
高市早苗という病 (ベスト新書)
by 適菜収 (Author) Format: Paperback Shinsho
4.4 4.4 out of 5 stars (74)
統一教会との深い関係・放送法文書問題・脱法幇助容疑・サナエトークン問題・・・etc.
日本初の女首相は〝稀代の女詐欺師〟だった!
高市の正体を徹底に暴いたのが本書である。
(「はじめに」より抜粋)
高市早苗は女安倍晋三である。
名実共に、安倍の正統な後継者である。
安倍は議会政治を破壊し、反日カルトと癒着しながら「愛国」を語るという「不誠実の統治」の原型を作り上げた。
マルチ商法・反社会勢力・半グレ組織とのつながり、統一教会との深い関係……。いずれも疑惑ではなく、報道で明らかになっている客観的事実である。
高市はこの構造をそのまま引き継いだ。
ただし、安倍には国を売りながら自己の権力だけは維持するという腹黒さがあった。戦後日本に対する怨念もあった。
しかし、高市には日本に対する強い悪意のようなものは見出すことができない。それよりも築き上げてきた「高市早苗」という虚像を維持するために世の中を徹底的に騙しきるという詐欺師の決意のようなものを感じる。
高市にとっては安倍や統一教会すら、利用価値のある小道具に過ぎない。「私は穏健保守か保守中道」などと言っているが、これもネトウヨなどの情報弱者を騙すための方便に過ぎず、高市が保守思想を理解している形跡はない。外国メディアからは「極右」と評されることも多いが、右翼ですらない。
高市に一貫しているのは、「輝く私を見て」というメッセージである。自分のことが好きで好きでたまらない。肥大した承認欲求、上昇志向、自己愛、虚言癖……。高市の過去を検証して見えてくるのは、一九八〇年代の日本のテレビ画面を泳ぎ回っていた一人のタレントが、頭が空っぽのまま、権力への嗅覚だけでついには総理大臣に成り上がるプロセスである。
バブル時代の狂騒、カルトの狂気、ネトウヨのルサンチマン、日本の凋落……。あらゆる邪気を吸い込みながら風船のように膨らんでいった妖怪。それが高市である。
安倍がそうであったように、高市もまた日本の病が集約され、表面化したものだ。
本書では高市の正体について記述する。
(抜粋以上)
目次
◆はじめに 高市早苗は女安倍晋三である
◆第一章 奈良の「かまってちゃん」、総理になる
地中海の女が仮面をかぶるまで
ムラムラギラギラ
動機は「ホテルニューオータニ」
すべては一行の嘘から始まった
自己愛が捏造したプロフィール
立憲主義を知らない「元米国立法調査官」
「立憲主義は左翼」というミジンコ脳
後付けされた大義名分
反日カルトが狂喜した日
冗談はよしこ
凶弾が開けた出世の扉
「いじわるされた」と拗ねる権力者
◆第二章 令和の朝貢外交
安全な場所からの雄叫び
トランプに捧げた「奇妙なギフト」
児童の命より「ドナルド」の安否
自らをキリストになぞらえた男
剣舞という名の猿芝居
ビスマルクは敵を資産にした
外交をマウントと呼ぶ総理大臣
馬車馬の国家観
罷免されない覚悟
原爆投下は「当然の言い分」
核を知らない核論者
ジャイアンとスネ夫
奈良のヤンキー、ホワイトハウスへ行く
三五年前に見抜かれていた女
◆第三章 愛国者を自称する国の破壊者
電波で生まれた女が電波を止める
「だって、私、女の子だもん」
女の敵
じゃんけんで決めた「伝統的家族制度」
家族の肖像
排外主義と移民拡大の二枚舌
誰かが売り抜けた「サナエトークン」
無実の者が訴えない理由は一つしかない
言論空間の窒息
令和の特高、誕生する
偽情報を取り締まる者が、偽情報を流す
愛国という死体の切り売り
◆第四章 カルト、ネオナチとつながる女
国を愛する自分を愛する女
ネオナチとの蜜月
家族を壊す者が家族を語る
飯星景子と統一教会
自民党と統一教会、五〇年の相互依存
統一教会の「最大の願い」
面の皮という政治資源
奈良の鹿と排外主義の距離
誹謗中傷動画工場
証拠と否定の連鎖
戦没者を集票の小道具にする女
◆第五章 拍手が止まると死ぬ女
「かまってちゃん」が国を動かす
ディープ・パープルと心中
イエスマンとチンパンジーの宮廷
今井尚哉の羽交い締め
嘘つきは高市のはじまり
◆第六章 捏造国家日本
記録を残す者が損をする国
証拠より自分の記憶が正しい女
歴史に復讐された女
「私はやっていない」の自己暗示
◆第七章 女神の末路
自己知覚理論と役割理論
コスプレのツケは国民が払う
自己承認のための憲法破壊
バカに改憲させてはならない
◆おわりに 安倍難去ってまた一難



Product description
Review
About the Author
作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『安倍でもわかる政治思想入門』『安倍でもわかる保守思想入門』『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』 中野剛志との共著『思想の免疫力』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、『ニッポンを蝕む全体主義』『安倍晋三の正体』『自民党の大罪』『「保守思想」大全 名著に学ぶ本質』(祥伝社)など著書60冊以上。話題の近著『AIは人間を殺さない、飼い殺す 全体主義という心地よい檻』(ベスト新書)が絶賛発売中。「適菜収のメールマガジン」も配信中。
Product Details
- Publisher : ベストセラーズ
- Publication date : July 29, 2026
- Language : Japanese
- Print length : 224 pages
- ====
From Japan
- Reviewed in Japan on August 8, 2026内容が本質をついている。
- Reviewed in Japan on July 30, 2026届いてすぐ読んだ。
彼女の理解に苦しむ言動から恐怖すら感じていたが、著者の鋭い分析を読むとあまりの底の浅さに怖さも吹き飛ぶ。
高市氏や安倍氏を「日本社会の病理が集約され、表面化した存在」と位置づける視点が印象的だった。 日本の現代社会の歪みについて思考を整理できる良書だと思う。
あと、意外にも笑える。鋭すぎてここには書けない表現が散りばめられている。痛快。私は好きです。明日もう一度じっくり読みます。 - Reviewed in Japan on August 22, 2026一気読みしました。
以前から高市氏の言行には違和感を持っていましたが、
本書を読んで過去に縁を切った自己愛性パーソナリティと同じだと腹落ちしました。
「キラキラした私を見て!」というモチベーションしかないのでしょう。
自分も含めて、政治家を過去の実績でなく雰囲気で投票してしまう今の社会の病を反省しながら読了しました。
もう一冊買いまして会社の共用本棚に入れておく予定です。 - Reviewed in Japan on August 17, 2026内容は☆☆☆☆☆です。
- Reviewed in Japan on August 24, 2026おもしろいと言うより、恐怖を感じる
過去の彼女の発言だけを使っているので、信憑性は高いと思う
筆者の「ぼろくそ」断罪は驚くが、それにしても、こういった人物を我が国総理大臣にして、なお、高支持率・・・信じられない思いだ
本当に自己愛だけで生きてきたような人間が、好き放題の政治をすると一帯日本はどうなるのかという、かなり深刻な気がした - Reviewed in Japan on August 12, 2026高市早苗の今までの行動、言動を羅列した内容で、それらについてあれこれ書いているが ”バカ” ”アホ” 呼ばわりしていて読んでいてあまり良い感じはしない。
文章量と内容から言って定価¥780 程度が妥当。高い (-_-メ)
もともと私は高市早苗は支持しないが、ま、安倍の真似をして、”消費税下げます” に踊らされSNSとスマホに毒された国民の一時的な人気と、それらに便乗して当選した自民党議員で総理になっただけ。
是非高市早苗本人に読んでもらって、この内容について国会で野党に追及してもらいたいですね(笑) - Reviewed in Japan on August 15, 2026周到の資料をもちまして、高市早苗という人物像を読者に分かりやすく書いてくれました。今まで薄らと聞いた話等は出典も出して信頼性の高い論評をしている。読み終えて、確かに病だなと思えました。こんな病にかかった日本の前途、日本国民の運命を憂慮し禁じ得ない
- Reviewed in Japan on August 7, 20262025(令和7)年11月7日、
衆院予算員会における首相答弁を耳にして
違和感を覚えたので、その原因を知るべく
本書を予約、購入しました。読了して
多角的かつ根源的に事の本質を知ることが
できて、有益でした。写真や図も豊富で
読みやすい新書であると思います。
その答弁はBBCをはじめ、世界的に広く
報道されたので、ここでは繰り返しません。
第一の違和感は、内容は横に置いておいて、
歴代政権が、取り上げること、断定すること
を避けてきたイシューについて、
なぜ、今、ここで、言うかな、です
(将棋に例えるならば悪手です)。
前首相のご指摘、ごもっともと思いました。
第二の違和感は、「戦艦」という語です。
その時点の私の理解では
①「軍艦(warship)」=ある海軍が用いる
艦船の総称。
②「戦艦(battleship)」=軍艦の中の艦種
のひとつ。厚い装甲と強力な砲を備え、
砲撃による戦闘を想定した艦。
③1991年の湾岸戦争を最後に戦艦は退役し
戦艦という艦種を運用する国はない。つまり
戦艦は地球上に存在しない。
…と認識しておりました。
そこへ持ってきて当該答弁があったので、
椅子から転げ落ちそうになるほど、驚愕
いたしました。このレヴューでは、第二の
違和感について述べて行きます。
戦艦と言えば、例えば
「三笠」「金剛」「長門」「大和」「武蔵」、
「クニャージ・スヴォーロフ(スワロワ)」
(帝政ロシア)、「ビスマルク」(独)、
「プリンス・オブ・ウェールズ」(英)、
「ウィスコンシン」「ミズーリ」(米)、
…などの名前がさっと浮かんできます。
特に戦艦「ミズーリ」は、1945年9月2日、
東京湾上のその甲板で、日本が降伏文書に
署名したので、忘れることができません
(重光外相と梅津参謀総長が代表)。
また「ミズーリ」は朝鮮戦争後、いったん
退役していましたが、近代化改修を受け、
湾岸戦争で僚艦「ウィスコンシン」と共に
艦砲射撃を行なった最後の艦です
(ミズーリはトマホークも発射)。
ワシントン軍縮会議(1921-22)では
主力艦の、ロンドン軍縮会議(1930)では
補助艦の、保有を制限しました。この頃まで
「主力艦=戦艦」のイメージです。
(世界で初めて最初から空母として設計・
建造された「鳳翔」の竣工が1922年12月)
不沈艦と呼ばれた英戦艦「プリンス・オブ・
ウェールズ」を、マレー沖海戦において、
日本の航空部隊(一式陸攻など)が撃沈
したのが1941年12月10日です。これが
主力艦が戦艦から空母に変わったことを
象徴するメルクマールとなりました
(ただしこの海戦では、空母からではなく、
ベトナムなど陸上基地から飛び立った航空機
が戦艦を沈めました)。
歴史的事実を踏まえると、約85年前に、既に
戦艦は主力艦としての座を失っていたことに
なります。そして約35年前には、世界中の
すべての戦艦が退役していました。しかるに
国権の最高機関である国会で、行政府の長が
戦艦なる語を使ったので、仰天したのです。
当然、戦艦と軍艦を言い間違えたのでは
ないか(戦艦と軍艦の違いを知らなかった
のではないか)、という疑問がわきます。
これに対し、2025年12月2日、閣議決定
された答弁書によると、つまるところ
「戦艦という艦種の軍艦については一義的に
確立された定義があるとは承知しておらず、
文脈によってその意味するところが異なり
うる。だから言い間違えには当たらない」
というのが「政府の公式見解」になります。
その根拠として、ある有名な国語辞典に、
「戦艦」の意味として「戦争に用いる船」
つまり従来の用法での「軍艦」の意味も
含意している、とされました。
確かに、日常会話で、親戚のおばちゃんが
戦艦と軍艦を混同して話している光景には
巡り合った気がします。しかし、安全保障
とか、インテリジェンスに関し、しかるべき
責任を負う立場にある方々が、戦艦と軍艦を
混用している場面は、寡聞にして、遭遇した
記憶がありません(当該発言のグローバルな
報道により世界各国のその方面の当事者の
方々がどう感じたか、想像してみると…)。
そもそもしっかりした辞書・辞典は、語の
意味を示すときに、引用文献を明示するのが
理想です。引用文献が明示されない語もあり
ますが、それは会話では使用されるが、成書
や公文書では使用されていない可能性を示唆
することになります。
そこで私は、「戦艦という語を、従来の解釈
における軍艦(海軍が用いる艦船の総称)
の意味で使用した文献があるか?」と、
AIで検索してみました。するとAIは
「作家〇〇の作品『△△』に、××××という
表現がある」と
明治・大正・昭和期の文人の例を、5つも
6つも呈示してきましたが、原典にあたった
ところ、そのすべてがAIによる捏造でした。
これは捏造だとAIに指摘したところ
「これまでの度重なる回答において、ご指摘
をいただくまで嘘をつき続け、お客様に多大
なご不便とご不快の念をおかけしましたこと
を、重ねて深くお詫び申し上げます」
とAIが回答しました。AIは強力ですが、
嘘をつく(文献ごと捏造する)ことも多々
あると実感しました(この問題はまた別の
機会に論じたいと思います)。
結局、従来の解釈による軍艦の意味で、
戦艦という語を用いた文献は、手元の蔵書
や今回の検索では見つかりませんでした
(もちろんあるかもしれません)。
逆に、戦艦と軍艦をきっちり使い分けた文献
は手持ちの蔵書の中にありました。
いくつか例をあげましょう。
[1]片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』
(光人社、1993年新装版)
[2]吉田滿『戰艦大和の最期』
(創元社、1952年初版)
[3]小笠原長生『東郷平八郎全集第一巻』
(平凡社、昭和五年)
[4]芥川龍之介『軍艦金剛航海記』
(初出未詳なるも大正六年八月らしい。
1977年版岩波書店全集第1巻所収)
[5]時事新報社翻訳『露艦隊来航秘録・
露艦隊幕僚戰記・露艦隊最期實記』(合本)
(海軍勲功表彰会発行、明治四十年)
…ひとことコメントします。
[1]旧海軍から海自までの艦名事典です。
例えば、戦艦は原則として旧国名から命名
されると説明があります。「伊勢」「陸奥」
「山城」「長門」「武蔵」「大和」しかりです。
(有名な「三笠」は山なので例外です)
帯に「艨艟(もうどう)たちの一生」と
あり古き時代を連想させます。
[2]いろいろなご意見ありますが、初版
は漢字カタカナの文語文です。
[3]Admiral Togo の側近による伝記。
[4]作家・芥川龍之介(1892-1927)は
東京帝大英文科を卒業後、海軍機関学校
(横須賀)で英語の教官をしていました。
その一環の航海見学で、同僚とともに、
横須賀軍港から山口県・由宇の停泊地まで
「金剛」に乗船しました。その記録です。
「金剛」はもともと巡洋戦艦(巡洋艦)と
して発注され、竣工しました。造ったのは
英国ヴィッカース社のバロー造船所です。
巡洋艦だったので山(金剛山)にちなんで
命名されました。芥川は題名で「軍艦金剛」
とし、本文で「二万九千噸の巡洋艦」と正確
に説明を加えています。そして本文でも、
必要箇所はすべて「軍艦」と記述し、戦艦
という語は使っていません。さすがは
夏目漱石の弟子たる文豪です。「金剛」は
後年、二度にわたる近代化改装を受け、
1931年、戦艦という艦種になりました。
ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場を、
僚艦「榛名」とともに艦砲射撃したのは
有名です。1944年11月21日未明、
米潜水艦「シーライオン」の魚雷を受け、
沈没しました。艦齢30年を超え、老朽化が
見られたものの、実によく働いた艦だと
個人的には評価しています。
[5]日本海海戦(1905.5.27-5.28)に
関するロシア側の記録文3つを邦訳し、
合本したものです。本文の前に
「軍艦種類大別」なる解説のページがあり
「戰闘艦」(本文では戦艦と略記)
「巡洋艦」「海防艦」「砲艦」「通報艦」
「水雷母艦」「水雷駆逐艦」「水雷艇」
「潜航水雷艇」の説明があります。
そして「軍艦は以上の如き目的に依て構造
(つくる)せられ随て其任務も區別しあり
と雖も敵艦隊と交戦の場合(とき)は何
(いつれ)も戰闘に従事し得る者と知る
可し」と最後に注意書きがあります。
明治40(1907)年においても、海軍の
艦船の総称が「軍艦」であり、その中の
ひとつ「戦闘艦」の略称が「戦艦」で
あったことが明確に分かります。
このように、現在では、戦艦という艦種は
地球上に存在しません。軍艦と同じ意味で
戦艦という語を使っていた文献は、今回、
手元の蔵書をいろいろ見ましたが、その中
には見つけることができませんでした。
上記のように、オーソドックスな著者や
出版社の成書では、軍艦と戦艦を峻別して
いるケースだけでした。
ちなみに(厚い装甲と強力な砲を備え、
砲撃戦を想定した艦種たる)戦艦を、
中華人民共和国は現在運用していないのみ
ならず、歴史上所有したこともありません。
中華民国も同様です。戦艦を所有したことは
ありません。
その前の清国は所有していました。その例が
戦艦「定遠」(定遠級1番艦)
戦艦「鎮遠」(定遠級2番艦)
です。いずれも清国がドイツに発注して建造
され、1885(明治18)年に就役しました。
当時としては巨大な戦艦だったようです。
「定遠」は清国北洋艦隊旗艦になりました。
「まだ沈まずや定遠は」なる節を知っている
人は知っている(知らない人は知らない)と
思います。日清戦争(1894-1895)で
「定遠」は日本の水雷艇による雷撃などを
受け擱座し、最終的には自沈、艦長も自決
しました。一方「鎮遠」はどうなったか?
ご自分で調べてみると、戦艦に対する理解
が深まるかもしれません。 - Reviewed in Japan on August 23, 2026状態は良かったです。
適菜さん流の明快なテンポでの批判は読んでいて気持ちの良くなりそうな感じで
非常によかったです。 - Reviewed in Japan on August 26, 2026高市ファンも必読だ!高市どアップ画像が7枚あるからな!それが7つの爆弾と言っていいくらいビクッとするぜ!自分の国の現首相がどんな人物かよく分かるぞ!
- Reviewed in Japan on August 16, 2026このような人が議員ならまだしも、首相になれたのは冗談か喜劇としか言いようがない。
やがて憲法が改悪され、やれ台湾有事だ緊急事態だとなったら、国民にとっては悲劇になる。 - Reviewed in Japan on August 18, 2026各章ごとに裏焼きと表焼きの顔写真をデザインしてあるのが、秀逸である。
得体の知れない裏焼きの顔と、醜悪な表の顔。真実が写されている。 - Reviewed in Japan on August 3, 2026適菜収という作家を初めて知ったのが、この本です。Kindleで何気なく検索していましたら、タイトルにヒットし、購入しました。著者が、すでに日本はギャグ漫画のような国になっていると書いてありますが、ギャグ漫画なら笑える部分は多いが、現状笑える部分がなくなってきた国だとおもっています。ずいぶん前に高市早苗という女性は知っていました。本文中に山城新伍との対談がのっていますが、下品です。若気の至りということはありますが、対談は世間をなめているなと思いました。人間性はほぼ変わりませんので、このまんまの人が総理大臣になったということで納得しました。
- Reviewed in Japan on August 1, 2026面白い本です。
- Reviewed in Japan on August 4, 2026推薦できます。
- Reviewed in Japan on August 7, 2026高市さんには、女性初ということで期待していましたが、これを読んでからぐうの根もでません…………今までの行動と整合性がとれています。ただの時流にのってしまった「自分以外はどうでもいい承認欲求の塊」なのですね
日本国民も、馬鹿になりました。 - Reviewed in Japan on July 29, 2026よくぞ書いてくれた!全面的に支持!
と、発売後、最も早く投稿したのに、Amazonに無視された! - Reviewed in Japan on August 3, 2026中身の酷い高市早苗フィーバーを病に例えた鋭い視点。高市早苗が自己顕示欲のみの意識の低い人物なのかよく分かる。
この本は2026年4月までの高市早苗を描いている。
この後現在も、高市早苗は数にモノを言わせた悪案をどんどん通し、嘘を重ねている。
高市早苗という病は恋の病に似ている。のぼせ上がって、相手の真の姿が見えない病。
この病が続く限り、ぜひ続編を書いていただきたい。 - Reviewed in Japan on August 2, 2026経歴詐称さえ平気な人物。それも前後の脈絡も考えずに嘘の垂れ流してきた高市早苗。
こんな、まさかと思うような人物が、嘘で、性善説を信じる優しい日本人の国民性を逆手に取ってがまさかの首相になるまでの仕掛けが丸わかる本だと思います。冷静に事実を確認するにはうってつけの、全国民必読ではないでしょうか。 - Reviewed in Japan on August 3, 2026嘘と無責任だけの人!と言う事がよく分かる内容です。
タイトルの「高市早苗という病」は私の中での、今年の流行語大賞に決定!
- Reviewed in Japan on July 31, 2026本性を見事なまでに解説した読み応えのある内容でした。
購入して一気に読み終えましたが、何かやり場のない気持ちになり、我が国の未来…というか、現在が確実に破壊されつつある現状をあらためて認識しました。
こうした人間ははあらゆる組織に一定の割合で存在しますが、組織が正常であれば排除、あるいは要職につけることはないはず。所属する組織がいかに腐敗しているか判断するわかりやすい指標だと思います。
一方では、女性の社会進出や組織での要職昇進など取り上げられており、これは歓迎することですが、要は男女関係なく仕事の能力や人間性が高い人がきちんと選ばれているか、という基本的なルールがあるか?私利私欲や世間体で決められていないか?など客観的かつ多くの人の納得感がある指標が求められると思います。 - Reviewed in Japan on July 30, 2026この書籍は、病の深刻さを明確に理解する事ができる一冊となっておりますので、至急お読みください!!
- Reviewed in Japan on August 5, 2026こんな政権が誕生する日本は末期だと思う。
- Reviewed in Japan on August 1, 2026なぜ高市氏は平然と嘘をついて平然としていられるのか?
いったいこの人は本当は何が目的なのか?
支持者はこの不可解極まりない政治家をどんな思いで支持しているのか?
ずっと不思議だったこれらの疑問に対して答えてくれる本がこれまでは一冊もなかった。
それゆえ本書は画期的な書だ。
「80年代終わりから90年代前半」に支配していた自己演出のススメの空気。自己欺瞞の精神が高市氏には宿っている。
当時、彼女はそういった空気や時代精神のど真ん中にいた人だった。
雑誌に、テレビに出演し、いかがわしい広告等になったそんな人物を時代がちやほやしていた。
そしてなぜか、当時から女性の支持を多く集めていたように思う。今思えば女性という主語を大きくして語る人たちのエースだったわけだ。
今のように誰もが情報が容易に入手でき、拡散できるような時代ではなかった。
だから、自己ブランディングに嘘が混じっていようと誤魔化せせた。そのうち情報は風化するとタカを括ることができていた。
しかし、今は違う。
誰でも徹底的に調べることができる。
過去の話はネットで調べ、公共図書館に行けば、調べがつく。署名記事なのだから自分が言ったこと、書いたことじゃないとは言えない。
「自分の過去に復讐される女」
そういう見出しがあった。言い得て妙だ。
ハリボテの人間は、必ず化けの皮が剥がされていく
剥がされていくスピードが速いのが今の時代の特徴だ。しかし風化していくようでそうはならない。
なぜなら著者適菜氏のように風化を食い止める人物が必ずいるからだ。
地獄への道は、善意で敷き詰められているとよく言われる。
今は違う。「地獄への道は、嘘で敷き詰められている」が今も昔も変わらない真実なのだろう。 - Reviewed in Japan on August 2, 2026「民主主義は、国民のレベル以上の政治家を生まない」と書かれているが、
歪んだ自己愛と承認欲求で暴走する高市早苗をルサンチマンに満ちたネトウヨが圧倒的に支持する。
嘘と虚飾に満ちた人でも、ルサンチマンに囚われた人達は強く支持する。
岩盤支持者のレベルと高市首相のレベルがシンクロしているのだろう。
そこには論理的思考や地政学的思考、エビデンスに基づく政策立案など存在しない。
放送法に基づく停波発言もあり、萎縮したメディアは実態を報道しない。
高市早苗という病は、読者に彼女の実態を教えてくれる貴重な著作だ。 - Reviewed in Japan on July 31, 2026常識人には理解しがたい彼女の言動や振る舞いだが、その根底には、安倍時代から受け継がれてきた「日本の病」があるという著者の指摘は鋭い。安倍批判を一貫して書いてきた著者ならではの視点であるし、そうした日本の病理、時代背景、それに加うるに、彼女の特異性(虚言や奇行など)があいまって現在に至っていることがよく分かる。
エピソードの中では後藤田正晴氏との対談の逸話が興味深かった。今の自民党には見出せない良識・見識。ありきたりの高市の質問に即答した後藤田氏の言葉に重みがある。対談企画は断っていたという後藤田氏ということだが、若い女性ということで引き受けたということは、何かしら未来への希望を託したかったのだろうか。氏は泉下で現状をどう見ているだろうか。
巻末に年表があるのも、資料性に配慮されていて有り難い。 - Reviewed in Japan on August 3, 2026発売日から本屋を2,3件まわっても売ってなかったので、もしや圧力がかかったか(笑)と思ったが4件目で発見して購入。自分はこの人にはむかしから胡散臭さを感じていたし、「名誉男性」として男以上に男社会を推進して右派の実力者に取り入って出世した女性政治家という感じ。日本初の女性都知事も総理も「女性活躍」とは真逆の形で実現したのが日本らしいというべきか。こういう人物が総理にまでなってしまう日本、つくづく日本人は落ちぶれてしまったなあと感じる。貧すれば鈍するとはいうが日本経済の衰退は政治家の劣化にまでつながっているようだ。自民党の国会議員も自分の次の当選のために誰が総理であったら得なのかで頭がいっぱいなのだろう。そうなると次はあの世襲の彼なのか。やめてほしい。
- Reviewed in Japan on July 29, 2026てきなさんらしく鋭い、納得でき面白いです。
- Reviewed in Japan on July 30, 2026高市信者も、アンチ高市も、とりあえずみんな読んで見るべきだと思いました。この本発刊以降もSNSの長い投稿、熊本地震への不味い対応、支持率回復のための消費税1%など、色々やらかしてます。ぜひ続編をお願いします。
- Reviewed in Japan on August 24, 2026星は1ではなく、-∞である。読む価値は全くない。
著者は文化放送のラジオで高市首相に対し差別用語を用いた発言をした。いかに自分の意に添わぬ部分があるからといって、差別用語を使ってはならない。その番組のパーソナリティはこれについて静止せず、何も批判しなかった。著者は自らの不祥事について、単に言い訳したいだけだ。高市首相の近くに直にいたわけでもないのに、何がわかるのか。
このような人物の著作の本を出版してよいのか。
著者と文化放送のやるべきことは、高市首相の元に出向き直前謝罪すること、そうしてすぐに反省できない自身を見つめなおし、しばらく自粛することだ。
- Reviewed in Japan on August 3, 2026日本の表現の自由度の高さが分かること以外、論ずるに価しないレベルの本
세진님, 요청하신 테키나 오사무의 저서 <다카이치 사나에라는 병>에 대한 요약 및 평론입니다.
<다카이치 사나에라는 병> (高市早苗という病) 요약 및 평론
도서 개요 및 핵심 요약
<다카이치 사나에라는 병>(2026)은 철학자이자 정치평론가인 테키나 오사무(適菜収)가 자민당의 대표적 강경 우파 정치인 다카이치 사나에를 다각도로 해부하고 비판한 정론서다. 저자는 다카이치를 가리켜 아베 신조의 통치 스타일을 고스란히 답습하면서도 그 본질은 이념적 우익조차 아닌, 오직 비대한 인정욕구와 자기애로 움직이는 인물이라고 규정한다.
책에서 전개하는 주요 논점은 다음과 같이 정리할 수 있다.
허상 위에 세워진 정치적 페르소나: 저자는 다카이치가 정계 입문 초기부터 내세운 경력과 프로필의 허구성을 짚는다.
과거 미국 의회 펠로 경력을 과장했던 논란부터 시작해, 자신의 위상을 높이기 위해 만들어낸 수많은 언설이 일종의 자기암시와 과시욕에서 비롯되었음을 분석한다. 이념의 부재와 정치적 도구화: 흔히 다카이치는 '아베의 후계자'이자 '극우 이데올로그'로 분류되지만, 저자의 시각은 다르다. 아베 신조가 전후 체제에 대한 원한과 권력 유지라는 뚜렷한 정치적 권모술수를 지녔다면, 다카이치는 뚜렷한 국가적 비전이나 악의조차 없이 오직 '빛나는 나'를 대중에게 보여주기 위한 코스프레적 정치를 한다는 것이다. 통일교 연루 의혹이나 강경 보수적 발언 역시 권력층과 극우 지지층의 환심을 사기 위한 도구에 불과했다고 지적한다.
공문서 경시와 입헌주의 훼손: 방송법 관련 내부 문서 논란 당시 "날조"라며 자신의 기억만을 절대화하고 공적 기록을 부정했던 태도를 비판한다. 이는 국가 기관의 공공성과 민주적 신뢰를 파괴하는 행위이며, 헌법을 진지하게 고민하지 않는 자가 개헌을 주장하는 위험성을 경고한다.
일본 사회의 병리 현상 집약: 다카이치라는 정치인의 부상은 개인의 자질 문제를 넘어, 버블 붕괴 이후 일본 사회가 겪어온 불안, 넷우익적 르상티망, 맹목적 애국주의 마케팅이 결합해 만들어낸 구조적 '병리(病)'의 결과물이라고 총괄한다.
평론: 보수 철학의 렌즈로 해부한 '사이비 보수주의'와 포퓰리즘의 말로
테키나 오사무는 니체와 미시마 유키오의 사상을 바탕으로 일본 정치의 저열화를 지속적으로 비판해 온 정통적 의미의 보수 논객이다. 따라서 본 서는 진보 진영의 상투적인 우파 때리기가 아니라, "진정한 보수란 무엇인가"라는 근본적 질문 위에서 강경 우파를 자처하는 정치인의 천박함을 질타하는 성격을 띤다.
1. 이념 비판을 넘어선 심리정치학적 접근
저자의 가장 날카로운 통찰은 다카이치 사나에를 '신념에 찬 극우'가 아니라 '공허한 인정욕구의 화신'으로 규정한 대목이다.
2. 팩트와 정황을 엮어낸 비판적 고발
방송법 문서 파동, 과거 발언들의 모순, 정경 유착 및 종교 세력과의 관계 등 구체적 논란들을 체계적으로 엮어내어 비판의 실증성을 확보했다.
3. 한계와 아쉬운 점
다만 저자 특유의 독설적이고 냉소적인 문체가 반복되면서 때로는 정책적 논의보다는 인신공격적 수사로 흐르는 인상을 주기도 한다. 또한 다카이치를 지지하는 유권자 층의 사회경제적 배경이나 불안 심리에 대한 구조적 분석보다는, 정치인 개인의 성향과 미디어 소비 양상에 초점을 맞춘 점은 논의의 사회학적 확장을 다소 제약한다.
결론
<다카이치 사나에라는 병>은 실체 없는 애국주의와 자극적인 쇼맨십에 편승해 성장한 한 정치인의 궤적을 빌려, 현대 일본 정치가 직면한 퇴행과 위기를 경고하는 책이다. 알맹이 없는 언어와 왜곡된 보수주의가 민주주의 시스템을 어떻게 잠식하는지 날카롭게 일깨운다는 점에서 정치 비평으로서의 시의성과 가치가 뚜렷하다.
高市早苗という病: 適菜収 --- 1,000 단어 요약 평론
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적채수(適菜収), <高市早苗という病 — 다카이치 사나에라는 병>
1,000단어 요약·평론
<高市早苗という病>은 일본 작가·평론가 적채수(適菜収, 데키나 오사무)가 2026년 7월 29일 출간한 정치비평서다. 다카이치 사나에는 현재 일본 총리이며, 2026년 2월 18일 제105대 총리로 다시 취임해 제2차 다카이치 내각을 이끌고 있다.
먼저 한 가지 밝혀둘 필요가 있다. 현재 내가 확인할 수 있는 것은 출판사가 공개한 상세 목차, 저자가 공개한 <머리말> 전문, 저자의 후속 기고와 서평들이다. 따라서 아래 글은 책 전체 원문을 한 페이지씩 읽은 요약이라기보다, 이 자료들을 종합하여 책의 전체 논리를 재구성한 요약·평론이다.
1. 핵심 명제 ― <다카이치는 여자 아베 신조다>
책은 놀랄 만큼 공격적인 명제로 시작한다.
<高市早苗は女安倍晋三である ― 다카이치 사나에는 여자 아베 신조다.>
그러나 적채수가 말하는 ‘아베의 후계자’란 단순히 우익 이념의 계승자가 아니다. 그의 핵심 개념은 <불성실의 통치>다. 그는 아베 시대에 의회주의와 공적 기록의 권위가 약화되고, 정치적 사실과 선전의 경계가 흐려졌으며, 통일교를 비롯한 종교·우익 세력과 정치권력이 결합했다고 본다. 다카이치는 바로 이러한 정치문화를 한 단계 더 밀고 나간 인물이라는 것이다.
흥미로운 것은 적채수가 다카이치를 진정한 보수주의자로 인정하지 않는다는 점이다. 그는 다카이치를 ‘극우’라고 규정하는 데서도 멈추지 않는다. 오히려 <보수와 우익을 연기하는 정치인>이라고 본다. 전통, 가족, 국가, 애국을 말하지만, 보수주의가 본래 지켜야 할 의회·제도·법치·기록·언론의 자유에는 오히려 파괴적인 태도를 보인다는 것이다. 이 점은 이 책을 단순한 좌파의 우파 비판과 구별하는 가장 중요한 대목이다. 실제로 비판적인 서평자도 이 부분을 이 책의 중요한 문제제기로 평가한다.
2. ‘병’은 다카이치 개인의 이념이 아니라 <자기연출>이다
제1장 <奈良の「かまってちゃん」、総理になる>에서 저자는 다카이치의 젊은 시절부터 정치 입문 과정을 추적한다. 공개된 목차에는 경력 과장, 미국 의회 관련 경력, 입헌주의에 대한 이해, 정치적 대의가 사후적으로 구성된 과정 등이 집중적으로 배치되어 있다.
저자가 여기서 관심을 갖는 것은 단순한 ‘거짓말 목록’이 아니다. 더 중요한 것은 <한 사람이 자신의 이미지를 만들고 그 이미지에 맞추어 과거까지 다시 쓰게 되는 과정>이다.
그가 다카이치에게서 읽어내는 핵심은 이념보다 자기애와 승인욕구다. 적채수는 다카이치의 정치적 메시지를 사실상 <“빛나는 나를 봐 달라”>는 욕망으로 해석한다. 그에게 아베 신조, 통일교, 보수주의, 애국주의까지도 일관된 신념이라기보다는 정치적 자아를 구축하기 위해 필요한 도구였다는 것이다.
바로 이 대목에서 제목의 ‘병’이 무엇인지 드러난다.
<다카이치라는 병은 우익이라는 병이 아니라, 정치가 자기연출과 허구의 관리로 변한 상태다.>
3. 외교와 안보 ― 강한 일본인가, 미국에 의존하는 일본인가
제2장의 제목은 매우 도발적이다.
<令和の朝貢外交 — 레이와 시대의 조공외교>
적채수는 다카이치가 중국이나 북한을 향해서는 강경한 언어를 사용하고 핵·안보 문제에서 국가주의적 자세를 취하면서도, 미국 특히 트럼프에 대해서는 지나치게 종속적 자세를 보인다고 비판한다. 목차의 <트럼프에게 바친 기묘한 선물>, <외교를 마운트라고 부르는 총리>, <자이언과 스네오> 같은 표현은 저자의 풍자적 논지를 그대로 보여준다.
여기에는 적채수의 보수주의관이 다시 등장한다. 진정한 국가주의라면 미국에 대해서도 일본의 독자적 국익을 말해야 한다. 그런데 국내에서는 민족주의적 언어를 사용하면서 대미관계에서는 종속적인 자세를 취한다면 그것은 국가주의가 아니라 <국내용 애국주의>에 불과하다는 비판이다.
이 논점은 아베 시대 평가와도 상당히 겹친다. 즉 일본의 신우익 정치가 실제 국가주권의 회복보다 <주권을 회복하는 듯한 감정과 이미지>를 소비한다는 것이다.
4. ‘애국’과 ‘국가 파괴’의 역설
제3장 제목이 이 책의 정치철학을 가장 잘 요약한다.
<愛国者を自称する国の破壊者 — 애국자를 자칭하는 국가 파괴자>
여기서 적채수는 방송법 문제, 언론통제, 허위정보, 가족제도, 이민·외국인 문제 등을 다룬다. 특히 다카이치가 과거 총무상 시절 방송사의 정치적 공정성을 문제 삼으며 전파정지 가능성까지 언급했던 사건은, 적채수에게 중요한 사례다.
그가 보기에 국가를 사랑한다는 것은 국기나 야스쿠니, 군사력에 대한 감정을 과시하는 것이 아니다. <국가를 구성하는 제도와 절차를 존중하는 것>이다.
이 점에서 책은 의외로 고전적 보수주의에 가깝다. 변화에는 신중해야 하고, 오랫동안 축적된 제도와 관습을 개인의 정치적 목적 때문에 파괴해서는 안 된다는 관점이다. 한 서평도 이 책의 강점을 바로 여기서 찾는다. 다카이치를 비판해야 하는 이유는 ‘너무 우익적이기 때문’이라기보다 <보수를 말하면서 보수가 지켜야 할 제도를 훼손하기 때문>이라는 것이다.
5. 통일교·극우·역사 문제
제4장은 <カルト、ネオナチとつながる女>다. 적채수는 다카이치 개인만을 겨냥하지 않고 자민당과 통일교의 장기간에 걸친 관계를 추적한다. 공개된 자료에서도 통일교 우호단체의 정치자금 관련 문제, 극우 인사와의 접촉 등이 중요한 소재로 제시된다.
여기서도 저자의 핵심은 동일하다.
<애국주의를 주장하는 사람들이 왜 일본 사회 내부의 민주적 제도와 시민적 자유를 침식하는 세력과 결합하는가?>
적채수에게 이는 모순이 아니다. ‘애국’이 실제 국가에 대한 책임이라기보다 정치적 정체성을 만드는 기호로 변했기 때문이다.
한국 독자가 읽을 때 특히 주목할 부분은 역사인식이다. 야스쿠니 참배나 전쟁 기억도 적채수는 단순히 한일·중일 역사갈등 차원에서만 보지 않는다. 전몰자와 역사를 현재의 정치적 지지 동원에 이용하는 행위 자체를 문제 삼는다.
6. 이 책의 가장 깊은 장 ― <捏造国家日本>
나는 공개된 구조만 놓고 보아도 제6장 <捏造国家日本 — 날조국가 일본>이 이 책에서 가장 중요한 장이라고 본다.
소제목 가운데 특히 눈에 띄는 것이
<記録を残す者が損をする国 — 기록을 남기는 사람이 손해 보는 나라>
이다.
이 문제는 다카이치 한 사람보다 훨씬 크다.
민주주의는 결국 기록에 의존한다. 누가 언제 무엇을 결정했는가, 어떤 문서가 존재했는가, 정부는 국회에서 무엇이라고 답변했는가가 남아야 책임을 물을 수 있다. 그런데 정치인이 문서를 부정하고 자신의 기억을 우선시하며, 불리한 기록을 ‘날조’라고 규정하기 시작하면 민주주의의 사실 기반 자체가 흔들린다.
적채수가 다카이치를 <병>이라고 부르는 가장 설득력 있는 이유도 여기 있다. 문제는 한 정치인이 거짓말을 한다는 것이 아니다. <거짓말과 사실을 판별해야 할 제도 자체가 약해지는 것>이다.
이는 아베 정권의 모리토모·가케학원, 공문서 문제에서 시작된 적채수의 오래된 비판과 이어진다.
7. 이 책의 한계 ― 정치비평인가 인신공격인가
그러나 이 책에는 분명한 약점이 있다.
적채수의 언어는 지나치게 거칠다. ‘사기꾼’, ‘요괴’, ‘바보’, ‘자기애’, ‘허언벽’, ‘관심을 갈구하는 여자’ 같은 표현이 반복된다. 저자는 정치적 행동을 심리학적 성격으로 설명하려는 경향도 강하다. 비판적 서평 역시 이 점을 정확히 지적한다. 정치가의 자기연출은 선거정치에서 보편적인데 그것을 곧바로 자기애적 성격과 연결하면 정치분석이 ‘좋아함/싫어함’의 인물평으로 축소될 위험이 있다는 것이다.
나 역시 이 비판에 동의한다.
다카이치 정치의 위험성을 설명하려면 개인의 성격보다 <그를 가능하게 한 구조>를 더 깊게 분석해야 한다. 왜 자민당은 이러한 정치스타일을 필요로 했는가? 왜 일본 유권자 일부는 강한 국가, 전통적 가족, 반중국·반외국인 언어에 매력을 느끼는가? 장기간의 경제침체, 지방의 쇠퇴, 중국의 부상, 북한 위협, 미국에 대한 안보의존이 어떻게 이 정치와 연결되는가?
적채수는 이것들을 언급하지만, 인물 비판의 강렬함 때문에 구조분석이 뒤로 밀리는 순간이 있다.
8. 결론 ― <다카이치의 병>이 아니라 <일본 정치의 병>
따라서 이 책에서 가장 중요한 문장은 사실 ‘다카이치는 병들었다’가 아니다.
<다카이치를 총리로 만들어낸 일본 사회가 병들어 있다>는 주장이다.
저자 자신도 후속 글에서 문제가 계속 드러나는데도 지지가 유지되는 이유를 묻고, 결국 다카이치 같은 정치인을 만들어내고 키운 것은 사회라고 말한다. 다른 서평자 역시 제목은 ‘절반만 맞다’며, 진짜 환자는 다카이치 한 사람이 아니라 이런 정치가 가장 효과적으로 표를 얻을 수 있게 된 일본 정치·미디어·SNS 구조라고 평가한다.
이 관점에서 <高市早苗という病>은 다카이치 사나에 평전이라기보다 <아베 이후 일본 민주주의의 병리학>에 가깝다.
아베에서 다카이치로 이어지는 것은 특정 정책 하나가 아니다. 그것은 <사실보다 이미지, 제도보다 지도자, 책임보다 충성, 보수주의보다 보수의 연출>이 강해지는 정치문화다.
바로 이 점에서 이 책은 최근 읽으신 야마자키 마사히로의 <戦争を甘く見る空気―1930年代と似た道を進む現代日本>과 함께 읽으면 상당히 흥미롭다. 야마자키가 <1930년대와 현대 일본 사이에서 국가주의적 분위기가 형성되는 사회적 과정>을 경고한다면, 적채수는 훨씬 거칠고 인물 중심적인 방식으로 <그 분위기가 만들어내는 정치적 인간형>을 다카이치에서 찾는다.
두 사람의 공통된 경고는 결국 이것이다.
<민주주의는 어느 날 갑자기 독재로 무너지지 않는다. 사실을 가볍게 여기고, 강한 말을 좋아하고, 불편한 기록을 지우며, 정치인을 신념이 아니라 이미지로 소비하기 시작할 때 이미 내부에서부터 변질된다.>
이것이 <다카이치 사나에라는 병>이라는 제목을 개인적 비난을 넘어 읽어야 할 가장 중요한 이유라고 본다.


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