2026-09-19

할아버지도 아버지도 죽었지만 끝나지 않는 “폭력의 저주” 세대간 연쇄를 끊기 위해서 무엇을 할 수 있을까 【後編】 | AERA Books

祖父も父も亡くなったが
終わらない“暴力の呪い” 世代間連鎖を断ち切るために何ができるのか【後編】 | AERA Books



祖父も父も亡くなったが終わらない“暴力の呪い” 世代間連鎖を断ち切るために何ができるのか【後編】
後藤遼太、大久保真紀
#戦争トラウマ#PTSD#世代間連鎖#家庭内暴力#復員兵#北村毅#文化人類学#加害者性#沖縄戦#ドイツ
大中小



日中戦争下、占領地では鉄道の警備などにも兵士が動員された。その銃口は、住民への威圧にもつながった(写真はイメージ)/写真=朝日新聞社

目次
「加害者の子孫」という認識は「自虐」ではない


 激しい家庭内暴力を繰り返してきた父が死んだ。だが、暴力の連鎖は終わらなかった。文化人類学者の北村毅氏は、今も自分の中に「父の影」が差す瞬間と向き合う。祖父が「三光作戦」から持ち帰った“不気味な笑い”は、なぜ父を支配し、自分にまで及んだのか。そして、その呪いを断ち切るために、私たちに何ができるのか。
(2025年6月刊)から一部を抜粋・再編集してお届けします。

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家族の中に埋め込まれた戦争体験

 文化人類学者・北村毅(51)は、父とは心を開いて会話をしたことは1度もない、と述懐する。自分の言うことを聞かせたいだけの父に反発し、10代後半の頃には胸ぐらをつかみ、殴り合うこともあった。

 10年以上、父とほとんど口もきかない時期があった。「絶対に許せない。顔も見たくなければ、声も聞きたくなかった」。しかし、そんな父も脳梗塞(のうこうそく)を繰り返し、寝たきりになった。数年闘病した後の2023年6月、76歳で亡くなった。

 10代後半の頃から「別れたら」と北村が離婚を勧めていた母が、体が動かなくなった父の介護を続け、最期を看取った。北村は母を支えた。

 沖縄戦の体験者を中心に各地の元兵士やその家族の聞き取り調査をしてきた北村は、自身の家族史も研究対象の1つとする。それでも、なかなか整理がつかず、人前で話すようになるまでには時間がかかった。論文にまとめたのは2022年だ。

「祖父から父へ、そして父から自分へ。私の経験は、帰還兵家庭における虐待の世代間連鎖の典型例と言えるのではないか。戦争体験が家族の中に埋め込まれていることは否定できない」。さらに、北村はこう問いかける。「戦争では、人を殺すことが推奨される。いくら国家が認めても、戦争が終わって日常に戻れば、個人差は大きいとはいえ、『戦争だから仕方がなかった』という理屈ではのみ込めない葛藤がつきまとう。ふつうの人が戦地に送られ、人を殺して復員した後、何の矛盾も感じず、不快感やストレスもなく、良き夫や子煩悩な父親に戻ることができたのだろうか」と。

 戦争は家族を壊す。しかし、壊れているということに気づかされないまま、あるいは、壊れている事実に向き合えないまま、ここまで来ているのではないか。世代を経ると、それはより見えにくくなってしまう。「家族関係に悩む原因の中には、思いもしない数世代前の戦争体験が潜んでいるということもあるのではないか」と北村は指摘する。

記事はこの下に続きます。
contents

「加害者の子孫」という認識は「自虐」ではない

 北村には幼い子どもがいる。子どもの成長を感じ、喜びを感じる日々を送る。北村自身は、父には顔を見るたびに否定的なことを言われたが、北村はその父を反面教師とし、子どもの顔を見れば肯定的な言葉をかけるようにしている。そんな日常の中で、子どもに自分が育て直されているような気持ちになる時もある。

 ただ、時々、子どもに対する「父親」としての影が差すこともある。その瞬間にどれだけ自覚的でいられるか。北村は、そう自分に言い聞かせている。

 虐待の連鎖は自分の世代で断ち切りたい。そのためにも、北村は祖父がしたこと、父がしたこと、を見つめる。

 そして、北村はこうも言う。「もちろん過酷な戦場体験をしても、子どもを虐待しない父親もいる。ただ、加害者の子孫であるということを、私たちは日本社会の中でもっと幅広く、それぞれが認識する必要があるのではないか」と。さらに、「それは自虐でもなんでもなくて、過去と向き合うことであり、それだけの弱さを人間が抱えていることに向き合うことになるのではないか。自分たちの加害者性を認めることは、むしろ自己の生存の肯定につながるのではないか」と言葉を継いだ。

 ドイツでは、2010年代に戦争体験者の孫世代によって、戦争と家族史を語り合う自助グループが次々と立ち上げられた。日本でも少しずつこの問題が可視化され、社会化されることを北村は願う。日本では、死者は、ムチを打ってはいけない不可侵の存在だ。日本兵の加害をめぐっては、加害者となった自分の父や祖父が亡くなっている場合、とりわけ、その思いは強くなりがちだ。

「もし死者を完全な存在とするならば、私たちは祖先の間違った行為を批判し、なぜそのようなことをしてしまったのかを検証し、それとは異なる世界を創造することができなくなってしまう。それでは、死者と同じ道を歩むことになる。そこで暴力の連鎖も起きる。それこそが、自分自身や次の世代にムチを打つことになる」と北村は指摘する。

 自分を虐げている人は、他者を虐げる。過去と向き合う意味は、そのような自虐と他虐の無限ループから自由になることだ。「次の世代がより良く生きることをサポートするために、先祖の加害行為を知り、受け止める必要がある」。誰も加害者にならない、その結果、被害者を生み出さない可能性を、未来の世代へと受け渡すことこそが、加害体験を継承する意味だと、北村は考える。

「私たちは過去から解き放たれるために、過去を知らなければならない」。北村はこれからも自分の家族史に向き合っていくつもりだ。


 憎んだ父が死に、それでも問い続ける。祖父の加害、父の暴力、そして自分の中に潜む「影」——。3世代にわたる連鎖の正体と、それを断ち切る意味とは何か。『ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う』で。
この記事で紹介している本

ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う (朝日新書)後藤 遼太,大久保 真紀
ジャケ読み
#戦争トラウマ#PTSD#世代間連鎖#家庭内暴力#復員兵#北村毅#文化人類学#加害者性#沖縄戦#ドイツ



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