서는 뛰어난 실적이 드물게 나타나고 왔지만, 그것의 나타나지 않는 방면이 적지 않고, 특히 사상에 관한 것에 있어서 그렇다.「머리가키」로 이런 것을 말하는 것은, 어울리지 않는 것 같지만, 이 책에 설고 있는 것과 밀접한 관계가 있으므로, 솔직하게 내 생각을 말한 것이다. 일본은 지금 시나에 대해 가고 있는 큰 활동을 향해 모든 힘을 집중하고 있다. 이 활동은 모든 방면에서 충분히 철저하게 이루어져야 한다. 그렇게 해서 그것이 벌어지는 것은 위에서 언급한 대로 역사적으로 발달해 온 일본인에게 독자적인 정신과 세계성을 가지고 있는 현대문화, 그 근본이 되고 있는 현대과학, 그리고 그것에 의해 새롭게 길러진 정신의 작용이 하나로 녹은 곳에서 생기는 강한 힘 때문이다. 그런데 이 일본의 상태와 완전히 반대인 게 오늘의 시나의 현실 모습이다. 이번 사변이야말로 지금까지의 일본과 시나와의 문화, 일본인과 지나인과의 생활이 완전히 다른 것이고, 이 두 민족이 전혀 다른 세계의 주민이었던 것, 그와 함께 또 일본인에게 독자적인 정신과 현대문화 현대과학 및 그 정신이 결코 상관하지 않는다는 것. 현재 시나에 있어서 여러 방면에 활동해, 여러가지 의미 여러가지 방법으로 지나인과 접촉하고 있는 일본인에게는, 그것이 명확하게 알려져 있을 것이다. 이 책에 담은 이편은, 요컨대 이 밝은 현재의 사실의 역사적 유래를 생각한 것에 지나지 않는다.쇼와 13년 1월밑本:「津田左右吉歴史論集」 이와나미 문고, 이와나미 서점2006(헤이세이 18)년 8월 17일 제1쇄 발행2006(헤이세이 18)년 11월 15일 제2쇄 발행저책의 친본:「시나 사상과 일본」이와나미 신서, 이와나미 서점1938(쇼와 13)년 11월첫출:「시나 사상과 일본」 이와나미 신서, 이와나미 서점1938(쇼와 13)년 11월입력:몬다 유지교정: 후쿠포2017년 6월 20일 작성푸른 하늘 문고 작성 파일:이 파일은, 인터넷의 도서관, 푸른 하늘 문고(http://www.aozora.gr.jp/) 로 만들어졌습니다. 입력, 교정, 제작에 해당하는 것은 자원봉사 여러분입니다.
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- 支那思想と日本 (1937年) (岩波新書)English Edition Format: Paperback Shinsho3.5 3.5 out of 5 stars (2)
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- 4 out of 5 stars
時代を超えた隣国関係論
Reviewed in Japan on June 16, 2012昭和13年発行版で題字も右側からの横書き。活字体も漢字もかな遣いも最近はお目にかからないもの。しかし、文章はこなれれていてすらすらと読めるのはさすがである。日中戦争が始まり、中国に関する議論が盛んに行われた時代だったと思われる。論旨は明解で古来より中国文明を学んできた日本であるが、それは学問として僧や官僚が学んだものであり、庶民の生活様式とか価値観は日本独自の進展をしてきている。したがって中国の文化と日本のそれは全く違うものと考えるべきである。にもかかわらず、同じ文字を使っている、儒教の影響をどちらも受けているというような類似点を挙げて、両文化が近似していると決めつけ、大陸侵攻、経営が容易であるとする風潮を強く戒めている。
東洋文明という区分についても単に西洋文明との区分というだけであり、東洋文明の構成要素と考えられる中国、インド、日本の文明には共通点はほとんどなく、明確にそれぞれ異なる文明であると述べている。時代背景が大東亜共栄圏構想に酔っていたこともあると思うが、アジア的類似性は全く否定している。改めて日本文化の独自性に気づかされた。著者の真意は安易な知識で隣国を理解したと勘違いするな、隣国の民族文化、文明にもっと敬意を払い、尊重しろということではないか?と勝手に解釈した次第である。
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